第220話予定外の生長
「とりあえず、そろそろこいつを植えるとするか」
「今更なんだが、それってもらってから結構時間経ってるよな? 種ってそんなに放置してても平気なのかよ」
取り出したるは聖樹の種。カイルの言ったようにもうもらってから一年以上時間が経っている気がするが……まあ大丈夫だろ。
「……大丈夫だろ! 何せ聖樹だぜ? その程度のことはなんとかしてくれるさ!」
普通の種だって保存して数年後に芽を出させることだってできるんだから、聖樹なんてすごいもんなら余裕で大丈夫だ。
割と乱暴に扱ってた気もするが、大丈夫大丈夫。この間だってなんか聖樹の種から気配っぽいものを感じたし、リリアだって何にも言ってなかったから問題ないだろ。
「てっきとーだな。いいならいいけど」
「まあ実際のところマジで大丈夫だと思うぞ。枯れそうになっても完全に枯れてるわけじゃないだろうし、生きてるなら《生長》を使えば強制的に元気にできるし。ほら、怪我人に治癒をかけながら戦わせるのと同じだよ。いけるいける」
「聖樹を育てる者がそれでいいのでしょうか?」
「いーんだよ」
俺の答えにソフィアとベルとカイルの三人は呆れた様子を見せているが、今更考えたところで何が変わるわけでもないんだから仕方がない。
もうあとはスキルを使って発芽させてみないとわからない。
でも、なんとなく持った感じ大丈夫だと思うから大丈夫だろう。なんの説明にもなってないけど、そんな気がする。
「ってわけで、リリア。なんかおかしな感じがしたら教えてくれ」
「んー……わかったわ! その代わり、後でわたしの家も用意しておいてよね!」
こいつ……まじで犬小屋でも用意しておいてやろうか?
「家は無理だ。部屋で我慢しろ」
「えー……」
「この場所出禁にするぞ」
「え、やだっ! ん〜……しっかたないわね〜。仕方ないから部屋で手を打ってあげる!」
なんで俺は仕方がないとか言われてるんだろう?
いや、確かにちょっと頼みごとをしたのはこっちだし万が一の保険としては役に立つんだろうけど、ちょっとした頼み事で家を求められるってどうなんだ?
家でなくても部屋を用意してやるのは俺の方なんだから、感謝されるのって俺の方じゃね?
聖樹は大切なものだから万が一を考えるとリリアの協力はあったほうがいいのは確かなんだが、なんか納得がいかない。
でもまあ、これで一応の準備は整った。あとは種を植えてちょこっと芽が出る程度にスキルを使うだけだ。
「さて、元気に育ってくれよ」
そう願いを込めながら周囲よりも盛り上がっている丘のてっぺんに種を植え、数歩ほど離れてからスキルを発動させる。
「《生長》!」
普段とは違ってスキルの名前を声に出して失敗しないようにと力を入れる。手応えはまずまず。いつもと変わらないスキルの感覚だ。この感じなら種は死んでないし、このままいけばちゃんと芽が出るだろう。
そう思って安心していたのだが……
「おほあっ!?」
なんか変な声が出たが……いやこれ、なんかやばい!
