第191話リエータ:魔物への対処

 

「状況はどうなっている!」


 父も魔物の軍勢に対して一瞬だけ動きを止めていましたが、すぐに動き出して兵達に声をかけました。


「か、閣下! はっ! 敵は複数の種の魔物を従えて攻めてきました! 種類としては狼系、オークが多数を占めていますが、ブラストボアも数体ほど。先ほどの爆発はブラストボアの突進によるものです! それから、未確認ではありますが敵の後方に飛行型の魔物の群れがあります!」


 この砦において現状では最高責任者である父に声をかけられたことで兵たちはビクリと体を跳ねさせると、即座に振り向いて敬礼をして現在わかっているだけのことを報告してきました。


「オークに狼系か……。ブラストボアで戦列を崩した後は盾としてオークを進ませ、その後ろから攻撃。狼系の魔物を遊撃として連携を崩す、といったところか? 飛行系については何がいるのか判明していないのだな?」

「はっ!」


 飛行系の魔物の群れ。この距離からでも確認できたということはそれなりに大きさのある魔物でしょう。代表的なのはグリフォンや、もしくはワイヴァーンなどのドラゴンの亜種や劣化種などである可能性が考えられます。

 もしかしたらドラゴンも……いえ、ドラゴンなんて、そうそう操れるものでは無いのですからおそらくは違うでしょう。

 ですが、もし本物であれば……苦戦することになるでしょうね。


「だが、なぜあれだけの数に気づけなかった? あれだけの魔物がいて誰も気づかなかったのか?」

「は、はっ! 恐れながら、物見からの報告では突如現れたように見えたとのことですので、幻惑系の何かを行なっていたのではないかと!」

「幻惑か……あれほどの規模を隠すとなれば、百やそこらでは足りないだろうな。……いや、だからこそのこの距離か。本来ならばもう少し近づくまで隠していた方が良いはずだからな」


 風景に溶け込むのか人の意識の隙間に潜るのか、どちらの方法を選んだのかわからないけれど、どちらにしても対象から遠いほど隠しやすく、近いほど隠しづらいという性質は同じ。あれほどの数の軍と魔物を目と鼻の先に接近するまで隠し続けるのはほぼ不可能と言っていいでしょう。

 だからこそまだ距離があるというのにも関わらずザフトは姿を見せた。見せざるを得なかった。

 もっとも、あの程度の距離ならば後数時間もすれば対岸にまで辿り着くことでしょう。


「ならば最優先で確認を急がせろ。それから、敵が接近した際にはオークやザフトの奴らは魔法で牽制し、ブラストボアの駆除を優先しろ」

「はっ!」

「それと伝令! 至急マールトに連絡を入れろ! 敵は魔物を複数従えている。緊急事態につき急ぎ援軍を求めるとな!」

「はっ!」


 父の命に従って兵士たちが慌ただしく動き始めます。そんな兵達から視線を切ると、父は胸の高さまでしかない壁に手を置いて敵へと視線を向けます。

 今回の『嫌な予感』とはこのことだったのでしょう。

 これだけの数を揃えるのであれば、周辺に異常が出てもおかしくありませんし、おそらくはその雰囲気を感じ取ったのだと思います。


「奴ら、これが狙いだったか……」


 父は苦々しい表情でそう呟きましたが、その気持ちも理解できます。


 これほどの魔物を揃えることもですが、それを従えることのできる使役者を育てるのにもかなりの時間と費用を要したことでしょう。それを今回送り込んできたと言うことは、敵もそれだけ本気ということに他ならない。つまり、今回でこの砦を陥落させるつもりなのでしょう。


「ブラストボアの突進を数回もまともに受ければ流石に耐えきれんだろうな……。かといってそちらにばかり手を割けば敵の戦列が進む。後ろにいる飛行系の魔物はまだこちらに来ない様だが、そちらも警戒しないわけにはいかん」


 使役系の強みは、なんと言っても戦うのが〝人ではない〝ということです。人でないから死ぬような無茶をさせることができるし、人でないから人ではできない作戦も実行できる。

 後ろには本隊と呼ぶべき人間の軍が控えているのだから、魔物たちは死んだところでなんの問題もない。


 それに対してこちらは戦う者は全て人間。後に控えている人間同士の戦いを想定すれば、余力を残しておかなければならないが、魔王の軍とも呼べるような魔物の群れ相手にそんな余力を残すなんてこと、普通の軍ではできるはずがありません。


 ……であるのならば、こちらも普通ではないことをすればいい。


「お父様。申し訳ありませんが、帰るのが遅れることになりそうです」

「リエータ? なぜここにいる」


 どうやら父は今まで私が背後にいることに気がついていなかったようです。普段ならすぐに気付くのですが、それだけ余裕がないということでしょう。

 私が背後から声をかけると、父は驚いたように振り返り、目を見開いて私のことを見つめてきました。


 ですが、私はその問いかけには言葉を返すことはなく、ただにこりと微笑むだけ応えました。


「今は、とにかく時間を稼げた方がよろしいでしょう?」


 そして、そう言いながら父から視線を切って足を踏み出し、壁際へと近づいていきます。


 眼下に見えるは大地を埋め尽くす魔物の群れ。このまま放置すれば、あれらは後ろに控えているザフトの兵たちと共にこの国に流れ込み、そこに暮らす者、根ざした文化、叶えたい願い、守るべき信念。それら全てを踏み躙ることでしょう。


