第193話リエータ:第十位階魔法

 

「《大地よ起きろ・我が意をここに示さん》」

「リエータ……?」


 突然魔法の詠唱をし始めた私に対し、父が不審げな眼差しをむけてきました。ですがそんなものはお構い無しに私は魔法の構築を続けていきます。


「《我に仇なすものを打ち砕け・これなるは祈り・全てを守る大地の慈悲なり・しかして祈りは世界に届かず・その慈悲は悪意によって阻まれる・全てを守る偉大なる大地よ・我が元に顕現せよ》」


 詠唱とともに私の眼前には大きな——それこそ砦と同じくらいの大きさの魔法陣が構築されていきます。

 これから使うのは第十位階魔法。使うのは二度目ですが、こうして皆の見ている前で使うのは初めてです。

 私の構築した規格外とも言える様な大きさの魔法陣を目にし、敵味方問わずその場にいた全員が私へと視線を集めていますが、そんなものは意に介さずに私は魔法の準備を進めていきます。


 ……これを使えば私の体に多大な負担がかかります。その影響がどういう形で出るのか、それは知っているつもりです。

 ですが、それでも構わない。


「《——この身を尽くして願いを果たせ》」

「待てリエータ! それはっ……!」


 唯一効果を話したことがある父が私を止めようとしますが、私は止まるつもりはない。

 だって、ここで守らなければ敵はこの国に攻め込んできてしまう。正直なところこんな国なんてどうでもいい。でも、この国には私の子供達がいる。

 だから私は、母親として子供達を守るために命をかける!


「《——精霊召喚・アンキ》」


 詠唱を終えた私は最後にそう口にした。

 すると、構築した魔法陣は明滅を繰り返しながら回転し、収縮したと思ったら——砕け散った。


 砕けた魔法陣の魔力が宙を漂うけれど、これは失敗ではない。むしろ成功の証。一度しか使ったことがなかっただけに、もしかしたら失敗するかもしれないと思っていた私は成功したことにホッと息を漏らす。


 そして、先ほどまで魔法陣のあった場所からは魔法陣が消え去り、代わりに私と同程度のサイズの人型のものが宙に現れました。


『あらぁ、久しぶりねぇ』


 人型のそれは私を見るとのんびりとした口調で話しかけてきました。


 これは精霊。大地に宿り、大地を管理する上位の精霊の一人。魔法師は第九位階になると精霊と契約し、その力を借りることができる様になるけれど、私が今使った魔法はそんな精霊を自身の体に憑依させて一時的に精霊の力を自由に振るえるようになるというもの。


 しかし精霊とは無数にいるため、契約できる精霊がどの程度の力を持った存在なのかは実際に契約してみるまでわからない。

 私の場合はこのアンキという名の精霊。さっきも言ったように精霊は数多くいるけれど、その中でもこの者のように上位の存在と契約できたのは幸運だった。


 本人曰く精霊と契約できるほど高位の魔法師は少なく、暇をしていたために私との契約をしたのだそうだけれど、契約してもらえたのなら私にはそれ以外はどうでもいい。


 もっとも、強い精霊と契約しその力を借りるには相応の代償が必要になるのだから一概に強い精霊の方がいいとは言えないのだけれど。


「はい、お久しぶりです。突然お呼び立てしてしまいまして申し訳ありません」

『いいのよぉ。私はそれを良しとしてあなたに力を貸しているんだもの。けどぉ……』

「分かっていますわ。力を貸していただく対価として、寿命を差し上げます」

『そう? 分かっているのならいいのだけれど……』


 これが代償。精霊なんて人間よりも強大な力を持った存在を人間の体に降ろすなんて、普通ではない。そんな普通ではないことをするのだから、普通では使わない力を使うのは当然のこと。普通ではない力——それは生命力。あるいは寿命と言い換えられるもの。

