第154話お客様の接待
それからおよそ二ヶ月後のとある夜。いつものごとくいつものように学生生活やら護衛生活をこなしていた俺たちなわけだが、今の俺はフィーリアに与えられた寮のリビングにあるソファーで寝転がっていた。
普段はこんな時間にこんなところにいない俺だが、今日は特別だ。
「一つ聞きたいんだけど、あんたら何者? なんで俺たちのことを見張ってるわけ?」
何せ夜中にもかかわらずお客さんが来てるんだから。これは仮初とはいえ従者やってんだから出迎えないわけにはいかないだろ。
そんなわけで待っていたのだが一向に出てきてくれないので声をかけることにした。
「さっさと答えてくんない? 最初は見張ってるだけなら放置でいいかと思ったんだけど、いい加減ウザくなってきたんだよな。監視してた理由とか諸々を吐いてくれれば見逃してやってもいいけど、どうする?」
が、それでも出てきてくれないので体を起こしてお客さん達の隠れている場所に向かって、持っていた胡桃の種を投げつけてみた。
「ガキがっ!」
すると、隠しきれないと思ったのかお客さん達は一斉に現れ、俺に向かって刃を振りかぶり——
「見た目で侮るのは危険だからやめた方がいいぞ。時には命に関わることになる」
「ガアアアアアア!」
絶叫しながら倒れることとなった。胡桃って素晴らしい。
こいつらが叫んでいる理由なんて簡単だ。言ってしまえばいつも通りのこと。
俺は今第六位階なわけだが、位階が上がったことで今では一度触れた種なら十分くらい触らなくてもスキルの発動対象にできる。
つまり何が言いたいのかって言うと、さっき投げた胡桃の種はすでに俺のスキル対象になっていて、それがこいつらの背後から腰椎の周辺を撃ち抜いたのだ。
「ああそうだ。一つ教えてやると、遮音結界が張ってあるからいくら叫んでも無駄だぞ。仮に人が来たとしても、むしろ不利になるのはそっちだと思うし時間稼ぎも意味はない。さっさと吐くのが身のためだと思うけどな」
俺はこいつらを傷つけたけど、そもそもここは王女の部屋だ。そんなところに怪我をした見知らぬものと護衛がいたらどっちが捕まるかって言ったら知らない奴らの方に決まってる。俺の場合は護衛じゃなくてもフィーリアに疑われることはないだろうけど。
王女を狙うなら直接部屋に行けばいいじゃないかと思うが、まああっちには結界が張ってあるからな。
寝室の方には強力な結界が張ってあるので入るにはこの部屋からドアをくぐるしかないんだが、まあそこに俺がいたというわけだ。
でも、もしかしたら今回は俺を狙いにきたのかもしれないとも思う。俺の正体がバレたとかじゃなくて、フィーリアを脅すために。さっさと争いから降りないとお前の周りの奴らがこうなるぞ、みたいな感じで。じゃないとこんな殺意のある装備でやってきたりしないだろ。
まあ一人で考えていても結論なんて出ないし、とりあえずこいつらに聞くとしようかね。素直に吐くとは思わないけど、そこはまあやりようがあるっていうか、なんとかなるだろ。多分。
「——頑張った方だと思うよ。片目を溶かされて顔面の皮膚も溶かされて、両腕の関節には植物が根を張って……まあよくもここまで我慢したもんだな。やった俺が言うことじゃないかもしれないけど」
それからしばらく動けなくなっていた賊達にお話をお伺い致したんだが、みんななかなか話してくれなかった。最終的に話してくれたとはいえ、ちょっと時間を食ったので途中から割と適当になってきたが……聞けたんだからいいだろう。
「まあいいや。聞きたいことは聞けたし、帰っていいよ。ついでにその怪我を見せてもう俺たちに関わらないように通告もしてくれると嬉しいな」
腰椎に怪我してるから今はまともに動けないだろうけど、外に放り出しておけば勝手に逃げるだろ。できなければ不審者として捕まるだけだ。うまく逃げることができたなら治癒魔法でも使って貰えば治るだろうし、頑張れ。頑張らなくてもどうでもいいけど。
「でも、これを外に出すのか……めんどくせえ」
いくら天職のおかげで身体能力が強化されてるって言っても、いちいちこいつらを運び出すのはめんどくさいという一言に尽きる。
だが、それでもやるしかないのが今の俺の立場だ。
……もう死んでもいいから窓から放り捨てておいていいかな?
