第155話これくださ〜い!

『お礼ちょーだい!』

『おれいー』『おれー』『オ・レー』

「お礼? まあ助かったしそれはいいけど……何を?」


 助けてもらった植物達に礼を言ったのだが、その返事として礼をよこせ、なんて言われてしまった。だが礼って言っても、何を渡せばいいんだ?


『お水!』『お水欲しい!』『またちょうだい!』


 水ってのは潅水スキルのことだろう。エルフ達には人気だったが、普通の植物達にも変わらずに人気があるようだ。流石は植物繋がりだな。


 しかし、問題がある。スキル自体は問題なく使ってやれるし、それくらいでいいのかと思ったくらいだが、今はまずい。灰蛇を潰したあとなら構わないが、今協力してもらった奴らに水をやりに行こうとすると灰蛇のアジトに突っ込んで行かなくてはならなくなる。流石にそれはできない。


「……いやそれは……助かったけど、今そこまで水をやりに行くわけには……」

『来なくていいー』『そこでいいー』『そのわたしにちょうだいー!』


 だからあとで、全部片付いた後に改めて水をやりに来よう。望まれたら肥料も追加してもいいと思ってそのことを言おうとしたのだがそれは植物達の言葉によって遮られた。


「来なくていい? それに『そこの私』って……こいつか?」

『そう』『そう!』『そのわたしー!』


 植物達の言葉に従って道端に生えていた草に目を向けたのだが、『その私』の意味がわからない。


「……どういうことだ? そのわたしって……アジト周辺に生えてる植物とは別物だよな?」

『べつー』『でもちがーう』『それもわたしー!』


 示された草に近寄ってその前でしゃがみ込むが、何か特別な力が込められていたりするわけでもないようだ。樹齢何百何千年の樹のように大きいわけでもないので根っこの部分で繋がっているということもない。そもそも頼んだのは建物に生えている苔のようなものもいるわけで、仮にこの草が街全体に根を張っていたとしても同一の存在だとは言えないだろう。


「別物だけど違う? こいつとは違うけど、お前らもこいつも『わたし』? ……繋がってる?」


 別物なのに同じ。その言葉の意味がわからず、詳しいことを聞こうとしても植物達は簡単な言葉でしか離してくれないので訳がわからない。


 だがそこで、ふとエルフの話を思い出した。あいつらは個人ではあるがエルフという種として繋がっているという話だった。こいつらもそれと同じなのではないだろうか?

 植物達はそれぞれが一つの植物であり個である。だが、見えないなんらかの繋がりによって植物全体が『植物という一つの個』でもあるんじゃないかということだ。


『そう』『そー』『みんなちがってみんなおなじー!』


 そしてその考えはあっていたようで、植物達からは肯定の言葉が返ってきた。


「……つまりだ。植物は別の種類、独立した個体であっても一つの存在としてどっかしらで繋がってるもんで、マクロ的な——大きな視点で見れば一つの存在だってことか?」

『そう。みんなわたし!』

『わたしもわたしー』『あなたもわたしー』『わたしもわたしー!』『わたしわたし……たわし?』『たわしじゃなーい!』


 再度、今度はしっかりと考えを言葉にして確認してみても、植物達から帰ってきた答えは同じだった。

 何がおかしいのか途中から楽しげな笑いが聞こえてきたが、俺としてはそんなことよりももっと考えないといけないことがある。


「……で、とりあえず、こいつに水をやればお前ら全員が喜ぶってことでいいのか?」

『そうだった』『まだおはなしおわってなかった』

『そう』『おみずちょうだーい』『おみずのひとー!』


 お水の人って随分と懐かしい呼び方を……いや、全部が繋がってるんだったらエルフ達のところとも繋がってるのか。思い返してみれば「またちょうだい」なんて感じの意思が送られてきてたし、またってことは繋がってたんだろう。


