第194話砦へ到着
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「見えた。あれが砦か」
アルドノフ領の城を出て、マールトの用意した騎兵二千とともに援軍を求めている国境の砦へと向かっていたのだが、一晩経ってようやくその砦が見えてきた。
騎兵だけとはいえ、あの規模の領地が戦争の援軍に出す数としては二千というのは少ない気もするが、突然のことだったしすぐに用意できる数としてはこんなもんなんだろう。
だが、急いだと言っても途中で足を止めて休憩を入れたりしていた。そのせいで一晩経過してしまい、もやもやとした焦りを感じていたのだが、それももうおしまいだ。
実際のところ休みが必要だったってのはわかってる。何せ馬の体力は無限じゃないし、俺たち乗ってる側の体力も無限ではない。休むことなく走り続けたら馬が潰れてしまうので結果的に到着が遅くなる上、もし早く着くことができたとしても人が疲れて役に立たなければただの邪魔になってしまう。そんなこと、俺なんかよりもこの騎兵隊を任された者の方がよくわかっているだろう。だから道中での休みは必要だったことだ。
だが、それを頭で理解していても、心が受け入れるかというと話が別だった。
だがそれももう終わりだ。あとはあの砦に着いて問題となってる敵を倒すだけで終わるんだから。
「この距離でも音が聞こえてくるということは、戦闘自体はまだ行われているようですね」
「ああ。魔物が攻めてきたって言っても、まだ落とされたわけじゃないみたいだ」
隣で馬を駆るソフィアが言ったように、まだ砦まで距離があるにも関わらず、何か天変地異でも起きてるんじゃないかってほどの音が砦から聞こえてくる。
そんな激しい音がするということは、何をしているのか知らないがまだ戦闘中なのだろう。
戦闘の音が聞こえてくることで不安はある。だが、まだ音が聞こえてくるだけだ。むしろ音が聞こえてくるだけマシなのかもしれないい。だって援軍を要請するほどの状況で戦闘の音が聞こえなかったら、それはすでに全滅させられた可能性があるんだから。
だから音が聞こえるだけマシなのだ。
だが……
「無事でいてくれよ……」
そう思わずにはいられなかった。
「何者だ!」
砦に近づくと、あちらからの俺たちのことが見えたのか城壁の上から誰何する声が聞こえてきたので俺たちは砦から少し離れた場所で足を止めることになった。
「我々はアルドノフ侯爵の援軍でやってきた! 書状もある!」
騎兵隊を率いている男が持っていた書状を広げて見せると、それが本物なのか確認するために一人の兵士が大きな城門の隣についていた通用扉から姿を見せた。
そしてその男に向かって騎兵隊を率いてきた男が一人で近寄っていき、持っていた書状を手渡した。
砦から出てきた男はその内容を確認すると、城壁の上から変わらずに俺たちのことを見ていた者——多分この場所を管理する隊長とかそんなんだろうが、その人に向かって大きく手を動かしながら問題のだと叫んだ。
「分かった。今開ける!」
それでようやく俺たちのことが信用できたのか、そんな返事から少しすると今度は通用扉ではなくその隣にある大きな門が開き、俺たちはそこを通って砦の中へと進んでいった。
「援軍感謝する。思っていたよりも早かったな」
先ほどの男はやはりこの場の警備を任されていた警備隊長だったようで、騎兵隊を率いてきた者と握手をしている。
「こんな事態だ。急がないわけには行くまい。それと、我々はひとまずの追加でまたそのうち後続が来るだろうから、その時はよろしく頼む」
「わかった」
騎兵隊長と警備隊長。隊長同士の話はとても簡単なもので、それだけで終わってしまった。
だが、状況が状況だしだらだらと引き伸ばして話している余裕なんてないんだろうし、そもそも軍隊なんてそんなもんだろう。
「それと……」
だが、騎兵隊長の方はチラリ、とそばで待機していた俺へと視線を向けてきた。
その視線に気がついたのだろう。警備隊長の方は訝しむようにしながら俺へと視線を向けた。
