第213話宿場町作成——は、ぶっちゃけどうでもいい

「……ほう。それはどういうことでしょう?」


 格下であるはずの俺にダメ出しをされたからか、エドワルドはスッと目を細めて雰囲気を鋭くして問いかけてきた。


 それはまるで脅すような威圧感を感じるが、この様子なら大丈夫だろう。これならばきっと俺の話を断りはしない。


「今回は北のボスだけではなく、東のボスも共同での計画として進めていきたいと思ってます。具体的には、契約した者にはウチの紋章と護衛を貸しだすことにしようかと」


 そもそもカラカスに人が来ないのは、魅力がないからではないのだ。カラカスを通り抜ければ他国から入るのも他国に出るのも時間を短縮することができるし、カラカスはそれなりに大きな街だから、補給という意味でも期待できる。合法非合法はあれどいろんなものが置かれていて道の整備もされていて進みやすい。だから、旅人たちはできることならばここに寄りたいだろう。


 だが、そんな利点よりも圧倒的に欠点の方が優っているのだ。だからこそ、この街には人がほとんどやってこない。

 当たり前だ。街を歩いていれば死ぬかもしれないような場所に、どうしてきたいと思うのか。金を稼ぎに旅をしているのに、金を奪われるような場所を通して通りたいと思うのか。

 人がこの街に来ない理由、それは単にその安全性の問題だ。それは俺が地図で示したカラカスから少し離れた場所でも同じこと。ちょっと離れた程度では安全だとは誰も判断してくれない。

 だから、拠点を作っても人は来ないだろう。


 だがしかし、それは危険だからだ。安全ではないから誰も来ない。来ようとしない。

 もし本当にカラカスに来るまでの道も、カラカスでの宿泊も帰り道も、全てにおいて安全が確保できるのなら、この街は途中で立ち寄る補給拠点になり得る。何せ立地だけはものすごくいいんだから。それこそ、今でも時折人が通るくらいには立地がいい。

 もちろんその奴らってのは自分たちの安全を確保できるだけの護衛を連れているわけだが、よその奴らが来ているという事実は変わらない。


 つまり、安全さえ確保できれば人が来る。

 だからこその護衛と紋章だ。


「紋章? ……なるほど。この辺で私たちのことを知らない者はいない。もし五人……ああ、今は四人でしたね。四人のボスの誰かを襲ってしまえばどうなるか、それを知っているからこそ紋章の掲げてある者は襲わない。紋章を見ても襲う程度の愚か者は護衛によって容易く排除されることになる。だから安全に移動することができる、ですか」

「はい」


 俺が言った紋章と護衛の貸し出しという言葉の意味をしっかりと理解したエドワルドは、まだ完全に納得したというわけではないが、ある程度の理解を示した様子を見せている。


「なるほど、確かにいい考えではあります。ですが、長年続いてきたこの街の評価があります。君の言った方法をとったところで、人が来るとは言い切れません。むしろ人が来ない可能性の方が高いでしょう。他所の街の貴族や有力者を巻き込んだところでね。それほどまでにこの街は恐れられている。何しろ犯罪者の集まる街ですからね。犯罪に巻き込まれる可能性や、犯罪者として疑われる危険性を犯してまで来るほどの価値があるものでしょうか? 正直、採算が取れるとも思えない」


 そうだ。確かに俺の提案した方法は多少なりとも効果はあるかもしれないが、それは千人が……いや、万人聞いて一人来るかどうかくらいの効果しかないと思う。

 商人に関しては、追い詰められて後がない奴が危険を顧みずに儲け話を探して、って博打うち程度だろう。大手は危険を考えて乗ってこないはずだ。もしカラカス——犯罪者達と繋がりがあるとわかればそれはかなりの痛手になるだろうからな。

 大手がかかわってくるとしたら、大手の商会が傘下を使って様子見に生贄をよこす、くらいなものだろう。

 一応母さんの実家に頼めばそれなりにきてくれるようになるかもしれないが、それがどれほど効果があるのかというと、正直微妙だ。


 だが、それでも構わない。


「それはわかっています。何をいったところでここがどう思われているかの評価まで変わるわけがありませんから。新規の客はそう増えるものでもないでしょう」

「理解しているようで何よりです」


 俺がちゃんと理解しているようでエドワルドは頷いて答えたが、表情自体はまだ訝しげだ。わかった上でどうしてやろうとしているのか、とでも考えているんだろうな。だってそれだけじゃ失敗したら採算取れないし、失敗する可能性が極めて高いし。

