第218話リリアの相手

「なによお〜、いちゃ悪いわけ〜?」


 リリアはそう言って少し不満そうに俺を見てくるが、無駄に美少女なだけあって様になってる。

 森に戻っていったはずのリリア。なぜかわからないが、森に連れて行かれたはずのリリアが数日ほど前にこちらに戻ってきていたのだ。なんで? お前強制送還くらったんじゃなかったっけ?

 別に俺が呼んだわけじゃない。だって呼んだらこいつの相手をしなくちゃならなくなるからめんどくさいもん。今は聖樹に関してのあれこれや国王を相手にするための準備や何やらで忙しい。相手をしている余裕なんてない。

 ……ごめん嘘。リリアの相手をしてる余裕は、まあそれなりにはあった。だって聖樹に関しては拠点づくりはエドワルドに任せたし、国王の相手をするにはまずこの拠点ができてからじゃないと本格的に動き出せないから。

 今のうちにもできるだけのことはやってるし、情報とかは集めているけど、具体的にどんな感じで動くのかー、とかの計画は何にも立てられない。

 だからリリアの相手をするだけの時間くらいはあった。


 が、時間があるからといって相手をしてやりたいかというと違う。めんどくさいのは変わらない。


 しかしまあ、きてしまったものは仕方がない。相手をするしかないだろう。数日前にこっちに来たって言っても、その時は最終調整とかで忙しかったからろくに相手もしてやれなかったし、そろそろまともに相手してやらないとそのうちもっと騒ぎ出すだろう。


 だが、あと少し……そうだな、せめて明日からにしてくれ。そうしたら多分多少はまともに相手してやるから。


「悪い。だから森に帰れ」


 まともにこいつの相手をしていたらいくら時間があっても足りないし、今の俺はこいつの相手をしてやるほど元気があるわけでもないので、結構適当な感じに流した。俺は眠いんだ。遊んでやるつもりはないぞ。


「え——」


 だが、なぜかリリアは大袈裟なくらい反応を示した。


「え……? ね、ねえ。嘘よね? わたし、ここにいて、いいわよね? も、もしかして本当にだめ、なの……?」


 ここ最近のエドワルドとの打ち合わせやなんかで結構疲れているし、何よりも今日は無駄な早起きのせいで眠かったからこそそんな適当な返事になったのだが、その雑さがリリアには俺が本気で帰れと言っているように聞こえたようだ。

 その影響だろう。リリアは地味に泣きそうな顔をしている。


 ……まあ俺は疲れているとはいえ、リリアにそんなことはわからないわけだし、友人だと思ってる奴から割と本気にも取れるような声で「帰れ」なんて言われたら、驚き、落ち込んでも仕方がないかもしれない。


 俺はリリアのことを友人だと思ってるし、恩人だとも思っているが、そこに恋愛感情の類はない。

 でも……その顔は、なんか嫌だ。


「……はあ。冗談だ。居ていいから、それやめろ」


 こいつが泣きそうな顔をしているのが嫌で、ため息を吐き出してからそう口にした。


「ほ、ほんと?」

「ああ。ただ、今の俺は眠いんだ。少し大人しくしてろ。もうすぐなんか始まるから」


 日の出からしばらくすれば、工事の人たちと話を終えて指示出しも終えたエドワルドがこっちにくるだろう。

 俺たちが、というか俺が動き出すのはそのあとだ。そこから聖樹の種を植えるために行動することになる。そうすればリリアの多少はやることが出てくるかもしれないし、少なくともただ景色を見てるだけってのは無くなるんだからおとなしくなるだろう。もっとも、今日の作業はそんなにないんだがな


 俺が眠いから雑な反応になったんだとわかったリリアは、涙目から一転して安堵したように顔を緩めて笑った。


 ……相変わらず、感情の動きが激しい奴だな。まあ裏表がないって意味では付き合ってて楽な相手ではあるか。その感情に振り回されるこっちとしては面倒ではあるから、どっちがいいのかは微妙なところだけど……人間的に好ましいのはこっちだな。


「わかってたもん! さいっしょっからわかってたんだからね!」


 安心したように笑ったリリアだったが、すぐにハッと気を取り直してそんなことを言ってきた。

 その言葉は先程の姿を知っていればどう聞いても嘘だが、下手に反論したところでうるさくなるだけだろうから黙ってるべきだろうな。


「あー、はいはい。すごいすごい。すごいしいい子だから大人しくしてろな」


 まあ、考えようによっては聖樹の御子なんてたいそうな名前で呼ばれているリリアがいるんだったら、問題があったとしても対処できるだろうし、ダメなところがあったらダメだと言って……くれるよな? ダメダメな失敗をしそうな時は忠告とかしてくれるだろうと思うんだが……どうだろう。いまいち信用に欠けると言うか、ある意味では信用しているというか……まあ、流石に枯れるようなことがあればなんかしらは言ってくるはずだろう。



