第222話お祝いの夜の出来事
「——えーっと、それじゃあ、えーっと……本日は新たに聖樹が誕生するという大変喜ばしい出来事が——」
それから少しの時間が経ち、周囲はすでに日が落ちたことで暗くなっていたが、ここは照明で照らされているためにそんなに暗くはない。
「よく短時間でこれだけ準備できたもんだな」
「必要な時に必要なものを用意することができてこそのメイドですので」
メイドすげー。
ソフィアの言葉を受けてそんなことを思いながらあたりを見回すと、まず最初に目につくのは聖樹であり、そこから少し離れたところにはソフィアとベルが用意したテーブルや料理が置かれていた。少し離れているのは聖樹に火を近づけないためだ。もし火の粉が飛んで聖樹に燃え移ったとかになったら目も当てられないからな。
「にしても大変だっただろ。二人ともありがとな」
「——って聞いてよ! せっかく頑張って考えたんだから」
色々と用意してくれたソフィアとベルに礼を言っていると、何だかリリアが叫び出した。
まあ一応理由はわかってるんだけどな。リリアが言った通り、俺たちがあいつの話を聞いていないからだろう。
しかしだ。俺からも言わせてもらいたいことがある。
「そもそもなんだってお前が音頭を取ってんだ? こう言うのは俺の役目じゃねえの?」
やりたいわけじゃないけどさ。でも今回の主役って言ったら俺、あるいは聖樹だろ? リリア関係ないじゃん。
「え? だって目立ちたいんだもん」
……うん。そっか。よし、無視していこう。
まあさっさと始めちゃうか。変に気取ることもないし、引き伸ばす理由もない。俺だって早く飯を食いたいし。リリアだって飯食ってれば大人しくなるだろうし。
「それじゃあ、聖樹の誕生……誕生? 発生? まあそんな感じのを祝って乾杯!」
誕生というのを命が生まれた瞬間と捉えるのなら、種ができた時点で聖樹は誕生していたことになるので何と言っていいのかわからなかったが、まあその辺の細かいところはどうでもいいだろう。
とにかくなんか楽しい雰囲気が出せれば聖樹は満足してくれるだろう。あとついでにリリアも。
「ふふ〜ん! こうして外で食べるのも楽しくっていいわよね!」
そう言ってリリアははしゃいだ様子を見せているが、もうすでにさっきまでの話を聞いてもらえなかった落ち込みからは抜け出したよう……あ、リリアのやつ頭から水被ってる。せっかく俺があいつ用に水出してやったのに。
あいつ、手になんか持った状態で大きく動きすぎなんだよ。もっと落ち着いた動きをしろ。
「さて、そんじゃあ、一応演奏をしておくか」
軽く料理を食べてからそう言うと、用意していた横笛をソフィアが俺に差し出してきた。
それを受け取ると、俺は聖樹の前に立ち、横笛を構える。
せっかくなら聞いたことがない感じのものがいいだろう。その方が楽しめるはずだ。
そう思ってこちらの世界ではなく日本にいた時に聞いた神秘的な感じのする曲を奏で始める。
楽器をまともに使うのは久しぶりだが、指は動くな。
ちょっと危ないところもあったが、まあなんとか及第点は与えられる程度の出来で終わらせることができた。
「お疲れさん」
「お見事でした!」
「あんた、本当に楽器なんて使えたのね!」
ベル達が演奏を終えた俺を迎えたが、リリアだけはものすごく失礼なことを言っている。
まあ、この場は一応祝いの場だ。文句を言うのも弄るのも後にしてやろう。後にするだけだけどな。
「聞いたことがない曲でしたが、オリジナルでしょうか?」
これでもソフィアは貴族の御令嬢だ。しかもどっかいいところに嫁げやしないかと全力で教養を身につけさせられた。そのため、貴族の令嬢としては最上級の教養が身に付いている。
そんなソフィアが知らないとなれば、ものすごくマイナーな曲か、オリジナルってことになる。
だが、この曲はオリジナルではない。すっごく遠い場所からちょっと持ってきただけだ。
「いや。前に勇者の世界の本を読んだことがあってな。そこに書かれてたんだ」
嘘ではない。ただ、その本がこっちにあるわけではないってだけ。
「そうでしたか。お見事でした」
「でも、ソフィアの方がこういうのは得意そうなんじゃないか?」
「昔の話です。最近ではロクに練習をしていませんでしたし、指が動くか分かりません」
「そっか。まあソフィアが、というかうちで俺以外が演奏してるところを見たことも聞いたこともなかったな」
「……近いうちに練習しておきますので、いずれ一緒に演奏をしてみますか?」
「そうだなぁ……それも面白そうかもな」
どうせやることなんてないんだ。国王と対峙するための準備は進めるが、それでも常に動き続けて準備をするってわけでもない。どうしたって空き時間というものは出てくるし、むしろそっちの方が多いかもしれない。
だから、空いた時間はそうやって時間を潰すのもいいだろう。
「————」
「んあ?」
それからは適当に食事を口にしながら過ごしていると、何か声が聞こえてくきたのに気がついた。いや、今のは声っていうかもうちょっと違う……
「……どうした」
そこで片手に料理を持っていたカイルが俺の様子に気づいた。
「いや……なんか聞こえなかったか?」
「敵か?」
俺の言葉を聞くなり手に持っていた料理を近くの台に置き、剣に手をかけるカイル。
だが……
「どうだろう? 敵意の類は感じられなかったし、今もなんもない、よな?」
「まあ、敵意悪意の類はなんにもないな」
カイルがそう言うなら、ひとまずは安心か。
俺とは違って本当の意味でカラカスで生きてきたカイル。小さい頃は路地で過ごしていただけあって、その手の気配には俺よりも鋭い。
そんなカイルが護衛として鍛えてきたのだから、敵意悪意の類は余程のことがない限り見逃すことがないだろう。
「それに、ソフィアは何の反応もしてねえみたいだしな」
「ん? ソフィアがどうかしたのか?」
「忘れたのか? ソフィアのスキル」
「……何があったっけ?」
ソフィアのスキルと言われて思い出してみるが、何かあったか?