 成功するかもしれないが、失敗する可能性の方が遥かに高いことをわざわざする必要もないのだ。そんな無茶をしなくても俺達もエドワルドも金には困っていないのだから。


「ですが、それでも作ります」

「……聖樹を観光資源にでも使うつもりですか?」


 聖樹を? まあ確かにエドワルドですら見たことのない聖樹が植っているとなったら、それはすごい観光資源になりうるだろう。


「いえ、聖樹に関しては誰かを近寄らせるつもりはありません。下手に近寄らせたら何かされるかもしれないですから」


 だが、聖樹は誰かに見せるために植えるわけではない。だから観光のために誰かを近づかせるつもりはない。

 流石に聖樹の周りを囲ったところで、大きくなってしまえば周りから見ることはできるだろうから完全に隠すということはしない。だが、近寄ることを許すつもりはなく、聖樹の周辺には街とは別に壁を作るつもりだ。


「では、何か勝算でもあるのですか?」


 しかし、聖樹を使わないと本当にどうするつもりなのかわからないのだろうエドワルドは首を傾げている。


 そんなエドワルドには、これから言う俺の言葉は予想外すぎるだろうな。


「勝算に関しては全く。正直新規が来るか来ないかなんてわかりません。ですから……そっちに関しては捨てようと思います」


 宿場町は作ったとしても、人が本当に来るのかなんて分かりっこない。

 安全を確保したいい街ですよ〜、護衛を貸し出しますよ〜、なんて言っても、今までが今までだ。それが騙し打ちの準備だと言われれば否定できないし、大多数はそうだろうと同意を示すことだろう。

 だから、捨てる。


「……捨てる?」

「はい。まあ、捨てると言うよりもついでにする、ですかね。成功すればそれでいいけど、成功しなくても別に構わないもの。本命は別にあります」


 今まで色々と言ったが、ぶっちゃけ宿場町だなんだ、とか、人が来るか、とかはどうでもいい。言ってしまえばついでだ。


 俺としてはそうなればいいなと思うが、そうならなくてもいい。


 そもそもの話として、宿場町なんて理由は後付けだ。まず聖樹を植える拠点の作成の必要性があり、せっかくならそこに人を呼ぼうという、ついでの話でしかない。

 だから、宿場町や通商の拠点として使う話は潰れたところでどうでもいい。どのみち街そのものを作ることは既に決まっているんだから。


 あとは、俺が好き勝手できる拠点が欲しかったってだけ。

 これから俺は、面倒なことに巻き込まれるだろう。というか自分から面倒なことを引き起こす予定だ。どんな予定かって言ったら実父とのあれこれだな。

 その件がどう進むか、今の時点では何もわからないが、まあスムーズに話しただけで終わりとはいかないだろう。気をつけるべき何か起こるかもしれない。

 その『もし何か起こった時』に、自分が好きにできる場所があるのとないのとでは随分違う。


 カラカスも俺の拠点といえばそうなんだが、この街の全権を握っているわけではないので好き勝手できるのかと言ったらそうでもない。そもそもここって本質的には俺の拠点ではなく親父の拠点だしな。


「——なるほど。つまりは最初から街を作ることそれ事態は決まっていることだと。ここに来たのは街を作るために許可を得るのであったり、筋を通すと言う意味ではなく、協力をしてもらいたいわけでもない。金を出すから人と物を用意しろと、そう言う話ですか」

「まあ、そうですね」


 やっぱり、こいつなら今の話で気づくよな、俺が絶対に街を作ることを決めてるなんてのは。

 そもそも、初めに聖樹の種を育てる場所が欲しいなんて言ってるわけだし、むしろ気づかない方がどうかしてる。


 エドワルドは俺の目的がいまいちはっきりしなかったから迷った様子を見せていたんだろうが、『俺は街を作る気でいる』ということさえわかれば後はどう動くべきか決まっている。

 エドワルドのすることなんてただ一つ——金稼ぎだ。


 どういうスタンスで行くのか決まったんだろう。エドワルドは一瞬にしてそれまでの表情から満面の笑みに変わり、にこやかに話しかけてきた。


「そう言う話でしたらこちらも協力しましょう。ええ、私にできる限りの品をご用意させていただきますよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る