第201話陰ながらのリリアの活躍


「お疲れ様です」

「ああ、そっちもお疲れ。それと、ありがとな」


周囲にいた兵たちからなんだか微妙な視線を受けながら砦に戻ると、砦の入り口あたりでソフィアが出迎えてくれた。

それだけで、なんだかすごく落ち着いたというか、『終わった』んだと理解できた。

まだ事後処理とかあるだろうが、それでも今回の俺の戦いはこれでおしまい。あとはここに来た目的を果たすだけだ。


「それで、あー……」


母の身が心配ではあるのだが、母さんのことをなんと呼んでいいのか迷ってしまい、口籠ることになった。


「お母君でしたら現在前侯爵の指示にて治癒師の手で処置を終え、眠られているところです。命に別条はなく、後遺症も残らないそうです」


そんな俺の言いたいことを察して、ソフィアは俺を安心させるためかにこりと笑いながらそう言った。


「そうか」


ならよかった。この世界にはスキルがあるわけだし、早めに処置すれば問題ないだろうとは思っていたのだが、それでもこうして誰かの口から大丈夫だったと聞くととても安心できた。

しかし……


「ですが……」


安心したのも束の間、ソフィアはそれまでの笑みを歪めてどこか困ったような表情になり、言葉を止めた。


その様子が俺に不安を感じさせ、俺は眉を顰めながら問い返した。


「ですが、なんだ? 何か問題があったのか?」

「いえ、問題というほどのものでも無いのですが、その治癒師というのが……」

「よく戻ったな」


だが、その答えを聞こうとしたその瞬間、ソフィアの背後、砦の中から一人の老齢の男性が現れて俺たちの話を遮った。

その人物というのはこの砦の責任者であり、俺たちの祖父であるイルヴァだった。


「閣下」

「イルヴァで良い。……いや、そも名乗ってすらいなかったか」


跪きはしないが、それでも一応は礼を取ろうとしたのだが、それはイルヴァが片手を上げることで止められた。


「わしはイルヴァ・アルドノフ。アルドノフ侯爵領の前当主だ。好きに呼んでくれて構わない。君にはその資格がある」


資格、ね……。俺が戦いに参加する前の態度とはなんだか別物だな。あの時はまだ半信半疑……いや、俺の身分や出自自体は信じていたが、俺自身のことを信用していなかったって感じだった。

だが今は、しっかりと家族……血族だと認識しているような、そんな感じがする。


「私はここの本来の主人ではないが、指揮官ではある。故に、皆を代表して礼を言わせてもらいたい。奴らを止めてくれてありがとう。君のおかげでここにいる者は私を含めて命を繋ぐことができた」


イルヴァの態度の変化について考えていると、イルヴァはそう言いながら俺に向かって頭を下げてきた。俺みたいな余所者相手に、だ。


突然現れて味方したと思ったら、今度は味方による追撃を邪魔したりとよくわからない行動をとっている不気味な存在。それが周囲にいる兵達の俺に対する評価だろう。


そんな不気味な存在である俺に対してイルヴァが……この砦の現在の最高責任者が頭を下げるというのは驚いたのだろう。俺たちの様子を伺っていた兵達からどよめきが聞こえてきた。


しかし兵達の反応など知ったことかとばかりにイルヴァは話を進める。


「そして、父親としても娘を助けてくれてありがとう」


頭を上げたイルヴァが今度は将としてではなく父親として娘を助けてくれたことを感謝してきた。


だが、あれは俺がやりたくて勝手にやったことだ。誰かのためではない。他ならない俺のために俺がやったのだ。それを感謝されたところで、「ああそう」くらいにしか思わない。


