第164話第一試合・瞬殺
「それではこれよりクラン対抗戦を開始いたします!」
部屋から控室に向かうまでの間、特に何かが起こると言うこともなく平和的に辿り着くことができた。
それ自体はいいのだが、あの姉上様がこのまま終わるようには思えないんだよな。途中で何かやらかすと思っていたが、この状況に至ってしまえば難しいだろうから後は大会で直接つぶしに来るくらいしかないんだろうが、果たして本人がつぶしに来るのか買収された他のクランが潰しに来るのか、もしくは試合中に外部からバレないように妨害か? ……まあ何が来るにしても警戒しておくしかないか。
「——まずは第一試合が行われますが、その前に試合に参加する二つのクランをご紹介いたします! 一番通路より入場いたしますは、クラン『炎の牙』」
そんなことを考えながら大会の進行を待っていたのだが、ついに一回戦に参加するクランの名前が呼ばれ、そのクランの生徒たちは堂々と、だがどこか緊張した様子で俺たちの待機している通路とは逆側の通路から現れ、舞台の上へと進んでいった。
俺たちの待機している逆側、と言ったことからわかるだろうが、現在俺たちも舞台に繋がる通路で待機している。
なぜか。そんなの——
「反対側、三番通路より入場いたしますは、第三王女殿下フィーリア様率いるクラン『大地の絆』です!」
——俺たちが第一試合の対戦相手だからに他ならない。
「なんで大地の絆?」
「私も母も土魔法師で、あなたも土を操るのですからちょうど良いのではありませんか?」
「他の奴が関係してないのではないですかねぇ? それに、繋がりを見せてもいいのかよ」
「良いではありませんか。こんなところで主張したところで、誰も気付きませんし」
「主張自体するなよ……」
「私とて、これが『私たち』なんだと声を上げたい時はあるんです。——それよりも、いきましょうか」
司会に呼ばれたクランの名前を聞き、そんなふうに兄妹で軽い話しをしてから俺たちはフィーリアを先頭に堂々と通路から姿を見せ、舞台の上に上がっていった。
そして、俺たち『大地の絆』と『炎の牙』はお互いに緊張した様子で向かい合ったのだが、どうにも相手の態度はうわついたものになっている。
だが、それも仕方がないことだろう。今、『炎の牙』を名乗る彼らの前には——いや、彼らだけではなくこの会場にいる全員の視線の先には王女と並んで凛々しく歩くエルフの姿があるのだから。
この国における首都などの主要な人間の街では滅多に見ることのない種族であるエルフ。それが王女の隣に並んで進んでいるのだ。驚かないわけがない。
これによって2人は対等な立場での関係であり、フィーリアはエルフと繋がりを持っていると言うことが誰の目からも理解できることだろう。
エルフの希少性、そして有用性を知っていれば、それだけでフィーリアの有用性も理解できるはずだ。
尚、視線を集める原因であるエルフ様はというと……
「やっば。みんなが私のことを注目してる! ふふん。これから私の力を見て恐れ慄くがいいわ!」
などと戯言を呟いている。
これが小声だから対戦相手や客席には聞こえていないだろうが、聞こえてたらなんというか……すごく恥ずかしいだろうな。
「それではお互いのリーダーは握手をお願いします」
試合前に行われたメンバー登録の際にリリアがエルフであることはバラしていたので、司会を含めた大会関係者にはあらかじめ伝えられていたのかそれほど驚いた様子を見せずに司会は大会を進行させていく。
フィーリアは司会の言葉を受けて中央へと進んでいき、そんなフィーリアの姿を見て相手クランのリーダーもハッと慌てたように前に出てきた。
「こ、この度は王女殿下とこうして相対することができたことを喜ばしく思いますっ。ですがっ、これは大会ですので手を抜かずにやらせていただきます!」
その口上はあらかじめ考えていたのだろう。少し棒読み、且つ早口で言われたその言葉は、勢いで最後まで言い切った、って感じだった。
そりゃあ同じ学園の生徒とはいえ、王女様相手ともなれば緊張するのも無理はないだろう。それに直前までエルフの出現によって動揺もしただろうし、その態度も十分に理解できる。
「ええ、こちらこそよろしくお願いいたしますね。手加減など考えず、お互いに全力を尽くした良い試合にしましょう」
だが、そんな少年の努力を笑うことなく、フィーリアは王女らしく優しげで柔らかな笑みを浮かべて、相手を安心させるように笑いかけて答えた。
そんなフィーリアの笑みで緊張が解けたように肩の力を抜いたが……ありゃあ魅了されてないか? 魅了と言ってもスキルの類じゃなくて単純な美貌というか、少年らしい恋心的な?
