第200話進みたいやつだけ進め

 

「ん? ……待て、お前ら」


 その背中に追撃していこうとしたのか、ザヴィートの兵たちが駆けてきたが、俺は手をあげてそれを止めた。


「はっ! なんでしょうか。現在は逃走中のザフト軍に打撃を与えるべく追撃行動中——」


 突然声をかけられたことでこの追撃部隊の隊長らしき男が部隊を止めて答えた。

 俺を見る目は畏敬のこもった眼差しではあるが、どこか焦ったような感じがする。まあ追撃作戦中に止められたらそうなるだろうが、俺はそんな隊長の言葉を遮って自分の意思を伝えた。


「それ、中止だ」

「はっ?」


 俺が中止だと言っ他のがよほど理解できなかったんだろう。隊長含め騎兵隊の隊員たちは俺の言葉に返事することはなく、一瞬呆然とした後に訳のわからなそうな顔をしただけだった。

 そして言葉の意味を理解するとそれぞれが困惑したようにして顔を見合わせた。


「中止だ。追撃はなし。帰れ」

「い、いえ、ですが命令ですので……」


 ま、そう答えるよな。

 俺はこいつらにとっては自分たちをドラゴンなんて化け物から助けてくれた恩人でもあるわけだし、無碍にすることもできないだろう。もしかしたら上司から何か言い含められてさえいるかもしれない。だからこそ追撃中だってのに止まったわけだし、こうして話をしてるんだ。


 だが、俺なんて所詮は余所者。ここではなんの権力も持ってないんだから命令に逆らってまで俺の言う事を聞くなんてのはできないだろう。


 それはわかるし、そうだろうなってのは予想していた。


 だが、余所者であるからこそ俺はその『命令』に縛られない。追撃をするもしないも俺の自由で、止める止めないも俺の自由だ。


 俺はこいつらを止める。そう決めたんだ。だったら……


「そうか。なら、俺がお前らの敵に回るな」


 力尽くでも止めるしかないよな?


「なっ!? なぜそんなことを!?」


 俺の言葉があまりにも予想外だったのか、隊長の男からは驚きの声がもれ、隊員たちからも非難の声が飛んできた。中には脅そうとしているのか、武器をチラつかせて大声を出してきたやつもいたが、そんなのはうるさいだけで怖くもなんともない。大体ドラゴンにすら勝てないどころか、ビビって震えてるだけの奴らに俺が負けるわけないだろうに。多分見た目や立場がそんな強気にさせているんだろうが、どうやらこの馬鹿どもはお互いの上下関係すら理解できないようだ。


 そんな馬鹿どもから意識を外し、再び隊長の男へと向き直って俺は口を開いた。


「そんなこと? 当たり前だろうが。俺はあの指揮官の男に『生かしてやる』って言ったんだ。約束を守ってすぐに撤退していったのに、こっちが約束を破るのは違うだろ」


 そう。俺はザフトの指揮官の男に約束したんだ。『さっさと帰れば生かしてやる』ってな。そしてあの男は俺の言った通りすぐに帰って行った。それこそ、仲間の死体や遺品の回収を諦め、持ってきた荷物すらも捨ててな。

 なら、今度はこっちが


 大体、あれは俺の獲物だ。最初戦っていたのはザヴィートの連中だろうが、ドラゴンを相手にして母さん以外誰も手を出そうとしなかった時点でこいつらはドラゴンと戦うことを諦めたんだ。つまり、そこでこいつらとザフトの戦いは実質終わっていたようなもんだ。こいつらの負けでな。実際、俺が助けに入らなかったら母さんはあのまま殺されていただろうし、その後に砦も壊されていただろう。