普段は俺がスキルを使う時は自分でスキルを『使ってる』って感じがするんだが、これはなんか『吸われてる』感じがする。というか実際に吸われてる。スキルを止めようとしても自力では止められない。
それでもどうにかしようと強引にスキルの制御を奪って発動を止めたのだが、その頃にはもう疲労困憊。さっきまでただの種だった聖樹はすでに俺の背丈を超えるような見上げるほどの木になっていた。
「……なんか、だいぶでかいのが出てきたな」
「ヴェスナー様!」
聖樹へのスキルを強引に止めた俺はその場から数歩ほど後ろに下がり、成長した聖樹を見上げていたのだが、そこに少し離れた場所で俺のことを見守っていたソフィア達が駆け寄ってきた。
駆け寄ってきた三人に俺は心配ないことを伝えると、その視線は俺から力を吸って生長した聖樹へと移っていった。
「これが聖樹ですか」
「予定ではもっと小さいと聞いていましたが、こんなに突然大きくしても良かったんですか?」
「いや、これなんか勝手にでかくなったんだよ。俺としてはただ芽が出ればいいかな程度に思ってたんだけど……」
「もう立派な木じゃねえか、これ?」
「だよな……」
本当ならこんなにでかくするつもりはなかったんだが、勝手にでかくなったんだから仕方がない。
「まあ、聖樹なんてこんなもんなんだろうって思うしかないだろ」
「それでいいんでしょうか……?」
「なった以上はしょうがないだろ。まあ一応異変がないように監視はするか」
だが、自分から俺の力を吸っただけあって問題ないとは思う。だってなんかまずいようなら力を吸うなんてことはしないだろうし。それでもやったってことは、いきなりこれほどまでに生長したとしても何の問題も後遺症もないってことだろ。多分。
元々他の植物達は一気に生長させても問題なかった。俺がこんなに心配してるのは、相手が聖樹だからってだけ。
まあそうは言っても何かしらの問題が起こらないとも限らないので、最低でも今日から一週間は様子を見ておく必要があるだろう。それで問題なければ他の植物達と同じようにその後も問題なく生長すると思う。
「……野宿か」
「は? 野宿?」
俺の呟きにカイルが反応して言葉を繰り返したが、そう。野宿だ。
「ああ。だってこの辺りなんにもないし。異変が起きた時に対処するにはすぐそばにいないとだろ? わざわざあっちから来てたんじゃ異変に気づけないかもしれないじゃないか」
壁の方に行けば家があるが、そこまでは少し距離がある。
強化されてる肉体なら走ればものの数分でたどり着くことができるが、それでも距離が空いていればそれだけ聖樹に起きた異変を察知しづらくなる。
なので、聖樹の安全面を考えるのならあっちの家で休むんじゃなくてこの聖樹の周りで野宿をした方がいいだろう。
「そりゃあまあ、そうかも知んねえけど……流石にお前を野宿させるわけにはいかねえだろ」
「つっても俺、これでも街の外で活動してたんだぞ? 野宿くらい普通にやってきたんだが?」
「それとこれとは別だろ。一応お前はここの主——領主みたいなもんだ。それが村の中で野宿なんてしてたらどう考えてもおかしいだろうが」
なるほど? まあ確かにカイルの言葉も一理あるな。王様が公園で野宿をするのか、ってのと同じだろう。俺は王様じゃないけど、状況としては似たようなもんだろ。
とはいえ、それは普通の街だから問題があるだけだ。いやここでも問題はないわけじゃないんだけど、それでもそんなに気にするようなことではないだろ。
「あー、なるほど。まあいいんじゃないか? 多少変人奇人と思われるだけだろ。この辺には変人も奇人も多いんだから俺一人くらいそう思われても大した問題にはならないさ」
どのみちこの街には変人奇人がいるんだ。というかそんなのしかいないんだ。だったら今更俺が奇行を行なったところで気にするようなことでもない。
ほら、ソフィアも頷いて同意して——
「すでに奇人枠で覚えられていそうですしね」
——くれているし……え? 何だって? 俺が奇人? 冗談だろ?