「まあ、誰か呼べばいいか。俺が呼べば誰かしらきてくれるだろうし」
最終的に後始末はフィーリアの使用人達に頼み、人任せにすることにした。
翌日。すでに昨日やって来たお客さんについてはソフィアにもフィーリアにも話をしたのだが、特にこれと言って警戒した様子はない。今日も普通に学校あるし、昨日の今日ってのもあるが、人のいるところで襲撃なんて仕掛けてこないだろうからな。
「なあ、悪いけど明日休みをもらってもいいか?」
「休みですか。一日程度であれば構いませんが、どうかしたのですか?」
「んー、ちょっとな」
明日は休日というわけではないが、一日くらい大丈夫だろうと考えて護衛対象であるフィーリアに尋ねてみた。
教えても構わない、というか教えておくべきだろう
「もう言ったけど、ほら昨日の。あれ灰蛇の奴らが動いてるっぽいって言ったろ? だから軽く調査をな。いざって時に裏の地形や情報、後は奴らのアジトを知らないと動けないだろ」
灰蛇ってのは犯罪者組織の名前だ。以前にもちょこっと関わりがあったんだが、今回襲撃を仕掛けてきたのがその灰蛇だったのだ。
下はチンピラから、上は暗殺者や連続殺人犯までと雑多な集まりだが、その分金さえ払えば倫理観や危険性なんて無視して大抵のことはやってくれる頭おかしな集団だ。
多分今後もそいつらに関わる機会があるだろうからそいつらについて知っておきたい。そのために明日一日かけて調べようと思ったのだ。
「場所はこちらでも判明していますが……」
「実際に見るのとは違うだろ。下見ってのは重要だぞ?」
事前に護衛として必要そうな情報は教えられていたし自前でも調べたが、それは大雑把なものだ。今回みたいにどこが攻めてくるかわかっている状態で調べたわけではないので、情報には漏れがあるだろう。そんな情報を当てにして動くなんてこと、俺はやりたくない。
それに、まともに調べた情報だったとしても、そもそも他人の調べた情報を頼りになんて動きたくない。これが信用、信頼できる相手——例えばソフィアとか実家にいる親父やその仲間の情報だったら信頼できるが、こっちにいる奴らからの情報はどうしても疑ってしまう。
そんなわけで、一度くらいはまともに調べるために実際に見に行きたいところなわけだ。
「……本当にそれだけですか?」
「他に何するってんだよ。まさか一人で灰蛇のアジトに突っ込んでいくとでも?」
「できないわけではないでしょう?」
「……まあできるけど、今はやらないって。確認だけだよ……ちょっと細工くらいはするかもしれないけど」
精々が数人自然死に見せかけて殺すくらいだ。頭に小さな種を植えればもしかしたら死ぬだろうし、殺されたとは気づけないだろ。怪しまれるかもしれないけど、それくらいならどうでもいい。
「細工……まあいいでしょう。わかりました。明日一日だけというのであれば問題ないでしょう。特に予定が入っているわけでもありませんし、身の回りの世話に関してはソフィア一人でも構いませんから」
「え? 私も残るのですか?」
「当然でしょう? あなたがいなくなったら誰が身の回りのことをやるというの?」
「ご自身で行えばよろしいのでは? もしくはミリアさんを呼べば喜んでくるのではありませんか?」
「ミリア達には他に仕事を頼んでいるのです。今日頼んだところで明日に間に合うはずがないでしょう」
ソフィアは俺についてくる気のようだが、ソフィアよりもフィーリアの言葉の方が正当性はある。何せ俺たちは今護衛なんてもんをやってるわけだし。
「ヴェスナー様……」
「悪いが待機で。一応護衛業務は続いてるわけだし、そもそも情報集めに潜入するってのにお前は目立つだろ」
「そういうわけだから、明日は一日よろしくお願いしますね?」
