第223話新たな聖樹の御子
「……本当だ。なんだこれ」
ベルが首を傾げながら呟いたが、確かにベルの言う通り、本当に微かにだが、聖樹が光を放っているように見える。
「どうされますか?」
「とりあえず近くに寄ってみるしかないだろ」
何が起きてるかわからないが、そうするしかない。
元々何かが起こるかもしれないってんでここで野営することにしたんだ。光を放つってのは想定していなかったけど、まだ想定範囲内だ。
「もし何かあったら全力で逃げろよ」
「お前らもな」
「いや、俺たちは護衛だ。お前の安全を確保するまで逃げるつもりはない。ダメだってんなら迷うことなく逃げろ。それが一番俺たちの安全につながる」
「……わかった」
相手は聖樹だ。問題ないだろうとは思うが、それでも俺のスキルによって強引に生長させただけに、何か問題が起こった可能性は否定しきれない。たとえば、急に生長しすぎたせいで暴走し、根っこや枝が触手のように暴れ始める、とか。絶対にないとは言い切れない。何せこの聖樹の種をくれた大元の聖樹は、枝を伸ばして操っていたのだから。
「でも、あれは平気な気がするな」
だが、警戒しないといけないとは分かっているんだが、何だか不思議と問題ないと言う感覚が湧き上がってくる。
「そうか? まあ敵意がないってのはそうだろうが、それでも油断するのはまずいだろ」
「ですが、私もなんとなくですが大丈夫な気はしています」
「ソフィアもか……」
「二人の共通点といったら……天職でしょうか?」
「あー、『農家』?」
「可能性はあるのではないでしょうか? エルフにも親近感を感じていましたし、これが聖樹だということを考えればおかしいということもないかと」
ソフィアの言う通り、相手が聖樹であることを考えれば俺たち『農家』が親近感を感じてもおかしくはない。
だがやっぱり、それと警戒しないことは別だろう。暴走してたら相手の意思とか関係ないわけだし。
「だとしても、警戒だけはしておけよ」
と、そうして俺たちが警戒しながら聖樹に近寄ろうとしたその時。
「ねえねえ。さっきから何してんの? さっさと行けばいいじゃない」
すぐそばからそんな能天気な声が聞こえてきた。
「お前は……話聞いてなかったのか?」
「え? 聞いてたけど……そもそも何でそんなに警戒してるのよ。あの子が起きただけでしょ?」
「……何だって? どういうことだ?」
起きたってどういうことだ? というかこの状況について知ってるのか?
……一応こいつは聖樹に関して何かしらの問題があったときのためにそばに置いてるって面があるんだから、最初っから聞けばよかった。
「え? どうって、そのまんまだけど?」
「……とりあえず近寄ってみるな」
相変わらず要領を得ないが、俺たちが考えているような危険はなさそうなので近寄ってみることにした。
『〜〜〜♪』
「——っ!?」
だが、そうして近寄っていき、あと少しで触れられるというくらいまで距離が狭まると、不意に頭の中に声——いや、音? が響いてきた。
「誰だ。さっきから呼んでるのはお前か?」
そう呼びかけてみるが何の反応もないので、何となく聖樹の幹に手を伸ばし、触れてみることにした。
「なんだこれ……光の珠?」
すると、聖樹の纏っていた光はより一層強まり、俺の触れている部分から何だか拳大の光の球が現れた。
「あ——」
「え?」
「なんだ?」
「えいっ!」
かと思ったら、その光の球はソフィアの顔の前へと向かい、一瞬動きを止めてからベル、カイル、リリアへとどんどん移動していった。その動きはまるで何かを確認しているかのようにも思える。
……っつーかリリア。お前は何で手で叩いてんだよ。結局擦ることすらなく逃げられてるけど、捕まえようとしてんのか?
