第172話処理を終えて


「なんだっ……! なんだてめえはっ! なんでそんなにスキルが使えんだよ! っかしいだろうが!」


 それまで感じていた不満を抑えきれなくなったのか、アレックスは床に倒れながら思い切り床を叩きつけて叫んだ。


「なんでって、鍛えたからに決まってんだろうが。毎日欠かさずにスキルの修行をしたからこそこんなに使えるんだよ」

「ざけんなっ! 毎日スキルを使った程度でそんなに使えるようになるわけねえだろうがよおっ! そもそもなんでそんないろんな種類のスキルが使えんだ! 水に植物に闇に体術! ざっと見ただけでこれだ。ありえねえだろうが! なんなんだよそのズルはっ!」


 ズル、ね。まあいろんな系統のスキルを使っているように見えるかもしれないな。

 けど、これは元々の農家としての能力だし、回数や威力、範囲については俺の努力の結果だ。ズルなんてしていない。強いて言うなら記憶を持った生まれ変わりだってのと、家が金持ちだったから修行の時間は好きなだけ取ることができたってくらいだ。


「わかってないなぁ。修行ってのは苦しくて辛くて辞めたいと思っても死ぬ気で頑張るから修行なんだろ? 強くなりたいんだったら毎日スキルの使用限界の苦痛で気絶する程度の努力、やって当たり前だろ。気絶して起きてスキルを使って気絶する。それの繰り返しで誰だって俺と同じくらい使えるようになるっての。ようはお前らの文句はただ自身の努力不足を棚にあげて人を妬んでるだけだってことだ」

「…………はっ。バケモンが」


 アレックスは俺のことを忌々しげに睨みつけていたにもかかわらず、俺の言葉を聞くなり自重げに笑って諦めたような顔になった。


「否定はしないさ。自分が常識から外れてんのは理解してるからな」


 流石にここにいた人数全員を一人で倒しておいて普通だとは言わないさ。


「——ってわけで、こいつらの後処理を頼んだ」


 俺は連れてきたが姿の見えない『影』達にそう声をかけると、入り口からぞろぞろと何人もの一般人が入ってきた。


「てめえ、名前はなんだ」


 これで後は任せておけばいい、と思って身を翻したのだが、そんな俺に背後から声がかけられた。


「名乗らねえって最初に言ったと思ったんだけど……そうだなぁ」


 こんなところであっても俺は本名を名乗るつもりはない。どこから漏れるかわからないからな。

 なので適当に偽名を名乗るべきなのだが、何を考えたのか「名乗るならただの偽名ではつまらない」なんてことを考えてしまった。

 そうして俺は少し考えてからアレックスに向き直り、考え付いてしまった呼び方を告げた。


「王子様とでも呼んでくれ」

「……王子様あ?」


 アレックスはキョトンとした表情になると呆けたように呟いた。それを聞いて途端に恥ずかしくなった俺は訂正するために口を開いた。


「……すまん。やっぱ様はいらないや。王子にしておいてくれ。いや、王子もなしだ。ガラじゃないし、ちょっとあれだし……まあそもそも呼び名なんて必要ないだろ。もう俺たちは会うことなんてないわけだしな」


 自分から「王子様」なんて名乗った恥ずかしさを隠すためにそんなことを早口で言って再びアレックスに背を向ける。


 ほんと、なんでこんなこと言ったんだろう。大会に引き続きこいつらのことも問題なく終わったことで気が緩んでんのか?

 ……だめだ。今日はさっさと帰ろう。んでゆっくり休もう。一晩寝ればボケた気分も消えるだろ。


「会わないことを祈ってるよ」


 最後にそれだけ告げて、俺は振り返ることも足を止めることもなくフィーリアの部屋へと帰っていった。




「——で? お前の方はもう片がついたのか?」

「細かいところはまだですが、第二王女が向かうのが正式に決まりました」


 大会が終わったことで、第二王女——えーっと確か……あー……なんとかって名前の俺たちの姉とフィーリア、どちらが同盟のために他の国に嫁いでいくのか話し合ったそうだが、結果としてフィーリアが残り、第二王女の方が嫁いでいくことになったようだ。まあ、あいつは試合には負けたし最後に放った攻撃だって良いとこなしだったし、評価としては低かっただろう。


「まああれ以外にも裏で動いていたのですから、当然と言えば当然でしょうね」

「ああ、そういえば小細工するための人員が足りないから云々で雇われたんだったな」

「ええ。それ以外にも餌としての役割も期待していましたが、見事に果たしてくれましたね」


 俺たちみたいなどこぞの馬の骨が護衛についたからこそ、あの第二王女は暗殺だなんて派手な動きをした。最初はたった二人程度の増員で何が変わる、と思っていたが、それを考えるとしっかりと効果はあったみたいでよかったよ。


