第192話リエータ:ドラゴン

 そしてその日は敵は何もできないまま陽が沈んでいき、翌日。


「敵は穴を避け、大回りをしながら進軍を開始いたしました!」

「まあ、そう来るか」


 どうやら敵は私の作った地割れの穴の上を通ってまっすぐ来るのではなく、それを迂回してこちらに向かうことにしたようです。

 それなりに広範囲に作ったつもりですが、平野全てを割ることは流石にできなかったのでどうしても接近は許してしまいますが、それは仕方ありません。


「割れた大地をそのまま進むことはできませんし、橋をかけて進むよりも大回りしたほうが魔力の節約になりますものね。すでに発見されている以上、急いで責めなければと時間を気にする必要もありませんから大回りだとしても問題ないと判断したのでしょう」

「ああ。だが、結局はこの橋の前に戻ってくることになるだろうな」

「ええ。渡河をするにしてもこの川はそれなりの水深がありますから、それが難しいのは過去から分かっているでしょうし」


 この河はそれなりに大きな河ですが、泳いで渡れないということもありません。なので橋を壊して関係を断つ、というのも難しいのです。橋を壊したところで、その時はどうにかなったとしても、橋がなければそのまま河を渡ってしまえばいいとなるのですから。


「あの距離だと、まだ通らんか」


 橋を渡った先で待機している兵達が接近するザフトの軍に向かって弓や魔法などを使い攻撃を仕掛けますが、まだ距離があるために効果のある攻撃にはなりません。精々が足止めや多少の傷を負わせる程度。


「追加の遠距離攻撃部隊を出せ。護衛の部隊をつけて敵を突いて邪魔をしろ。橋にたどり着くまで削れるだけけずれ。ただし、スキルで隠れている者もいる可能性があるため、伏兵や奇襲を警戒しつつだ。敵襲があれば即座に戻れ」

「はっ!」


 奇襲といっても本来こんな開けた場所では奇襲などしようがないのですが、スキルを使えば別です。あるいは同じ効果の込められた魔法具などもですね。

 目の前にいても気づくことができず、攻撃されることでようやくその存在を認識することができる暗殺者というのは存在します。

 もっとも、それほどの力を持ったものがそう易々といるわけではないのですが、こうした非日常の中では多少隠れられる程度でも大きな効果を発揮することでしょう。

 何せ我々の意識は現在左右から攻めるザフトの軍に向かっています。そちらに目を奪われている隙をついて隠密系の能力を持っているものが特攻する、というのは作戦としてあり得るでしょう。


 父が指示を出してからしばらくすると、敵は現状のままでは難しいと感じたのか追加の部隊を出しました。ただし、地上を進む者ではなく、空を飛ぶ者でしたが。


「飛行系の魔物……やはりいたか」


 割れた大地の向こう側から何かが空に飛び上がるのが見えました。見えた、といってもここからではまだ粒の様なものが浮かんでいる程度にしか見えませんが、父はその天職によって強化された視界で敵の姿を捉えているのでしょう。


「伝令! 上に気をつけて戦うように伝えろ。引き際を間違えるなともな! 魔法兵、弓兵、配置につけ!」

「「はっ!」」


 父の言葉に従い、兵達は再び慌ただしく動き始めました。

 私がなんとかできればいいのですが、あいにくと空の敵を相手にするには私の天職では些か難しいでしょう。できないというわけでもありませんが、効率は著しく落ちます。それに加え、私は万が一……ないとは思いたいですがもしかしたらの可能性に備えなければなりません。なので、まだ力を使うわけにはいきません。


「あれは、ヒッポグリフ?」

「奴ら、そんなものまで用意したか」


 ヒッポグリフ。それはグリフォンの劣化種とも言われていますが、グリフォンに比べてその能力が落ちているということはほとんどありません。

 では何が違うのかといったら、やはり一番大事なのはその凶暴性が減ったために使役しやすいという点でしょうね。

 だからこそ、本来は高位の能力でなければ使役することのできない魔物達と同じ強さを持っているにもかかわらず、中位の力であっても使役することができるのです。


 ですが、その能力は上位のものに比べてもなんの遜色もなく、人間が相手にしようと思えば最低でも第六位階の者が五人、もしくは第八位階の者が二人はほしいというほどの強敵です。


