第211話金好きと農家の話し合い
「では、これからはこの二人も従者としての業務に戻ると言うことでよろしいですね」
「ああ。教えることはないだろうけど、一応ソフィアをリーダーにしておくから何かあったらサポートしてやってくれ」
「かしこまりました」
そうなることを待っていたんだろう。少しするとタイミングを見計らっていたようにソフィアが話しかけてきたので、ベルから手を退けてから頷きソフィアの言葉に答えた。
その後はその場にいた四人でテーブルを囲んで座り、改めて話をすることにした。
「——これからはどうするんだ?」
そう言ったのはカイルだった。これからってのは、今日のこの後の予定って話じゃないだろうな。この後、この町でどう過ごしていくのかとか、そういう長期的な方向性のことだろう。
「一応こいつ……聖樹の種を育てることになってるな」
そう言って俺はいつも身につけている袋の中から拳大の大きさの種を取り出して見せる。
だが、育てるとは言っても、基本的にそれほど何をやる、やらなくちゃってのは決まってないんだよな。
いやまあ、一応聖樹を育てるんだからやることはあるんだけど、言ってしまえばそれだけだ。
《生長》なんてスキルがあるんだから、聖樹を育てるって言ってもそんな何年も見てなきゃいけないような手間がかかるわけでもないだろうし、手間がかかったとしてもせいぜいが一年二年程度のことだろう。
それに、ずっと見続けていなくちゃいけないってことでもない。植物の生長をずっと見続けてなくちゃいけないとかある意味拷問だしな。ぶっちゃけやることなんてないだろ。ほとんどの時間は暇だと思う。
そんなわけで、やることはあると言えばあるのだが、予定と言えるほどのことでもない。
それに、その聖樹の育成だってすぐに取り掛かれるわけでもない。
北のボスであるエドワルドに協力してもらうため、まずは親父に話を通してもらって相手に時間を作ってもらわないとだ。だから今日明日に始めようってわけにもいかないだろうし、俺が勝手に動くわけにもいかない。
ただ、そうなると暇になるわけだ。
まあしばらく離れてたわけだし、お互いに離れてた間のあれこれとか街の状況とか諸々の確認をすればいいか。
ああ、久しぶりに街をぶらつきたいかも。他のところは平和すぎてあれだったからな。こっちの様子に慣れないとまたなんか問題があるかもだし。
「そのために北のボスとお話しだ。まあこれは親父が返事をもらってからだけどな」
そしてその話し合いで聖樹の育成に関する物資の調達や囲いの制作を任せることができれば、って感じだ。
……でも、ぶっちゃけ嫌なんだよなあ〜。何が嫌って、エドワルドと話すのが、だ。
話すこと自体は構わないんだが、罠に嵌められるというかなんというか……相手の裏をかき、言葉の真意を読んで化かし合い騙し合いってのは性に合わない。
全くできないわけでもないが、それでも〝それ〟を生業としてきた奴らに比べると拙いものになるだろう。
だから、騙されそうな感覚……というよりも騙されることがわかっていて話をしなくちゃいけないというのが嫌なのだ。蜘蛛の巣があるのがわかっていて突っ込んでいく感じだろうか?