僅かに嗜虐的に見える笑みを浮かべるフィーリアと、そんなフィーリアを恨めしそうな顔で睨むソフィア。
もうちょっと仲良くしろよとは思うが、これで明日は自由に動けるようにはなった。
そのことにホッと息を吐き出してから、俺は明日やるべきことについて頭を巡らせていくことにした。
翌日。俺は昨日言った通りフィーリアに休みをもらい学園から離れて街までやってきていたのだが、その場所は街でありながらあまり一般人の暮らしているような場所ではない。
犯罪者や浮浪者の集まりの多くある地域で、言ってしまえばスラムのような場所だ。王都の中にあって王都ではない空間。それがここだ。
「闇市ね〜。懐かしいなこの感じ」
いくつかの香水を雑に振りかけたボロい服を身にまとい、頭を油で、顔を化粧で汚すことで変装した、俺はスラムの中を進んでいく。正直香水の匂いはあまり好きではないのだが、そうも言っていられない。
なんでそんな格好をしているのかと言ったら、こういうところではその方が目立たないからに他ならない。こんなところで普段の金を持ってそうな格好なんてしたら速攻で襲われるし、そうでなくても目につくので情報収集には向かない。
香水をいくつも使っているのは、その方が〝らしい〟からだ。香水を使うのは主に女で、そんな香水の香りをいくつもつけてるってことはそれだけの数の女と接しているってこと——つまりは遊び人。今の俺は貧乏ながら女遊びをしてるろくでなしに見えることだろう。
街中にいると変な目で見られるだろうが、ここにいる分には問題ないだろう。
「さてさて、灰蛇さんのアジトはどこかなーっと」
カチコミに行くわけではないが、もしかしたらそうするかもしれないしその下見だ。
だが、そんな危険な行動の最中であっても俺の気分は普段とそれほど変わらない。むしろ懐かし雰囲気のおかげで普段よりもちょっと元気なくらいだ。
カラカスの奴らは元気にしてるだろうか? ……してるだろうな。あいつらが元気じゃない様子なんて思い付かない。
「ここか」
王都の裏を少しばかり歩いていると、前情報にあった灰蛇のアジトらしき場所へとやってくることができた。
まあ本部ってーかアジトそのものはもっと先みたいだけど、それなりに監視がいるせいでこれ以上は近づけないな。
とはいえ、ここで引き下がる俺ではない。
街の中だとしても植物なんてその辺にある。いかに厳重な施設だろうと、雑草や苔の生えていない場所なんて存在しない。そうである以上、俺は情報を得ることができる。
「ってわけで、ちょっとみてきてくれ」
第六位階に上がったことで、今の俺はある程度の簡単な言葉なら会話することができるようになった。
その力を使って俺は力の届く範囲内にいる植物達に語りかけ、様子を見てもらうことにした。
『わかったー』
『りょーかい!』
壁に背を預けて俯きがちに待っていると、十数秒としないうちに返事が来た。
『人がいたー』『いっぱいいたー』『なんだか笑ってた!』『お酒飲んでたー?』
俺の力の及ぶ範囲は約五百メートルなので、街中であれば警備していようと大体カバーできる。できないのは城みたいな立入禁止区域から人のいる区画まで五百メートル以上ある場合だ。だがそんな場所が城以外にあるわけがない。
そして調べてもらった結果わかったのは、人数から建物内の構造まで、おおよそ必要なことは全部だ。
「おおよそ情報に間違いはなし、と」
頭の中でマップと配置を思い浮かべ、これならば襲撃しに来たとしても問題ないだろうと頷いた。
「ありがとう。助かったよ」
『お礼ちょーだい!』
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