そして2人は握手をしてからお互いのクランメンバーの元に戻るのだが、フィーリアはスタスタと相手クランのリーダーに構うことなく戻って来たのだが、相手のリーダーは先ほどまで握っていた手を見つめた後にフィーリアの背中に視線を向けていた。
……やっぱ、ありゃあ完全に落ちてるわ。
まあそいつ見た目は完全にお姫様やってるしな。我が妹ながらその見た目は可愛らしいし、普通の少年なら惚れても仕方がない。
それに加え、状況が状況だ。普段はまともに触れるどころか言葉を交わすこともできない相手と話すことができたのなら、そこに〝特別〟を感じても無理はない。
と、フィーリアが俺たちの元にたどり着いてくるりと振り返ったことで少年はハッと気が付いたのか慌てて自身のクランの元へと戻っていき、仲間たちから小声で何か言われていた。
「——ですが、申し訳ありません」
「え……」
そうして俺たちはお互いに武器を構えたのだが、司会の者が試合開始の合図を行おうと旗を振り上げた時、フィーリアはぽつりと呟いた。
その言葉が聞こえたのだろうか。相手リーダーの少年は少し間の抜けた表情になって声を漏らした。
「そもそも試合にはならないかと思いますよ」
「それでは、試合開始!」
そんな少年の疑問に答えるかのようにフィーリアがそう口にすると同時に、司会の者が上げていた旗が下され、試合開始の言葉が告げられた。
そしてその直後、少年たちはフィーリアの言葉の意味を知ることになった。
「大地よ起きろ——《ウォール》」
決して大きくはないが不思議と響く声とともに魔法の文言が告げられ、試合開始の合図から数秒とたたずに相手クランを囲むように石の壁が迫り上がる。
「あ、慌てるな! これくらいは想定内だろ!」
フィーリアの予選を見ていればこれくらいのことは想定していただろう。そして、対策もしてきたのだろう。リーダーの少年の声が壁越しに聞こえてくる。
だが、我らが王女様はそんな想定も対策も全てを吹き飛ばすために新たな魔法を準備し始めた。
「では、これならばいかがでしょうか?」
そんな言葉とともに魔法陣の構築が終わり、その口からは終わりを意味する言葉が告げられる。
「《大地よ起きろ・我が意をここに示さん・我に仇なす物を打ち砕け——グランドランス。グランドキャノン》」
今回もまた二つ同時の魔法の使用。それによって第二位階と第三位階の魔法が発動し、フィーリアの周囲の地面が抉れ、それが空中に浮かび始める。
魔法を発動してからほんの五秒すらもかからずに成形は終わり、箱型の土に囲われた敵に向かって大砲の弾のようなものが狙いを定めて空中に待機した。
さらにこっからだと見えないが、多分敵を囲った壁の内側からは槍が突き出していることだろう。
フィーリアの行動はそれだけで終わりではない。浮かべた大砲の球の一つから一つを動かし、『炎の牙』を囲っている土壁に向かって放った。
それだけで土壁は崩れ、その破片は周囲に散らばった。
崩れた壁の向こうには『炎の牙』の面々がそれぞれ武器を構えたり頭をかばったりしながら、俺の予想した通り周囲から突き出ている土の槍に囲まれ、怯えた表情をしながら固まっていた。
壁と槍だけの対処でも大変だろうにそこに砲弾がぶち込まれたらそうなるだろうな。俺だってビビる。
「さてどうされますか? 降参していただけないのでしたら、追撃を仕掛けることになるのですが」
「……ま、負けました」
試合開始前とは違って鋭い視線をしているフィーリアから向けられた言葉に、『炎の牙』のリーダーは怯んだ様子で降参を宣言した。
少数の実力者が選ばれた大会だってのに相手クランは大して何もできていない。そんなだからかわいそうにも思えるが、まあ仕方ない。
「申し訳ありませんが、こんなところで足踏みをするつもりはありませんので」
フィーリアはそう言って礼をすると、それ以上何かを言うことも、何かをすることもなく身を翻して舞台から去っていき、俺たちもその後に続いて歩き出した。
こうして時間にしてたった数分と言う短い時間で第一試合は終了となった。
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