「『従者』を第三位階にしたときに覚えた常時発動スキルだ。自身が主人と定めた相手に対する敵意や悪意を感じ取ることができるだろ? 位階が低いと主人と離れてると効果はないとか聞いたが、この程度の距離なら気付くだろ」
そういえばそんなのもあったな。ベルの場合は確か主人の状態を感知する能力、だった気がする。一定範囲内に主人——俺がいれば、健康かどうかとか怪我をしているとか、あとは俺の場所なんかがわかるらしい。
ソフィアのスキルはベルとは違って、俺の状態ではなく、俺に敵意を向ける存在について知覚する能力だ。
便利だが、主人限定となると随分と使い勝手が悪いような気もする。でもまあ、従者としては役に立つことは間違いないな。
「そのソフィアが騒がないなら一応は安心ってか」
「油断するほど安心できるかってーとまた別だけどな」
一応の危険はないみたいだが、確認しないわけにもいかない、か。
「なになに? 何話してんの?」
「どうかされましたか?」
なんて俺たちだけで話していたからだろうか。リリアが肉を片手にこっちにやってきた。
口の周りにベタベタとタレをつけているが、こいつならこんなもんだろ。
エルフが何の迷いもなく肉を食ってるところに言いたいことがないわけでもないが、別にエルフは俺がそう言うイメージを持ってるだけで菜食主義ってわけでもないんだから肉を食っていてもおかしくはない。
「口の周りにタレがついてんぞ。ふけよ」
「あ、そう? ……あれ?」
口の周りが汚れていることを教えてやったのだが、リリアはそれを拭おうとして、だがその手を止めた。よく見るとリリアの手は汚れているからそれに気がついたんだろう。
けど、そりゃあそうだろとしかいえない。だって手掴みで料理食ってるし、汚れないわけがない。
しかし、リリアも成長しているのだろう。前にも似たようなことがあったときはそのままの手で口元を拭って余計に汚していたが、今回はちゃんと気づけた。
そして、あろうことかそれだけではなくポケットに手を入れてハンカチを取り出したのだ。
取り出したハンカチで口を拭い、汚れを落とすと、どうだと言わんばかりに胸を張った。
綺麗にできたことを褒めて欲しいんだろうか? ……子供かよ。
でもさ、そんな汚れてる手をポケットに突っ込んでみろよ。どう考えても服が汚れるだろ。しかも、口を拭ったあとのハンカチを裏返して折り畳むこともなくそのまままたポケットに突っ込みやがった。その結果汚れがどうなるか、とか全く考えていない。
こいつ、成長しているようで成長しない気がするんだが、それは俺の勘違いだろうか?
まあ、その辺のことはソフィアに任せよう。服の汚れ自体は浄化があるから問題ないだろうし。
そんなことよりも、今はソフィアとベルに状況を話すことの方が大事か。
「——ってわけで、なんとなく異変がありそうな気がしたんだ。もしかしたら何もないかもしれないが、その場合は悪いな」
「いえ、もしこれで何かあったら問題ですから。今後も異変や違和感がありましたら迷うことなくお呼びしてくださって構いません」
ソフィアの言葉にベルが頷き、リリアも頷いた。だが、リリアはちゃんと話がわかってるんだろうか? こいつの場合はただ頷いてそうな気がするんだよな。
「で、その異変はその後なんかあるのか?」
「ああ。なんだかずっと見られてるような、それから呼ばれてるようなそんな感じがしてる」
カイルの言葉で意識を周囲に向けるが、先ほどから状況は変わっていない。
「見られてるって言っても、気配はなんもねえぞ?」
「声も聞こえませんし、呼ばれていると言っても誰にでしょうか?」
「それはわからないけど、とりあえず反応のある方に行くしかないだろ」
そうして俺たちは一旦料理や飲み物などを置いてそれぞれの武装を手にすることにした。
「どっちだ?」
「反応は……あっちだな」
俺はそう言いながら指をさすが……
「あっちって、聖樹か?」
その方向には聖樹があった。
だが、その様子は何だか先程までとは違っていた。
「あれ? なんだか、ちょっと光ってる?」
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