第157話仲間の追加と大会の始まり

 

「おいリリア。ちょっとこっちこい」

「ふえ? ……んぐんぐ」


 俺に呼ばれたリリアは目の前に置かれていたお菓子と俺を何度か見比べた後、目の前のお菓子を口いっぱいに頬張ってからこっちに向かってきた。


 さっさとこいや。んな食い意地発揮しなくたって後で食わせてやるからのんびり食ってんなよ。


「なあに? わたし今お菓子食べてたんだけどー?」

「ここの菓子は美味いか?」


 口の中のお菓子を飲み込んだリリアは不満たらたらな様子で文句を言ってきたが、俺はそれを無視して話しかける。


「え、うん。そーねー……うん。あんたの屋敷で食べたのよりも美味しいわね!」

「そりゃあよかった。で、そんな菓子だが、こいつの部下が作ってくれたんだ。礼を言っとけ。ついでに友達にでもなって仲良くしておけ。寝床も用意してくれるみたいだし、仲良くなってればまたお菓子をもらえるぞ」

「ほんと!? わーい! やったああああ! これでもうあんなひもじい思いとはおさらばよ!」


 ひもじい……ああ、そういや捕まってたんだったな。そりゃあ喜びもするか。そもそも捕まるなよって話ではあるんだが、まあそれはいい。


「わたしはリーリーア・エルドラシルよ! よろしく!」


 リリアも立場的には王女であるフィーリアと同格と言ってもいいわけだし、普通ならもっと厳かっつーか、しっかりした挨拶とかするものだ。

 だが、リリアは何も考えていないかのような無邪気さを見せながら手を差し出してフィーリアに挨拶をした。事実、何も考えてないだろうなこいつは。


 そんなリリアの様子に戸惑ったのだろう。フィーリアは応えるのにわずかに時間を要した。

 まあ王女やってたらこんな破天荒な挨拶を受けたことなんてないだろうからな。今まで礼儀や作法なんかを習ってきただけに、リリアの態度にはどう対応していいのか悩むだろう。


「……私はフィーリア・アルドノフ・ザヴィートと申します。本日はエルフの姫君であられるリーリーア様にお会いできたことを心より喜ばしく存じ上げます。この度の出会いは予期せぬものではありましたが、この出会いに感謝し、我々の間で友好を結べたらと思っております。その友好の証として、ささやかではありますが今後リーリーア様はこちらに留まるということですのでその場所の提供と、ご不便がないように取り計らわせていただきたいと思います。そのため警護と身の回りの世話を行うための従者を数名ほどおつけいたしますので、ご自由にお使いください。加えて、友好のため後ほど共に食事をと思っているのですが、なにぶん急な話でしたので無礼は承知しておりますが、本日はひとまずこちらの部屋での食事となってもよろしいでしょうか?」

「……? えっと……。……ご飯は食べたいかな?」

「あの……?」


 リリアのふざけた挨拶にもめげることなくフィーリアは王女らしくしっかりとした言葉で返したのだが、いかんせんその言葉は長すぎた。

 フィーリアの言葉はリリアには理解することができなかったようで、訳のわからない返事をしている。多分『食事』という部分だけに反応したんだろう。


 しかし、そんな答えをされるとは思っていなかったんだろうな。フィーリアは困ったような表情でリリアを見たあと、助けを求めるかのようにこちらを見てきた。さっきの計算混じりの表情ではなく、まじで真剣に困っているようだ。まああんな答えを聞かされたらそうなるだろうなとは思うけど。


