第169話瞬間最大火力最強

 

 後はフィーリアの方だが、あっちは心配しなくてもいい。そうなると俺とソフィア、それから動きのなかった一人だが、そいつは姉王女の護衛に残ってるらしい。


「護衛はいらないわ。あなた方二人も協力して先にあの護衛から潰しなさい!」


 おっと? 護衛ってことは俺かソフィアの方にくるんだろうが……さて、どっちかな?


「——っと」


 なんて思っていると、さっきまで剣を交えていた剣士が突っ込んできて、剣が振り下ろされたので避ける。

 そのまま次は追撃がくるから……かと思ったら横から槍が突き出されたので体をのけぞらせて回避。どうやら俺の方に来ることにしたらしい。


 つまり今の俺は剣士槍士短剣の三人を相手にしなくちゃならないわけだ。相手は少なく見積もっても第四位階にはいってるだろうし、身体能力の面で俺に有利はない。普通なら諦めるところだな、これは。


 だがまあ、この程度ならなんの問題もないな。


 突き出された槍を避けた俺に剣士が斬りかかってくるが、その一撃を剣で受けて引き飛ばされ、それと同時に槍使いのいる方へと大きく跳ぶ。

 その勢いに驚いたのか槍使いは驚いた様子を見せるが、それでも槍を使って迎撃しようとするのは流石と言ったところだろう。

 だが、もうすでにここは槍の間合いではない。そして、剣の間合いでもない。

 俺の持っている武器は剣だ。これだけ近づいたら剣なんてまともに振るえない。


 ならどうするのか。そんなの、殴ればいい。


 身長差から頭部にはいい感じに届かなかったが、そのもうちょいしたなら問題ない。頭の下——つまりは喉だ。俺は剣の柄尻で相手の喉を叩いてやった。叩く、というか叩きつける、の方が合ってるか?

 相手の鎧は首までガードがあるが、普通の大人の何倍もある力を使って力任せに鈍器を叩きつければそれだけで結構な衝撃になる。特に首の装甲部分なんて割と簡単に曲げられるもんだしな。


 剣の柄尻で喉を何度も殴りつけていくと、ものの数発で鎧は変形していった。ダメージそのものは対して通ってないだろうけど、多分怖いだろうな。


 と、相手が咳き込み、ふらつき始めたので、引き倒してマウントポジションに……


「死ねえ!」


 なろうとしたのだが剣士に邪魔をされてしまった。

 だが、槍使いには結構なダメージを入れられただろう。肉体的に、ではなく精神的に、だけど。


「おい、平気か!」

「あ、ああ。なんとか……」

「あのガキ、ただの子供ってわけじゃねえぞ。油断すんなよ!」


 そんなふうに言葉を交わしながら立った槍使いだが、その構えは先ほどまでよりもどこか腰が引けているように感じる。

 となると脅威と言えるのはあの剣士だが……


「ふっ」

「あ? 笑った?」


 おっといけない。今は戦いの最中だ。

 ……でも正直なところ残る脅威があれだけとなると笑いも溢れる。だって、あんなの脅威でもなんでもないんだから。何せこちとら第八位階の城壁をぶった斬るような剣士を相手に訓練してきたんだぞ? こんなやつ程度、恐ろしくもなんともない。


「やろっ……! いくぞ!」


 さっさと倒してしまおう。そう考えて挑発するかのように見下して笑ってやったのだが、見事に相手の剣士は挑発に乗り、槍使いに声をかけてからこちらに突っ込んできた。


 突っ込むと同時の振り下ろしは片足を引いて避け、続く切り上げは一歩下がりつつ体を後ろに逸らして避ける。

 薙ぎ払いは剣で軌道をずらしてやり、その陰から突き出された槍は最初よりも勢いのない一撃だったので掴んでやった。槍を掴んだまま斜め前に前進してやれば、俺と槍使いの間にいた剣士にぶつかることになるが、俺はそのまま構わず進む。


「う、おおっ!?」


 すると剣士は腹に棒を当てられたまま強引に後ろに押される形になり、見事に尻餅をついた。


 尻餅をついたことでちょうどいい感じのところに来た頭を狙い、剣を両手で握ってフルスイング!


「ぎっ!」


 剣士としては剣の使い方がなっていないというか、乱暴すぎる使い方だが、どうせ試合のために刃引きしてある剣を使ってんだ。だったら剣として使おうが鈍器として使おうがどっちだって構わないだろ。壊れたところで俺のじゃないし。


 追撃を、ともう一度構えたところでまたも邪魔された。

 ああ、そういえば短剣もいたんだったな。


 正直言ってこいつら程度は余裕だ。今に至るまでスキルも交えて戦っていたが、俺は傷一つ負っていないんだから傍目からでもどっちが優勢かわかるだろう。だが、そろそろウザくなってきたな。


 短剣、剣、槍の三人は全員がなんらかの攻撃を受けて万全の状態ではないながらも、それぞれの武器を構えて俺に相対し直す。


 そんな三人を尻目に他の状況を確認すると、フィーリアは互角。ソフィアがやや苦戦している感じだが、リリアがサポートに入ってるので怪我をすることはないだろう。あったとしてもすぐに治るはずだ。


 だが、このままだと後ろに控えている姉王女様が何かしらの行動を起こすだろう。

 だから、さっさと決めにかかろう。


「今です! さっさと仕留めなさい!」


 と思ったところで、俺の足元から黒い手のようなものが這い出し、俺の足を掴んだ。これは魔法? ……姉王女の闇魔法か。なんだか掴まれた瞬間に怖気が走るとでもいうのか、鳥肌が立つような感覚がした。多分、これが『闇』の効果なんだろうな。


