第160話夜のお仕事と『影』

 

 それからしばらくはいつものように部屋で待機し、食事をとって明日の予定について話したりしつつも基本的にダラダラと過ごしていたのだが、もうそろそろ消灯の時間だ。消灯なんて言っても、王女の部屋にとってはあってないようなものだけど。だって他に生徒いないし、灯りだって自前で用意してるんだから文句のつけようがない。


「お前ら、この部屋でおとなしくしておけよ」


 そろそろいいだろうと思って俺はそう言いながら立ち上がったのだが、次の行動に移る前に声がかかった。


「んー? あんたどっか行くの? えー。ずるーい! わたしだってもっとこう、外を歩いて回りたいんだけどー」

「まだタイミングが悪い。ここまで暮らす場所も美味しいもんも用意してもらったんだから少しくらい言うこと聞いとけ。どうせ部屋に居ろなんてのは一週間もあれば終わるし、早ければ明日には出歩けるようになるから」


 今まではこいつがエルフ——それもお姫様相当のやつだとバレないようにするために顔出しを控えていたが、明日は本戦に出場するわけだしこれ以上隠しようがない。なので明日っからは好きに出歩いていい、とは言えないが、まあそれなりに出歩くことができるようになる。


 それに、どうせもう暗くなってるんだから出歩くのは明日にしろ。


 だが、そう言っても俺だけが出歩くことができるのがずるいと感じるようで、リリアは不満タラタラな顔でこっちを見つめている。

 そのことにため息を吐き出してから、俺はリリアを説得するために向き直って口を開いた。


「それに、大会で目立ってからの方が楽しくないか? 『あそこにいるのは大会で素晴らしい活躍をした少女だ!』って感じで」

「……楽しそうね」

「だろ? だから一日くらいおとなしくしてろよ」


 俺の言葉を想像してみたのか、リリアは真剣な表情になると少しの間悩んだ様子を見せたので、畳み掛けるように言うと、リリアは納得したのか大きく頷いた。


「わかったわ! ……あ、でもさー、あんたはどこに行くわけ?」

「俺はちょっと野暮用がな。これでも仕事があるんだよ。一緒に働くか? 一緒に仕事がしたいって言うんだったらお前にもきちっと働いてもらうけど……」

「いや! 仕事ならさっさと言って頑張ってきなさいよ。わたしはおとなしく待っててあげるから」


 さっきまでは外に行きたいなんて騒いでいたくせに、今は自分は仕事しなくてほっとしてるようだ。寝転がっていたソファーにしがみつくようにして再び横になった。

 というか、さっきから寝てばっかなんだし、どうせ寝るんだったら寝室が与えられてんだからそっちの方に移動しろよと思う。まあ、面倒を起こさないんだったらなんでもいいか。


「ああそうだ。フィーリア。何人か借りるぞ」


 そうしてリリアをおとなしくさせることができた俺だが、部屋を出て行こうとしたところで振り返ってフィーリアに向かってそう口にした。


「……わかりました。好きに使ってください。ただし、後ほど報告はお願いいたします」

「わかってるよ」


 特に何か合図をしたわけでもないのだが、なんで俺が突然動き出したのかその理由を理解しているのだろう。妹の言葉に頷いた俺は、静かに部屋を出て王女に与えられている一室に向かった。


 その部屋は普段俺たちが使うことはないが、誰もいないと言うわけではない。

 俺たちは王女の護衛役として雇われたが、当たり前の話だが王女の護衛が俺たちだけなわけがない。いわゆる『影』と呼ばれるものがいる。表立つことなく守る者は当然おり、明日が大会本番であることもあって、姉王女の襲撃を警戒して今夜は特に人がいる。


 そんな人たちに協力を求めるため、俺はその部屋に向かった。


「ヴェスナー様」


 俺がフィーリアから兄とし扱われているからだろう。その部屋に入った瞬間、中にいた者達は俺のことを見て跪いた。だが、血が繋がっていても俺は正式に王子としての身分を持っているわけではないので、そこまでしてもらう必要はない。