「こいつ馬鹿なんだ。気にするな。もっと噛み砕いて単純に用件だけ言えば問題ない」

「バカってなによ! 私は立派な悪になるために頑張ってきたんだからね! 私の偉業を聞いたらあんただって驚くんだからあ!」

「ほらな?」


 俺たちの会話を聞いて、頭が頭痛で痛そうな感じでこめかみに手を当てたフィーリアだが、しばらくしてどう対応するのか決まったのか顔を上げてリリアを見据えた。


「……リーリーア様。部屋を用意しましたので、どうぞお泊まりください。後で一緒に食事をしませんか?」

「うん! ありがとう!」

「……それから、城でのことは不便も多いでしょうから世話係をつけますが、何かあったらその者にお伝えください」

「わかったわ。よろしくね、えっと……フィー、リア?」

「はい、よろしくお願いします」


 そう言葉を交わして二人は改めて握手をし、ようやくひと段落つけることができた。


 手を離したあと、リリアは再びお菓子の方へと戻っていったが、フィーリアは今しがたリリアと握手をしていた手を見つめている。


「……これでよろしいのでしょうか?」

「今までの常識と違ってわけわかんないだろ?」

「……正直なことを言えば、はい」

「あいつは特殊だが、まあそれでも基本的にエルフなんてあんなもんだ。少なくともおれの接してきた連中はな。深く考えないんだ。だから、あいつらと接する時はもっと気楽に、時にはバカになって話してると話しやすいし楽だぞ」

「バカになって、ですか」

「ああ。まあバカになるってよりは肩肘張らずに気を抜いても構わないってことだ。自然体でいいんだよ」

「……難しいものですね。今まで気を遣わない時などありませんでしたから」


 こいつの場合は父親は元より、兄も姉も気を許していい味方とは言えなかった。母親は味方ではあったが、本当の意味で心から気をゆるすことができる相手とも言い難い。

 そんな環境で育ってきたからだろう。こいつは誰かがいる状況で『気を遣わない』ということをして来なかった。できなかった。


 だから難しく考えずに接するなんてのは難しいだろうが、リリアの相手をするならそれをしないといけない。まあ、こいつにもいい機会だろう。たまには気を抜くことも必要だと思うぞ。




 それから一週間ほどして、ようやく大会の日となった。フィーリアの使っている寮の部屋の中には、現在俺たち五人が集まっていた。この五人が俺たちのクランということになる。俺たちの、というか、フィーリアの、と言った方が正しいか。リーダーはこいつな訳だし。


「さて、今日は大会な訳だが……お前ら自由だな」


 リリアには水筒の中に潅水入れておいてやったのだが、それを皿に入れてぺろぺろ舐めては機嫌よさそうにソファーに転がっている。お前は犬猫かよ。またたび酒でも飲んでんのか?


 ソフィアはスキルの修行のためか調理場でないにもかかわらず料理してる。干し肉なんかの保存の効くものを作ってるから無駄にはならないんだけど、今の状況でもそれをやるのか。


 フィーリアに関しては、こいつはこういった緊張するような場面に慣れているのか、普段と変わらずに本を読んでいる


 唯一、レーネだけは緊張した様子で落ちつかない様子を見せているが、他はあまりにも自由すぎる。


「大会と言っても今日は開会式と予選だけ。本番は明日になりますので、今から緊張したところで意味はありませんよ」

「それに、自由だと言うのでしたらベルナー様もではありませんか?」


 フィーリアの言葉に続いてソフィアは俺の手元を見ながらそう言ったが、その言葉を受けて俺は眉を顰めてスッと視線を逸らした。


「いやこれは訓練だから。明日に向けてのあれだから」


 俺の手の中にはいくつもの種が存在している。これはスキルの修行のためだが、種を使っているとはいえ、今俺が使っているスキルは『農家』のものではなく『盗賊』のものだ。第三位階になるには第二位階のスキルを使わないといけないからだが、そのために種を使うのがちょうど良かったのだ。用意するのが簡単だし。


 第三位階になるため、という言葉から分かるだろうが、今の俺は盗賊の第二位階に到達していた。

 なんでこの場で農家ではなく盗賊の方を鍛えているのかと言ったら、農家は俺の切り札だからだ。大会なんて大勢の前で使うようなもんでもない。使ったとしても天地返しか潅水程度だし、天地返しはフィーリアがやったって言い張るつもりだ。あいつは土魔法師だし誤魔化せるだろう。多分。


 で、そんなわけでできる限り隠すことにしたんだが、じゃあどうやって戦うのかって問題が出てくる。

 そこで盗賊の職だ。こっちなら広く知られている職だし、ちょっとおかしな使い方をしたところで「ああそんな使い方もあるのか」でおわる。少なくとも農家で敵を一掃するよりは怪しまれたり変に注目されたりすることはないはずだ。


 問題は盗賊のスキルはほとんどあげてなかったのでまだ第二位階にしかなっていないことだが、第一位階のままよりはマシだろ。

 第二に上がったのはつい先日のことなので今更スキルを使ったところで第三位階にはなれないだろうけど、スキル名を唱えず、思った瞬間に思ったように使えるようにするには何度も使って慣れるしかない。