だがまあ、聖樹のためにも、面倒だがやるべきことはやらないとだよな。
「じゃあ俺たちは特に何かするってわけでもないんだな」
「そうだ。強いていうなら、俺の遊び相手か?」
「遊び相手か。了解だ」
「「かしこまりました」」
今後の予定を告げると、三人はそれぞれ返事をして頷いた。
だが、そこでカイルは何かに気がついた様子を見せると俺を見て口を開いた。
「遊び相手で思い出したんだが、リリアはどうしたんだ? そっちについて行ったんだろ?」
どうって……ああ、こいつらはまだリリアについて知らなかったのか。
「森に帰った」
「森に帰ったって……なんか動物みたいだな」
カイルは俺の言葉に苦笑しているが、エルフ達はある意味今まで野生で暮らしてたんだから、あながち間違いでもないんじゃないかと思う。
「正しくは、無断で森を出ていき、ヴェスナー様の後を追って旅に出たので母親に呼ばれて連れ帰られたのです」
「まあそのうちこっちに来るだろ」
どうせあいつのことだ。そのうち飽きたとかなんか言って森を抜け出してこっちに来ることだろう。
「さて、準備はいいか?」
「ああ」
数日後、北のボスであるエドワルドに予定がつけられたようで、俺と親父は北の区画にて一番存在感を放っている城のごとき建物へとやって来ていた。
今回の話し合いに関してだが、親父の名前で渡をつけているものの、話のメインとなるのは俺だ。
ボスの相手をするのなら、あくまでもボスの息子でしかない俺では格が落ちるが、今回は俺の計画のために話をするんだから俺が話をするのは当然と言えば当然か。
北の館にやってきた俺たちは、使用人の案内を受けて一つの部屋へとたどり着いた。
「ようこそ。今日はよく来ましたね」
その部屋の中にはすでに金茶の髪をしたメガネの男性——北のボスであるエドワルドが座って待っていた。
だが、その表情は客人を出迎えるような表情ではなく、微妙に嫌そうな様子が見える。
「ようこそなんっつー割には、顔が嫌そうな感じしてんぞ。商人なんだからもうちっと隠したらどうだ?」
「わざとです。あなたに隠しても無駄ではありませんか?」
どうやらおかしいと思った表情はわざとそうしているようだった。
なんでそんな態度なのかわからないが、以前にエドワルドは親父に苦手意識を持っていると聞いたことがあるような気がするから、それが原因かもしれない。
「つっても、今日のメインは俺じゃなくて——こっちだ。俺は今回の話は全部こいつに任せてんだ。俺がなんかを決めることはねえよ」
親父はそう言って自身の後ろをついて歩いていた俺の肩を掴んで前に突き出してきた。
強引に突き出された俺だが、事前に今回のメインは俺だとわかっていたのでそんな状態でも慌てることなく挨拶を——
「らしいですね。まあ、どうぞかけてください」
しようと思ったのだが、その前に俺を見ても特に何を言うでもなくすぐに視線を外したエドワルドに籍を勧められた。
出鼻を挫かれた感じがするし、舐められてて相手にされてないような気もするが、そもそも相手は五帝の一人だ。たかが五帝の息子でしかない俺とは比べ物にならないくらいに格上なだけあって、そんな態度をとられてもどうしようもない。
むしろ、五帝の一人であるエドワルドが俺相手に対等な態度を取ったほうがまずいだろ。相手の立場として。
「さて、お久しぶりですね、ヴェスナー君。今日は何か私に要件があるとか」
向かい合って座ると、使用人達が俺たちの前にお茶とお茶菓子を出してきたが、そんな使用人達を横目にエドワルドがそう切り出した。
が、その意識は話しかけたはずの俺ではなく親父の方へと向いている。
さっきも言ったように、俺の方が格下であるために無視されるのは仕方がない。
仕方がないのだが……それでも多少のむかつきはある。
「ええ、エドワルドさんにも喜んでもらえると思うお話——儲け話です」
だから、俺のことを無視できないようにしてやる。
「ほう」
俺の言葉を聞いたエドワルドは、まだ見下すような色は混ざっているものの、オヤジではなく俺へと意識を向けた。
これでようやく話をする舞台に上がることができた。
まだ対等ではないが、舞台に上がることができればこっちのもんだ。話ができるのならそれで構わない。
何せ今回の話し合い、最初っから俺が勝つことが決まってるんだから。
「ところで、父からはどの程度お話を聞いていますか?」
だが、話を始める前にエドワルドが親父からどの程度話を聞いているのか確認しておかないとな。親父からは何にも話してねえとは聞いてるけど、一応の確認としてな。
「そうですね……何やら話があるとしか。ああ、君と同じで儲け話だと言っていましたね」
「ああ。話があるとは言ったが、どんな話があんのかは全く言ってねえ。今回の話は全部お前に任せるわ」
じゃあ、本当に好きにしていいわけだな。
「そうですか。では初めから話しますね」
「ええ、お願いします」
そうして話に臨んだわけだが、エドワルドはまだ余裕そうな顔のままだ。俺なんか簡単に言いくるめて金を吸い付くそうとでも考えているんだろう。
だが、わざわざそんなことを考えなくても、今回の提案はお前のためになるだろう。何せ俺は商売の話をしにきたんだから。ちゃんと利益は出るさ。お前だけにじゃなくて、お互いに、だけどな。
俺は自分のために聖樹の育成をするし、そのためにお前達に協力を求めるが、その見返りにお前が大好きな金は稼がせてやる。
だから、精々俺のために頑張ってくれ。
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