第229話ボスとの面会
「なぜって、当然でしょう? 出会い頭に気に入らないからと魔法を撃ってくるような娘も、それを好き勝手させている父親も、気にいるわけがない。もし娘を助けたのだとしても、その後にどんな報復があるかわからない。それくらいで揺らぐような守りではありませんが、今は大事な時期です。どこかと争った、なんて話が出ること自体が損害になる。なら、最初っから探さないでいた方が良いと考えるのはおかしなことでしょうか?」
もし例の娘が別の貴族にでも捕まっていたら、それを助けるために行動しろと願ってくるだろう。
そうなると、今新しく街を作って「安全ですよ〜」と宣伝している最中だと言うのにもかかわらず、どこぞの貴族の家を襲撃しないといけなくなる。
そんなことしたら、安全だなんて言葉、一瞬で信頼を無くす。ただでさえこの街は信用ゼロどころかマイナスなんだ。そのマイナスを増やすことなんてしたいはずがない。
「おっ、前はっ! お前は私がどれだけっ! どれだけあの子を探しているのかわからないのか!?」
「その気持ちはわからないわけではありません。ですが、それとこれとは別でしょう? それに、話は最後まで聞くべきではないかと思いますよ」
乱暴に椅子から立ち上がり、俺に向かって怒鳴りつける子爵。子を想う親としては、まあ妥当なのかもしれない。それは、母さんを見ていれば嫌と言うほどに理解できた。
もちろん俺の実父である国王のようにクソみたいな奴もいるんだろうが、この男はそうではないようだ。
だが、その気持ちはわからないでもないが、答えを出すのが早すぎる。
さっき言ったように、正直なところこいつらには手は貸したくない。が、手を貸さないとは言っていないのだ。
「先ほども申し上げた通り、こちらとしてはあの娘——あー、まあアレを探したいとは思いません。ですが、一つ条件を飲んでいただければ探すのに協力しても構いません」
「その条件はなんだ?」
「この街と協力してほしい」
「協力、だと……?」
子爵は俺の言葉に対して一瞬言葉に詰まったが、それはそうだろうなと理解できる。何せここは安全を謳っていても犯罪者の街。そんな奴らに協力を持ちかけられて即座に手を取るような奴なんて、まともに領主やってる奴の中にいるはずがない。
それを承知の上で俺はこの街に対する協力を求めた。
無条件で協力してやるつもりはないし、金もいらない。そんなものは稼ごうと思えば好きに稼げるから。
だから協力を求める。
「先ほども言いましたが、ここは今できたばかりの場所。問題が起こると困るんです。ですので、ここと領地を接している場所とは仲良くしておきたいな、と」
娘を大事に思っているとはいえ、すぐに答えることはできないのだろう。だが、それでいい。むしろ何も考えずに反射で答えるようじゃダメだ。その場合は後々になって裏切られる可能性が高くなるからな。
よく考えずに出した答えは、あの時は気の迷いがあった、とか言われるかもしれないが、よく考えてからの言葉ならそんな考えも湧きづらい。
全くないってわけでもないだろうから、まあ多少はマシ程度だけど、それで構わない。どうせ、最初から信用することなんてないんだから。
少し待つくらい大した手間でもないし、せっかくならよく考えてくれってだけの話だ。
そして、子爵は迷ったような様子を見せた後、ゆっくりと座り直し、何かを考えるような顔をしながら口を開いた。
「……我らアルドア領に、ここの傘下に加われということか」
「いえ、そこまでは流石に言いませんよ。協力といっても、手を出さなければ……言葉通り、物理的政治的その他もろもろ、手を出さない。邪魔をしないでいただければそれだけで十分です。できることならこの場所について良い噂を流したり有事の際に手を貸してくれたりして欲しいですが、流石にそこまでやると国から目をつけられると思うので頼みません。……いかがでしょうか。こちらの提案を飲んでいただけますか?」
多分、この街は今後戦争に巻き込まれるだろう。と言うかこの街やカラカスが原因で戦争が起こるだろう。
その時に援軍とか出してくれれば助かるけど、そこまでは期待しない。ただ邪魔をしないで黙って見ていてくれればそれで十分だ。それだけの協力。
大事な娘を探す対価としては十分じゃないかと思うんだが、どうだろう?
「……わかった。ただし、こちらの要求——娘が生きて見つかった場合のみだ」
こんな状況でも一方的に言うことを聞くだけではなく、『生きて』なんて項目を加えやがった。
けど、受けてくれるならそれはそれで構わないか。
ちょっと手間がかかって面倒なだけで、死んでいても俺に害はないんだから。
「わかりました。それでいきましょう——どうぞ。契約書です」
引き出しにあった契約書に今の話を書き記し、それにサインして子爵に差し出す。
「これで、探してくれるんだな?」
「ええ。まずは、そうだな……親父に連絡入れてみるか」
親父は武力担当だから奴隷に詳しいわけじゃない。こう言うのは南の娼館を取り仕切ってる婆さんの担当何だが、それでもなんかしら知ってるかもしれない。聞くだけなら大して時間も取られないし聞く価値はあるだろう。
そう思って『伝令』のスキル持ちを呼び出して親父に連絡を取とではのだが……
『よお、なんだかどっかの御令嬢を探してるみてえだな』
「……なんで知ってるわけ?」
なぜか親父はたった今行われたばかりの俺たちの話について知っていた。この部屋、盗聴器でもついてんのか?