「こいつらについては考えることができたが、まあ悪いことではない、のか?」


 なんにしてもここから離れてからにしよう。こんなところに止まってたら不審だし。




「——あん? この感じは……」


 灰蛇どものアジト周辺から離れたわけだが、しばらく闇市周りの調査をしていると不思議な感覚に襲われた。

 なんか懐かしいような感じ。エルフだ。闇市にエルフとなるとちょっと気になる。もしかしたら捕まってるんじゃないだろうか……


「なんて思って探して見たわけだが……」


 俺が足を止めたのはとある奴隷商の檻の前。なんでかって言うと、そこに足を止めざるを得ない理由がいたからだ。


「……なんでお前ここにいるわけ?」

「ふえあ? ……あああああああ!」


 〝それ〟は俺の言葉を聞いて顔を上げ、俺の顔を見ると首を傾げた。そしてわずかのちに目を見開き、俺のことを指さしながら大声を出して叫んだ。


「たしゅけてええ〜〜〜!」


 その声を聞いた瞬間、俺は何も言わずに空を仰ぐように上を向き、目を瞑った。今は何も見たくない。


 だが、空を見ようが目を閉じようが、変わらずに声が聞こえてくる。よく聞き慣れた、でも本来なら今ここで聞こえるはずのないアホエルフの声。


 正直今こいつを解放したらめんどくさいことになりそうだから嫌だと思う気持ちもあるんだが、このまま放っておくわけにもいかないし仕方ないのでこいつを檻から出すために、息を吐き出してから目を開けて顔を正面に戻した。


「〝これ〟くださーい」

「……あ? 帰れクソガキ。こいつはおめえみてえなのに払える額じゃねえよ」


 いや、確かにエルフは高値だけど俺なら……ああ。今はボロ布着てるんだったか。

 まあどっちでもいいな。どうせ最初っから金払うつもりなんてないし。


「いやだなぁ。誰も金を払うなんていってないでしょ。俺は『ください』って言ったんだ。つまりはただで出して欲しいってこと」

「あ゛?」


 俺がそう言った瞬間に店主なのか店番なのか知らないけど、そばにいた男は不機嫌そうに顔を歪めて凄んできた。まあそうなるのも当然だろうなとは思うが、悪いがそんなのは見慣れてるんだ。


「てめえなめてんの——」

「エルフの奴隷は違法のはずじゃなかったでしたっけ?」


 人間の奴隷は借金のかただったり犯罪に対する罰だったり身売りだったと色々あるが基本的には全て合法だ。まあ、中には違法な誘拐とか混ざったりしているが、売られているのは明らかに違法だと証明できない限りは全て合法扱いされる。


だが、エルフの場合は違う。エルフは基本的に奴隷が認められていない。

認められているのは罪を犯して捕まり、国から許可が出た場合のみ。しかも、その場合であっても許可が記された紙をエルフを入れる檻や店の目立つところに飾って見えるようにしておかなくてはならない。

そこまでするのはエルフにしか作れない薬だとか、エルフ達の聖樹から取れる希少な素材があるからだとかまあ色々と理由はあるんだが……そんなわけでエルフの奴隷は原則禁止になっているのだ。少なくともこの国ではな。

 だが、こいつはエルフを奴隷として売っている。闇市なんだからあってもおかしくないが、表で堂々と売らない時点で明らかに違法だとわかる。見た感じ、許可証もないっぽいしな。

 衛兵を呼べば速攻で捕まることになるだろう。


「……ちっ。ガキが調子に乗りやがって!」


 それを渡せば黙っておいてやる。そんな俺の態度が気に入らなかったんだろう。男は近くに置いていた剣を手に取って俺に向かって薙ぎ払——


「いっ! ——ぎゃああああああ!」


 ——おうとしたところで叫び声を上げながら剣を取り落として膝をついた。


 種を撃って怯んだすきに腕を掴み、さらにスキルを発動させる。それだけであら不思議、見事に制圧完了だ。もう一連の流れすぎてまともに説明しなくても何が起きたかわかるだろ?


