第156話聖樹の御子。……お前が御子?
「これで頷いてくれるか? 俺たちに手は出さないって納得してくれるか?」
「アアアアアアアア!」
「人の話はちゃんと聞こうか。もし次頷いてくれないんだったら——」
そこで俺は言葉を止めると、男の膝を蹴って転ばせ、顔面の前に手を持っていった。
「眼球が腐ることになるぞ」
そして、そういうなり手の形をチョキにして眼球にゆっくりと近づけていく。
「わかったああああ! わかったからああああ! やめてくれええええええ!」
「本当か? 本当に今度こそ納得してくれたか? もしまた嘘だったら……」
そこで今まで止めていたスキルを再び発動させて男の腕の肥料化を再開させた。
「ギイイイイイアアアアア!」
「今度こそ容赦しないぞ?」
「ああ! ああ! ああああああ!」
言葉にはならず頷いているだけだが、しっかりとこっちの意思は理解してくれたようだ。
「よし。ならよかった。すれ違いはあったみたいだが、ちゃんと話し合うことができてよかったよ」
そう言いながら立ち上がってリリアへと視線を向けたのだが、そこで一つちょっとした疑問が出てきた。どうでもいいことではあるんだが、せっかくだし聞いておこうかな。
「……ああ。ところで、なんでこんなところでエルフなんて売ってたんだ? 見つかったらやばいだろうに」
「え、えるふなんてこんなところだろうが普通なら速攻で売れるもんだっ。でかいところに捌く伝もねえし、いつまでも持っておくのはきついっ。だったら偶々捕まえたもんだし、多少値が落ちてもさっさと売っちまった方が得だろ!」
「なるほど。それでこんなところで売ってたわけか。つまり俺は運が良かったってことだな」
「……くそがっ!」
俺に取っては運が良くても、男にとっては最悪に近いくらい運が悪いことだろう。が、まあどうでもいいことだな。
「ってわけでリリア。もっかい治してくれ」
「えー! またやるのー!? あれって結構疲れるんだけど!」
「まあまあ、治してくれたら美味しいものを食べられるところに連れてってやるからさ」
「ほんと!? わーい!」
お前、相変わらず簡単だな。どうやって捕まったのか知らないけど、そんなだから捕まるんだよ。
「それじゃあ、約束は守ってくれよ?」
怪我も治してやったし、これで恨まれることはないだろ。リリアの解放分は損だろうが、エルフなんて元々いなかったもんだと思えばそんなもんだろ。
これでもまだ敵意を持って向かってくるようなら、次は腕じゃなくて本当に眼球が腐ることになるだろうな。そうでないことを……別に願ってないけど、面倒は少ないと嬉しいな。
「——というわけで、こいつを連れてきた」
その後はそのまま放置するわけにもいかないので、闇市用の変装を解いてから王城に戻ってきた。そして今はリリアのことをフィーリアに紹介したところだ。
「……偵察に行くだけだといっていませんでしたか?」
「そのつもりだったし、偵察自体はこなしてきたぞ。ああこれ、もらった情報との違いがあったから確認しとけ」
周辺地域と建物内を記したマップと倉庫の中身なんかの備蓄類を記した紙をフィーリアに渡しておく。俺はもう覚えたし、なんならもう一回聞けばいい。どうせ1分程度もあれば終わるんだから気にすることでもない。
「……よくこれだけのことがわかりましたね」
「まあ方法はあるってことだ。で、こいつに関してだが、ここに置かせてもらえないか?」
「ねえねえ、こいつ誰?」
「この国のお姫様だよ」
フィーリアにリリアのことを相談していると、問題のリリアが俺の腕をひっぱって話しかけてきたので適当に答えてやる。
「お姫様? じゃああたしとおんなじね!」
「同じ? ……この方はどこかの王族ですか?」
「いや、王族っていうか……」
「そうよ!」
「いや違うだろ」
「何よ! あたしが王女様で文句あるわけ?」
「あるといえばあるが、ないといえばないんだよなぁ……」
こいつは立場的にはお姫様と言えないこともないのだが、こいつを王女様、お姫様と呼ぶのにはどうしてか抵抗がある。
「リリア様。こちらでお菓子を食べませんか? どうやら大変だったようですし、こちらで一息つくのはいかがでしょう?」
「お菓子! うん、わかった! わーい!」
俺が困っている様子を見たからか、話が進まないことを問題視したのか、ソフィアが俺たちから離れた場所にお菓子を用意してリリアに声をかけた。
それを見たリリアは、屋敷の時も同じだったが特に考えることなくそちらに釣られて行った。
「……王族?」
そんなリリアの姿を見てフィーリアは不思議そうに首を傾げているが、まあお前からしたらそうなるだろうな。
「というよりも部族のトップの娘みたいなもんだ。まあそれ以外にも特別な役割があるみたいだから立場としては王族と似たようなもんといってもいいかもしれないな。……振る舞いや知性は完全に違うけど」
「エルフの特別な役割……。それはもしかして聖樹の御子ですか?」
「なんだそれは?」
「違うのですか?」
「いやそもそも、その『御子』とやらを知らない」
正確には知ってるのかもしれないが、その呼び方を知らないといった方が正しいか。
あの光ってる姿。聖樹と会話をし、種をもらったときの姿を見れば御子というのも納得できる呼び方ではあるが、実際のところはどうなのかわからない。
「……あまり一般的な名称ではありませんし、本人もあの様子では言っていなくてもおかしくありませんか……」
フィーリアは何かを考え込むようにリリアへと視線を向けると、再びこちらに視線を戻して話し始めた。
「聖樹の御子の説明の前に、聖樹については知っていますか?」
「ああ、それは流石にな。一応近くから見たこともあるし」
「聖樹の御子というのは人がつけた呼び方で、聖樹と通じることのできる者のことです。その者は聖樹の力を借りることができ、普通ではありえない現象を起こすそうです。例としてあげれば結界や植物の保護に生長の促進、御子のスキルの強化など様々です」
「なら、あいつは御子だろうな。聖樹と話してるのを見た」
「そう、ですか……。であれば王族というのも納得できますね。御子は他のエルフと違って変わり者が多く、我が国に限らず他の国々でも王族に準じる者として扱われますから」
……あれ、マジで王族扱いだったのか? 立場を言葉で表すならそうなんだろう、程度には思っていたが、まさか国からもそう思われてるとは……嘘だろ?
