第171話灰蛇の処理

「……てめえ、何もんだ?」


 そうして睨み合っていると、今しがた倒した男なんかとは違って覇気の溢れる男が俺に向かって問いかけてきた。


「そういうあんたは灰蛇の頭で合ってるか? アレックス」

「チッ。……ああそうだ。で、お前は何もんだ。どっから来た」


 俺がアレックスと呼んだ男は名前がバレているからか、苛立たしげに舌打ちをしてから肯定した。

 植物たちに聞いた情報の確認のために聞いたのだが、どうやら合っているようだ。こうなったら他の情報もあっているだろうし、隠し通路なんかは『影』達に任せておけばいいだろう。


「そうだなあ……。我こそは天下に名を轟かせしなんたらかんたら——なんて名乗るとでも思ってんのか? 名乗るわけねえだろうが」


 相手には名前を答えてもらっておいてなんだが、俺は答える気なんてない。まあそもそも名前なんて言ったところでわからないだろうし、轟かせてもいないけど。

 ……って、自分で言っておいてなんだが、なんかテンションおかしいな。なんかの薬や魔法にかかったってわけでもなさそうだし……もしかして大会の余韻とかか? みんなでの勝利に酔ってるとかそんなん。

 まあ大会自体は楽しかったし嬉しかったけど、まさか俺がそんなんでおかしくなるタマか?


 ……なんにしても、こいつらを片付けるって結論は変わらないわけだし、さっさと終わらせよう。俺のテンションについては後から考えればいい。そうしよう。


「まさかとは思うが、何をしに来たのか、まで聞くつもりはないよな?」


 灰蛇の支配してる領域ってのはこの建物だけじゃない。ここに辿り着く前にもすでに灰蛇のメンバーたちがいたのだ。その中を通ってきたってことはすでに戦闘を行なってきたってことであり、つまりはカチコミだ。それを間違えるほどこいつらも耄碌してないだろ。


「俺たちを潰そうってか。俺たちが誰だかわかって言ってんだよな? バックに誰がいんのかわかってんのか?」

「さあどうだろうな? 俺最初にお前らが灰蛇かって聞いたのに答えてくんなかったし、もしかしたら俺の予想とお前らが違ってるかも知んねえな」


 そんなふうに戯けて見せるが、実際のところ誰がいるのかなんて分かっている。本人から直接聞いたんだし間違えようがない。確か第二王子の方とも繋がってたはずだが、今回はそいつはあまり関わっていない様なのでこいつらを通じてどうにか処理することもできないが、現在の邪魔者である王女の方は処理できるので良しとしておこう。


「それに、お前らの後ろに誰がいようとかんけえねえよ。それがたとえどこぞのお姫様だったとしてもな」


 その言葉で俺が灰蛇の後ろ盾について理解した上でここを襲っているんだと伝わったようで、王女を相手にしてもなお引かない俺に対して眉を顰めている。


「この数を相手に一人でってか。見たところ人間だろてめえは」

「人間だけど、それがどうした?」

「……声と体格からしててめえはまだガキだ。人間のガキが天職を高位階まで上げられるわけがねえし、いくら体術や剣が得意だって言っても、こんだけ囲まれりゃあ意味がねえだろ」


