第170話姉妹喧嘩の決着
「あなたっ、あれに何をしたというのっ!? あんなのありえないじゃないっ!」
一番近くにいたからだろう。姉王女は俺へと睨みつけるような視線を向け、ヒステリックに叫んだ。
だが、俺として何もしていない。まあ多少のスキルの使い方を考えたり訓練に付き合ったものの、それだけだ。あそこまでできるようになったのは単にレーネ自身の努力の結果でしかない。
「別に何も。ただちょっと助言しただけだ。あとはレーネ自身の頑張りだ」
「あれの頑張り? ふざけないで! そんなどうでもいいもので〝あれ〟があんな事できるようになるわけがないわ! 何か不正をしてるに決まって——」
よっぽどレーネの力を認めたくないのか、姉王女はとうとう不正を訴え始めたが、それはダメだ。
「一つ、忠告しておくがレーネは俺の仲間だ。仲間をバカにするんだったら——殺すぞ」
「ひいっ!」
言葉を遮るようにして口を開いた俺は、殺気と共に言葉を吐き出した。
誰かに殺意を向けられるなんてのは初めてだったのか、姉王女はみっともない声を出しながら体を震わせた。そんな状態でも腰を抜かすことなくたっていられるのは王女としてのプライドだろうか。
お前がどう思っているかなんて知らないが、レーネは俺の仲間だ。仲間を馬鹿にするような発言を許すわけがないだろ。しかも、言うに事欠いて不正だと? あれはあいつの努力の結果だ。それを不正だなんて、絶対に言わせない。
「あ、あなたっ、王女である私に向かってそのような態度をとっても良いのだと、本当に思っているのですか!?」
「あいにくと、こっちの雇い主も王女なんだ。気にすることなんざ何もないだろ。それに、どうせお前は負けるんだ。そうなったら俺をどうこうする余裕なんてないだろ」
「は、『灰蛇』に命じれば、あなたがたなど私が手を下さなくとも……」
色々と尋問して分かっちゃいたが、とうとう本人の口から聞くことができたな。まあこの場で犯罪者たちの組織と繋がっているなんてバラすのは悪手でしかないんだが、それに気付かず口走っているってのはそれだけ追い詰められているってことだな。
「灰蛇ねぇ……。昨日の夜もそのちょっと前もだが、うざったいことこの上ないな。仕方ない。やっぱつぶすしかないな」
「つ、ぶす……? あなたは何をいって……」
「そんなことよりも、王女様よお。んなお喋りばっかでいいのか?」
そう言って俺が視線をずらすと、その先からはフィーリアが姉王女へと近づいていた。やっぱ、最後を決めるのは俺じゃなくてこいつじゃないとな。
「これで、私の勝ちですね。お姉様」
「み、認めない……。認めないわ! 私があなたなんかに負けるはずがないのよ!」
姉王女はそう叫ぶと魔力をみなぎらせながら杖を掲げ、自身に近寄ってきているフィーリアに魔法を使った。
その瞬間フィーリアの姉王女の杖からは黒い何かもやのようなものが吹き出し、それを浴びたフィーリアはガクンと揺さぶられたように体を震わせた。
「フィーリア!」
「いえ」
それを見た俺は瞬時にあれがなんらかの特殊な効果がかかっていることが理解でき、フィーリアの名を呼んだ。それぐらい威圧感というか不気味な気配を放っていたのだ。
だが、フィーリアは心配するなとでも言うかのように首を横に振った。
「……これが闇魔法ですか。確かに、『闇』と言うのに相応しいおぞましさですね。ですが……」
そして、フィーリアがそう言って一歩踏み出すと、まとわりついていた闇は不規則に蠢きだし、形を崩して消えていった。
「そ、んな……どうして……」
「相手が使う魔法に対策をしていないとでもお思いですか?」
フィーリアはそう言って手を掲げるが、その手には全ての指に指輪が嵌められている。それらは全部闇魔法に対するアンチ装備だ。本来珍しい闇魔法なんてもんに対する装備なだけに値が張ったらしいが、流石は王族だよな。お金の暴力はどこでも有効なようだ。
奥の手であったのだろう闇魔法が簡単に破られたことで戦意を失ったのか、ついに膝をついてしまった。
いくら希少な天職だって言っても、使いこなせなければ意味ないし、対策されればそれまでなんだよな。
「勝者、『大地の絆』!」
そして、それをきっかけに審判による判定が下された。
それを聞いた瞬間、試合を見ていた観客たちはワアッと俺たちの勝利を祝うように歓声をあげた。
「お疲れ様です、王女殿下」
「ええ、あなたも、そして皆さんもお疲れ様でした」