「それではここからは計画通りに、ということでよろしいですか?」


 しばらく待っていると、色々とやることを終えたのだろう。エドワルドが護衛なんかを引き連れながらこちらにやってきたので、話し合いをすることになった。


「はい。こっちとしては一定の場所さえ確保できればそれでいいんで」


 だが、話し合いと言ってもすでに終わっているので、あくまでも最終確認でしかなかった。


 しかし、エドワルドは何を思ったのか俺が腰につけているポーチへと視線を向けた。


「聖樹の種、ですか……いくらになるんでしょうねぇ」


 こいつ……聖樹の種を狙ってんのか?


「……売りませんよ?」

「流石にわかっていますよ。まあ今はそれを観光資源に儲ける算段でもして満足することとしましょう」

「観光資源って……大きくなるのは何十年と後だと思いますけど……」


 確かに聖樹なんて存在を一般人は見たことがないだろうし、一般人どころか権力者だって見たことがないんだから、観光資源とするにはちょうどいいだろう。

 だが、俺は聖樹のことを観光資源として使うつもりはないので、俺が所有することになる土地には部外者を入れるつもりはない。

 だがあくまでも土地の中には入れないのであって、壁の外側から見ることはできるだろう。

 もっとも、壁の向こうから見ることができるようになるまで育つには何年何十年とかかるだろうけど。

 そんなんだから、今の時点で観光資源として使うことはできないだろう。


「スキルを使わないのですか?」

「流石にこれにスキルを使っていいものかわからないんで。変にスキルを使って枯れても困りますし」


 スキルを使えば一瞬で大木まで育てることができるだろう。聖樹のサイズだと一瞬で、ってのは無理かもしれないけど、一週間もかければうちの館よりもでかくすることができるだろう。


「ふむ……仕方ありませんか」


 だが、下手にスキルを使って育てた結果、どこかで異常が出ても困るので、最初は多少スキルを使って一定まで育てるが、それ以降はスキルを使わずに普通に育てるつもりだ。

 そう言うと、エドワルドはピクリとわずかに眉を顰めたが、すぐに理解を示して頷いた。


 これまでこの拠点作成に関しては色々と話してきたが、話とは言ってもほとんどがエドワルドにお任せだった。

 俺としては聖樹を育てる場所と、ある程度人通りのある場所を作ることができればそれでよかったが、そのための効率的な街の作りとかはわからない。


 この拠点は聖樹を植えるための場所という意味もそうだが、国王に対抗するための力を蓄えるための作戦本部的な意味も兼ねている。

 なので、より人が来そうな、言い換えればより金が稼げそうな作りをさせるためにエドワルドに任せたのだ。そうすればあいつは勝手にいい感じに頑張ってくれることだろう。

 その分金は取られるが、それくらいならどうとでもなる。


 本来ならそんなおまかせなんてしたら利権とか奪われる可能性があるが、今回に限ってはそれはない。だって親父との賭けがあるから。

 エドワルドは、以前の俺とエドワルドの話し合いの際に、『俺がエドワルドにやり込められなかったら俺に協力する』という賭けを親父としていた。そして俺が勝った。

 だから俺が出す『拠点作りに協力しろ』という依頼に対して、金は取ることができても余計な条件をつけて揺さぶったり、金をふっかけたりすることはできないのだ。

 だからこそ任せられる。今回の依頼は全て金で解決するから。

 そうは言っても裏道抜け道、そう言った類のものはあるだろう。だが、多分それもしない。だってそんなことをしたら、俺と敵対することになるから。それは損だ。五帝の息子と言っても今の俺はまだその他大勢の一人でしかないが、将来的にはそれなりに力を持つだろう。何せ親父の息子だ。当然の流れってもんだろう。

 その時にここの関係で俺と問題を起こしていれば、それは後の損に繋がる。だから何もしない。

 自身の利益のために騙し騙されってのがカラカスの基本だが、それでもエドワルドは目先の利益に釣られて将来的な損を受け入れるようなやつじゃない。

 それに何より、こいつにだってプライドはある。商人としてのプライドが。

 だから俺を嵌めるようなことはしないだろう。


 そんな感じだから拠点の街づくりに関してはほとんど任せていたが、聖樹に関しては何も話してなかった。だってそこは任せるつもりなかったし。


 だがまあ、変にごねられなくてよかった。関係を悪くしたくないからな。多分エドワルドもそこを気にして何も言ってこなかったんだろう。


 そうして軽い確認を終えてエドワルド達と別れた俺たちだが、その後に向かったのは建設予定地の中心だった。

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