第219話聖樹の予定地

 

 この拠点における中心地点。直径二キロにも及ぶ広さのある空間は、街づくりとは別に俺が自由に使うための場所で、聖樹を植える場所でもある。

 周囲を見渡してみても俺たちのそばには何もないが、その先にはなんか建材とか人が存在しているのが見える。

 見えると言っても一キロくらい離れてるとそんなはっきり見えるわけでもないけど、位階のおかげで強化されてる肉体なら、何かしていることくらいならわかる。日本じゃ考えられないくらいの超人ぶりだが、こっちでは割と普通にできることだ。


「ここが聖樹の予定地ですか」

「なんだか、とっても広いですね」

「広すぎじゃねえか?」


 ソフィアとベルがまだ何も存在していない周囲を見回し、カイルがそんな広さに呆れたような声で疑問を口にしたが、俺としてはそれほど広すぎるってことはないように思う。


「お前はあれを見てないからそう言えるんだよ。成長した姿はかなりでかいぞ。今は使わなくても、その分の土地は確保しておくべきだろ」


 以前に見た聖樹はかなりデカかった。直径で言うと五十メートルくらいか? 多分それくらいはあったと思う。

 それに聖樹だけじゃなくてその周囲に水路も曳く必要があるし、俺が暮らすようの建物と、なんか色々と突っ込んでおく用の倉庫なんかも必要になる。

 まあ建物に関してはそんなに場所を使わないかもしれないけど、最初に確保しておけば使い道はないこともないだろう。あとで足りなくなるよりマシだ。


「でも、大きくなるまで何もないのは寂しいですね」


 ベルが何もない空間を見回してそんなことを言ってきたが、確かにそうだな。これから聖樹を植えたり川を引いたりするにしても、聖樹が育つまではかなりスペースが空くことになる。


「んー、そうだなぁ……」

「花を植えたりする予定ではありませんでしたか?」

「ああ、まあそうなんだけどさ……」

「何か問題があるのですか?」


 ソフィアが首を傾げるが、別にダメというわけではない。


「いや、いいと思うぞ? 元々聖樹の周りにはなんか珍しい感じの種とか適当に植えようと思ってたし。ただ、どんな感じに植えようかなってな」


 俺は旅に出ている間にいろんな種を買ってきたが、それをどんな配置でどう植えるかとかは全く考えていなかった。

 なので、聖樹を植えた後にすぐに他の種も植えて育てましょう、とはなれない。


「まあそれは後々考えればいいだろう。育てるのはちょうどいい暇つぶしになるだろうな」


 庭師なんかに話を聞きながらバランスを考えて適当に植えていけばそれでいいだろう。


「暇つぶし? スキルで植えるんじゃないのか?」

「いや、それだと味気ないだろ。多少は使うかもしれないし、そもそも使わないとここの環境に適合してくれないかもしれないからその場合とかは使うけど、どうせ暇なんだし手で植えようかと思ってな。んなわけで、手伝え」

「はい」

「わかりました」

「うへ〜」


 ソフィアとベルははっきりと返事をしたが、カイルは性に合わないとでも考えているのかちょっと乗り気ではない声を出している。だが、決定事項だ。


「まあ、花を育てるにしてもまずはこいつだよな」


 そう言いながら俺はポーチから拳大の聖樹の種を取り出す。周囲ではまだ壁を作ってる最中だが、完成して何かを植えるとなったら、この場所に最初に育てるのはこいつでなくちゃだろ。


「聖樹の種……」

「そのためにこんな場所を作ったんですもんね」

「ああ。……いよいよだな」


 ベルの言葉に頷き答える。

 そうだ。そのためにこんな場所を用意しようと思ったんだ。

 聖樹のためだけにってわけでもないが、間違いなくそれがここを作ろうと思った理由の一つではあるのだ。


「聖樹か……どんななんだろうな」


 聖樹を見たことがないカイルがそう口にした。


「どんな、か……さあな。見た感じはただひたすらにデカい樹だったけど、なんか不思議な感じはしたな」

「不思議ってどんなだ?」

「んー……なんて口にしたもんかな」


 俺以外聖樹を見たことがないからその疑問もわかるんだが、以前行った時に見たあれはなんといえばいいんだろうな。言葉で表現できないこともないんだが、それでは正確性に欠けるというか、その凄さを十全に説明しきれない気がするんだ。

 もっとも、リリアを伴って種をもらいに行った時の光景は特別なものだと思うから常にあんな感じではないと思うが、それでも聖樹から感じた不思議な圧は言葉にできるものではない。


「まあ、実際に見て感じ取れ」


 結局はそうとしか言えない。

 これから植える聖樹が育った時に見て、理解してもらうしかないだろう。観光資源として聖樹を見せることは拒んだしこの範囲内に他人を入れることも拒んだが、こいつらは別だ。今この場にいる奴ら、それからカラカスの館で働いている奴らは信頼できる者しかいないので、入っても構わないと思っている。


 それはそれとして——


「さて、帰るか」


 俺はそう言うと取り出した種を再びポーチの中に突っ込んで、くるりと身を翻した。


「あれ? ねえねえ、なんでしまっちゃうの? これから植えるんでしょ?」


 そんな俺の背にリリアが不思議そうに声をかけてきたが……こいつ、何にも理解してないんだな。一応概要は説明したはずなんだけど、聞いてなかったんだろうな。流石に聞いた上で理解できなかったわけではないと思う。思いたい。