 でも、ここから先は行かせない。この国の土地を踏み躙らせたりはしない。


 この先は、私の息子の国だ。今度こそ息子を守ると決めたのだ。なら、誰も通させはしない。

 たとえ私の努力があの子に伝わらなかったのだとしても構わない。感謝してくれなかったとしても構わない。

 褒めて欲しいから戦うわけじゃない。感謝されたいから守るわけじゃない。私はあの子を守りたいから守るだけ。そこにそれ以上の想いなんてなく、ただその想いのためだけに私は戦う。


 これほどの準備をして攻め込むなんてことをするのだから、そちらにも事情はあるのでしょう。何かを願い、何かを想い、ここにやってきているのでしょう。


 けど、それがどうした。そんなものは私に、私達になんの関係もない。


 どうしても通ると言うのなら、私を倒してからにしなさい。私は私の子供を守るためにあなたたちと戦いましょう。その結果死ぬかもしれないけれど、私は最後まで戦い続ける。


 でも……


「道を開けなさい!」


 我が子のために戦う母親が、そう簡単に倒されると思うな!


 砦の前で隊列を組み、唯一の入り口とも言ってもいい橋の前で魔物たちの侵攻に備えていた自軍の兵たちに大声で叫び、言葉通り道を開けさせた私は、胸壁の上から飛び降りて橋へと向かって走り出した。


 橋の上を駆け抜け、対岸にたどり着いた私は足を止めて迫り来る敵の軍を見つめ、一度大きく深呼吸をしてから魔法の構築を始めた。


「《大地よ起きろ・我が意をここに示さん・我に仇なすものを打ち砕け・これなるは祈り・全てを守る大地の慈悲なり・しかして祈りは世界に届かず・その慈悲は悪意によって阻まれる・全てを守る偉大なる大地よ——グランドシェイカー》!」


 その詠唱は八節——つまりは第八位階の魔法を使い、大地を割る。比喩でもなく誇張でもない。ただの事実として、私は大地を割った。


 突如自軍の真下にできた地割れのせいで、ザフトの者達は割れた大地に落ちていく。

 そしてこちらに進んでいた足を突然止めることはできないため、まるで自ら穴に飛び込んでいくかのように敵はどんどん進み続けた。


 地割れに巻き込まれずにこちら側に進んでいるものもいるけれど、あの程度ならばたどり着いたところでどうしようもない。


 割れた大地にどんどん落ちていき、悲鳴の聞こえてくる敵軍を眺めていた私は始めた時と同じく大きく息を吸い込み、ゆっくりとそれを吐き出すと、敵に背を向けて砦へと歩き出した。


 砦へと戻ると、橋の入り口には指揮官であるはずの父が立っていたので、笑顔を浮かべて報告をする。


「これでしばらくはもつでしょう。少なくとも敵の侵攻は防げるかと思いますわ」

「……第八位階か。これだけの規模となると、無茶をする。だが、助かった」


 父の言うようにこれだけの規模を相手に使ったことはなかったので少し余計に魔力を使い、想定していたよりも多目に魔力を持っていかれたけれど、まだ倒れるほどではないので平気。


 魔物も人も、合わせて二十万は下らない敵の侵攻を止めるためにはかなりの魔力を消費することになったけれど、でもそれで敵の半数近くは巻き込むことができたでしょうし、その歩みは止まったので結果としては十分でしょう。


「……ですが、これで終わりになると思われますか?」

「なればいい、とは思っているが、無理だろうな」


 橋を越えて向こう側のそのさらに先にいるザフトの軍ですが、ここからでもわかるくらいに慌ただしく動いています。そんな敵の姿を視界に収めながら父に問いかけました。


 ですが、父の答えは私の考えと同じものでした。

 これで終わればいい。けれど、きっとそんなことはないだろう。それが私たちの考えです。


「退いていきましたわね」

「今日はこれでしまいと言うことか。だが、明日にはまた状況が変わるだろうな」


 退いて行ったと言っても、それは完全に諦めたのではなく、あくまでも一時的な撤退にしか過ぎないもの。明日、もしくは明後日にでもなんらかの行動を起こすでしょう。

 考えられるものとしては飛行系の魔物を送り込むか、土魔法師に橋を作らせる、或いは回り道をする。そのどれかか、それら全てか。それとも他の何かか……。

 今の時点ではなんとも言えませんが、このまま退く、と言うことだけはあり得ないだろうと言うことはわかります。


「しかし、お前は大丈夫か? 〝アレ〟を作るのに魔力をだいぶ使っただろう?」

「ご心配には及びませんわ。今日使った分が明日には回復しているかと言われたら怪しいですが、それでもまだ戦うことができる程度には残っております」


 あれだけの状況を作り出すには限界近くまで魔力が必要になります。そしてその魔力は1日休んだ程度では完全に回復し切るということはありません。それは薬を飲んでも同じです。魔力を回復するための薬は持っていますが、完全回復とはならないでしょう。

 ですが完全に回復し切らなかったとしても、他人よりも魔力が多い私なら戦うことはできます。少なくとも、足手まといにはならないでしょう。

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