「ですが、そうですか……」
と、俺が驚愕している間にもフィーリアは何かを考え込むように口元に手を当て黙り込んだ。そして……
「あの方……リリア様ですか? 協力をしていただくことは可能でしょうか?」
「リリアは愛称な。正式にはリーリーア・イグドラシア……だった気がする。で、協力ってのは今回のあれこれのことだよな?」
「はい。もしエルフの王族を味方に引き入れ、友好関係を結ぶことができたのであれば、それだけでも私の評価は上がりますから。もし大会の結果多少不利な状態になったとしても強引に勝ちにもっていくことは可能ですし、できることならば協力していただきたいのです」
まあ、本当にリリアが王族相当の待遇されるんだってんなら、そんな相手と友好関係を結んだと言って大会に出せばフィーリアの有用性は十分にアピールすることができるだろうな。
俺としてもこいつには勝ってもらいたいし、そのためにリリアに協力を願うのは構わないとは思っている。ただ……
「……協力させるのは構わないが、条件がある」
「なんでしょう?」
「あいつのことは大会の当日まで隠しておけ。そしてあいつの安全は最優先で守れ。怪我の一つも負わせるな。後数日程度なんだし、それくらいできるだろ?」
そう。それが最低限の条件だ。リリアについて俺は……まあ一応俺の身内として判定している。少なくとも、血縁だからと出会ったばかりの妹よりも、うざくて邪魔だけど以前から付き合いのある友人の方が大事だし、そんなやつが傷つく状況は作りたくない。
これが突発的に起こった不幸な事件や事故だったら仕方ないで済むのだが、危険になると分かっている状況に突っ込ませることは容認できない。
「もちろん転んだとかナイフを落としたとかあいつの責任である場合はどうでもいい。ぶっちゃけそこまで条件に入れたら達成は不可能になるだろうし、そこはあいつの自己責任だ」
というか多分何かしらの怪我はする。そんなところまで怪我をさせた判定に入れてたら外になんて出せない。そこまで怪我をさせたくないんならこいつを家の中で閉じ込めて何をするにも世話をしてやるしかないんだが、もしかしたらそれですらも怪我するかもしれないほどだ。
だからそんな細かいことまでは文句を言わない。俺が条件とするのは、あくまでも人為的な、誰かの悪意による危険についてだ。
「だが、協力させる以上は危険に晒すことになる。その危険から守れないってんなら、あいつの協力は断らせてもらう」
「……妹の命の危険が掛かっていても、ですか?」
「今まで見たことのないどころか存在すら知らなかった血縁よりも、自分で作ってきた繋がりの方が大事だって思うのはおかしなことか?」
どこか困ったような表情を作って問いかけてくるが、その表情にはどこか計算して作った表情のように感じられた。困っているのは本当だろうし、困ってるなら助けたいとは思うさ。
だが、それとこれとは別だ。そもそも、リリアの存在は絶対に必要ってわけじゃなくて、いたら役に立つ、有利になる程度のものだ。なら、安全を保証してもらえないなら協力させることはできない。
俺の育ってきたあの街では血縁なんてものは役に立たなかった。カイル達のように血縁を頼りにスラムで生き抜いてきた奴らもいるだろうが、血が繋がっていようと裏切られることなんてザラにある。その証拠にあの街で親子を名乗ってる奴らは半分以上が血が繋がっていない。
実際俺は親父とは血が繋がっていないし、実の父親よりも親父やその仲間達の方が身近で、家族って感じがしている。だから俺は血の繋がりよりも、今まで気づいてきた関係を優先する。遠くの血縁よりも近くの他人ってな。
俺が自分のことを優先してくれないのがわかったのか、フィーリアはスッと表情を切り替えると俺のことを見つめ、しばらくすると静かに息を吐き出してから口を開いた。
「……わかりました。リーリーア様の安全は確保しましょう。その存在も大会の日まで秘密とします。ですので、彼女を利用させてはいただけませんか?」
「約束、守れよ」
「ええ。お兄さまに嫌われたくはありませんから」
そう言うとフィーリアはリリアへと視線を向けた。その意味するところは、リリアをこっちに呼べってことだろうな。
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