しかしイルヴァの話はそれで終わらず、感謝を伝える顔から一転してその表情を難しいものへと変えた。


「君が私にどんな感情を抱くのか、なにを思うのかはわからないが、あの子は恨まないで欲しい。あの子は——」

「閣下」


わざわざ何を言い出すのかと思ったらそんなことを言い出したので、俺はイルヴァが最後まで言う前に手を出し、声をかけることでそれ以上喋るなと伝えた。


親であり、そして祖父でもあるイルヴァとしては俺たちのことは気になるものだろう。

だが、これは当事者同士の問題だ。つまりは俺と母の問題で、イルヴァは関係ない。

こっちはここに来た時点で、完全にとは言えないがそれでもある程度、最低限の覚悟は決めてんだ。悩みもしたし、色々と考えもした。それでもなおはきりとした答えを出すことができずに迷っていたわけだが、それでも真剣に考えたんだ。

その覚悟や想いに対して部外者にとやかく言われる筋合いはない。俺たちの結果がどうなろうと、まだ結果は出ていないんだ。結果が出る前に割り込んで自分の考えを混ぜようととするな。


「……そうだな。部屋を用意させた。今日はそこで休むといい」


そんな俺の意思が伝わったのか、イルヴァは少しだけ悲しげな様子で眉を顰めると、静かに息を吐き出してからそう言って後ろに控えていた兵士を示した。


「ありがとうございます。——ソフィア、いくぞ」

「失礼いたします」


そう言ってから俺たちは紹介された兵士に部屋の案内を促し、その後をついていって用意された部屋へと辿り着いた。


部屋についた俺は、まず部屋の中を軽く見回すと部屋の中にあったベッドに倒れ込んだ。


今日は久しぶりに疲れた。結構動いたし、スキルだって割と限界近くまで使った。まだまだ使おうと思えば使えるけど、同じ戦闘をもう一度しろと言われると無理だ。ドラゴンを倒すくらいならできるが、そこまでだろう。

それに、そもそもこの砦にくるまでも割と強行軍で来たもんだから、ここに来るまでもしっかりとした休憩なんてとってなかったし、知らない人に会ったり対応したりで本当に色々あって、だからほんとうに疲れた。


「お見舞いはどうされますか?」


しばらくベッドに倒れたままでいたからだろう。ソフィアがそう声をかけてきたので、俺は倒れたまま大きく息を吐き出すと、ゆっくりと体を起こした。


「まだ休んでた方がいいだろ。フィーリアの言葉通りなら、俺に会ったらはしゃぐだろうし、それはまだ傷が治り切ってない状態では避けた方がいいと思うんだよ」


怪我が治ったって言っても、まだ意識は戻ってないだろう。そんな状態で会いにいっても……まあ意味が全く無いってことはないんだろうが、それでもどうせ会うんだったらお互いの意識がある時にしたい。


後は今言ったように本当にフィーリアの言ったような人なら、俺を見てどんな反応をするのかわからない。もしはしゃいで怪我に響くような行動を取るような人であるのなら、今は会わないほうがいいだろう。


「……ああそうだ。それよりさ、さっき言いかけてた治癒師がどうしたって話だが……」

「そうでした。お話が途中でしたね」

「ああ。で、なんか問題があったのか?」


問題はないと聞いているが、ソフィアがこうも言い淀むとどうしても気になる。もしかしたら俺に心配させまいと何か隠してるんじゃ、なんてことも思ってしまう。


「いえ、先ほども申しました通り、問題ではありません。ですが、面倒ではあるかもしれません」


だがソフィアは首を横に振ってそう答えた。

問題はないが面倒はあるってどういうことだろうか?


「端的に申しまして……リリアが治しました」


ソフィアはそう口にしたが、その言葉を聞いても俺はすぐには言葉を返すことができなかった。

だって、リリアだぞ? あいつはアルドノフ領の城に置いてきたはずだ。どうしてここでそんな名前が出てくるんだ?