 第六、というと簡単に揃えられると感じる方がいるかもしれませんが、第六位階というのはそう簡単ではありません。


 単純に考えて一日六十回スキルを使うと考えましょう。適度に休みを入れながらほぼ一年毎日スキルを使い続けるとしても、一年でおよそ二万回の使用しかできません。位階を上げるのに必要なのは十万回。つまりは五年かかります。第一位階から第六位階にまで上がるとしたら、三十年もの時間がかかってしまうのです。

 加えて、初期はもっとスキルを使用することができる回数が少ないため、六十回使える様になるまでも時間がかかります。


 皆私の様に気絶しながら使い続けるということはありませんし、せいぜいがめまいを感じてきたら訓練を止める程度です。それでは限界を鍛えることにはならないのでスキルの最大回数は大して伸びず、結果として1日百回すら使えないという状況が出来上がりました。


 スキルを限界まで使った際の、全身を虫が這い回り体の内側から食い破られる様な感覚は他者に強要したいものではありません。

 なので仕方ないと言えば仕方ないことなのかもしれませんが、あれだけの魔物を見るとどうしてももう少し厳しくされていれば、と思ってしまいます。


 今更そのことを言ったところでどうしようもありませんが……ザフトはどうやってあれだけの魔物を使役することのできる者を揃えたのでしょうか?


「ですが、どうやってあれほどの数の使役系を揃えたのでしょうか? あれだけの数と種類を揃えるとなると、かなりの人数の使役者が必要になりますわ」

「さてな。天職は資質や環境によって左右されやすい。たまたまそう言った条件が整ったのか、条件を探り当ててわざと使役系を繁殖させたのか。もしくは方々から集めてきたのか……可能性としては色々あるが、今の状況ではなんとも言えんな」


 父は渋面を作りながら敵を睨みますが、結局は情報が足りずに結論が出せません。


「もし一から育てたのであれば、何年、何十年も前から今回の計画を立てていたことになりますわ」

「そうだな。そうであれば諜報の不手際だが、それも今言っても仕方あるまい」


 そうして警戒しながら眺め続けていたのですが、ついに、きてほしくなかった不安の原因がその姿を見せました。


「ついに、きましたわね」

「ドラゴン……本当にいたか」


 敵軍の中にいるかもしれない。そう思いながらもいないで欲しいと願っていた存在であるドラゴンが後方に見える山を越えてこちらに向かって飛んできました。

 今の今まで呼ぶことなく山の中に待機させることで隠していたのでしょう。それを今呼んだ。それはつまり、これから本気で攻め込んでくるということです。


「あれに対処できる人材はこちらにはいらっしゃいますか?」

「……複数人で当たって相打ちになることができるかもしれない、程度であればいるな。もっとも、あのドラゴンがどの程度の存在なのかわからぬからはっきりと言うことはできんがな」


 ドラゴンから視線を外さないまま父に問いかけてみましたが、父は険しい顔をさらに険しくして重々しく応えました。


 ドラゴンにも格というものがあり、それによっては楽に、とはいかないでしょうけれど倒せないことはない、という程度にまで弱くなります。

 例えるならワイヴァーン。あの様な劣化種も一応の分類はドラゴンです。強くはある。でもドラゴンとしてみれば格が落ちる。

 そんな存在であればいいな。そう思いますが、最悪は想定しておくべきでしょう。


 それに、ドラゴンを倒したとしても他にも魔物がおり、そのさらに後にはザフトの人間で構成された本隊が残っています。


「その後のザフト本隊との戦闘はできますか?」

「……」


 無理、なのでしょうね。父は私の問いかけには答えず、ただ厳しい顔で敵を睨みつけるだけでした。


 そして、ついにドラゴンが橋の向こうにいる我が軍の上空にたどりつきました。


「くっ! なんだあれはっ……! あれを操っているとでも言うのか!?」

「あれでは全軍で当たったとしても、相打ちにできれば……いや、撃退できれば上出来か。だがそのあとは……」


 他の魔物達は巻き込まれないようにしているのか一定以上は進もうとしません。ですが、そんなことはドラゴンを前にした兵達にはなんの慰めにもなっていません。


 兵士たちはその場にへたり込む者や悲壮な覚悟で武器を取る者と様々ですが、皆一様にドラゴンに目が奪われています。その内心は、「勝てるわけがない」といったものでしょう。


 ……できることならばやりたくはありませんでした。

 ですが、あれを放置しておくわけにはいきません。そして、あれに対抗できるのも現状この砦では私だけ。


 ならば私は迷いません。あれを倒して国を守り、息子の居場所を守るために私は全力を持って戦いましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る