 それを好機と捉え、三人は同時に俺に襲いかかる。


 だがそこで、三人のうち一人は動きを止め、もう一人はみっともなく転んだ。残る一人である槍使いは俺の元へと襲いかかってきた。


「し、《刺突》!」


 だが、他の二人が来なかったからだろう、その槍には迷いが見て取れた。

 そんな隙を逃すはずがなく、放たれたスキルを斜め前に倒れ込むようにして避けながら槍使いの懐に潜り込み、その首に抱きついて引き倒した。それと同時に槍を奪って喉元に突きつけてやれば、それだけで槍使いの負けは決まり、審判の言葉によって退場となった。


 それによって俺たちは再び開いた距離で向かい合うのだが、自分が魔法を使っても倒せなかったことに苛立ったのか姉王女はキッと鋭い視線で男たちを睨みつけて叫んだ。


「何をしているのですか!」


 しかし、そんな言葉を合図として俺は急速に男たちへと接近していく。受け身でいたらまたあいつから魔法が飛んでくるだろうからな。


「さっさと倒しなさい!」

「い、いや、なんだこれ……!」


 姉王女が叫ぶが、敵の剣士たちは困惑したように叫んでいる。

 今の状況は俺が敵の二人と切り合っているのだが、傍目から見れば敵2人の鎧が少しずつ剥がれているように見えるだろうな。


「お前がやったのか!?」

「俺以外に誰かいるとでも?」


 なんてーかさ、紐切りとスリの相乗効果はひっどいよな。まあそれが本来の使い方と言われればその通りなんだし、俺もそうしてるんだけどさぁ。紐切りで接続部分を切って、スリでそれを回収する。

 ネックなのは距離だけど、それはこうして接近戦をしている状態では大した問題にならない。むしろずっと相手をスキルの効果範囲内に入れることができてるんだから、この方が良いとさえ言える。


 《紐切り》のスキルはスキルのレベルによって切断できるものとできないものがあるため、鎧なんかの金属は今の俺じゃ難しい。

 だが、鎧そのものは無理でも、鎧のパーツを繋いでいる革の部分は切ることができる。

 剣で斬りかかるふりをしてパーツを切断し、金具をスって回収する。それによって敵の鎧はまともに機能しなくなり、着用者の動きを阻害する。さっきこいつらが動きを止めたり転んだりしたのだってそうだ。ブーツの革が切られてたらそりゃあ転ぶよ。


「くっ! ならば、まずは弱者から!」

「まあそいつが弱いってのは間違っちゃいないが——」


 短剣使いは俺を倒すのは無理だと判断したのか、狙いを変えてフィーリアの背後に庇われているレーネに襲いかかろうとそちらに向かった。


 だが、フィーリアは背後にいるレーネを庇う様子を見せない。

 自分の相手で手一杯というわけではないが、助けに入ればその隙をつかれることになるだろう。だから助けに入らないのは仕方ない。

 しかし、それではレーネがやられてしまうことに——


「こ、来ないで! 発動!」

「グアアアアア!?」


 ——ならない。


 レーネの叫びとともに突如空中に現れたいくつもの紙に目を奪われ、レーネを攻撃しようとした男は目を見開いた。


 だが、それは男だけではなく他の全員も同じだっただろう。敵も観客も、全員がレーネの変化に目を見張ったはずだ。驚いていないのはあらかじめ知っていた俺たちと、後は授業で見たことのある教師ら数人程度だろう。

 フィーリアが助けに入らなかったのも当然だ。敵が手強いからではなく、助ける必要がないことを知っていたのだから助けなかった。それだけのことだ。


 そして、レーネへと接近していた男は驚きのあまり動きが鈍り、そこから放たれれる炎の球を全てまともに食らってしまった。


「——強くないともいってないぞ?」


 俺はそんな風に呟きながら短剣使いの男が吹っ飛んでいくのを見送った。


「運動神経や戦闘センス。知力に財力その他諸々……まあそういった基本性能も追加装備も俺たちよりも下だが、極一部……瞬間最大火力って意味じゃ、むしろ最強だ」


 そうして今までなんとか拮抗していた状況から人数が減ってしまえば、当然のことながら状況は一変する。

 突然のレーネの攻撃に驚いた剣士を転ばせてその頭を剣でぶっ叩いてから首に剣を突きつける。審判による退場の宣言はまだないがそれでも終わりと見做していいだろう。


「レーネ先輩!」


 そう叫んだのはフィーリアだった。自分の相手を片付けた俺は他の奴らへと視線を向けたのだが、その先ではフィーリアの呼びかけに答えてレーネから追加の炎の球がいくつも射出されていた。


 放たれたその魔法は、まだ戦闘の行われているソフィアとフィーリアの相手へと向かって飛んでいく。先ほどの驚きを引きずっていたことによって初動が遅れた相手は、自分に迫ってくる魔法を見て逃げようとするがソフィアとフィーリアがそれを阻む。


 結果、焦りから動きの鈍った相手はソフィアたち二人の敵ではなく、見事に足止めを喰らってついでにレーネの魔法も喰らうことになった。


 そうなってしまえば耐えることなどできず、二人の相手をしていた男たちは直撃を受けて吹っ飛んでいった。

 これで残るところ敵は姉王女とその師弟制度の相手だけだが、師弟制度の方は杖を落としてその場にへたり込んでいるので実質的に退場と考えてもいいだろう。

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