 あー……まあ普通はそうだよな。エルフでもないかぎり見た目=年齢だ。そうなると当然ながら天職を鍛える時間はどうしたって限られてくる。

 だが、それは普通なら、の話だ。普通に鍛えたのなら確かに位階は低いだろうが、あいにくと俺は普通じゃないんだ。自分で言っておいてなんだがな。


「今ならまだ優しく捕まえて売るだけにしてやっから、大人しく捕まっとけ。強がってもいいことなんざねえんだからよ」

「ああ、売りはするんだ。まあ当然かな。でも……やだなあ。強がりなんかじゃないって」


 強がりなんかじゃない。ここではスキルの使用を制限する必要なんてないんだし、いまだに舐めてかかるようなこいつら程度じゃ勝てるはずがないだろ。


「証明してやっからかかってこいよ、クソザコども」

「調子に乗ってんじゃね——ぎゃあああああっ!」


 挑発してやると俺の近くにいた男の一人が左手に持っていた剣を抜こうとしたので、何かさせる前にその場にいた敵全員を対象としてスキルを使い、種をばら撒いた。


「どうしてお前らみたいなのっていつもワンパターンなんだろうな?」

「なっ、何しやがったっ!」


 それでも流石は首都で幅を利かせている裏組織のメンバー達。どうやらたった一回の播種だけでは全員を倒すことはできなかったようだ。

 突然の呼び動作なしの攻撃だったはずなのに、仲間を盾にしたりスキルを使ったりして身を守ったために、完全に防げはしなかったものの戦いに影響がない程度にしか喰らっていない。


「テンプレなセリフをありがとう。ならこっちもテンプレで返そうかな。——何をしたのかなんて、言うと思うか?」

「てめえら、やれええっ!」


 ことここに至ってようやく俺が危険な存在だと理解できたのか、奥でふんぞりかえっていたアレックスは立ち上がると焦燥感の滲んでいる声で指示を叫ぶ。


 その指示が下された瞬間、矢が放たれた。指示を受けてから行動するまでのラグが短かったのはそれだけ残っている奴らが優秀だということの証明なのだが、それをもうちょっとマシな方向で発揮してくれればいいのにと思う。


 だが、そんなふうに飛んできた矢ではあるが、その数はせいぜい三十本程度。俺は両手を広げて《スリ》のスキルを使うだけで簡単に無効化することができた。


 が、そんな矢の対処をしている間に準備が整ったようで、お次は魔法が飛んできた。

 その魔法は弾幕と言ってもいいほどにこちらに向かってきており、いろんな属性の魔法が使われているためになかなか綺麗な光景だった。


 しかしそのまま見ているだけだと流石に死んでしまうので、目の前に案山子を十体ほど出して壁にすることで飛んできた魔法を防ぐ。


 魔法を防いだ直後には案山子を切りながら接近してきた奴らがいたので、顔面に種を食らわせて怯ませたところで、触って頭部を肥料化する。


 剣や拳で襲いかかってきた奴らに対応していると、手の届かない位置から槍が放たれた。

 本来なら播種を使って牽制したいところなのだが、あいにくと今は手のなかの種を使い果たしている状態だ。ポーチに手を入れているのでは間に合わないので、潅水を使って洪水のような水を生み出しすことで相手を吹き飛ばす。


「てめえらガキだと思って油断すんじゃねえ! 前衛は倒すことより足止めを狙え! 後衛は大技の準備をしろ!」


 灰蛇のボスであるアレックスの指示を受け、今まで積極的に攻撃してきていた敵は一転して消極的な守りの戦いをするようになり、遠距離部隊が再び魔法を準備し始めた。


 確かにそう動かれちゃあ魔法が完成する前にこいつらの守りを抜くことは難しいだろう。だが、そもそも俺は守りを抜ける必要なんてないんだよ。


 《意思疎通》を使って天井の隅に生えていた苔から見える光景を共有してもらい、それによって確認した魔法使い達に狙いを定めて種を飛ばす。

 突如訳のわからない攻撃を受けた魔法使い達は、その痛みと衝撃で魔法の準備を途中で止めてしまった。


 それによってお互いの攻撃が止まり、俺たちはまた睨み合うことになった。


「これだけやってもまだ諦めないのは素直にすごいと思うよ。無駄な足掻きだけど」


 そもそも本当に潰そうと考えたら天地返しを使って地盤ごと建物をひっくり返せば終わるのだ。やったらものすごく目立つし、中にあるお宝が回収できないとか誰がいないのかの確認が面倒だからとかの理由があるからやらないだけで、潰すだけなら一瞬で終わるんだよ。


