第163話本番前のミーティング
そして翌日。
「今日は大会の本番ですが、皆さん問題ありませんか?」
この後大会の本戦が始まるため、今は朝のミーティング中だ。
そこでフィーリアが部屋にいる俺たち4人の顔を見回してから、最後の確認としてそう問いかけてきた。
「わたしにまっかせなさい! みんなの視線を釘付けにしてあげるんだから!」
「はい、リーリーア様には期待していますね」
フィーリアの問いかけに真っ先に答えたのは今日の舞台が楽しみな様子のリリアだった。
そんなはしゃいでいる様子のリリアにフィーリアは笑いかけた。
だが、そんな言葉に驚いたのか、リリアは目を丸くしてぎこちない動きで売れへと顔を向けると、にへらっと顔をだらしなく緩めて笑った。
「ねえ、ねえねえ! 聞いた!? 期待だって! わたしに期待してくれてるんだって! 流石は王女よね。わたしの溢れ出る才能を理解してるのよ。これはわたしも期待に応えられるように思いっきり頑張らないと——」
普段あまり褒められたことがないからだろう。期待していると言われたリリアはうざいくらいにはしゃいで俺の肩を掴んで揺さぶってきた。
が、俺はそんなリリアの頭を掴んで力を込めた。
「勝手なことをしたら強制的に家に帰すからな」
そう俺が口にした瞬間、リリアはピキリと音がするかの如く固まり、動きを止めた。
「え……? い、家って……」
「カラカスにいる親父んところに奴隷として檻に入れて送ってやる」
今日はもう仕方ないにしても、もし騒ぎを起こすようなら明日からはもう一度檻の中を経験することになる。本当なら俺がそばにいる間は観光なりなんなりして遊ばせても構わないかと思っていたのだが、問題を起こすようなら別だ。ここはカラカスではないんだし、こいつを守り切れる保証なんてないんだから。
「や、やだーーー!」
「じゃあ勝手なことはすんなよ。舞台の上で張り切るくらいなら良いが、一人で出歩いたりするな。そうすれば家に送ることは見逃してやるから」
「わ、わかったわ! だから家には送んないでよね!」
お前が調子に乗って問題起こさなければな。
「……調子に問題はなさそうですね。レーネ先輩以外は、ですが」
そんな俺たちの様子を見たフィーリアは問題なさそうだと頷いたのだが、それは〝俺たち〟だけに関してだ。ただ1人、フィーリアの先輩であり師弟制度の相手であるレーネは今日これからの戦いを思ってか緊張した様子で固まっていた。
「レーネ先輩」
その緊張具合は、フィーリアに声をかけられただけでびくりと大袈裟なくらい体を跳ねさせていることからもわかるだろう。
「だ、大丈夫でしょうか? 本当にわたしが……」
「大丈夫ですから落ち着いてください」
フィーリアは緊張全開な様子のレーネの隣に座り、その手を取って語りかける。
「初めてこのような場所に立たされて不安だということはわかります。ですので、最初は私が戦いますから、その様子をすぐそばで見ていてください。そうすれば緊張もほぐれるでしょう」
「そ、そうですね……」
フィーリアの言葉は優しく、対応としては間違っていないのだろう。
実際、緊張で体を固まらせていたレーネは息を吐き出している。
だが、それじゃあダメだ。それは間違っていないだけで、正しいわけでもない。
それを証明するように息を吐き出した後のレーネは自身の手のひらを見つめるように視線を落とし、それから顔を上げる様子がない。多分、今のレーネは逃げている。自分は参加するが『戦う』必要はないんだ、と。
だから俺は、フィーリアに視線だけで邪魔をしないように伝えると、口を開いた。
「レーネ。顔を上げろ、前をむけ。お前はなんのために力をつけた。両親の期待を裏切らないためか? それだけのためにこの場に立ったのか? そんなことのために今日まで努力してきたのか?」
「なんのため……」
俺の言葉を聞いたレーネは僅かに体を震わせて反応すると、小さく俺の言葉を繰り返した。
「有名になりたいでも、今まで見下してた奴らを見返したいでも、力を自慢したいでもなんでもいい。俺だって仕事を受けたからここにいる、なんて理由でフィーリアの元に来たんだからな。立ち上がる理由なんてなんだって良いんだが。お綺麗な建前なんて必要ない。お前はなんのために力を求めた?」
ゆっくりと顔を上げて俺のことを見上げるレーネに、俺は目を逸らすことなく真っ直ぐに見つめ返す。
そんな俺の視線を受けたからか、レーネは膝の上で組んでいた両手にグッと力を込めると再び俯いてしまった。
だが、今回のは先ほどの無言の俯きとは少し違った。
「わた、わたしは……。わたしは、わたしがすごいんだって言ってくれたフィーリア様の瞳が綺麗だったから。両親がわたしに……わたしの天職に向けた期待とは違って、わたしを褒めてくれた瞳がすごく綺麗だったから。だからわたしは……」
「そうか。だが、その瞳がお前を見てるぞ。みっともないところを見せても良いのか? 俯いたまま、立ち上がらないままで、本当に良いのか?」
そんな言葉を聞いたレーネはハッとした様子で顔を上げ、フィーリアのことを見つめた。そして、泣くのを堪えるかのような表情になり……
「…………よく、ないです」
そう呟きながらゆっくりと顔を横に振った。
「なら立て。顔を上げろ、前を見ろ。大事なものは決まってるんだ。なら、何を恐れる必要がある。何を迷う必要がある。お前が立ち上がらなきゃ、大事なものは守れないぞ」
