第158話ただの前座

 ところ変わって大会の会場、その舞台。俺たちは開会式のためにその場に集まっていた。


 ……と言っても、俺たちがいるのは舞台の上ではなくその周りにある観客席だ。なんで舞台じゃないのかというと、参加者が多すぎるためだ。何せ半分以上の生徒が参加するというのだから、その数は如何程かわからない。

 そんな参加者を全員舞台の上になんてあげていたらスペースが足りなくなる。なので、各クランのリーダーだけが舞台の上に上がり、その他のメンバーは俺たちのように観客席で待機しているか、そもそも会場自体に来ていなかったりしているわけだ。


「——うう……やっぱり緊張する……」


 そして俺たちはリーダーであるフィーリア以外は全員が観客席の端の方に陣取っていた。そんな有象無象の中にいる俺たちだが、レーネが先ほどまでよりも輪をかけて緊張した様子を見せている。


「今日戦うのはお前じゃないんだからそんな緊張するもんでもないだろうに」


 今日この開会式の後に行われるのは大会の予選だ。先ほども言ったようにこの大会、参加人数が多いので、その調整のため各クランから一人を選出してバトルロワイヤル風な戦いをすることになっている。そしてその戦いで勝ち残った者のチームが本戦としてランキング形式で戦うことになっている。


 なので俺たち含めレーネが緊張することなんてないんだが、それでも緊張するようで両手を祈るように組んでいる。


「この場にいるってだけでもう……。今までこんなところにでることなんてなかったですから」


 こんなところにって言っても、誰も俺たち個人に視線を向けてなどいない。何せ今注目されるべき主役と呼ばれるような奴らは全員が舞台の上で、俺たちは脇役だ。


「ねえ、ほんとーにこんなとこいなくちゃいけないの? すっごいうるさいんだけど」


 緊張でどうにかなってしまうんじゃないかってくらいのレーネとは違い、リリアは席に座りながら足をぶらぶらと動かし退屈そうな様子を見せている。その表情は言葉の通り周りの声がうるさい。不機嫌そうに歪められている。


「我慢しろって。それに、これはあれだ。お前を見るための舞台の前準備だと思ってろ。立派な悪になるんだったら人目を惹きつけて有名になるってのは悪いことじゃないんじゃないか? そのための前振りとか前座だと思え」

「……なるほどね! ふふん、どんどん私のことを見なさい!」


 そう言ってリリアは胸を張ったが、今のお前を見てる奴なんて誰もいねえよ。エルフだってバレないようにフードかぶってるし、そばにいるのは特に有名でもない俺たちと、有名ではあるがカケラも期待されていないレーネだ。見るわけがない。


 そんなリリアを見てソフィアは小さくため息を吐き出した。


「わかっていたことだが、色々と心配になるな……」

「何を心配したところでどうしようもないと思いますよ。リリア様の手綱はもうベルナー様にお任せした方が良いのだと悟りました」

「任されても困るんだが? お菓子なんかで一時的に気を逸らすことはできても、その後もずっと操り続けるのは難しいぞ」


 そんなことを話しているうちに大会の開会式は進んでいき、何事もなく終わり選手たちは舞台の上を去っていった。

 これであとは予選でフィーリアが勝てば晴れて大会本戦出場になるわけだが、まあ予選が始まる前に一旦会いに行っておくか。


「よう」

「あら、来てくださったのですね」


 俺たちは観客席を離れると選手控え室に向かったのだが、そこでは自室にいた時と同じように本を読んでくつろいだ様子を見せるフィーリアがいた。

 今予選前だというのに装備を身に付けずにいる。装備自体はフィーリアのすぐそばに置かれているので、あとはそれを身につけるだけなので特に問題はないだろうが余裕がありすぎてちょっと心配になる。


 フィーリアは俺たちをみると本を閉じてこちらを見たが、その姿は緊張している様子など全く持って見当らない。この分なら緊張してミスをする、なんてことはないだろうな。


「まあな。……お前はこんなに落ち着いていてもいいのか?」

「私の出番まではまだしばらくありますので。慌てたところで仕方ありませんし、いつも通りを維持していた方が良いでしょう?」

「その余裕をレーネに分けてやりたいくらいだな」

「レーネ先輩、まだ緊張されているのですか?」

「うえっ!? は、はい、えっと……ごめんなさい」

「いえ、謝っていただくことでは……」


 俺の言葉を受けてレーネに話しかけたフィーリアだが、肝心のレーネはその言葉を聞いて驚いたように体をびくりと小さく跳ねさせるとオドオドと視線を動かした後に謝った。

 だが、特に悪いことをしたというわけでもないので、謝られたフィーリアは困ったようにレーネを見た。


「まあ、緊張もほどほどにしておかないと、倒れてしまいますのでお気をつけくださいね」


 だが、今は何を言ったところで効果はないと思ったのだろう。それだけ言うとフィーリアはレーネから視線を外した。


 その後は適当に話していると、部屋のドアを叩いて出番が近いことを係りのものが告げにきた。

 係りの者に返事をすると、フィーリアは立ち上がり自身の武装を身につけ始め、それを見たソフィアが手伝いに行く。


 そして準備を終えたフィーリアは全身に騎士の如く鎧を纏った姿となり、俺たちのことを見回す。如く、というかまんま『騎士』の職を得ているんだがな。まあどっちかってーと魔法師の方が天職なのでメインとしてはそっちなんだが、見た目の割合的には騎士八割魔法師二割くらいに見える。

