第202話リエータ:戦後の目覚め

 ──◆◇◆◇──


「——ん……」


 その日、私の目覚めはあまり良くなかった。最悪、と言うほどではないけれど、決して良くはない。

 全身からなんだか違和感を感じるけれど、風邪でも引いたのかしら?


「おはようございます。リエータ殿下」

「こ、ここは……?」


 いつも側に仕えてくれている侍女の声を聞いて意識を覚醒させていくけれど、目を覚ますと普段とは違う光景が目に入ってきた。ここはどこかしら? どうして私はこんなところで寝ていたのかしら? 私はここで寝た覚えはないし、そもそも最後の記憶が曖昧なのだけれど……。


 と悩んでいると、侍女が私の疑問に答えた。


「アルフト領の国境砦。その客間でございます」

「そう……。……っ! た、戦いは!? ドラゴンはどうなったの!」


 そういえば私はお兄様の領地であり私の実家でもあるアルドノフ領から、戦争物資の話のために国境にある砦にまでやってきたのだと思い出した。


 けれど、すぐにその砦がザフトの兵達によって襲われたことを思い出して慌てて体を跳ね起こすと、そばにいた侍女を問い詰めるかのように掴みかかった。


 確か私はドラゴンと戦っていたはず。その時の記憶はあまりはっきりとはしておらず曖昧だけれど、それでも確かに戦っていた。そして、負けたはず。


 でも、この砦に私がこうして寝ていられたということは、ドラゴンの撃退も魔物の撃退も達成することができたということ? ザフトを追い返して、私は助けられた……で、いいのよね?


「ご安心ください。ドラゴンは討伐されました。戦いは終わり、ザフトは撤退いたしました」

「そう……よかった」


 戦いは終わったのだと聞いて安心した私は、ほっと息を吐いてから再びベッドに腰を下ろした。いえ、意図したものではなく力が抜けた結果だから『座り込んだ』の方が正しいかもしれないわね。


 でも、そうして安心することができると、自然と今回の戦いのことが頭の中に浮かんできた。

 自身の記憶の整理にちょうどいいので、そのまま何があったのかを最初から思い出すことにしましょうか。


 まず、物資の計画について父と話しを終えた私は、翌日になって領地に戻ろうとしていたのだけれど、そこで敵襲を知らせる鐘が鳴った。

 それを聞いた私は、砦に戻る父の後を追って屋上に向かい、敵の軍を確認した。

 そこから見た敵は魔物の群れを従えていて、私はそれの対処をするために大規模な魔法を使った。

 その魔法によって初日はどうにかなったけれど、二日目にはドラゴンが現れたために危険な状態になってしまった。

 この砦にはドラゴンの相手をできるようなものはいなかったので、私が第十位階の魔法を使ってドラゴンと戦った。

 そして、私はドラゴンに勝った。

 けど、そこで戦いは終わりではなく、二体目のドラゴンが現れた。

 そんなことを想定していなかった私は一体目のドラゴンと戦うのに魔力を使い果たして動けなくなり、負けた。


 ……でも、確かに私は負けたけれど、そこで何かが……いえ、誰かが割り込んで助けてくれた?

 正直その辺りは意識がはっきりしてなかったから何が起きたのか良く覚えていないけれど、助けられたことは間違い無いのでしょう。


 誰に助けられたのかはわからないけれど……声。確かあの時、誰かの声が聞こえた気がする。それも、ただの声なんかではなくて、とても聞きたかった声。聞いたことはないはずなのに、そんなふうに思えてしまうくらいに心に残る声。

 あれは、誰だったのかしら……。


「……ねえ、あの時人がいなかったかしら? ドラゴンは、誰が倒したの?」


 私を助けてくれたのなら味方であるはずだし、この砦にも居たはず。そんな人がいたなんて聞いていなかったけれど、実際に助けられたのだからいないわけがない。

 私と違って今まで起きていた侍女なら何か知っているだろうと思って聞いてみると、侍女はしっかりと頷いて答えてくれた。


「それでしたら、確かに人はおられました。なんでも侯爵様から派遣された援軍だとかでして、現在は別室にてお休みいただいております」

「どんな子なのかしら?」

「……〝子〟ですか? いえ、私はお目になる機会がありませんでしたので、申し訳ありません」


 私の問いに侍女は申し訳なさそうに眉を歪めて謝ってきたけれど、そうよね。起きていたからといって、その人の姿を見ることができるわけでもないわよね。城で働いているからといって王族の顔を見たことがあるとは限らないのと同じことだもの。むしろ知らなくても当然でしょうね。


「いえ、いいのよ」


 そういえば、私はなんで「どんな子」なんて聞いたのかしら? 意識も視界もはっきりとしなかったから、姿なんてまともに見ていないはずなのに。


 その〝子〟がどんな人物なのか、誰なのかが無性に気になってしまう。

 見たことはなく、会ったことはないはずなのに、なぜかひどく気になる。いえ、気になる程度ではないわね。忘れることができない。心が騒ぎ立つほどに懐かしい存在。……懐かしい?


 ……どうして、私は見たこともない相手のことを懐かしいだなんて思ったのかしら? 私が懐かしいと感じる相手なんて、そんなのは一人しかいないは——っ!


