第214話お金の話

 

 先ほどまでの表情とは違いすぎてかなり胡散臭いことになっているが、最初っからこの態度で接して来られれば人の良い優男に見えることだろう。

 もっとも、場所がこんな掃き溜めのような街でなければ、だけど。


 ここではむしろ優男のような姿の方が疑わしい。筋肉がすごいとか武器を持ってるとかのわかりやすい野郎どもの方がよっぽど対応が楽だ。だって何かしてくるにしても直接攻撃だろうし襲ってきても殺せばいいだけだし。

 だが、目に見えた脅威がないと何をしてくるか分からないので、どう対応していいのかわからない。

 こんな街で生き残るには何かあるんだろうけど、その何かがわからないからどう警戒すればいいのかもわからない。


 そんなんだから、こいつも見た目に騙されてはいけない。もっとも、こいつのことを五帝の一人だとわかっている俺なら騙されることはないけど。少なくとも見た目で侮ったりすることはない。


「ただし、金はふんだくるってか」


 胡散臭い態度のエドワルドを見て、親父が呆れたように呟いた。

 だが、その言葉が気に入らなかったのか、エドワルドは親父に向けて邪魔者を見るような目つきで睨みつけた。


「話に参加しないのではなかったのですか?」

「この程度で参加したことに入るかよ。つかその程度のことはこいつだってわかってんだろ」


 だが、親父はエドワルドの視線など気にした風でもなくひらひらと手を振って出されていたお茶に手を伸ばした。


 そんな様子に小さくため息を吐き出したエドワルドは、もう親父のことは無視することにしたのか、改めて胡散臭さのすごい笑顔で俺のことを見てきた。

 ……こいつ、よくそんなに表情を変えられるな。俺もできないわけじゃないけど、正直ここまで本心を隠した笑みを作れるかっていうと無理だ。


「まあいいでしょう。——それで、お金さえ用意できるのであれば、こちらはあなたの求める全てを揃えることができますよ。まあもっとも、よほどのもの……どこかの国宝などであればそれなりに金がかかりますが」


 どこぞの国宝なんてもんはいらない。煌びやかな装飾なんて興味ないし、特殊効果のかかった魔法の道具だって、特に欲しいものはないからな。


 そんなもんより、俺は単純に人手と物資が欲しい。


「こちらの仕様書の通りに作ってもらえれば、金はいくらかかっても問題ありません」


 あらかじめ書いてきた街の仕様書を取り出し、それをエドワルドに渡す。


 俺から紙を受け取ったエドワルドはその中身を見ると、少しだけ考え込むような様子を見せた。多分見せた内容の試算をしているんだろう。


「これは結構な額になりますね。失礼ながら、出せるのですか?」


 その言葉は俺ではなく親父へと向けられていた。まあ俺がこれだけの金を持ってるとは思わないだろうし、実際持ってない。だから話自体は俺がするが、金を出すのは親父で、その辺の話をするのも親父だと思ったのだろう。


 意味としては、『この額を用意できるのか』ではなく、『子供の遊びでこんなに金を出すのか』という意味じゃないだろうかと思う。


 だが、親父はエドワルドの言葉に対して肩を竦めてみせた。


「元々今回のはこいつへのご褒美兼祝いだからな。つっても、予定していた額よりかなり高えから全部じゃねえけどな」

「ちなみに、それはどの程度で?」

「そこに書かれてる額の三分の二くらいだな」


 今回の計画は親父が予定していたよりも大規模なものになるため、その費用も高めのものになった。

 それでも親父もこの街の東区域をまとめているだけあって、それなりに金はある。だから出せることは出せるんだが、何を思ったのか親父は三分の一は自分で用意しろと言い出したのだ。

 俺としても流石にこれだけの額を出させるのは悪い気がしたし、用意する当てもあったので了承することにしたのだ。


「……三分の一とはいえ、かなりの額ですよ?」


 だが、エドワルドは本当に俺がそれだけの額を出すことができるのか疑問なんだろうな。訝しげな表情を見せている。まあ子供が出すような額でもないからな。


「言ったろ。俺は見てるだけだった。その辺の金だなんだの話はこいつと話しとけ」


 しかし親父はそう言うだけで、俺の肩を叩いてエドワルドの意識を俺に戻すと、お茶のお代わりを求め出した。


「出せるのですか?」


 出せるか出せないかで言ったら、今は出せない。だが、将来的に金を返す当てはある。

 だが、その当てが正しいかどうかの確認と、それから認識の共有のために一つ問いかけてみる。


「現在この街やこの街周辺の食糧状況ってわかりますか?」

「……食糧状況ですか? ええ一応は。この街はわかっていると思いますが、この周辺でもほとんど輸入していますね。多少は各自で作っていますが、一大生産地や食料庫と呼べるほどの生産はしていませんね」


 突然の関係ない問いかけに訝しげな様子を見せたエドワルドだが、すぐに俺の問いに対する答えを出してきた。そうやってすぐに答えられるあたりちゃんと把握してるんだろうが、すごいよな。