「……は? なんでだ?」
「お忘れですか? 国境の戦いにてご自身がなんと呼ばれたのかを」
「は? ……あー。いや、忘れたな。だからお前も忘れろ」
国境での戦い。それは母さんを助けるために戦ったあの時だが、その後に俺はなぜかものすごくユニークな名前で呼ばれることになった。
が、あれは俺が名乗ったわけではない。いや半分は名乗った気もするけど、もう片方の呼び方の方は全くもって知らない。いつの間にかどうしてかそう言う呼び名が広まったのだ。全くもって不本意である。
「なんて呼ばれたんですか?」
「拷問卿だそうです」
しかし、ソフィアは俺の言葉を無視してベルの問いかけに答えた。
「……は?」
「ご、拷問卿、ですか?」
そんな呼び方を聞いたカイルは何を言っているのかわからないとばかりに間の抜けた表情をし、ベルは何と言ったらいいかわからないとばかりに困惑と苦笑を混ぜて引き攣ったような笑みを浮かべている。……だから言いたくなかったんだよ。
「ええ。二人はヴェスナー様の戦い方をご存知でしょう? 種を蒔いて相手の体内で成長させる」
「ああ、それが見られたのか」
だが、二人はソフィアの説明を聞くと納得したように頷いた。それだけの説明であの呼び名を納得されるのは甚だ不本意である。
「それも、大勢に、ですね」
「大勢とはどれくらいですか?」
「……どの程度、とははっきりと言えませんが、数万規模ですね」
「数万……」
「ええ。あの時の光景を説明するとしたら、ドラゴンの体から突然植物が生え出して墜落。地面に落ちたドラゴンに近づいたと思ったら首を素手で千切って討伐。その後は数万人に向かって一人で立ち向かい、突如敵の体から全身を覆うように草が生え出した。といったところでしょうか。敵の兵士たちの体から植物が生えたとしても、敵はまだ完全に死んだわけではないのでそこらじゅうから悲痛なうめき声が聞こえてきました」
「まあ、想像はできることだが……お前……」
カイルが引いているような引き攣った顔で俺のことを見てくるが、ソフィアの説明は事実として間違っていないので何とも言えず、顔をそらすしかなかった。
「そして最後ですが……今までにも素材を腐らせて肥料に変えたスキルを見たでしょう? あれを使ってすでに戦意を喪失している敵の指揮官の腕を溶かしたのです。加えて、もう二度と治らないようにと腕の傷に種を植え込んであのような感じに」
ソフィアは指で聖樹を示しながらいった。
「お前、そりゃあそうなるだろ……」
「……うわぁ」
カイルどころかベルまで引いてる!? 普段お前がそんな態度みせたことなかったのに! さっきでさえ笑顔を作ろうとしてくれてたのに!
しかし、俺としては言いたいことがある。——どうしてその名前だけ拾ったんだ?
「いや待てよ。他にも呼び方あっただろ? なんだってそこだけ拾ったんだよ」
「ですが、他にあったものと言ったら魔王くらいではありませんか? 自分から魔王という名を広めるよりはまだ、ただの渾名で済む拷問卿の方が良いと思いますが」
まだ魔王の方がマシだと思う。
あの時は話の流れで何となくその呼び方を上げただけだが、それでも一応、まあ名乗ったのは事実だからそう呼ばれるのは仕方がない。それに、まだ拷問卿なんて名前よりも魔王の方がかっこいいし、どうせ呼ばれるならそっちの方が良かった。
「聞こえの悪さとしてはどっちもどっちだろうが」
カイルは呆れた様子を見せているが、そもそもからしてあんな呼ばれ方をしたのには理由があるんだ。それを聞けばカイルだって俺のやったことに理解を示してくれることだろう。
「いやちゃんと聞けよ? あれには事情があったんだって」
そうして俺は 当時を思い出しながら話し始める。
「ソフィアも言ったろ? 敵兵って。あの時は国境が攻め込まれてて、俺の母親が怪我してたんだよ。で、戦力は敵の方が上で、俺がどうにかしないとアレだったからちょっと本気で対処したんだ。まあそこに母親に関しての私情が入ってないわけじゃないけど、あれは必要なことだったし俺の攻撃方法があれなんだから仕方ないだろ。俺は悪くない」
そう。俺は悪くないんだ。だって悪くないから。
「いや、まあ……お前の戦い方は知ってるし、そこは驚きでもないんだが、なんでそんな倒し方したんだ? 土ひっくり返しておしまいでよかったじゃねえのか?」
「でもそれじゃあ仕返しにならないだろ? せっかくなら苦しんで死んでもらいたいじゃないか」
人を苦しめておいて自分たちはただ死ぬだけだなんて、釣り合ってないだろ。恩には恩を仇には仇を。やられたらやり返される覚悟くらいあるはずだ。なかったとしてもやり返す。
「……そんなだから拷問卿なんて呼ばれるんだよ」
「いや待て、それも理由があってだな。パッと片付けるより相手に恐怖を刻みつけて返した方が戦争が起こりづらくなるだろ? あんな体から植物が生えて呻き声を上げながら死んでく光景を見たら敵だってもう士気が下がりまくってもう攻める気なくなるだろ」
「味方の士気も落ちそうだけどな」
「わ、私はあれです。それを見ても大丈夫ですよ?」
先ほどよりもマシだが、まだ微妙に引き攣ってるベルの笑顔がつらい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます