第162話お仕事終わりの報告と雑談

 

「ってわけで、狙ってたのは潰したぞ」

「ええ、報告はこちらにもきております。お疲れ様でした」


 部屋に戻るとリリアとレーネはすでに寝室に行ったようで、リビングにはフィーリアとソフィアだけだった。

 なので気兼ねすることなく先程までの出来事について報告することができる。あの2人がいたら報告なんてできないからな。襲撃者の話なんて聞いたらリリアは騒ぎそうだし、レーネは怯えそうだからっていう別の理由からだけど。


「どうぞ」

「ありがとう」


 ソフィアの出したお茶を飲んで一息つくと、俺は襲撃者達について詳しい説明をすることにした。


「——それにしても、二十人同時……それもなんの抵抗もさせず、ですか。凄まじいですね」


 話し終えるとフィーリアは呆れたような表情でため息を吐き出してからそう口にした。


「バラけられてると二十回分スキルを使わないといけないからめんどくさいんだけどな。しかもその後に追加でスキルを使わないと動きを止めることはできないし、視界の制御そのものもめんどくさいからあんまりやりたいことではないな」


 植物達から送られてくる視界のイメージ全てを同時に処理するなんてのは結構疲れる。コツは一つを注視しないことだな。全体を一つの絵として見て対象の位置や状況を把握し、なんか視界の端で動いたなーと思ったらそれに意識を向ける感じ。難しいがやってやれないことはない。疲れるからやりたくないけどな。


「二十回のスキルを二回となると四十回。それだけで普通の貴族達の使うことのできるスキル使用上限回数の半分ですから、単純に考えると実際には二回分の攻撃程度にしかならない。そう考えると乱用できるものでもありませんね。ですが、お兄さまのスキル上限は何回でしたか?」


 そういやあ普通の貴族は百回程度が上限だって思ってる奴らもいるんだったか? むしろそれが常識だとか……。今の俺からしてみれば百回しか使えないなんて「百回ww」って笑うところだ。


「さあ? 三千は超えてるけど……いや、そろそろ四千は超えてるか。五千はいってないと思うが、まあそんなもんだ」

「化け物ですね」

「口が悪いお姫様だな。誰が化け物だよ」

「千回を超えるスキルを使えるのでしたら、もはや常人とは言えないでしょう?」

「それいったらソフィアもだし、レーネでさえ千回近くは使えるはずだぞ」


 ソフィアは俺のスキルの使い方を見て似たような感じで鍛え始めたし、レーネは小さい頃から無意識にスキルを使い続けてきたから使用回数だけは無駄に多い。


「凡人は私だけ、ですか」

「回数で言ったら凡人はもう一人いるから安心しろ」


 リリアはスキルの修行なんてしたことないだろうから、それほどスキルの使用回数は多くないはずだ。


「その代わり寿命の影響で高位階ですよね?」


 まあ毎日無理をしない範囲で使ってれば……そうだな、二十回づつ使ったとしても一年で七千回。百年で七十万回。つまりは第七位階だ。

 確かリリアは百歳近くだったはずだから、第七位階に行ってるってのも普通と言えば普通だ。ちょっと理不尽な感じがしないでもないけどな。


 だが、確かに長命種という利点はあっても、欠点もある。


「回数が伴ってないから持久戦に持ち込めば雑魚、つまりは凡人だ」

「その理論はどうかと思いますが……」


 スキルの使用を無理のない範囲で使い続けてきたのなら、スキルの最大回数は伸びないことになる。それではいくら高位階であったとしても決定的なところで役には立たない。


 なので年齢さえ気にしなければあくまでも常識範囲内でしかないのだが、フィーリアはそのことに違和感があるようで苦笑いしている。


「なんにしても、襲撃を撃退できたことは喜ばしいことですね」

「まあな。元々予想してたことではあるけど、本気みたいだな」


 あれだけの人数を使って暗殺を企てるなんて、本気でないわけがない。

 俺がそう言うとフィーリアは真剣な、だがどこか悲しげな表情になって答えた。


「それはそうですよ。私だって手を抜くつもりはありませんし」

「の割にはお前は妨害をしないよな。やろうと思えばできるだろうに」

「一つは純粋に人手が足りないことですね。今、皆にはあちら側に協力するものたちを蹴落とすために裏工作や情報集めをしてもらっていますし、襲撃などに割く余裕はありません」


 元々人手が足りないから、なんて理由で外部である冒険者なんかに依頼を出してたわけだしな。


「二つに、国王の目があるからですね」

「目? んなもん気にする必要はあるか? どうせ強者が残るためならそれも必要なことだとかなんとか言って、賊との繋がりも犯罪行為も、大事にならなきゃ見逃すと思うんだが?」


 あの男ならそうするだろう、と思いながらの言葉だったが、それにはフィーリアも同意するように頷いて答えた。


「そうですね。おそらくですが、第二王女の動きも気づいていると思います。ですが、そんな小細工をせずとも小細工をしてきた相手に勝ったとなったら、どう思いますか?」

「余裕を見せつけての勝利、か」


 小細工して勝利を狙い敗れた者と、小細工をされてもものともせずに勝利した者。どちらが優秀かといったら圧倒的に後者だ。


「ええ。今回のこれは単純な勝ち負けではなく、どちらが国に残るのに相応しいか、どちらが国から出て行っても損がないか、を調べるためでもあります。もっとも、私の場合は第二王女とは違って希少な天職を持っているわけでもありませんし、その分不利でもありますので大会で勝つことが大前提ですが」

「だが、裏組織とつながることができている、ってのはあの国王基準だと有利な条件に入るんじゃないか? 今後国に残す価値があるんだとしたら、裏とつながりながらそれをバレずに利用できるやつの方が有能っちゃ有能だろ」


 力があること、有能なことはいいことだ。だが、綺麗事だけを口にしているようでは国の運営なんて役に立たないどころか邪魔になることさえある。それを考えると、小細工を使って負けたとはいえ、裏に繋がりを持っている方が使い道があるといえなくもない。


「私にも裏の繋がりはありますよ?」

「は? そうなのか?」

「あるではありませんか」


 フィーリアはそう言いながら俺に向かって指を突きつけたが、それの意味するところはいったい……


「その指は、俺? ……いや、親父か」

「分かりやすくはつながっていませんが、詳しく調べればその可能性に気づける程度には」


 考えてみればわかることだ。こいつは——正確にはこいつの母親だが、こいつらは親父から手紙をもらっていたし、こいつら側からも手紙を出していた。俺のことを隠すためにも手紙の内容なんかは隠していたんだろうがやりとりそのものは本気で隠していなかったんだろう。


「ですがその繋がりを今回利用しないで乗り越えることができれば、それは評価の対象となります」

「評価ねぇ……わからんでもないが、平民からすると繋がりがない方が好印象だよな」

「バレなければ良いんですよ。それに、裏と繋がりがない統治者など長続きするはずがありません。綺麗なだけの『水』は『海』にはなれませんから」


 海というのは水だけではなく汚れやそれを食べたり必要とする生物がいることで成り立っている。

 ある程度の汚れがあるからこそ、海はああも大きく、多様性のある世界を作り上げているわけだ。

 そしてそれは国とて同じこと。綺麗事だけの社会なんて作れないし、作ることができたとしても締め付けばかりで多様性も将来性も何もなく、国としても大きくなることができるわけがない。

 やり過ぎれば問題だが、ある程度は必要ってわけだな。


「バレない犯罪は犯罪ではない、ってか」

「実際に起こった事実と、人の目に見える真実というものは別物ですから。後はそうですね……最近では現王政への反対組織の存在も耳にしますし、裏との繋がりというのは重要ですよ」

「反対組織? そんなのがあるのか?」


 そんなものの存在は聞いたことがなかった。カラカスは犯罪者の集まり、国に対する反抗勢力、国の癌。なんて話を聞いたことはあるが、精々それくらいだ。あそこ以外でまともに活動していて王女が気にするほどの反政府組織なんて俺は知らなかった。まあ、俺が熱心に街の外の情報を集めようとしていなかったってだけの話かもしれないけどさ。


「はい。と言ってもそれほど大きくは動いていませんが。せいぜいが嫌がらせ程度のもの。ですが、それでもそう言った組織が存在しているという意味では見過ごすことはできませんし、やはり裏とのつながりというものは重要です」


 裏とのつながりねぇ……。ま、そういう意味ではカラカスは最強の手札だろうな。少し離れてるのが問題だが、あそこに渡りをつけられるってのは強みだろう。


「ともかく、これで一応の憂いは消えたわけですね」

「また追加があるかもしれないけどな」

「もしあった場合にはよろしくお願いいたしますね」


 できれば否定して欲しかった冗談混じりの言葉だったのだが、笑顔で「よろしく」なんて言われてしまい俺は顔を顰めることになった。

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