予想外すぎることを聞いて、俺は状況がさっぱり理解できなかった。


「…………は?」


そして、やっとの思いでなんとか返すことができたのはそんな言葉にもならない声だけだった。


「……え、リリアって、あのリリアだよな?」


しばらくソフィアの言葉を自分の中に落とし込み、たっぷり考えてから俺の知っているリリアの顔を頭に思い浮かべてから問いかけてみるが……


「はい。それです」


ソフィアは迷うことなく頷いた。


「……なんだってこっちに? あいつは騎馬隊の中にいなかったよな?」


確かあいつは俺たちがこっちに来る時には一緒にいなかったはずだ。改めて思い返してみても、やっぱりいなかった。

だがそうなると、どうしてあいつがこっちにいるんだってことが気になる。


「はい。ですが、なんでも一人だけ置いていかれるのは嫌だと言ってこちらに来たそうです」

「マジか」


一人は嫌だってお前……他にフィーリアもいたし、お前の子分的な感じになってたレーネもいたじゃん。


こっちに来た理由がなんとも言えず馬鹿らしいものだったので呆れるしかないが、それがあいつらしいとも思える。


と、そこで一つの疑問が浮かんだ。


「でも、あいつ馬なんて乗れたのか?」


そうだ。あいつは自身の乗る乗り物を引いていた魔物に馬鹿にされて頭を舐められていたことだってあった。その魔物からしたら親愛の表現なのかもしれないが、あの様子を見ていると上手く乗馬ができるとは思えない。


「いえ、馬ではなく馬車だそうです」

「馬車? ……馬じゃなくて馬車だってんなら、こっちに着くまでにもっと時間がかかるもんじゃないか?」

「通常であればそうですね。ですが、リリアは治癒師です。それも、第七位階の。馬の身体能力を強化して、疲労は癒しながら休むことなく突っ走ってきたわ、とのことです」

「……能力の無駄遣いしてんなよな」


だが、そのおかげで助かったのだとしたら、そんなリリアの行動もまるっきり無駄とも言えない。


「この砦には治癒師もいましたが、あまり位階が高くはなかったので、もしかしたら後遺症が残っていた可能性があります。それに、兵たちの治癒でスキルを使いすぎてまともに癒すことができなくなっていた状態でした。ですので、リリアが来たのはまさに絶好と言っても良いタイミングでした。まあ、そのリリアも馬車を引く馬達に魔法を使いすぎて限界だったようでして、お母君に治癒をかけたら寝てしまいました」


……そうか。この砦に治癒師はいるんだと考えていたが、全員軍属だ。であれば今回の戦いにも参加してただろうことは簡単に分かったことだし、怪我人の対処で使い物にならなかった場合も考えておくべきだった。

実際まともに治癒をかけられなかったところにリリアが来たんだ。勝手な行動と言えなくもないが、今回ばかりは怒らないで感謝をするべきだろう。


「そっか。なら、後であいつにも感謝しておかないとな」

「はい。それがよろしいでしょう」


聞きたいことを聞けたので満足した俺は休むためにそのまま寝ようと思ったのだが、気を緩めることができたからだろう。ふと漂ってきた匂いが気になり体を見下ろした。


さっきまで戦っていたんだから当然と言えば当然なんだが、ドラゴンの返り血や土埃、腐敗臭なんかがついていて、とてもではないがまともに寝る格好ではないだろうと言うことに気がついた。


「……悪いんだけど浄化をかけてくれないか?」

「はい」


本当なら風呂に入って着替えて、ってした方がいいんだろうけど、今は着替えるのさえ億劫だったので、ソフィアに頼むだけで終わらせることにした。


ソフィアは俺の言葉に返事をすると、僅かに眼に力を入れただけでスキルを発動させ、俺の体を……それからさっき汚れた状態のまま倒れ込んだベッドを浄化し、汚れや匂いを消し去った。


部屋の中に漂っていた嫌な臭いが綺麗に消え去ったことで、俺は一度大きく息を吸って深呼吸をすると、ソフィアに顔を向けた。


「ありがとう。それから、も一つ悪いんだけど、しばらく誰も通さないでくれ」

「かしこまりました」


ソフィアに礼を言ってから俺は外套を脱いでから再びベッドに倒れ込み、目を閉じる。


「おやすみなさいませ。本日は誠にお疲れ様でした」


そんな俺の様子を見て、ソフィアはそれだけ言うと静かに部屋を出ていった。


「……母さん、か」


今日の出来事を思い出していき、初めて……いや、再び見ることのできた母の顔を思い浮かべながら呟き、そうしているうちに俺の意識はいつのまにか薄れていった。

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