第159話出待ちと労い

 

「あら、第二お姉様も私の勝利を祝ってくださるのですか?」


 まあそう言うことだ。俺たちの行く手を阻むようにして立っているのは、俺たちの姉上様だった。その服装は以前のような煌びやかなドレスで、その周りには数人の武装した者たちを侍らせている。おそらくだが、あれが姉王女のクランメンバーなのだろう。学生のイベントという割に外部のものばかりな気もするが、まあそういうもんなんだろうな。


 なんて思いながら相手のことを観察していると、姉王女はフィーリアの言葉をフンっと鼻で笑ってこちらを見下すようにしながら話し始めた。


「祝う? 何を愚かなことを。私たちは王族ですのよ? あの程度のこと、勝って当然ですわ。むしろ、クランの主であるあなたが出なければならない時点で、『なっていない』と言われても仕方のないことだとは思わないかしら?」

「確かに、そうかもしれませんね。お姉様は私と違ってクラン員の方に任せたようですし」

「ええ。 自身ではなく、配下を動かして勝利を得る。それが王としての戦い方と言うものでしょう?」

「危険に臆すことなく先頭を進み、仲間に自身の背中を見せるというのもまた、主人としてのあり方であると思いますけれど?」


 どっちもどっちだな。ただし、どっちも悪いって意味じゃなくて、どっちも正しいって意味で。

 王なんてのは戦う者ではなくて統治する者だ。だから指示を出して配下を戦わせるってのは正しい。だが、奥に籠っているだけのクソッタレでは誰もついてこない。だから時として王であっても危険を覚悟して前線に出る必要がある。


 だから、どっちの言い分も正しさはある。だが、個人的には一緒に戦い、自分たちを率いてくれる王様の方が好ましいとは思うな。

 指示してるだけの王なんて、なんで命令してるだけのてめえの言うこと聞いて命かけなきゃなんねえんだよ。自分も命かけてから言えやクソ野郎、ってなるから。


 だが、この二人はどちらも自身の言い分が正しいと思っており、引くことはない。

 そんなだからこの二人が睨み合ってしまうのは仕方ないことだろう。


「明日からの試合、楽しみにしていますわ。精々おかしなところで躓いたりしないようになさい」

「ええ、そうですね。試合もですが、不慮の事故などにも気をつけることにします」


 それから数十秒程度無言で睨み合った二人だったが、姉はくるりと身を翻しながら言葉を放ち、妹はその背を見つめながら挑発的に言葉を返した。


「部屋に戻りましょう」


 フィーリアの言葉に姉王女は何も答えることがなく、その背が通路の奥に消えてから数分程して口を開くと、そう言って歩き出した。


「あの人も大概暇ですよね」

「わざわざ嫌味を言いに来るために待ち伏せまでするんだからな」


 そんなフィーリアの後を追うようにして歩くと、フィーリアは外だと言うのに愚痴をこぼすように呟いてきたので、俺はそれに同意するように普段の口調で答えた。


 会話としてはそれっきりだったが、まあ悪くはないだろう。


「おかえりなさいませ。……何かあったのですか?」


 寮の部屋に戻るとソフィアが出迎えてくれたんだが、俺たちの様子を見て何かを感じ取ったのかそんなふうに問いかけてきた。


「こいつのお姉様がお待ちになられてたんだよ」


 なので俺はソファに腰を下ろしながらフィーリアのことを指さし、冗談めかして言った。


「あなたのお姉様でもありますよ」


 フィーリアは嫌そうな声で答えたが、多分声だけではなく表情も同じような感じで歪められていることだろう。


「残念ながら戸籍上はなんでもないんでな。よかったな。お姉ちゃんが独占できるぞ」

「羨ましいのでしたら皆様に分けて差し上げましょうか?」

「いらんなぁ」

「私もですよ。そもそもいなければ今回のようなことにはなっていなかった……ああいえ、それでは私が生贄にされることが確定でしたので、身代わりとしては役に立っているのかもしれませんね」


 今回の同盟に際して、言い方はアレだが『使う』ことができる王女が二人浮いているから、そのうちのどちらを差し出すのかで揉めているんだ。一人しかいなかったら揉めることもなく生贄に差し出されていただろうから、そういった点では姉がいて良かった、と言えるのかもしれないが、どう考えても普通の姉妹間の考え方ではない。


「それくらいにしか褒めるところがないって、嫌な姉妹だよな」

「貴族や王族など、そんなものです」

「その点に関しては俺は平民でよかったよ。厄介な姉もいないし、守るような規則なんて何もなかったしな」


 良くも悪くもカラカスは自由だったからな。守るべき規則は自身の信念だけ、なんて言うとちょっとかっこつけることになるが、まあ内容的には嘘ではない。守るルールなんて自身の願いだけだ。他の暗黙の了解とか五帝の決めたルールなんてのは破ろうと思えば破ることができる。戦うことも立ち向かうことも逃げることも、なんだってできた。あの街には誰かを縛るようなルールなんてあってないようなもんだ。