もう一度顔を俯かせた後、しばらくしてからレーネは顔を上げたが、その表情は先ほどまでのものとは違って、まだ怯えや迷いは見えるものの決意の籠った眼差しをしていた。
「みっともない姿をお見せ致して申し訳ありませんでした」
「いえ、よろしくお願いしますね。レーネ先輩」
頭を下げるレーネに対しフィーリアは笑いかけるが、レーネは先ほどまでの姿が恥ずかしかったのか、顔を洗って来るといって部屋を出て行ってしまった。
「お兄さまは国王になる気はありませんか?」
そんなレーネの背を見て、これなら大丈夫だろうと思っていると、なぜかフィーリアからそんな言葉が投げかけられた。
「あると思うか?」
「あるかどうかで言えばないと思いますが、向いているかどうかであれば向いているのではないでしょうか?」
「俺が国王に向いてる? 馬鹿言うなよ。んなもん向いてるわけがねえよ。さっきのことを見て言ってるんなら、ありゃあ国王じゃなくて詐欺師だろ」
「国王なんて、それらしいことを言って民にいい夢を見させるだけの詐欺師ではありませんか?」
「……王女が言うセリフじゃねえだろ、それ」
「ですが、事実でもあります」
まあ、確かに国のトップなんてそんなもんかもな。お話のように、良い治世をするために自身を殺し、国のために動く歯車として生きる、なんてことをしてる奴なんて誰もいないだろう。それはこの国だけじゃない。いや、この国どころかこの世界ですらなく、どんな世界、どんな国の王であっても完璧に自身を捨てる奴なんていないと思う。いるとしたら、そいつはもう人間じゃない。
じゃあ何かって言われると困るんだが、もしそれが王様だってんなら、随分とつまらない国なんだろうなとは思うな。なんの面白みもない、合理的で計算され尽くした理想的なディストピア。
そんな国に暮らすくらいだったら、多少王がハッチャケてても、危険性があっても、そっちの方が楽しいかもしれないな。実際、住みやすいかは別としても、カラカスは刺激的と言う意味では毎日が刺激に溢れてた。
王は民に夢を見させる詐欺師、か。その詐欺師に見せられた夢を信じて死ねたのなら、それは民にとってはいい人生で、その夢を見せた詐欺師はいい王様だってことになるんだろうな。
……って、なんでこんなこと考えてんだろうな。今のところとはいえ、王様になる気のない俺には関係ないことだってのに。
『王』がどんな存在かなんて、なる必要ができたときにでも考えればいいんだ。まあ、そんな機会なんて一生来ないかもしれないけど。
「……そんなことよりも、作戦の確認でもしないか?」
「確認と言われましても、大したことはないでしょう?」
俺が話を逸らしたのには気が付いただろうが、そのことにフィーリアもソフィアも何も言わなかった。
「まあそうだが、本当に平気か? お前一人で相手取るなんて」
試合ではできるだけ姉王女を油断させるために、俺たち——特にレーネはあまり戦わない方向で話がついていたのだが、そうなるとフィーリアにばかり負担がいくことになる。それは本人も承知していることなのだが、改めて考えるとそれでいいのかと思わなくもない。
「危なくなったら助けていただけるとありがたいですが、本当に危険になるまで手を出さない方が油断は誘えるとは思いませんか?」
「王女がわざわざ戦わないといけないほどの役たたずってか?」
「お兄さまとて、ご自身の力を見せたくはないのではありませんか?」
「まあそうだけどな」
フィーリアを勝たせるために戦う今回の大会だが、俺はできるだけ『農家』のスキルは使いたくない。それは大会を見ているであろう国王に俺の力をバラしたくないからだ。多分……いや必ずそのうちあいつとは戦うことになるからな。バレたところで対策なんてしようがないと思うが、それでもバレないに越したことはないのでできるだけ俺の力は隠しておきたいのだ。
「それに、通用するのは所詮は一回戦だけです。二回戦目もできることならば私一人で片付けたいとは思っていますが、流石に三回戦——決勝では皆さんにも動いてもらうことになりますし、二回戦目だっておそらくはお兄様方に動いていただくことになると思います」
「わかってるさ。でもレーネと、後おまけのリリアは奥の手として決勝まで取っておくんだろ? 承知してる」
「おまけってなによ!」
リリアが文句を言ってるが、どう考えてもおまけだろ。だってお前は元々俺たちの作戦にはいなかったのだ。たまたま遭遇して使えそうだったから組み込んだってだけ。
そんなことを話している間にレーネが戻ってきたので、それを確認した俺は時計を見た。
大会の開始時刻まではまだ余裕があるが、ギリギリで行くってのはやめた方がいいだろうな。
「まあ、ここにいてもやることがあるわけでもないし、とっとと会場に行かないか? 途中で事故でもあって到着が遅れるとか、それによって失格になるとかあったら困るし、早めの行動をしておいて損はないだろ」
「そうですね。事故は怖いですからね。皆さん気をつけてくださいね」
「はい!」
「はい」
「は〜い」
そうして俺たちは立ち上がると部屋を出て会場の控え室へと向かっていった。
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