「戻ってきた、か?」
一通り見終わったのか、光の球は俺の前に来て、それまでと同じように顔の前で止まった。
だが、今度はわずかな時間止まっているだけではなく、そのままその場所に留まり続けた。
『〜〜〜♪』
「これは……なんだ? 手を出せってか?」
そして、また頭の中に流れてきた音を聞き、その音に導かれるように俺は光の球に向かって手を伸ばした。
「これで、いいのか?」
そう問いかけてみるが、何の答えも返ってこないでただ光ってるだけ。いやまあ、光の球なんだから光ってるだけなのは当然なのかもしれないけど、それでもさっきみたいに何かしらの反応があると思っていただけに何だか少し拍子抜けな感じだ。
「あ、おいっ!」
なんて思っているとその光は急に動き出して俺の指先に触れる——ことなく伸ばした手を無視してそのまま俺の胸へと突っ込んできた。
そして、光の球はそのまま溶けるように体に入り込んできた。
「ヴェスナー様!」
「おい、大丈夫か!」
……何だこの感覚? 自分の中に何か別のものが入ってきた感じだが、それはこれと言って不快な感じがするわけでもない。
確かに違和感はあるんだが、不快というよりも心地いいというか、そうあるのが当然。あって当たり前のように感じられる。
むしろ、どうして今までこれがなくて平気だったのかとすら疑問に思えるくらい馴染んでいて……本当に訳がわからない。
「おい!」
「んあ……ああ、大丈夫だ」
俺がすぐに返事をしなかったことでカイルは少し慌てたように俺の肩を掴んで揺さぶってきたが、意識そのものははっきりしている。体に異常があると言うわけでもない。
「なんだったんだ今のは」
だが、異変があったのは間違いなく、その結果何が起こったのかもわからなければ、そもそもあれが何だったのかも理解できない。
そのためつい口から言葉が漏れたのだが……
「何って、そんなの精霊に決まってんでしょ? 何騒いでんの? あ、ソフィアこれもっと追加お願い!」
「精霊、ですか?」
「精霊って滅多に姿を見せないあれですよね?」
「エルフなんかからたまに話としては聞くけど、俺も何回かエルフ達の森に行ったけど、一回も見たことねえぞ」
リリアはあと残り少しになった料理が盛られている皿をこっちに向かって突き出しているが、誰も取り合わない。無視してるってわけじゃなく、それよりも大事なことがあるのだから仕方がない。
まあそれはそれとして、リリアが肯定したことでさっきの光の正体がわかったが……精霊か。今までにも何度か精霊について話を聞いたことがあるが、実際に見たことはなかった。
母さんは精霊と契約しているらしいけど、見せてもらったことはない。そもそも一緒にいた時間が短いってこともあるけど、呼び出すと疲れるらしいから無理に見せてもらうのはやめておいた。
「精霊を見る条件は精霊に気に入られることだそうですから、気に入られるほどの何かをした者でないと見ることは難しいでしょう」
「でも、今のは私たちにも見えましたよね?」
「あー……あれが聖樹関連の精霊なんだったらあれじゃないか? 一緒に植えたからとか。ほら、一応俺たちもここで参加してたと言えなくもないし」
「……その程度で気に入られるものでしょうか?」
あれが聖樹の精霊なんだとしたら、俺に見えたのは理解できる。何せずっと一緒にいたわけだし、俺が植えて俺が大きくしたんだから。
だが、確かに手伝ったと言えなくもないが、その程度で果たしてカイル達も気に入られるものなんだろうか?
とはいえ、その辺は精霊本人に聞いて見ないことにはわからないだろう。ここで何か考えたところで、それは推測に過ぎないんだから。
それよりも……
「あれが聖樹の精霊なら……俺はリリアと同じになったのか?」
光の球改め、精霊が飛び込んできた自分の胸に視線を落とすが、何の問題もない。
胸から手のひらへと視線を移し、何度か手を閉じたり開いたりしてから聖樹に伸ばし、その幹に当ててみる。
だが、何も起こらない
「何もなし、か。……生まれたばかりだからか?」
「そーね。まだ寝てるんじゃない? それはそれとして、おかわりちょうだい?」
俺としてはただ推測を口にしただけだったのだが、それをリリアが肯定した。
その手には皿が持たれているが、さっきまでは多少は料理が乗っていた皿も今ではすっかり空になっている。
が、今はリリアのおかわりよりもこっちの説明の方が大事なので我慢してもらおう。
心なしかしょんぼりしているような気配がしないでもないが、気のせいだろう。
「寝てるって、どういうことだ?」
「そのまんまよ。人間だって生まれてすぐに一日中起きてられないでしょ? それと同じで起きたり寝たりしてるの。ねえ、教えてあげたんだからおかわりちょうだいよ」
確かに人間も生まれてからずっと起きてられるわけじゃない。寝たり起きたりしているがその割合は寝ている方が多く、まあ一日の大半は寝てる。
この聖樹も、起きてみたけど少し動いたことで疲れて眠ったってことか?
「なるほどな。で、俺は聖樹に選ばれたってことでいいのか」
これも実際に聞いてみないとわからないが、まあ大きく違ってはいないだろう。
「選ばれた、とは具体的に何かあるのですか?」
ベルがそんなふうに問いかけてきたが、ベルは聖樹の御子について知らなかったんだったけか?
まあ認識を揃えるって意味でも説明は必要か。
「ん……あー、聖樹には自身の力を分け与える巫女のような存在がいるらしい。エルフ達の森の聖樹、あれの御子はリリアで、先代はリリアの母だったらしい」
「それで、この聖樹の御子がヴェスナー様、ってことですか?」
「いやそれはわからないけど、なんか楽しげな様子で俺の中に入ってきたことを考えるとそうなのかな、って」
「何か異常があったりとかは……」
「今んところはなんかあるってわけでもないな。むしろ、自分の中の何かが満たされたような……いや、違うか。強化された……?」
満たされたも強化されたも、なんか表現としては違う気がする。
もっと違う何かで、こう……
「ねえねえねえねえ——」
「ああああー! うっせえ! ソフィア、追加だ!」
自分の状態について考えようとしたところでリリアが俺の顔の前にからになった皿を突き出して押し付けてきたので、考えるどころではなくなり、俺はソフィアに料理の追加を用意するように言った。というか叫んだ。
「あっ、あとお水も追加で!」
ソフィアに追加の料理を頼んだ俺の言葉を聞いて、同じく空になったグラスを突き出して図々しく頼んできた。
対応がめんどくさいので、特に抵抗することなくリリアに向かって指をむけ、その先から水を出してやった。これでしばらくはおとなしいだろう。
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