第224話緑の髪の精霊

 

「それで、結局のところ問題はないんだよな?」

「え? ないんじゃない?」


 カイルは楽しげな様子でピチャピチャと水を舐めているリリアに問いかけるが……舐めるな。飲めよ何のためにグラスに入れてんだ。


 リリアの姿に呆れるしかないが、それでも一応の保証はされた。それが信頼できるものかは別として。本当にこいつの言葉を信じてもいいのだろうかと思わないでもない。


「今んところは自分でもよくわからないが、まあ多分そんなに悪いもんでもない、と思う。いやどうなるかはまだわからないけど」

「なんか適当だな。それでいいのかよ」

「つっても何があるってわけでもないんだし、正直よくわからんってのが本当だ」


 異常はないし、何が起きてるのかわからない。リリアの言葉しか保証がない以上それを信じるしかない。こいつを信じて命を預けないといけないってのは甚だ不本意だけどな。

 信用していないわけじゃないし、能力があるのも理解している。

 だが、実力以外のところで問題がな……。

 でもまあ、今は様子見をするしかないだろうな。手の打ちようがないし。


「それでは、今後は聖樹とヴェスナー様の体調に気をつけつつも観察を続けていくしかない、ということでしょうか?」

「そうなるな」


 その後は俺の体調を心配しながらではあったが、俺たちだけでのお祝いを続けることになり、夜になったらみんなで野宿することになった。

 まあ、みんなでとは言っても寝る場所は別だったけど。



 翌日。


「——様。 ヴェ——様。起きてください」


 誰かの声が聞こえて意識を呼び起こしていくが、なんかベッドが硬い気がする。

 ああ、そういえば今日は外で寝たんだったな。


「んー……」


 少しぼやけた視界ながら、目を開くとそこには俺を覗き込むようにしているベルの顔があった。


「あー、ベル? ……ああ、おはよう」

「あっ、起きました! その子はなんですか!?」

「は?」


 だが、ベルは普段とは違いあいさつをすることなく、慌てた様子で俺を指差して訳のわからないことを聞いてきた。何のことだ?


「ベル。それでは何のことか通じませんよ」

「それに、その反応からしてなんもわかってねえだろ」

「わかってないって何がだ?」


 慌てているベルとは違い、近くからはソフィアとカイルの声も聞こえてきた。

 だが、こっちの二人も何のことを言っているのかわからない。


「あー。とりあえず体起こしてみろよ」

「? 何が……? なんだ。なんか重い……」


 カイルに言われて体を起こそうとしてみるが、なんか体がうまく動かない。まるで何かで縛られているような、重しをつけられているような、そんな感じだ。


 一旦体を動かすのは止めて、顔だけで自分の状態を確認してみることにしたのだが、視線を向けた先にはどういうわけか緑色の髪をした少女が布団の中に潜り込んで抱きついていた。

 突然の状況に訳がわからなくなった俺はうまく声を出すことができず、カイル達の顔を見回し、改めて自分の体に抱きついている女を見た。

 だが、やっぱり訳がわからない。何だこいつは?


「なんだこれ?」

「やっぱわかんねえか」

「最初に発見したのは私でした。夜番をしていた私は、日が登ってきましたのでそろそろ起こした方がいいだろうとテントの中を覗いてみるとすでにその者が。その際にはなんの異変もなく、まるで初めからそこにいたかのように寝ていました」


 ソフィアの説明に続き、カイルが口を開いた。


「で、俺とベルが起こされてどうするべきか、そもそもなんなのかって話たんだ。……まあ結局なんにもわからなかったけどな」

「ただ、確証は何もありませんが一つだけ推測があります。昨日まではなんともなく、今日になって突然です。昨日と今日で何か変わることがあるとしたら、昨夜の一件だけです。それが関係しているのではないか、と」

「聖樹の精霊か」

「はい。その者からは不思議と危機感を感じません。むしろ、昨日の光の珠や聖樹に感じたのと同じような親しみさえ感じるほどです」

「……確かに、そうだな。エルフ達に感じるものよりも、もっと『近い存在』って感じがする」


 俺に抱きついている女は、前にエルフ達から感じた親近感よりももっと強い繋がりを感じることができた。それを考えると、こいつが聖樹の精霊の実体化したものだという考えも納得できる。


「そこまでわかってたならなんでベルはそんなに慌てた感じだったんだ?」

「それはほら、そういう感じだからだよ」


 具体的な言葉が何一つとして使われちゃいないがまあ何となくは理解した。


「話し合いではしっかりと説明したのですが、ベルは……」

「だ、だって気になるじゃないですか。親しみなんて言われても私にはわからないですし、もし違っていて危険な存在だったら……」

「でもお前、悪意や害意を感知するスキルがあるじゃん。それ使えばそんな慌てるほどのものでもないだろ」

「いや、それは、あれです。突然悪意を抱く可能性もありますし、悪意なく何かをやらかすことだってありますから。無自覚のものは私も感知できませんし、何かわからない相手なんですから少なくともわかるまでは話しておいたほうがいいと思ったんです」