 そこまで考えたところで、私の頭の中に一つの可能性が思い浮かんだ。それはありえないことだ。ありえないはずだ。そのはずなのに、私の頭の中には急速にその考えが根を張っていく。


 まって。まってまって。うそよ。だって、そんな……違う。だってあの子がこんなところにいるわけがない。あの子はあの人の元で暮らしていて、だからこんなところにいるはずがなくって……。


 でも、助けてくれた者のことをはっきりと覚えていないにも関わらず『子供』と認識し、その姿を懐かしいと思ってしまう。

 そんなことを思うだなんて、あの子に対してしかありえない。


「お待ちください! まだ安静にしていなければなりません!」


 そう考えてしまった私は、すぐに確認しなければとそのままベッドから降りて立ち上がろうとしたのだけれど、私の様子に気がついた侍女に慌てながら止められてしまった。


 確認しに行きたいのに……会いに行きたいのに止められてしまったことで苛立ちが生まれたけれど、まだ『そう』だと決まったわけではないからか、私の中の冷静な部分が落ち着くべきだと私を諌める。


 それによって、私は早く会いたいと逸る心を抑えてから一度深呼吸をし、心を落ち着かせる。

 けれど、それでもまだ完全に落ち着いたとは言い切れず、でも完全に落ち着かせるなんてことは到底できず、そんな心が反映したのか私は捲し立てるかのように侍女に言葉を返した。


「平気よ。治癒師の腕が良かったのでしょうね。傷自体はもう治っているわ。だるさはあるけれど、それは魔法を使いすぎた影響よ。休んでいれば治るわ。それよりも、部屋で閉じこもってる方が気が滅入ってしまうわ」


 それ以外にも血を失い過ぎた影響もあるかもしれないけれど、体の怪我そのものは綺麗に治っている。見たところ痕すら残っていないし、よほど力を入れて治してくれたのでしょうね。治癒師の方にもお礼を言わなくてはならないでしょうね。


 でもそんなことよりも、今はとにかく早く……一秒でも早く確認しに行かなくちゃいけない。

 だって私は、そのために生きてきたのだから。そのためだけに生きてきたのだから。だから……。


「……ただいま城主様……いえ、前侯爵様にご確認いたしますので今しばらくお待ちください」


 そう言うやいなや、私の返事を待つことなく侍女は部屋から出て行ってしまいました。おそらく、このまま問答を続けていても意味がないとでも思ったのでしょう。


 そんな慌てるようにして部屋を出ていった次女の背中を見て、自分の状態が普通ではない——焦っていることに気がついた私は、このままでは会えない。こんな焦ったみっともない状態で会うことなんてできるわけがない。せっかくの再会なのだから、もっと立派な姿を見せてあげたい。そう思い直して数度程深呼吸をして、今度こそ心を落ち着かせてから扉とは反対方向にある窓へと近づいて行きました。


 その窓の向こうには長閑な平原が広がっていて、まるで焦りすぎだと私を諭すかのように思えた。

 そして窓にはいつもより痩せた頬をした私の姿が写り、私の手は無意識のうちに自身の顔へと伸びていた。


 ……自分では問題ないと思っていたけれど、そんなことはないみたいね。


 そうしてようやく自身の状態を理解した私は、目を瞑って深呼吸をした後、大人しくベッドへと戻ることにした。その時の気持ちは、なんといえばいいのか、なんとも言うことのできない混沌としたものだった。


 ……それにしてもすごく、懐かしい感じがした。やっぱり、私を助けてくれた人はあの子なのかしら?


 私が最後に気を失う前、朦朧とする意識の中で声が聞こえたけれど、あの声は……母親、って言っていた気がする。

 あの場で「母親」なんて言葉を使って誰のことを示したのかはわからないけれど、それが私のことであれば、それは……それは、助けに来た者が私の子供だと言うことになる。


 もしそうなら、あの子はどうしてここに来たのかしら? そのうち会いに向かわせるとは言われていたけれど、本当に私に会いに?

 会って何を話せばいいの? どう接すればいいの? どんな顔をして会えばいいの?


「リエータ」


 ずっとそんなことばかりを考えながら待っていると部屋のドアが叩かれ、入室許可を求める声が聞こえてきたので許可を出すと、その向こうからは父が姿を見せました。


「お父様。ご無事で何よりですわ」


 そう言って笑いかけると、父は申し訳なさそうに眉尻を下げて首を横に振った。


「それはこちらのセリフだ。無事でよかった。すまない。お前に無茶をさせてしまって……」

「いいえ、あれは私がやりたいと思ったからやったこと。無茶だって、それもわかっていてやったことですもの」


 ここで守らなければ私の守りたいものを守れない。そう思ったからこそ無茶をして戦ったのであって、国を守りたかったから戦ったのとは意味合いが違う。

 だからきっと、私にはこんな申し訳ないと思われる理由などないでしょう。


「だとしてもだ。すまない。そしてありがとう」


 しかし父は私の答えに対して再度の謝罪と、それから感謝を行ないました。


 でも、やはりその感謝は私が受け取るべきではないのだという思いが強くある。


「ですが、結局私は勝ち切ることができませんでした……」


 そう。結局私は私だけでは守り切ることができなかった。私が守りたいと思った物を守ったのは私ではなく、多分、私が守りたいと思った存在こそが自力で守ったのだろう。


 と、そこまで考えて私は私が聞きたかったこと、聞くべきであることを思い出した。


 あの時現れたのは誰なのか。ドラゴンを倒したのは誰なのか。それを聞こうと思いついたのと同時に父が口を開いた。


「だが、助力もあってドラゴンは倒せたし、ザフトも撃退することができた——」

「そうです! あの時! あの時ドラゴンを倒したのは誰ですか!? あそこにいたのは!?」


 そんな父の言葉が完全に終わる前に、被せるようにして私は父に問いました。

 先ほどもっと落ち着こうと考えたばかりで、本当ならもう少し静かに問うつもりでした。けれど、もし本当に助けに来た人物があの子であるのなら。と、そう思うだけでどうしたって心が逸ってしまった。

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