「ただの王女の護衛に向かって、んなことしなくてもいいって言ってんだろ。俺の立場は王子じゃねえし、お前らの主人はフィーリアだろうが」


 それに、俺に忠誠を誓った部下でもないのにそんなことをされても白けるだけなので、かしこまられても困る迷惑なだけだ。

 礼儀としては目上のものには必要な態度なのかもしれないが、今は身内だけなんだからそんなものは必要ない。


「ですが、我らの忠誠は王家の方に向けられておりますれば。たとえ王族として遇されておらずとも、その流れを汲んでいる方を蔑ろにするなど——」

「ああわかったわかった」


 王家の流れね……。んなもん俺だけじゃなくて姉も兄も弟も妹も、全員その流れの一つだろうに。

 血縁で争ってる最中だってのに個人じゃなくて家に忠誠を誓ってる奴なんて、信用できたもんじゃない。


「……加えて、個人的に言わせていただけるのであればあなた方は好ましいと思っておりますので」


 だからこそあまり協力はしてこなかったのだが、その言葉を聞いて俺は軽く眉を顰めることとなった。


「……いいのか? お前らみたいなのがそんなことを言って」

「我々は王家の方々に忠誠を誓っておりますが、分家がいくつもあり、家ごとに派閥というものがあります」

「派閥ねぇ……」


 まあ、信用ならないって言ってもそれは俺の考えだ。こいつらは今までフィーリアの影として協力してきたし、今のところ怪しいところなんてないんだ。それに、この後俺が使うってわけでもないんだし構わないか。


「まあいい。とりあえず今は何人かついてこい」

「はい」


 そんなふうにいくつか言葉を交わした後、俺はそこに待機していた人を何人か借りて寮の屋上へと向かった。


「さて、それじゃこれから始めるが、処理の方は頼む」

「お任せください」


 俺の言葉に『影』達は頷いたが、俺はそれに特に応えることなく無視して別の場所——建物の外へと視線を向けた。


「お前らも、それぞれの場所を俺に送ってくれ」


 それは一緒にいた『影』達に向けた言葉ではなく、俺にとってはより信頼できる相手たちだ。

 俺が言葉を放った瞬間に植物たちの言葉が頭の中で響き、それと同時にイメージが送られてきた。


「……始める。三、二、一——発動」


 俺のスキルは見えていなければ発動対象に選べない。だが、見えていれば選ぶことができるわけで、ついでに言えばこの『見る』ってのは何も自分の目である必要はない。

 植物たちの見ている視界によって相手の姿を確認することができればそれでいいのだ。本来は植物が敵の居場所を見たところで、となるのだが、俺の場合は違う。《意思疎通》によって植物達から景色を受け取ることができる。

 まだ第六位階での強化具合だからイメージも鮮明とは言えないしごく限られたものしか見えないし、そもそもどうやって見ているのかわからないが、それでもごく短時間であれば狙いをつける程度のことはできる。


 だから——


「ぎゃああ!?」


 ——こうなる。


 俺が「発動」だなんて言う必要のない言葉を口にした瞬間、俺の手のひらからいくつもの粒——種がバラバラの方向へと飛んでいき、一つたりとて狙いを違うことなく『敵』へと命中した。

 そして更なる追撃のために撃ち込んだ種に《生長》スキルを重ねた。


「ぎいいいっ!」


 スキルが重ねられたことによって撃ち込まれた種は発芽し、敵の体に根を張る。

 第六位階になったことで今まで以上に大きくすることができるようになり、その影響で伸びる根も太く広く根を張ることができるようになった。

 それによって更なる絶叫がすぐそばから声が聞こえた。


 即座に『影』の一人が声のしたところへと向かい、そこに居た者を捕らえ、俺の前に引きずってくる。


 そんなふうにして連れてこられた者に近寄り、声をかける。


「よお、元気か?」

「お、おいお前! なんのつもりだ! 俺が何をしたってんだよ! 俺はただそこにいただけだろ!?」


 まあ、確かにその通りと言えばその通りなんだが、そもそもこの時間に屋上に隠れるようにいるって時点で怪しいだろ。


 それに……


「俺たちに——というかうちのお姫様に敵意を向けておいて、無関係ってのはあり得ないんじゃないか?」


 夕食のあたりからずっと敵意とともに見られている感覚があった。植物達に探らせてみると、そこかしこに俺たちのことを監視するものがいた。

 その後も監視を続けていた者達を逆に監視してのだが、まあ当たりだったわな。こいつらは間違いなく敵で、多分だけどあの姉王女様から差し向けられたんだろう。


「だからなんのこと——」

「ああ、別にお前の意見を聞きたいわけじゃないんだ。ただ俺たちの質問に答えて欲しいだけ」

「だから——」

「それに、発言を許した覚えはないぞ」


 なおも言い逃れを続けようとしている男だが、そんなの聞くわけがない。

 俺は男の鼻を摘んで腐らせる。ちょっとだけだったってのに、それだけで男は叫んで暴れる。が、影によって押さえられる。


「理解してくれたかな? なら話を進めよう」


 俺が男の顔を覗き込み、少しでも話しやすくしてやろうと笑いかけてそう言うと、男は怯えたように黙り込んだ。

 だが、その怯え方はまるで化け物でも見たかのような怯え方だ。その様子がちょっと気に入らないが、まあ大人しくなってくれたならそれでいい。話が聞けるようになったのなら問題はないからな。

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