「植えるのはまた今度だよ。今日はあくまでも工事が始まったからその確認だけだ」


 あくまでも今日はただ工事が始まる前の確認と、工事が始まったことの確認をしにきただけ。


「え〜! じゃあ待ってた意味ないじゃない!」

「お前が勝手に待ってただけだろうが」


 別に俺はリリアに待っていて欲しいとは言っていないし、そもそも森から出てこっちに来いなんてことも言っていない。ただこいつがこっちにきて騒いでいるだけだ。


「それに、これから聖樹の周りに水路を引かないといけないし、それが終わったら土を掘り返したり肥料を作ったり、それを混ぜて寝かせたり……まあ色々と時間がかかる」


 今は近くに流れている川から聖樹を植える場所の予定地の周囲に水路を作ってもらうべく、魔法師が頑張っているはずだ。まずはその作業が終わらないと何もできない。

 水路が作り終わったらその出来の確認をしないとだし、その後は地面を耕さないといけない。その後は肥料を作ってそれを土に混ぜて、肥料が土に馴染むまで少し時間を置いて……と、それからでないと植えられない。

 まあこの辺りは俺ができるが、ともかく水路ができてから出ないとどうしようもないのだ。


 とは言っても、植えるのは聖樹なわけだし水路さえ確保できればすぐに植えても問題ないかもしれないが、せっかくなら最善を尽くしたい。


 そんなわけで、今日やることはもうおしまいだ。


「え〜〜! つまんな〜い!」


 リリアが文句を言っているが、無視だ。




 それからは工事で出たゴミを聖樹の予定地に運んでもらい、数日おきに工事の進捗を確認し、運んでもらったものを肥料に変えて地面に混ぜるということをし続けた。


 それからひと月ほどの時間が経った。

 以前は何もなかった平原だが、今ではそんな様子は全く見受けられない。簡素ながら建物が立ち並び、その中心には丈夫な壁が大きく円形を描くように聳え立っている。


 近くの川からは街の中まで水路が引かれており、その川からの水路は聖樹を植える予定地を囲っている壁の中にまで届いていた。その水路は聖樹予定地を中心に周りをぐるりと囲っている。

 そのため、壁からは聖樹の土地にまで侵入することができなくても水路からは侵入することができるようになってしまっているが、そこは鉄格子で対処してある。

 とはいえ、それだけでは守りが万全とは言えないので、後でなんかしらの対処をしておこう。


 壁の内側、門のすぐ側には建物が建っており、俺はそこで寝泊まりができるようになっている。

 中身の家具なんかは流石にまだ用意されていないが、それはおいおいでいいだろう。


 全体的にはそれなりに形になっている。最初の契約として俺の聖樹の広場だけ先に完成させることになっていたので、街の方はまだそれほど進んでいないが、それでも形にはなってきた。


 そんな光景を、俺たちは周囲より数メートルほど盛り上がって小さな丘のようになっている街の中央——聖樹を植える予定地から眺めていた。


 よく一ヶ月でここまで仕立て上げたなと思うが、人間一人一人が重機並の力を持っていてもおかしくない世界ならこんなもんかもしれないい。『大工』なんて天職もあるし、実際にスキルを使ったところを見たことがあるわけでもないが、俺の『農家』であんなすごいことができるんだから専用の職を持ってる奴がいれば作業は早くなるもんだろうな。


「だいぶ『街』って感じになってきたもんだな」

「そうですね。後一年もすれば立派な街になるでしょう」

「まあ、肝心の中身が揃うかどうかは微妙だけどな」


 街という箱はできても、その中身である人が来なければなんの意味もない。所詮この拠点はカラカスの近くにある危険地帯というのには変わりないんだから。通行人がここを通るかなんてわからない。


 とはいえ、通行人に関してはわからなくても街に住む奴らには多少の当てはある。

 その当てというのは孤児だ。カラカスは犯罪者の街であり、あそこには色々と変なのが住んでいるが、その全員が家を持っているというわけではない。家に暮らすことができず路地裏で転がって生活するような奴らだっている。

 そういった奴らの中で、比較的まともの奴らをこっちの街に住まわせるのだ。そうすれば住民の問題も街の管理の問題も、いざというときの街の防衛の問題も解決する。


 もっとも、カラカス出身というだけあって信頼度なんてゼロどころかマイナスなので、ちゃんと『誓約師』を雇ってスキルを使って縛るけど。奴隷にも使われる誓約師のスキルは、使われれば最初の取り決めを破ることができない呪いを相手に課すことができる。

 金はかかるが、それを使えば裏切ることのない手下ができるので、今回は使わせてもらった。数をまとめて頼んだから割引がきいてよかったよ。


「ねえねえ! あれってわたしのお屋敷!?」

「あれは俺のだよ馬鹿野郎。お前の家はねえ」

「うそっ!?」


 嘘じゃねえよ。なんでお前に家を用意しなくちゃならないんだ。実家に帰れ。どうしても欲しいなら犬小屋でも用意しておいてやるぞ。

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