「……こちらは?」
「領主様より特命を授かった者だ。先代様——イルヴァ様の元へ案内願いたい」
特命というのは方便で、俺はそんなものは受けていない。この騎兵隊の長だって実際のところは特命がなんなのかなんて理解してないし、そう言えと言われているだけだろう。
「特命? ……わかった。案内しよう」
警備隊長は俺のことを訝しんでいたようだが、出てくる前に預かったアルドノフ家の紋章が描かれているメダルを取り出して見せると、俺が特命を受けてきたという話を信じたようで頷いた。
そうして騎兵隊の者達とは別れ、俺とソフィアだけが案内を受けて入ってきたのとは反対側の城壁前までたどり着いた。
だが、そのまますんなりとはいかないようで、入口を警備しているものに止められてしまった。
「待て。こんな時に特命を受けてだと? ……本当に本物か? 伝令なら今までみたいに天職持ちに伝えさせればいいんじゃないか? 一体なんの用があるっていうんだ」
「いや、それはわからないが……だが見たところあの紋章は本物のようだぞ?」
「紋章なんていくらでも真似できるだろ。これで敵の間者だったらどうする? 中で暴れられたら目も当てられないことになりかねないぞ」
「だが……じゃあどうするってんだよ。もうここまで連れてきたんだぞ」
「ひとまず上に知らせを送ってどうするのか判断を仰がないと——」
どうやら俺が本当に領主から命を受けてここにきたのか不審に思っているようだ。だが、それも当然といえば当然だ。
天職の中には『飛脚』という運搬、伝達に特化した天職があるんだが、これは第五位階になると小さな手紙程度であれば一度会った飛脚の天職持ちのところに届けることができる。要は限定的な物質の空間転移だ。
それが使えるようになれば本当に一瞬でやり取りをすることができる。こんな緊急事態だってのに、わざわざ時間のかかる方法を使うなんておかしい。そう思っても不思議ではない。
それに、特命って言っても、それを受けた誰かが行く、程度のことは前もって知らせてあってもおかしくない。だというのに俺のことが知らされていなかったら、そりゃあ不審に思いもするだろう。
まあ実際にはマールトから命令なんて何も受けていないんだから間違っちゃいないんだが、こんな問答をして邪魔をされるて大人しく待っていられるほど、今の俺には穏やかではいられない。
「チッ!」
一応確認のために伝令を出したみたいだが、それが戻ってくるまで待っていなければと思うとどうしたって焦ってしまう。
やっとここまできたってのに、まだ足止めされるのか……。
だが、そんな舌打ちをしてしまったのはマズかった。俺の態度が気に食わないのだろう。俺たちを止めた男は俺のことを睨んでいる。
「上に呼ぶようにとのことだ」
だが、しばらくすると伝令に行った男が戻ってきたようで、俺たちは訝しまれながらも城壁の上へと向かうことになった。
その際に、なぜか伝令だけではなく他にも数名ほど兵士……いや、騎士か? まあなんかいたのは、多分特命を受けた者が向かうという報告は聞いていなかったからだろう。簡単にいえば警戒しているってことだ。
だが、どれほど敵意を持たれようが警戒されようが、そんなのはどうでもいい。案内さえしてくれるのならそれで十分だ。
「兵士と魔物と……ありゃあなんだ? ドラゴン、でいいのか?」
ここにこの砦の責任者であり俺の祖父——イルヴァがいるのだろう。母に会うほどではないが多少なりとも緊張しながら城壁の屋上にたどり着いたのだが、俺はそこから見える光景に目を見張った。
兵士と魔物がこの砦にたどり着こうと橋の上やその手前で戦ってるのは分かる。橋の上を進み、砦にたどり着こうとしている魔物達と、それを阻むために武器を取り魔法を放つ人間の列。
どちらが有利なのかと言ったら、今のところは人間側だろうか。橋という一度に展開できる数の限られた場所から攻め込んでくるために、陸地でしっかりと展開された兵を相手にすればどうしたって一度に戦える数が限られるので攻める側である魔物達が不利になってしまう。