 だが、そう。エドワルドの言ったようにこの街の付近には食糧の生産をして入る所はあるが、大々的に作っているところはない。

 なんでか。それは防衛に力と金を割かないといけないからだ。魔物の対策のためではあるが、カラカスの奴らの対策でもある。

 少し離れた場所でも賊が遠出することもあるし、そもそもからしてこの周辺には賊の数が多い。

 なのでそちらの対応に金を割かなければならず農業に対して金を出せない。

 小さな村程度では農業をやっている——というかやるしかないから農業しているが、その程度では足りない。基本的には他所から買い付けない問いけないのが現状だ。


 しかし、そんなだから食料ってのは結構金がかかる。遠くから買い付けて運んでくるんだから当然だな。買って運んでくるにしても、そんなに量は運べないだろうし。

 カラカスでは食料の方が貴金属よりも高い場合さえあるのだ。


 まあ、うちの場合は俺が生長スキルを覚えてからちょっと事情が変わったけど。親父の所有している農地に行って、そこで俺がスキルを使う。毎日ではなかったが、それでも通常の数倍の採取量になった。そのため、食料にかかる金は減った。もっとも、それは自分たちの分だけだけど。東区以外の奴らには売ったり渡したりはしていなかった。


「はい。ですが、俺が『農家』だと言うのはご存知でしょう?」


 今までやっていたことを、さらに規模を大きくしてやるだけだ。今なら位階も上がったし、かなりの規模でやることができるだろう。


「ええ。以前の決闘の時に愚か者が騒いでいましたからね。……まさかあなたが?」


 俺が農家であると伝えただけで何がしたいのか理解したようで、エドワルドが驚いたような顔をしている。


「はい。農家の能力ですが、一月です。一月あれば、種から麦を育てて取ることが可能です」


 育てるだけならもっと早く育てることができるが、土を耕して肥料を馴染ませて……となるとちょっと時間がかかる。

 それでもスキルを重ねまくれば一週間もあれば収穫まで持っていけるだろうけど、今の時点では手の内を明かさない方がいいだろう。一ヶ月でも十分に早いんだ。スキルを重ねてもっと早くできる、なんてのはいう必要はない。


「一月ですか。それは素晴らしいですね。普通の『農家』はもっと遅いと聞いているのですが」

「まあそこは位階の差ですね。それで、麦、もしくはそちらの求める食糧を作るのでそれを買い取ってもらえないかと」

「……ふむ。つまりは宿場町というよりも、生産拠点としての意味合いの方が強いということですか?」


 その答えはあっているが、間違いでもある。


「宿場町として使えれば、とも思っていいますけど、まあ望み薄なので」


 せっかく作るんだから宿場町として人の往来が増えたほうがいいというのは確かだ。

 だが、実際問題としてそんなに人が集められるかっていうと、さっきまで十分すぎるほど考えたようにまず無理だ。

 なので、俺の金稼ぎのために野菜や穀物を作る場所として作った方がいいだろうと思っている。まあ、どっちもできるような感じ?


「そして、そこで作った作物を売って金を作ると、そういうことですか」

「はい。まあ今の時点で現金があるわけでもないので、お金を借りることになりますし、できることなら作った物もそちらで買い取っていただけるといいなとは思っていますが」


 ひと月で作物の収穫ができるのであれば、金の返済の当てとしては十分だろ。利子を入れても数年で払い切ることができるはずだ。


「麦などの作物以外にも、違法植物や環境管理の難しい植物。大体のものは栽培できます」


 今は麦を例に出したが、作ろうと思えば麻薬の類だろうと問題なく作ることができる。植物の声が聞こえるわけだし、調子が悪かったら整えてやれるし、特殊な環境じゃないと育たないっていうんならその環境条件を聞き出して最適な環境を整えてやることもできる。

 そして出来たものを売れば、金に困ることはないのだ。麦みたいな、表でも売れるもの以外は流通ルートを持ってないから面倒だけど。

 でもそれだってこいつに全部任せればいい感じに売ってくれることだろう。


「……返済の当てもあるようですし、お金を貸すのは構いません。作ったものは私の方で買い取らせていただきます。人も物も用意しましょう」


 エドワルドはにこやかに頷いているが、相変わらず胡散臭い。


「ありがとうございます」


 だが、ひとまず物資や人を用意してもらうことはできそうだし、作ったものを買い取ってもらうこともできそうなのでよかった。


「つきましてはその作物の買い取りに関してですが……この程度の金額でいかがでしょうか?」


 だが、そう言いながらエドワルドが提示してきた額は、俺の想定していたものよりも半分以下の値段だった。

 明らかにおかしい数字。どう考えてもぼったくってるような馬鹿げた設定の金額だ。


「……安すぎますね」


 俺は顔を顰めながらそう文句を口にしたのだが、エドワルドはそれを予想していたのだろう。顔色ひとつ変えないどころか眉を微塵も動かすことなく胡散臭い笑顔のままで答えた。


「そうでしょうか? 確かに一般的な流通の額に比べると安いかもしれませんが、立地を考えれば当然ではないでしょうか? 誰がここまで買い付けにきてくれると思いますか? 輸送費に人件費、それらは普通の街よりも高くつくことになりますので、それなりの量を運ばないと利益の出せない作物類では必然的にかかる費用が高くなります。こちらの負担が増えるのですから、それに伴って買取額も安くなると思いますが? 裏の品を作るのであっても同じです。あなたに捌けますか?」


 確かにその理由は理解できるさ。ここにくるまでの護衛費はバカにならないだろうし、長距離を運ぶのならそれだけ時間がかかるから金もかかる。量を運べば人件費もその分かかる。

 だから作物を作っても卸すのは安くなるだろうと思っていた。


 だが、これは安すぎる。これではこいつに売ろうとは思えない。

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