 なお、盗賊の第二位階のスキルは《スリ》だ。効果は、『一定以下の大きさのものを手元に呼び寄せる』というスキル。使うと念動力を使ったかのように対象が勝手に手元に来てくれるのでちょっと便利だ。今は袋の中に種を入れてそれを一粒づつスっている最中である。


「でも、大丈夫なのかな……?」


 それぞれ好きなことをして時間を潰していたのだが、レーネは緊張に耐えきれなくなったのかそんなことを呟いた。

 本人としては小さな声だったつもりなのだろうが、部屋の中が静かだっただけにその声はよく聞こえ、それを聞いたフィーリアは本から顔を上げた。


「大丈夫とは、何がでしょう?」

「この大会はクランごとの出場ですけど、出場はクランの設立者以外に六人まで、でしたよね? わ、私たちはクラン員が四人しかいないんですけど……」


 確かにレーネの言う通り俺たちは人数が少ないわけだが、その点に関しては俺たち三人は誰も心配していない。ちなみに三人とは俺とソフィアとフィーリアであるリリアは元から何も心配なんてしていないだろうし、考えたところで何かを心配するような性格でもないので最初っから数には入れない。


「それは大丈夫ですよ。あくまでも六名まで、となっていますので、理論的にはクラン員がおらず、設立者だけでも参加することができます」

「でも、その分不利になるわけですよね……」

「そうですが、大丈夫でしょう。元々三名で参加するつもりでしたので、一人増えただけ強化されたのですから問題ないと思いますよ」

「三人って規定の最大人数の半分じゃん。どう見ても舐めてるよな」

「ですが、相手の半分で勝ったとなれば嫌でも認めざるを得ないでしょう? どちらかというと今回の争いで不利なのは私だったのですから、この程度のハンデは受け入れるべきでしょう」


 フィーリアの言った自分が不利という言葉の意味だが、元々姉の方が残される可能性としては高く、フィーリアの方が生贄として出される可能性が高かったそうだ。なんでかって言ったら、その天職にある。


 姉王女の方はおおっぴらにはしたくないような『闇魔法師』という職であり『扇動者』という不穏な職だ。職にはその者の人間性や才能が現れると言われているが、この姉王女の職を見てみると反乱を企てそうな雰囲気を醸し出している。だが、その分希少性は高い。


 フィーリアは魔法師に騎士というバランスの取れた優秀な職ではあるが、天職の希少性という点では劣っている。その程度の組み合わせなど探せばいるもので、言ってしまえば代わりのきく職でしかないのだ。

 勉強や振る舞いなどの評価も高いとはいえ、その程度は大したことではない。フィーリアは王女なのだから勉強などできなくても結婚して子供を産むことができるのなら問題ないし、振る舞いなど王家の名を貶めなければそれで十分だからだ。


 そのため、どちらを残すのかと悩んだ場合、フィーリアの方が不利な状況だった。姉王女と同条件で戦って勝ったとしても、だからどうした、と言われてしまう可能性があった。そのため、フィーリアはどうしても自身が不利な状況に自分で追い込んで戦わなければならなかったのだ。


 人数を減らしたのもそのため。六対六でいい感じの勝負になるとどっちを残すのかって悩む必要があるけど、六対三で戦って三の方が勝ったらどう見ても三を率いている方が優秀だということになるからだ。


 だが……


「その不利も、エルフを味方につけたことでどうにかなるんじゃないか?」

「そうですが、有利な要素を自分から潰しにかかる必要がありますか? どのみち三名でもなんとかなる状況だったのですから、そのままで構わないでしょう」


 元々は俺とソフィアとフィーリアだけで戦うつもりだったし、それで勝つつもりだった。それがリリアとレーネという予想外の戦力が加わったのだから、むしろ十分すぎるほどマージンをとっていると言えるだろう。


「まあ、なんでもいいけど」


 なんにしても勝つつもりなので、俺は適当にそう返事をして視線を切った。


「さて、少し早いですがそろそろ移動しましょうか。開始時間に遅れでもしたら話になりませんから」


 そして、フィーリアのそんな言葉で俺たちは開会式が行われる会場へと移動することにした。

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