『逆になんで知らねえと思った?』
「息子のプライバシーってもんはどこいったよ」
『情報なんて抜かれる方が悪いんだよ。それがここの流儀だろ? 嫌なら防諜をもっとしっかりしとけ。……まあ、ネタバラシすっと、娘を探してる貴族らしい男がお前のところに向かったって情報が入ってっからな。どうもいろんなとこで聞いて回ってたっぽいぞ?』
防諜以前の問題だった。そりゃあバレるわ。
外部の人間がほとんどいないこの町で、貴族みたいな男が色々と聞いて回ってたら、そりゃあ目立つ。ああそうだな。ほんと、「何で知らないと思った」、だよ。知らないわけがない。
『で、そのことについて教えてやってもいい。が、こっちに来い。ああ、その探してる親ってのも連れてこい。そしたら教えてやんよ』
「……わかった。これからそっちに向かう」
子爵本人も連れてこいってのは謎だが、まあそう言うってことは何かしらの意味があることなんだろう。それがどんな意味なのかは知らないけど。
でも、今の口ぶりからするとどうにも知ってるっぽいな。何でアレのことを知ってるのかわからないけど、思った以上に話が早く済みそうでよかった、って言うべきなのか?
まあ、今は親父のところに行くとするか。
「手がかりが見つかりました」
「本当か!?」
「ええ。俺の親父がなんか知ってる様子でした。カラカスの街に来い、と。そうすれば教えてくれるとのことです」
俺がそう告げるなり、子爵はまたも慌ただしく立ち上がった。
「なら行こう」
「危険です!」
「我々がいくら探しても見つからなかったことが、こんなにも早くにわかるわけがありません!」
俺が親父からの言葉を告げると、一緒にいた護衛たちが慌てた様子で子爵を止めた。
まあこっちは一応「安全だ」って話が流れているが、カラカスに関してはそんなことないからな。あそこが本当の犯罪者の街。本当の危険地帯だ。護衛が止めるのも無理はない。
「かまうまい。もとより死んでも良いと覚悟してきたのだ。罠だったとしても、可能性があるのなら私は向かう」
その後も護衛と問答をしていたが、最終的には子爵が譲ることがないと理解したのか護衛達はカラカス行きを了承することになった。
「話はついた。案内してくれ」
「……親ってのは、どいつもこいつもこんなんなのかね」
「? ……どういう意味だ?」
「ああいえ、気にしなくていいです。こっちの話なので。ではいきましょうか」
そうして俺たちはカラカスにある東のボスの館——俺の第一の家にたどり着いた。
親父は応接室ですでに待っているとのことなので、止まることなく足早にその部屋へと向かう。
「——で、連れてきたぞ」
「おーおー、わざわざこっちまでお疲れだな」
「んなことはいいから、さっさと教えろ」
「せっかちめ。もうちっと話しをする気はねえのかよ」
部屋の中で寛いでいた親父はそう言って肩を竦めたが、すぐに俺の隣にいた子爵へと真面目な様子で視線を移した。
「ま、そちらさんの気持ちを考えっと、無駄話してる気分にゃなんねえか」
「お前が、この街のボスか?」
「この街の、ってーと語弊があるな。ボスの一人ではあるが、正確には東地区のまとめ役やってるもんだ。んで、こいつの父親をやってるもんでもある。ま、義理だがな」
貴族としての矜持なのか知らないが、その態度は最初に俺に会った時と変わっていない。やや畏怖や怯えが混じっているが、まあそれだけだ。こんな態度を他のボス——特に西のやつに見せていたら、話をする以前の問題だ。機嫌を損ねて殴られるに決まってる。いや、殴られるで済めば儲けもんか。
「それであんたの娘だが、俺はその場所を知ってる」
まさか本当に知ってるとはな。なんで知ってるのかわからないが、嘘ではないだろう。
「なっ、ばっ! む、娘はどこにいる!」
「落ち着けって。それを話す——」
「落ち着いてなどいられるものか! 早く娘の——」
「黙れ」
娘の居場所を知っていると聞かされた子爵は慌てた様子で親父の言葉を遮り、親父に掴み掛かろうとしてもしたのか前へと踏み出したが、それは親父からの言葉で止まってしまった。
……これは、前よりも強くなってないか?
子爵が止まったのは何も言葉をかけられたからと言うだけではない。
俺に向けられたわけではないにもかかわらず、それでも俺までもが苦しさを感じるほどの強力な圧。それが親父から放たれていた。
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