「まだだ! まだこっちにゃ戦力が残ってる! 今の戦いでお前が殺したのはほんの数人だけだ! 動けなくなったやつなんて三割にも満たねえ程度しかいねえんだ!」


 だが、ここまできても今まで裏組織をまとめてきたプライドがあるからか、諦めてはくれないようだ。


「素直に諦めてくれればな、なんて思ったんだが……やっぱそうは行かないか」

「てめえらあっ! やれえええええっ!」


 そんなアレックスの悲鳴にも思える叫びが響いたが……


「ガアアアアアアアッ!?」


 もう遊びはおしまいでいいだろ。


「……はっ!? な、なんだ! 何が起きたってんだ!」


 こいつらは多い少ないはあれど、ほぼ全員が播種を食らってるんだ。だったら、後はそれを《生長》させてやるだけで激痛が走ることになる。身体中の肉を貫いて神経に絡みつき圧迫するんだ。痛くないはずがない。


「さーて、お話の時間だ。よく考えようか」


 誰もが呻き声を上げながらのたうちまわる建物の中で、一人だけ狼狽えながらもまともに話すことのできる人物が一人。灰蛇のボスであるアレックスだ。


 そんなアレックスに話しかけながら、俺はポーチから種を取り出しつつゆっくりと近づいていく。


「伝言をしたのに、性懲りも無く第三王女様を襲ったのはなんでだ?」


「第三王女だと? ……やっぱりお前、例の化け物かよ」

「え、今更気が付いたのか?」


 これだけやって今まで気づかなかったのか? それはちょっと裏組織の頭としてどうなんだ? 

 いや多少は気が付いてたみたいだけど、ここまでやって確信が持てないってのもまずいと思う。ここ最近はこの街の最王手だったから調子に乗ったり油断したのかもしれないけど、そんなんだと俺が何かしなくてもそのうち潰れてたんじゃないだろうか?


 ……ああでも、顔面溶かして帰したりしてたからな。今の播種と生長のコンボを使う戦い方とは別物だ。多分予想していた天職と違ったから気づけなかったってのはあるかもしれない。予想してたのは……なんだろ。闇魔法とか? 自分たちの雇い主が使う魔法だし、それを思い浮かべてもおかしくはないと思う。

 ……でも、化け物はひどくないか?


「まあ気が付いたならそれはそれでいいんだけど……で、なんで襲った? 依頼を受けた責任感……はないにしても、プライドとかか?」

「……」

「反応なし、と」

「がっ!」


 まだどうにかできるとでも思っていたのか、アレックスは俺の言葉に答えることなく視線を忙しなく動かし続けていた。もしかしたらどうにかするのは諦めて、逃げようとしていたのかもしれないけど、まあその辺はどうでもいい。


 そんなアレックスに対し、俺は握ってた種のうちいくつかをスキルで放ってアレックスの体に穴を開けた。流石に数粒程度の攻撃では視認することができなかったようで、アレックスは何も対処しないどころか、そもそも気づくことができずに播種のスキルによる攻撃を食らった。


「ま、いいか。なんにしてもお前らはここでおしまいなんだ。聞きたいことって言っても、ちょっとした疑問ってだけだし、別に答えなくてもいいさ」

「ぐっ、このやろ——」


 逃げられないと悟ったのかアレックスは持っていた斧を両手で持ち直して大きく振りかぶり、ダンっと足を踏み出した。

 踏み出した足は床を砕き、アレックスの足は床にめり込んでいる。あれだけ力強く踏み込むってことは、多分大技を出すつもりなんだろうな。おそらくだが、今持っているあの斧を投げるつもりなんじゃないだろうか?

 だが、そんなことはさせない。


「ぐぎいっ! ガアアアアア!」


 アレックスがこれ以上何かをする前に、俺は先ほど撃ち込んだ種にスキルをかけ、地面を転がっている他の奴らと同じように体に埋まっていた種を生長させた。


「本当はこんな拷問みたいな真似したくないんだよ。できるならさっさと諦めて投降してくれない?」


 今更誰かを傷つけたり殺した程度でそれが必要なことだったなら心は痛まないが、周りから呻き声が聞こえ続けるのって結構不快なんだぞ。進んで誰かを傷つけたいってわけでもないし、さっさと捕まってくれればそれでいい。そうすれば俺はもうこれ以上傷つけないし、殺したりもしないから。まあ、あくまでも俺は、だけど。法に則った上で処刑されるならそれはそれで自業自得ってことで諦めろ。

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