「それで、こいつは持っていっても構いませんか?」

「あああああ! わ、わかった! わかったから離せよおおおおお!」


 どうやら腕が徐々に腐って肥料に変わっていくのはそれほど痛いようで、男は恥も外聞も気にすることなく泣きながら俺の腕を掴んで引き剥がそうとしている。


「話が通じる相手でよかったよ。鍵はどこですか?」


 俺としてもいつまでも危害を加え続けるのは好きではないので、そう催促すると、男は掴んでいた俺の腕を離して懐から鍵を取り出した。


「ありがどおおおお!」


 その鍵を受け取った俺は男から手を離して檻の中にいたエルフ——リリアを解放したのだが、解放した瞬間にリリアは涙と鼻水と涎を流しながら俺に抱きついてきた。


「離れろ汚い」

「汚いって何よおおお! あんただって汚いじゃないいい! あんたに会うためにわざわざ里を出てきたって言うのにいいいい!」

「あーはいはい。よしよし、落ち着こうなー。ほーら、飴だぞー。あーん」


 腰のポーチに入れていた飴を一つ取り出してリリアの口の中に放り込む。それだけで完璧におとなしくなったわけではないが、口の中の飴を吐き出さないようにしているのか話す声はそれほど大きくない。

 これで幾分かマシになったな。あとはこのみっともない顔を拭って……とリリアの顔をその辺にあった布を勝手に使って拭いていると、視界の端に腕を押さえながら蹲っている奴隷商の男の姿が映った。


「リリア。とりあえずこいつ治してやれ」

「え? 治すの? わたしをさらった極悪人なんだけど?」

「でもほら、結果的に俺に会えたわけだし、運んでくれたと思えばいいんじゃないか?」

「ん〜……まあいっか!」


 リリアは俺の言葉に一理あるとでも思ったのか、それとも深く考えるのが面倒だったのかは知らないが、リリアは俺の言葉に頷いて魔法を使った。

 今までこいつの魔法を見てすごいとは思わなかったけど、魔法陣が出るだけで詠唱もなしに魔法を使えるこいつの凄さってのが今なら理解できる。こいつって結構すごかったんだな。敬う気はかけらも湧いてこないのが不思議だけど。……不思議でもなんでもねえな。


「て、てめえ! こんなことしてただで済むと思ってんのか!?」

「思うも何も、当たり前だろ? あんたとはもう話がついたと思ったんだけど? だから鍵を渡してくれたんだろ?」

「ざけんな! あれのどこが話だってんだ!」

「いやいや、ちゃんと『話し合い』だよ。ただちょっと武力が混じってるだけの至って普通な『話し合い』だ」


 傷が治ったことでなんでか知らないけど再び威勢を取り戻した男は、俺に向かって文句を言い始めた。

 なんでこいつこんな態度が取れるんだろう? ここで文句を言ったところで俺がそれを聞き入れるわけないってのは理解してるだろうし、奪い返そうと戦ったところで勝てるわけないのに。

 それとも油断しなければ今度はやれるとでも思ってんだろうか? だとしたら裏で商売するのに向いてないから辞めた方が身のためだぞ。じゃないと敵対しちゃいけないやつを見極められなくて近いうちに死ぬだろうから。


「せっかく後腐れがないように治してやったってのに、まだ話し合いを続けるつもりか?」

「何が後腐れないように、だ。ふざけてんじゃねえぞクソガキが! このまま終わるわけねえだろうが!」

「いやいや、悪いのはそっちだろ。人間の奴隷はなんとも言わねえよ。別に法律でダメだって言われてるわけでもないしな。けどこいつはエルフだろ。で、エルフの奴隷は禁止だ。ほら、悪いことをしてんのはどっちなのかっていったらお前らの方だろ?」

「ざっけんなやおらあああっ!」


 今度はスキルを使ったんだろう。腰に差していた短剣を引き抜いて俺に向かって斬りかかってきた。

 その威力、速さ、正確さはさっきの一撃とは比べものにならないほどのものだ。流石はスキルを使ってるだけある。

 ——が、所詮はこんなところで慎ましくやってるだけの雑魚の一撃だ。でかいところにすら入れてもらえない程度のやつの攻撃なんて、スキルを使っていようが問題なく対処できる。


「仕方ない」


 俺に向かって短剣を振り下ろしてくる男に向かって俺は前進する。

 それによって目測がずれたのか短剣の軌道を変えたが、それを見た俺は今度は体を後ろにそらす。

 すると、またずれた目測に短剣の軌道を合わせようとしたんだろう、男は軸がブレブレのまま体を動かした。

 だが、そんな迷って振った一撃なんて脅威でもなんでもない。

 振り下ろされた短剣を握る拳。それを掴んで腐らせればそれでおしまいだった。

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