「なら、依頼は終了か?」

「そうですね。こちらが報酬になります」


 フィーリアがそう言うと、そばに控えていたフィーリア本来の侍女であるミリアがトレーに山積みになった硬貨と袋をテーブルの上に置いた。


 それは最初に提示されていた額よりもはるかに多く、それだけで一般家庭なら十年くらいは余裕を持って暮らせそうなほど。とてもではないが一回の依頼での報酬としては破格すぎるくらいだ。


「結構な額だな。でも——」


 だが、俺が欲しい報酬はこんな金なんかじゃない。金なんてのはやろうと思えばいくらでも稼げるが、もう一つの方はこいつに聞かなければどうしようもないのだ。


「わかっています。母のところへと向かわれるのでしょう?」

「ああ。だが、本当にいいのか? お前もついてくるなんて。なんか色々あるんじゃないか?」


 俺が報酬として母親の居場所を教えてもらうとき、こいつも一緒について行くと聞いていたが、今は色々あったんだしそう簡単に城から離れても良いんだろうか?


「ありますが、それは人に任せておいても問題ないことです。むしろ今は身の安全のために母のところへと逃げるというのは、選択としては十分に有効です」

「逃げる? ……お前が死ねば結婚騒ぎもどうにかできるとでも? だれかしら送ることが決まっている以上はお前が死んだところで何にもならないだろ?」

「そうですが、希望がないわけではありません。それに嫌がらせにはなります。道連れ、とも言いますか」

「最後まで性格悪いな」


 死なば諸共って考えるだけならいいが、実際にやってくるとなるとうざったいことこの上ないし、危険性もひどいことになる。何せ相手は後先考えずに行動するんだからな。


「これから先の自分を思えば、あがきたくもなるでしょう。向こうの国に送ってしまえばそれでおしまいですが、それまでは警戒しませんと。……もっとも、送ってしまえば警戒をしなくてもいいと言うことではありませんが」

「そうなのか? 生贄にしておしまいじゃないのか?」

「生贄とは言いますが、死ぬわけではありません。ですので、送り込まれた先の国を支配して、さらに周辺の国をまとめ上げてこの国を奪りに来る可能性も、ないわけではありません。今までの彼女は王女という恵まれた立場がありましたから努力することはありませんでしたが、これからは違います。己の境遇に不満を持ち、立ち上がるかもしれません。彼女は『扇動者』という職——才能を与えられたのですから、警戒しない、と言うことは不可能です」


 確かに、言われてみればそうなのかもしれない。あの姉王女は傲慢で他人を見下している上に頭もそれほど出来がいいわけではないように思えたが、スキルがあるんだからやろうと思えばできないことはないだろう。頭の出来だって、ただ単に使ってこなかっただけでスペック的には低くないのかもしれない。


「とはいえ、使うと頭が痛くなるのが嫌だからと今までまともに鍛えてこなかったので大した脅威にはなるとは思いませんが、それでも一応は、と言うことです」


 天職の位階そのものは低く、スキルはろくなものがないだろう。だがそれでも、完全に警戒しないというわけにはいかないというのは理解できることだ。


「ですがまあそれはそれとして、アレが本格的に何かをするにしても、この国を出て行ってからでしょう。今の私はお母様のところへと向かうのが安全でもあるのです。ほんの二月もすれば第二王女はこの国からいなくなるでしょうし、その間は配下に監視させて逐一報告させているだけで構いません」

「そうか。だが、出ていくのがやけに早いな。王族の結婚なんて年単位で動くもんだと思ってたんだがな」

「今回はあちらの戦争の問題があっての同盟の証ということなので、早い方がいいのです。それに、私たちのどちらかを送ると決まった時には輿入れの準備は進めていましたから。あとはどちらがいくか、ということだけでした」


 まあ今の状況みたいにどっちかを捨て駒みたいにしている状態で二人を長い間同じ場所に置いておくのは危険か。自暴自棄になって暴れられるより、多少の無茶を通してでも結婚を終わらせた方がいいと判断したんだろう。


「そんなわけでして、私も向かうことになりますので今しばらくよろしくお願いいたしますね、お兄さま」


 そうして俺は妹の依頼を無事に終え、ようやく母親の元へと向かう算段がついた。

 正直なところいまだに気持ちの整理というか、将来の道なんて決まっちゃいない。あって何を話すのか、そもそもどんな感情を持つのかもわからない。

 わからないことや迷いはありすぎるほどにあるが、ようやく会えるんだ。精々後悔しないようにしよう。

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