 その力を精霊に渡し、精霊をこの体に繋ぎ止め、その間だけ精霊の力を振るうことができる。


 精霊とは自然の具現化した存在で、その力を使うことができるというのはとても強い力になる。けれど使えば使うだけ寿命が削れていく諸刃の刃。

 だとしても、私は躊躇うことはない。


『もらう私が言うのもなんだけどぉ……あまり無茶をしない方がいいわよ? あまり無茶しすぎると、死んじゃうんだからねぇ?』

「ですが、それでも戦わなければならない時はあります。その時に迷って逃げるなんてことを、私はもうしたくありません」

『そう。まあそうね。それでこそだわ。最初は暇潰しだったけれど、そんなあなただからこそ、私はあなたに力を貸したいと思ったんだもの』


 アンキはそう言って笑うと、私の背後に回ってそっと抱きしめてきた。

 それは子供を労る親のよう。大地に宿り、ずっと見てきた精霊からしたら確かに私は子供の様なものなのでしょうね。

 ……いつか、私もこうして我が子を抱きしめられるようになりたい。

 そのためには、目の前の敵を倒さないと。


 そう覚悟を固めてから視界の先にあるドラゴンの姿を睨みつける。


「今回はあれです」

『あれ……ああ、ドラゴンねぇ。けどあれ、そこそこ歳をとってるから、結構強いわよぉ?』

「はい。だからこそお呼びいたしたのですもの」

『そう言えばそうねぇ〜。じゃないと呼ばないものねぇ。いいわ。覚悟が決まってるんだったら、力を貸したげるわぁ』


 そう言ってアンキは私を抱きしめるその手に力を込め、私はその手に自分の手を重ねた。


『五年。それでどう?』

「それで倒せるのでしたら」

『なら安心していいわぁ。よっぽどおかしなことがない限り、十分に倒せるから。——それじゃあ』

「はい——《憑依》」


 そして魔法の完成に必要な最後の言葉を口にし、私は精霊と同化した。


「この後ろには、あの子の世界があるのよ。だから、それを壊そうとする者は——誰も通さない」


 精霊と同化した今の私には、歩く走るといったことをしなくても移動することができる。

 宙に浮き、念じるだけで飛ぶことができる様になった私は、砦を飛び出し、橋を越え、ドラゴンへと殴りかかっていった。


 いきなりそんなことをしてくるとは思ってもいなかったのか、ドラゴンはまともに拳を受けて吹き飛んでいく。

 けれど流石というべきでしょう。それだけでは死ぬことはなく、それどころか大した怪我も負っていない様にすら見える。


 視線を向けるだけで大地が隆起し、手を振るうだけでそれらは変形し巨大な顎門となってドラゴンへと襲いかかる。

 そのついでに下にいた魔物達やザフトの兵が巻き込まれたけれど、気にすることはない。


 それからも戦いは続き何度か反撃を受けたものの、戦いの流れはほとんど私にとって一方的と言ってもいいものになった。

 それでもやはり最強種と呼ばれるだけあって一撃で殺すには至らない。


「これ、で……」


 そうして全身に疲労が溜まり、身体中から血を流しながらも戦い続けた私は、ついにドラゴンを地面に叩き落とすことに成功した。そして、私と同じように……いえ、私以上に疲労し、怪我を負って身動きの取れないドラゴンに向かって最後の攻撃を加えていく。


 私が残っている力を振り絞って精霊の力を使うと、大地がドラゴンの頭部を挟み込むように二枚の壁となって盛り上がる。

 その壁は私が手を叩くのに合わせて動き、私の手の動きを真似するかのようにそのまま何かをつぶす様な音を立ててぴったりと重なった。


 これで終わりだ。もう余力なんてないけれど、これでドラゴンを倒すことができた。戦闘中に多少は後ろに抜けていったけれど、その程度だったら苦戦はしても負けることはないはず。

 それに、ドラゴンに攻撃する際に他の魔物達や敵兵も巻き込んだはずだから全体の数そのものは減っている。あとは私の力なんてなくても勝つことはできるでしょう。


 そう。そのはずだった。


「に、たいめ……?」


 でも、そこに空から新たな影が私を太陽の日差しから隠す。

 見上げると、それは先ほど見たものよりも少し小さいが、確かにドラゴンだった。


「あぐっ!」


 どうにかしなければ、そう思って立ち上がろうとしたけれど、すでに疲労困憊のこの身はいうことを聞いてくれず、立ち上がろうとして顔から地面に落ちてしまった。


 そんな私を見下すかのようにドラゴンが笑ったかと思うと……


「ああああああああっ!」


 その手をゆっくりと動かして、私の足を叩き潰した。


「ま、だ……。まだ、死ぬ、わけには……」


 足はもう潰れていて動けない。そもそも足があったところで疲労でまともに動くことは難しい。

 けれど、それでもまだ私は死ぬわけにはいかない。立ち上がらなければならない。

 だって私は、まだあの子にあってないのだから。


 でも、そんな私の想いなど関係ないのだとでもいうかのように新たに現れたドラゴンは口元に魔力を集めていく。


 ブレス。それはドラゴンの代名詞とも言える破壊の力。その直前上にあるものは全て消し飛び、後にはまっさらな大地が残るだけと言われている文字通りの必殺技。

 さっき戦っていたドラゴンはブレスを撃つ前に全て邪魔していたからその威力を見たことはない。

 けれど、今見ているドラゴンの溜めている力。それが解放されてしまえば、全て消えてしまうだろうというのは容易に想像できた。


 どうにかして止めないと。けど、もう体力も魔力も底をついている。


 それでもどうにかして邪魔をしなければと思って第一位階の魔法を使おうとしたけれど、発動しないどころかまともに構築することすらもできず、私はただ見上げることしかできなかった。


「え——」


 ——ああ、もうだめかもしれない。


 そう思ったその時、突然ドラゴンは口元にためていた力を散らして悲鳴を上げた。


 いったい、何が……


「人の母親に何してやがる」

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