そんな言葉を交わしてから笑い合うと、歓声の中俺たちは堂々と胸を張って舞台を後にした。
舞台から去った後は控え室に戻った俺たちだが、少し休んでいると表彰式があるということで呼ばれた。だが、俺とソフィアは参加しなかった。当たり前だろう。必要だったことだし結構離れていたとはいえ、ただでさえあれだけ目立ったんだし、せめてこれ以上身バレする機会は減らしたい。国王に直接会う機会なんて、今はまだいらない。もっとも、国王が俺の姿を見て何かに気がつくとは思えないけどな。だって産まれた直後にろくに顔も見ないで捨てられたわけだし、そっから今の俺の姿は想像できないだろ、流石に。
そんなわけで俺は疲労で寝むってしまったということにし、ソフィアはその介護ということで待っていることにしたのだ。
「さてと……」
「どこか向かわれるのですか?」
表彰式が始まってから少しして俺は椅子から立ち上がったのだが、そんな俺を見てソフィアは首を傾げた。
「ちょっと後始末というか、落とし前をな。ソフィアも来るか?」
ただ待っているだけではもったいない。どうせここにいてもやることなんてないんだし、後でやろうと思った作業を終わらせに行こうかと思ったのだ。
「はい——あ、いえ、やめておきます」
せっかくだからソフィアもどうかと思って誘ってみたのだが、ソフィアは一度頷きかけてからその動きを止め、否定を返してきた。
「? 珍しいな。一緒に来ないなんて」
「こんな状況ですし、残ってヴェスナー様の不在を対応するものが必要ではありませんか?」
「すぐに終わらせるつもりではあるけど……まあそうか。リリアとかうるさそうだしな」
俺の予定はすぐに終わらせるつもりではあるが、表彰式なんてそれよりも早く終わるだろうし、その時に誰もいなかったらあいつらも困惑するだろう。書き置きでもしておけば大丈夫かもしれないが、誰かが残って説明してくれた方が手っ取り早いし正確だ。
あと、ないかもしれないけどフィーリアたち以外に誰か来たときに、そいつの相手をする必要があるかもしれないし、そういう意味でもソフィアが残るってのは有りだ。ぶっちゃけすごく助かる。
「じゃあ行ってくる」
「はい。いってらっしゃいませ」
そう言って俺は一旦フィーリアの部屋に戻ると、着替えてから『影』たちに声をかけ、学園の外にある目的地へと向かっていった。
「あー、お前らが灰蛇であってるか?」
そうしてやってきたのは毎度俺たちの周りであれこれやって邪魔をしてくる『灰蛇』の皆さんのアジトだ。
あの姉王女様は「灰蛇に頼んだらあんたたちなんて〜」って言ってたが、やられても問題ないとはいえ実際にやられるとうざったいのでその前に潰しておこうと思ったのだ。今までも警告した上で襲ってきたんだし、やっちゃっても構わないだろ。
そんなわけで、潰した後の処理を任せるために『影』を引き連れてやってきたのだが、俺の前には蹴破られた建物のドアと、その向こうで俺のことを睨んでいる厳つい奴らがいる。もちろん蹴破ったのは俺だ。
ドアを蹴破った先は随分と広い空間で、何十人もの男達女達が屯していた。多分元は倉庫かなんかだったんだろう。
だが、そんなかなり広い空間だというのに倉庫らしさとでもいえばいいのか、見窄らしい感じは一切しなかった。まるで城の一室かのように豪奢に飾り付けられている。建物の外観とはかけ離れているが、ここにあるものの金額だけ今まで『仕事』をしてきたんだろうな。
「……どっから来やがった」
「どっからって、そっからだよ。ドアが開いてんのが見えない?」
「殺れ」
アジトの中にいた奴らの中でも偉そうなやつが問いかけてきたので冗談を返してやったのだが、どうやら気に入らなかったようで俺たちを殺すようにアジトの中にいた部下たちに簡潔に、淡々と命じた。
だが、そんなのは想定通り。むしろドアを蹴破った瞬間に問答無用で襲われるかも、なんて考えてたのにこうして多少なりとも話す時間があったことに驚きだ。
俺は襲いかかってきた灰蛇の奴らに向かって《播種》を使い、身体中に穴を開けていく。
たった一回のスキルの使用だったが、それだけで襲い掛かろうとしていた奴らは思いっきり殴られでもしたかのように仰向けにぶっ倒れることになった。
その光景を見ていた灰蛇の奴らは足を止め、再び睨み合うことになった。
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