「まあ、ベルにとっては違う意味で危険な存在だよな」

「カイル!」


 妹から怒鳴られたカイルは両手を広げて肩をすくめて見せたが、反省は全くしていないようだ。

 そんな仲のいい様子を見て一息つくことができたが、問題が片付いたわけではない。


「まあ、とりあえずはこいつをどうするかだよな」

「どうにかっていっても起こすしかないんだろうけど……起こして平気か、それ。起こした瞬間に『眠りを妨げたな〜』とかいって暴れたりしないよな?」

「それは……なんとも言えないが大丈夫だろ。最悪、こいつが聖樹の精霊だったとして、聖樹本体を人質にとればなんとかなると思うぞ」

「その発想が速攻で出てくる時点でお前はカラカスの住人だよな」

「何を今更。それにお前だって住人の一人だろ」


 相手にいうことを聞かせるのに相手の大事なものを使って脅迫するのは基本だろ?


「その前にリリアを起こしたらいかがですか? 何かしらの対応をするときに、うまくいけば役に立つこともあるかもしれません」

「ああまあ、うん。そうだな。とりあえず起こしておこうか」


 普段なら何かあったところで起こさないのだが、今回は聖樹関連の話だし、もしかしたら役に立つかもしれない。ソフィアの起こしておいた方がいいって考えは正しいだろう。


 そんなわけで、リリアを叩き起こすことにした。もっとも、起こすのは俺じゃないけど。だって俺、抱きつかれたままだから動けないし。


「うみゅぅ〜……何なのよぉ〜。ごはん〜?」

「ご飯じゃねえよ。寝ぼけてないで起きろ」


 まだ起きたばかりで眠そうにしているが、起きていればいざというときは大丈夫だろう。


「それじゃあ。起こすぞ」


 声をかけ体を揺らしてみるが、何の反応もない。


「……おい。起きろ」


 先ほどよりも強く体を揺らしてやると、何となくもぞもぞと動き出した。あと少しで起きるだろう。


「おい!」

「うー……?」


 今度は先ほどの揺らしに加えて大きく呼びかけてやったのだが、そうすると俺に抱きついていた少女は寝ぼけた様子で声を漏らしながら顔を上げた。


「起きたか。お前は何者だ? なんでここにいる。昨日の光の珠——精霊でいいのか?」


 起きはしたが相変わらず抱きついたままだったので、顔を向けることしかできなかったがそれでも女のことを見据えて問いかける。多分、側から見ると結構間抜けな姿に見えるだろうな。


 俺が問いかけると少女は体を起こし、かと思ったら完全に体を起こす前に再び飛び込むようにして抱きついてきた。


「うー!」

「うおわあっ!」

「うー! うー!」


 倒れている俺の上に乗っかるようにして体を重ね、顔を擦り付けてきた。

 だが、それ以上は何かする気がないのか、何の行動も見せない。

 ……いったいこいつは何がしたいんだ?


「ヴェスナー、大丈夫か?」

「あ、ああ。まあ一応怪我や痛みは、ないが……」


 痛みはないが、離れてくれないためにまともに動くことができない。


「……これ、どうする?」

「どうするって……敵意はないのはわかった気がするが……」

「言葉は通じているのでしょうか? 先ほどの様子からすると微妙な感じでしたが……」

「ずるい……」


 一人だけ感想がおかしい気がするが今はどうでもいい。それよりもこいつをどう引き剥がすかだが……


「リリア、なんかないか?」

「んー……しっかたないわねえ。このわたしに任せなさい!」


 やれやれとでもいうかのように了承したリリアだが、こいつが聖樹の精霊だと仮定するならリリア以上に頼りになるやつはいないだろう。

 何だか、こいつがこんなに頼もしく見えるのは久しぶり……いや、初めてか? 


「ちょっとあんた!」

「うー?」

「そいつを好きにしたいんだったら、わたしの配下になりなさい!」


 堂々と宣言されたその言葉だが、少女には無言のまま顔をそらされた。


「そ、んなっ……!?」


 なんか打ちひしがれているが、何やってんだこのバカは。

 さっき感じた『頼もしい』ってのは、どうやら俺の頭がボケてただけらしい。

 なんかもう、呆れるしかないよ、ほんと。


 だが、そんなリリアの反応から、こいつが悪いものではないのは理解できた。流石にやばいと思うようなものを仲間に引き入れようとはしないだろうからな。


「ソフィア、お菓子もってこい。何かしらあるだろ?」

「……ああ。はい、かしこまりました」


 俺が顔だけでソフィアのことを見て菓子を持ってくるように頼むと、ソフィアは一瞬考え込んだような表情を見せたものの、すぐに俺の意図を理解したのか頷き、その場を離れていった。


「菓子なんてどうすんだ? 食わせるのか?」

「ああ。こいつは聖樹の精霊だと仮定するが、こいつからはエルフと同じような感覚がする。だったらエルフ相手にやることが通用するんじゃねえのか、ってな」


 ぶっちゃけるとリリアと同じ扱いすればいいんじゃねえの、ってことだ。


「それでお菓子ってか。甘く見過ぎじゃねえの?」

「かもしれないが、今んところやれることはやっておいた方がいいだろ」


 どのみち今思いつく方法なんて何もないんだ。だったらダメもとでやっておいてもいいだろう。

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