 だが俺がやってきて、恐怖の対象で問題となっていたドラゴンを倒した。そして俺がザフトの連中を追い返した。

 なら、俺がどうしようと勝手だろうに。


 ビビって手が出せなかった奴らが、さも敵が逃げ出したのは自分たちの成果であるかのように語って手柄を奪おうとするのは道理に合わないだろ。


「相手はザフトですよ!?」

「だからどうした。元々お前らは俺が戦わなけりゃあ死んでたんだ。自分たちが生き残って、その上で敵を退けることができたんだから、それだけでも儲けもんだと思っとけ」


 こいつらはドラゴンが来たせいで元々負けそうだったんだ。なら、追撃だなんだと欲をかかないで、助かったことを喜んでおけばいいんだよ。

 戦った。怖かった。辛かった。でもなんとかなった。それで終わりでいいじゃねえか。


「ですがっ! 今は敵の策を破り、敗走しています! 今がザフトの力を削ぐ絶好の機会なのです!」

「うるせえ。策を破った? そりゃあ誰がだ?」


 だが、それでも指揮官の男はなんとか説得しようと言い募るが、俺はその言葉に殺気を放ちながら答えた。


 なんだこいつらは。敵は確かに逃げたが、それは俺の手柄だ。それなのに自分たちの成果だとでもいうつもりか? なんだその傲慢さは。ふざけてんだろ。


「え? そ、それはあなたが……」

「ああそうだ。俺だ。俺が奴らを倒したんだ。……なら、あれは俺の獲物だろ? なんで横取りなんてしようとしてんだ?」


 もちろんこいつらの考えも理解できるし、軍人なんだから仕方ない面はあるだろう。だが……ああ、気に入らない。

 母さんを助けるためだったし、実家や祖父が関係しているためだと思ったが、こうなってくると助けなければ良かったとさえ思えてくる。


 そんな俺の憤りが理解できたんだろう。騎兵隊達は指揮官だけではなく全員がガチャガチャと音を立てながらみじろぎした。


「よ、横取りというのならそちらが先じゃないか! 先に戦っていたのは俺たちの方だぞ!」


 だが、こいつらにもプライドなんてものがあったんだろう。俺の態度や言葉に堪えきれなかったようで、俺のことを指差しながら叫んだ。


「おい!」


 指揮官の男はバッと振り返って叫んだ男のことを諌めるが、まあ男の言っていることも理解できないわけではない。実際、俺は途中から参加したわけだしな。


「ああまあ、そうだな。でも、あのまま戦ってて勝てたか? 勝てなかっただろ? 最初に戦っていた獲物を横取りしたのは俺かもしれないな。だが、負けそうなところを助けたのは横取りっていうのか? あのまま放っておいて助けられた命を見捨てた方がよかったか?」

「そ、れはっ……」


 もし俺が介入しなかったら、と考えたのだろう。俺に向かって叫んできた男は言葉に詰まった。


「だが、お前たちの言い分も理解できないわけじゃない。お前らは軍人だしな。命令に逆らえないのもそうだし、国のために最善を尽くそうとするのもわかる。だから俺はこれ以上は止めないし、文句があるなら先に進めばいい。もうそれなりに離れただろうが、今からでも多少なりとも追撃の意味はあるだろうよ」


 俺がこいつらの足止めをしてからもうそれなりの時間が立っている。それなりと言っても数分程度だが、敗走の混乱を立て直すくらいはできているだろう。だから今から襲っても大して効果が出るとは思えないが、それでも全くの無意味ってことはないだろう。


「……ご理解いただけて幸いです。では私たちはこれにて失礼いたします」


 隊長の男は苦々しい顔で一度後方にある砦へと振り返ったが、すぐに前へと向き直ってからそう言って俺の横を通り抜けようと馬を進め出した。


 ——が、確かに今から追撃してもちょっとした被害にしかならないだろうが、それでもちょっとした被害は出るってことだ。俺は『生かして帰してやる』と言ったんだ。それはあの時いた全員に対してであり、一人でも殺されてしまえばそれは約束を破ったことになってしまう。

 だから……


「ああ。ただし——進めるもんならな」


 俺はそう言いながら振り返ると、目の前にあった地面を《天地返し》で宙に浮かせ、騎兵達の進路を塞ぐような大穴を作り出した。


「俺はもうお前たちを止めない。だから進みたいやつは進め。その代わり、俺が『生かしてやる』と約束した相手を殺そうとするんだ。それなりの覚悟はしておけよ」


 まだ正面の地面を浮かせただけなので、回り込めば前に進むことはできるだろう。

 だがそれでも、そんなことをすれば俺が止めに入るとわかっているのか、追撃部隊の隊長の男は何度も逃げるザフトの背中と俺とを見比べている。


「た、隊長……?」

「……っ。撤退だ」


 部下に声をかけられたことがきっかけになったのか、隊長の男は自身のことが呼ばれた瞬間に一際苦々しげな表情をすると撤退することを告げた。


「ご理解いただけて幸いだ。では俺はこれにて失礼させてもらう」


 そう言ってから、俺は足を止めている騎兵隊の横をすり抜けて砦へと向かって歩き出した。

 なんだか久しぶりにまともに戦ったせいかすごく疲れた感じがするが、ここで寝転がるわけにもいかないので、仕方ないが砦まで頑張って歩くとしようか。


「後の対処は、必要ないよな。それくらいはあっちでやってくれるだろう」


 砦に向かって歩いていると、倒れているザフトの兵や、なぜか知らないが……いやほんとなんでそんなことになってるのか知らないが、不自然に地面から生えている植物たちが目についた。いやー、なんでこんなものがこんなところに生えているんだろうか? さっぱりわけがわからない。

 だが、元々ここは草原だし、植物が生えていても問題ないだろう。仮に問題があったとしても、それをどうこうするのは俺の役目じゃないから無視でいいと思う。


 その横を先ほどの騎兵隊が駆けて行き、その際に隊長含め兵たちからは敵意とも畏怖とも、それから感謝とも取れるような微妙な視線を向けられたが、まあ気にするほどのものでもないだろう。


「そんなことよりも……」


 不自然に生えた植物や倒れている敵兵、後は騎兵たちの視線などは無視して、俺は正面にある橋のさらに奥——砦へと視線を向けた。


「死んで、ないよな……?」


 もしかしたら、なんて思ってしまって少しだけ不安を感じたが、大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。

 そして、俺は砦の何処かにいるであろう母さんのことを思いながら砦へと戻っていった。

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