それでも相手は一体で人間数人分の戦力にもなり得る魔物なので油断なんてすることはできないだろうが、今のところは有利だと思ってもいいだろう。
だがその奥が問題だ。手前で戦っているもの達を飛び越えて、橋の向こう側では空にはドラゴンが飛んでおり何かと戦っている。だが、その何かがわからない。
「そのようですね。ですがもう片方は……人、でしょうか?」
ソフィアの言ったようにサイズ的には人間のようにも思える。だが、ドラゴンの相手をしているそれは空を飛び回り、魔法を使うでもなく瞬時に大地を操っている。
そんなことができる存在など精霊くらいしか思いつかないが、精霊はこんな人間の戦争なんかに力を貸さないだろう。
だがそうなると何が起きているのかさっぱりわからない。可能性があるとしたら第九……いや第十位階の魔法師か? でもそれだと殴り合ってるのに説明がつかない。……魔法師と前衛、二人いるのか? 流石に天職と副職の両方を第十まで育てたなんてバケモンがいるわけないだろうし、やっぱり地面を操ってるのと殴り合ってるの、二人いると考えるのが自然だろう。
「サイズ的にはそんな感じだな。だが、ドラゴンと殴り合いができるほどの人間となるとかなりの高位階のやつだぞ。もしかしたら第十位階にいってるかもしれないんじゃないか? 魔法を使ってるところを見るに同格の魔法師もいるみたいだし、そんな人間がこんなところにいるもんか?」
この国には第十位階なんて両手の指で足りる程度しかいないはずだ。十人程度いると考えると多いように感じるかもしれないが、それが王国中に散らばっていると考えると少ないだろう。何人かは王のそばで待機してるらしいし、そんな貴重な戦力がこんな辺境にいるものだろうか? 少なくとも、俺はこの場所に第十位階の猛者がいるなんて知らなかった。
「……どうでしょうか? いないとも言い切れませんが、いると言う話は聞いたことがありませんね。第十位階でしたらそれなりに有名になっていてもおかしくないのですが……」
俺よりもこの国の貴族関係に詳しいソフィアもその疑問には答えられなかったようで、眉を寄せながら観察を続けている。
まあ戦争をしているんだから送り込まれていたとしてもおかしな話ではないし、一般には情報が出回っていない可能性もあるか?
……いや、ないだろ。第十位階なんてもんを送り込むんだったらその話を広めて攻めてこないように牽制するはずだし、人の口に戸は立てられないんだから「第十位階がいる」って噂なんかを隠し切ることはできないだろう。
あとは正体を隠してこの砦の一員として生活をしている可能性もあるにはあるが、どうだろうな?
仮に身分を偽るとかしてこの場所にいたんだとしても、それでも二人も同じ場所に送り込んでくるというのはない気がする。
それに、もしそんな存在がいるんだったらここに援軍を出したアルドノフ領の領主であるマールトも知っていたはずだが、俺は何も聞いていない。流石に俺に言わないってことはないだろう。俺を止めようとしていたし、その時にでも「あそこには第十位階がいるんだから平気だ」とでも言っていたはずだ。だがそれがなかった。よほど秘密なのか知らなかったのか、そもそも存在していないのかの三択だと存在していない、というのが正しいと思う。
「こちらへ」
足が止まっていた俺たちに催促するかのように、案内をしていた者が振り返って声をかけてきた。
その声で戦場の光景に目を奪われていた俺はハッと気を取り直し、前へと向き直った。
「ともかく話を聞きたいな。状況が分からないと動きようもない」
何が起きているのかはわからないが、ここについたばかりで何の情報もない俺たちがあれこれ考えるよりも、さっさと責任者に会って話を聞いてしまった方が早いだろうと考え、俺は止まっていた足を動かして再び歩き出した。
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