 もっとも、そう言うのは力があれば、という前提だが。


 俺は力はなかったが俺の親には力があった。だからある程度は自由にできたし、その点ではここから捨てられなかった場合よりは幸せだったんじゃないかと思う。


「それはそうと、お前結構無理してたろ」


 先ほどの試合のことを思い出してそう言ってみる。あれは明らかにやりすぎだった。やりすぎと言っても怪我をさせすぎだとかではなく、魔法を使いすぎだってことだ。あれだけ大規模に幾つもの魔法を連続して使ったら、通常よりも大幅に消耗することだろう。


 魔力の消費もスキルと同様に使いすぎると倦怠感や疲労が出てくるのだが、今のフィーリアもそれだ。視線を向けてみると、くたびれた様子で椅子に寄りかかっている。


「問題ありません。魔力の使いすぎなだけですので、少し放っておけば治りますから」

「一応治療は受けとけ。——リリア。ちょっとこっちにこい」


 こいつのことだから魔力の消耗は明日の試合までには回復できる程度のものに押さえているんだろうとは思う。その魔力の消耗も、しばらく放っておけばそのうち時間経過で回復するとはいえ、それでも疲れ自体はあるはずだ。辛い状態は少しでも早く回復した方がいいだろう。

 そう思って疲労の回復ができるリリアを呼んだのだが……


「——でねー? わたしがその時どうしたと思う? 大変だったんだからねー」


 窓際に置いてあった花と呑気におしゃべりしていた。


「花とおしゃべりなんてしてないで、こっち来いって言ってんだよ」


 その姿を見てなんとなくイラッときたので、俺はリリアの首根っこを掴んで引きずるようにして引っ張っていくことにした。


「わー!? ちょ、なにごとっ!?」

「フィーリアが疲れて帰ってきたから治してやれ」

「えー。わたし今あの子とおしゃべりしてたんだけどー」

「そうか。明日の舞台、お前は欠席するわけだな。目立つことなんてできなくなるが、それならそれで仕方がない」

「わーわー! やるから! やるからわたしの出番を取らないでー!」


 こいつは舞台に立つことを楽しみにしていたことだろうし、その機会を取り上げられるとなったら協力するだろうと思ったのだが、思っていた以上に効果覿面だったようだ。


「まったくもー。わたしをこき使うなんていい度胸じゃない。わたしがすっごい『悪』になったら見てなさいよー……」


 リリアはぶつぶつと言いながらも即座に魔力をみなぎらせていった。そして詠唱することなく一瞬だけ魔法陣を浮かべるだけで魔法を発動した。


 こいつ、性格はあれだが能力は無駄に高いんだよな。いや回復してもらったんだから無駄ってこともないんだけど、見てくれと能力があってなさすぎて「なんだかなー」という気分になってしまう。


「ありがとうございます。おかげで怠さが消えました。流石ですね」

「ふふん! どうよ。わたしってばすごいんだから!」


 椅子に寄りかかって疲労感の滲んだ色をしていた表情も、リリアの魔法を受けたことによって疲労が回復したんだろう。いつもの様子に戻っている。

 魔力そのものはまだ回復していないだろうけど、これで魔力を一気に消費したことにしたことによる疲労感は無くなったはずだ。


「よし、じゃあ戻っていいぞ」

「ちょっとー、それだけー? もっとなんか言うことがあるんじゃないの?」


 用事はもう終わったので花とのおしゃべりに戻っていいと言ったのだが、俺が大してリリアのことを褒めなかったからか、リリアは唇を尖らせて不満を垂れた。


 仕方ないので、俺は立ち上がるとリリアの頭に軽く手を置いて、ぽんぽんと叩きてから窓際にあった花の元へと向かっていった。実際、感謝してるのは事実だ。ただそれを口にするのが気恥ずかしいから何にも言わないけどな。あと、なんか感謝したら調子に乗りそうなのでそれがめんどくさい。


「ほーら、ご褒美だぞー」

「あっ! ちょ、待って!」


 先ほどまでリリアが話をしていた花に向かって人差し指を向け、その先から潅水を使ってチョロチョロと水を出してやる。

 それだけで水をもらった花は喜び、リリアは自分も貰おうと転びそうになりながらも慌ててこっちに駆け寄ってきた。

 そして俺の元にたどり着くと、大きく口を開けて上を向き始めた。これは口の中に水を入れろってことなんだろうが……もし限界いっぱいまで水を入れたらどうするんだろう? 溢れるまで何もしないんだろうか? 

 なんて思ったが、ここは部屋の中だ。溢すわけにはいかないので自重する。……ソフィアの浄化を使えば水の乾燥くらいは余裕か?

 いや、こんなお遊びで煩わせるのもなんだし、やめておくか。

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