第212話宿場町計画
「実は、エルフたちの里と行き来できるようになって以来それなりに仲良くなりまして、以前エルフたちのところに行った時に、『聖樹』と呼ばれる樹の種をもらったんです」
「『聖樹』ですか……」
いきなり聖樹の種をもらったなんて話を聞かされたからか、エドワルドはわずかに顔を動かして反応を見せた。
でも、そうだろうな。何せ聖樹の種なんて、いくら金を出しても買うことができないような貴重品だ。そもそも聖樹という存在自体知らない奴だっているくらいのものだから、その種となれば価値は計り知れない。
金にすればそこらの宝剣をいくつ積んだところ釣り合うことなんてないくらいの金額になる。
お金大好きなエドワルドからしてみれば垂涎の品だろう。
「ご存知ですか?」
「ええ。と言っても、おおよその概要程度ですがね。なんでもエルフたちの守り神的な存在だとか。森と言うものはその辺にいくらでもありますが、エルフの住み着く森とそうでない森があります。その違いにはその聖樹の存在が関わっているとか。具体的な効能については私もよく知りませんが、聖樹があるからこそエルフがそこに住み着く、と言われているらしいとは聞き及んでいます」
それが面のものであれ裏のものであれ、世界中のどんな品でも集めることができる、なんて言われてるくらいのカラカス。その商売を一手に引き受けている元締めのような存在がこのエドワルドだ。
そんなこいつが話に聞くだけで実際に見たことがないのが聖樹というものだ。
この街はここ最近になってリリアの故郷でもあるエルフ達の里と交流ができるようになったが、それでも里に入ることができるのは俺たち——というよりも親父の管理している奴だけ。東以外の他の区域の奴らは入ることができない。それは北のボスであるエドワルドも同じだ。
そして、その中でも聖樹を見たことがあるのは俺だけ。他の仲間達は、森の中に入ることは許されても聖樹の所まで進むことは許されなかった。
それくらいに聖樹というのは貴重なもので、見ることすらできないためにその存在は広く知られているわけではない。
だがさすがは商売に関しての元締めをしているだけあって、エドワルドは聖樹という存在自体は聞いたことがあったようだ。まああそこのエルフ達はその存在を隠してるわけでもなかったっぽいからな。他の場所からも情報は入ってくるだろうし、知っていてもおかしくない。
「ああ、でしたら話が早いですね。その聖樹の種をもらったのですが、もらったきり育てていなかったので今回その種を育てようかと」
俺がそう言うなり、またもエドワルドは反応を見せた。だが、その反応は先ほどよりも大きなものだった。
そんな反応を無視して、俺は持ってきていた地図をテーブルの上に広げるとその地図の一点を指で示した。
示したのはカラカスから十キロ程度離れた場所。その辺りには何もなく、さらに進むと他国に進むことになる。エルフ達の森がある場所よりも少し南に位置しており、カラカスとエルフの里とその地点を結ぶと三角形になる感じの配置だ。
「場所としてはここ。エルフたちの森とこの街の中間のあたりに種を植え、その周囲に宿場町のようなものを作ろうかと思っているのです。その同意をもらえませんか?」
聖樹を育てるにあたって、最初はただ聖樹を植えるだけで終わらせようと思っていた。その周囲に壁を作って外部からの侵入を遮ることができれば、それで十分だろう、と。
だが、聖樹なんてものが大きくなれば当然だが賊が出てくるし、壁程度ではどうすることもできない。
それを防ぐにはエルフ達のように森の中に植えてその存在自体を隠すか、万全の守りを作るかのどっちかしかない。
しかし、森の中に植えるというのは無理だ。木を植えた後に森になるというのならわかるが、木を植えるために森を作るというのは少々無茶な話だろう。
まあ、そうは言っても一応できないことはない。何せ俺は植物を生長させることができるんだ。種を蒔いて発芽させ、森になるまで育てていけば、多少の時間はかかるかもしれないが立派な森を作ることはできるだろう。
だが、それは自然ではない。ちゃんと木を育てて作ったんだから『自然』だろ、なんて話ではなく、その成り立ちが不自然すぎるという話だ。どう考えれば数年とたたずに平原に森ができるというのか。どう考えてもおかしい。ついでに怪しい。