 ちなみに二割の魔法師成分は全体的に装甲が薄いところと、兜ではなく魔女帽をかぶっているところだ。あと腰に杖を刺してるところ。杖なんて使ったのを見たことないけど、多分予備なんだろうな。


「予選頑張ってこいよ」

「そうですね。全力でやっていきたいと思います」


 全力? こいつの全力か……。


「……殺すなよ?」

「殺しませんよ。私は王女ですよ?」

「王女だからって人を殺さないなんてわけじゃないだろうが……まあ事故には気をつけろ」


 そんなふうに言葉を交わして別れた俺たちは、会場に向かうフィーリアとは逆に進み、再び観客席へと戻っていった。


 ——のだが……


「……一瞬、だったなぁ」

「そうですね……」

「ほわああぁぁ……」

「ねえねえ、私の出番はまだあ? 早く有名にならないと!」


 若干一名話題とは違うことを叫んでいるバカがいるが、多分俺たち以外にも今の戦い……戦い? を見ていた奴らは概ね同じ意見だろう。

 何せ一瞬だった。本当に一瞬でフィーリアの予選は終わってしまったのだ。かと言ってみるものが何もなかったのかと言うとそうではない。フィーリアが王女として相応しいと示すかのような圧倒的な力を見せつけての舞台だった。


 ステージの中央——自身の真下の地面を高さ五メートルほど盛り上げて、それと同時に下に取り残された生徒たちを土の壁で素早く囲っていった。

 そして四方と地面、それから中央の柱から先端の丸まった岩の槍が突き出し、生徒たちを動けなくしていった。

 動けなく、と言っても、直接食らったものも先端を丸めていたおかげで死んではいない。が、これが実戦だったら丸める必要なんてないわけだし、まあ半分程度は最低でも死んでいただろうな。


 突然のことで驚いたのだろう。他の生徒たちは動きを止めてしまった。が、それが良くなかった。ならどうすればよかったのかと言われるとなんとも言えないんだが、少なくとも何もせずに止まり続けるのは悪手だったということだけは確実に言える。


 生徒たちの周りに林立した土の槍が形を変え、生徒たちにまとわりつくように動き始めた。第四位階のスキルで土を操っているんだろうが、あれだけの制御を全部同時にとなるとかなり疲れるだろう。

 だがそれでも疲れなんて一切見せることなく生徒全員を拘束した。


 時間にしておよそ一分。もしかしたら一分すら経っていないかもしれない。それほどまでに圧倒的な勝利だった。


 勝利宣言を受けたフィーリアはこちらへと視線を向けてから通路へと戻って行くが、その際も優雅にお辞儀をする余裕を見せつけている。


「……忙しいことだけど、もう一回戻るか」

「ねえねえ、わたしの出番は〜?」


 我らのリーダーを労うために立ち上がったのだが、そんな俺の服を掴んでバカを言ってるバカが一人。


「今のは前座。明日からが本番だよ。お前は何も聞いてなかったのか? 俺の話は聞く価値がないってか?」

「え? いえ、えっと……か、確認よ! そうね。明日からが本番だったわよね。確かに今のは前座にふさわしい舞台だったものね! うん、忘れてないから!」


 絶対自分が活躍して目立つこと以外頭から抜けてたであろうアホの頭を軽く小突いてから、ソフィアへと視線を向けた。


「ソフィア。悪いけど、こいつを寮の部屋に持ってってくれ。一緒にいるとめんどくさそうだ」

「めんどくさそうって何よー!」

「かしこまりました。お部屋にてお待ちしております」


 エルフがいるってことを隠さなくちゃならないにも関わらずさっきから目立ちたがるリリアをソフィアに、後レーネに任せ、俺は再びフィーリアの戻ったであろう控室に向かうことにした。




「あら、迎えに来てくださったのですか?」

「はい。お疲れ様でした、フィーリア様」

「……ありがとう。それはそうと、あなたたちは調子はどうですか? 基本的に試合は私一人で進めるつもりですが、最低限の役割は果たせるようにしておいてくださいね」

「はい。フィーリア様には及びませんが、足を引っ張ることがないように精一杯の努力をさせていただきます」

「そう」


 俺が慇懃な態度で労うとフィーリアは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにくすりと笑って話を続けた。




「予選は突破したようですわね。まあ、そうでなくては私と勝負する資格はありませんけれど」


 その後は特に控え室にとどまっている予定も必要もなかったので、装備を外して収納の魔道具というとても羨ましい道具にぶち込んでから部屋を出たのだが、部屋を出てそれほど歩かないうちに聞き覚えのある声と喋り方をする奴に捕まった。

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