さらに、聖樹を植える予定地は残念なことに国境が近い。近いと言っても目と鼻の先ってほどでもないし、馬でも二日くらいはかかるような場所だ。
だが、その程度の距離ならば政治的に見ればとても近い場所になる。
これは元々カラカスそのものが他国との交易のために建てられた街で、そんな場所を乗っ取ってできたのがカラカスなのだから他国との国境が近いのは仕方がない。
そして、俺が自由にできるのは親父が支配している東側の区域だけなのだから、聖樹を植える場所も町の東側限定となる。だからこそ国境に近づくような場所に設定することになったのも仕方がないことだ。
だが、そんな国境が近い場所に、そしてカラカスのような犯罪者達の街が近い場所に突然森ができてみろ。どう考えても怪しいと思うのが人間だろ。かくいう俺だって同じ立場なら怪しむだろうし。
そして怪しんだやつの取る行動なんて、そんなの人を送り込んでくるに決まってる。
その送り込んで調査に来る奴が多少腕の立つ冒険者や傭兵程度ならいいが、軍隊になると面倒なことになる。こっちにまで攻め込んでくれば国境侵犯になるから攻め込んでこないと思うが、俺たちに攻撃されたとして自衛のためだとすれば言い訳はできなくもない。
だから、森を作ったところで聖樹の存在は隠すことができても、何かあること自体を隠すことはできない。
そうなると、最初っから隠そうとしないでしっかりと防衛拠点を作り上げてしまった方が安全になる。ただ森があるだけだとどこからでも侵入できることになってしまうからな。
仮に森を作った上で侵入を阻むために柵や壁を作るんだとしたら、最初から森を作るなんて手間をかけないで拠点を作って守りを固めた方がいいだろって話になる。
そして、その聖樹の周りに拠点を作るのであれば、そこには他所から人が来れるような場所にできればいいなと思った。
だって、聖樹を育てることになったら俺はそっちに暮らすことになるだろう。ずっとそこで暮らすことはないかもしれないが、それでも一年の半分くらいは聖樹のそばで過ごすことになると思う。
そんな長期間暮らす場所だってのに、周りには聖樹と防衛設備だけってなったら、つまらないだろ? 暮らしには彩りが欲しいのが人情だ。
それに、他にも聖樹の拠点に人を集めたいのには理由がある。
「宿場町、ですか。この辺りに作ったところで意味があるとは思えませんが? 人なんてそうそう来ないでしょう」
だが、エドワルドは宿場町といった俺の言葉に否定的なようで、あまりいい返事は返ってこない。まあ当然だろうけどな。
今のカラカスは『裏』にかかわっている者くらいしかやってこない。
一般的な商人なんかは、国境を越えることがあってもカラカスを遠ざけるように大回りして国境を越え、ザヴィート王国内へと入っていく。
どこの物好きがカラカスなんて犯罪者達の街に行きたいと思うのか。いたとしてもカラカスの同類くらいなもんだろうな。
だからもしこの街の近くに小さな拠点を作ったとしても、宿場町として機能させるのは難しいだろう。何せ人が来ないんだから。
「そうですね。ですが、それはあくまでも〝今は〟です」
だが、それは今までそうだった、というだけで、これからもそうだとは限らない。
そんな俺の言葉の真意を探ろうとエドワルドは目を細めたが、何かに気が付いたのか目を見開いて驚いた様子を見せた。
「……まさか、人を呼び込もうと? ここに?」
「はい」
「いくらなんでもそれは無理でしょう。この街は元々通商拠点として使われる予定だったために交通の便は良い。少し離れた地点に拠点の作成というのは私も考えました。他にもどうにかできないかと色々と。ですが、結論として諦めざるを得ませんでした」
訝しげなエドワルドの言葉に俺は頷いたのだが、エドワルドはすぐに首を横に振った。その結論を出すまでに随分と早かったが、それはこいつが今までに同じようなことをしようと考えたことがあったからだろう。
もしここを通商の拠点として使うことができるのなら、その時は入ってくる金額は計り知れないものになるからな。考えないわけがない。
だが、できなかった。だから今の俺の言葉も否定した。
「ですが、それはあなたが単独でやろうとした場合、ではありませんか?」
しかしだ。それは、こいつの力だけでやろうとしたから失敗したんだと俺は思う。
「……ほう。それはどういうことでしょう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます