第153話大会クランの結成

 

「でしたらよろしいではないですか。いきましょう」

「……なんか機嫌悪いか? さっきも随分と煽ってたが、それもらしくない気がしたし」


 こいつは何かあってもさらりと受け流すタイプだ。いや、受け流すってよりは最初から意にもしないというか……それが身内だったら別なのかもしれないが、敵の言葉や行動で心を乱さない人間だ。そんなだから何を言われようとまともに相手をしない。

 だってのにさっきはわざわざ喧嘩を売りに行った。そこがちょっと違和感がある。


「そうでしょうか? これでも私は負けず嫌いですし、敵に容赦するつもりはありませんのでそうおかしなことでもないと思いますが?」

「今までは煽るような相手に出くわさなかっただけ、ってか」

「そうですね。ですが、まあ個人的に嫌いな相手だと言う理由も幾分か入っていたのは否定しません」

「あー、確かに俺もああいうタイプは苦手だな。高飛車と言うか、自分が上位者だと思って好き勝手やってもいいと思ってるやつ」


 ああいうのを見てるとぶん殴りたくなるし、実際にぶん殴ったことがある。あのカラカスにいた小豚のことだ。


「ええ。ああ言うところは両親に似たのでしょうね」

「両親って……父親はわかるとしても、母親も似たような感じなのか?」

「もっとひどいですよ。二人の血が混じったことで多少はマシになった、と考えることができるくらいには私とは合いませんね。典型的な高位貴族のお嬢様です」


 お嬢様ねぇ……。

 チラリと隣にいるソフィアを見てみると、ソフィアは俺の視線に気がついたがその理由は分からなかったようで首を傾げた。


 ソフィアみたいなのがドレス着てお嬢様やってんだったら「すげえ」とか思ったりするんだろうが、〝あれ〟はなぁ……。ないな。見た目は綺麗なお嬢様でも、性格が死んでたら意味ないだろ。


「それよりも、早く戻りましょう。止まり続けていてはおかしく思われますし、気分を変えたいですから」


 そう言って歩き出したフィーリアの後を追って、俺たちはその場を離れて部屋へと戻っていった。





 一ヶ月後。

 俺たちは——というかフィーリアはこの一ヶ月は普通に学生生活を送ることにしていた。していた、というか、だって普通にマジモンの学生だし、そうしない理由がなかった。


 いつものように授業を受けて、いつものように学友とお茶をして、いつものように放課後には師弟制度の相手——レーネと特訓をしていた。


 日によって特訓はあったりなかったりだが、今日は特訓のある日で、俺たちは野外訓練場の一画にいた。


「レーネさん。一つ相談したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょうか?」


 この一ヶ月の間接してきたおかげで、レーネは王女であるフィーリアが相手でもなんとかまともに話をすることができるようになっていた 。これは最初を思えばだいぶ進歩したと拍手を送ってやりたい。


「実は私は大会に出ようと思っているのですが、そのためのクランを作っている最中でして。そのクランに入って私と一緒に大会に出ていただけませんか?」

「え……」


 だが、フィーリアの言葉を聞いた瞬間、そんな頑張りも意味がなかったかのようにレーネは固まった。


 そしてキョロキョロとなぜか知らないが視線をあたりに巡らせてから再びフィーリアに戻し、おずおずと口を開いた。


「え、あの、えっと……た、大会ってあの大会ですよね? 夏季休暇の前にあるクラン対抗の大会」


クラン対抗の大会というのは俺たちが姉王女様と戦う場であるのだが、他の学生達にはもっと違う意味がある。


この大会というのは、いわばアピールの場だ。

三年生は翌年には就職するわけだが、この大会で成績では測れない力というのを見せ、就職先——たとえばどこかの貴族の側近だったり、国の軍部の幹部候補だったりに拾ってもらおうとしているのだ。


もちろんこれは戦闘関連だけしか分からないので、頭の方でアピールしたい者のために他にも論文発表会的なのもあるらしいが、そっちはどうでもいいので無視だ。


「はい。その大会です。いかがでしょう?」

「で、でも、私なんて大したことないですし……」


だが、そんなわけなので大会に出るのは基本的に三年生。それも、三年の中でも成績優秀者ばかり。一年で出るものは稀だし、三年でもレーネのような成績のあまり良いとは言えない生徒の参加も珍しい。

なので、レーネが臆すのも無理はないだろう。何せ、本人からしてみればライオンの群れの中に放り込まれたウサギという表現がぴったりなくらい場違いだと〝思い込んでいる〟だろうから。


「そんなことはありません。以前より申し上げていますが、私はあなたが他の人に劣っているとは思っていません。あなたはすごい人です。師弟制度の相手だから、なんて理由ではなく、あなただからこそ誘っているのです」


 王女にここまで言わせるなんて余程の人材でないとありえないことだ。

 だが、その考えは俺も同じだ。できることなら俺が勧誘したいくらいだし、この一ヶ月でそれなりに生徒たちを見てきたがレーネ以上のやつなんて存在しなかった。


「いかがでしょう? 無理に、とは言いません。ですが、私はあなたなら大会に出ても問題ないと信じています。私のクランに入って大会に出ていただけませんか?」


 だが、それでも今までの評価が頭に——いや、心に染み付いているからか、レーネは頷けない。

 それでも多少の迷いはあるのだろう。忙しなく落ち着かない様子で顔を動かしていろんなところへと視線を向けるが、最終的には若干俯きながらも口を開いた。


「ほ、本当に私なんかが大会に出ても……フィーリア様のクランに入ってもいいんでしょうか……」

「何を言っているのですか。こちらから入って欲しいと申し出たのですから、問題などあるはずがありません」

「でも、私は弱いですし、どんくさいからみなさまの足を引っ張ってしまうんじゃ……」

「この一ヶ月であなたは随分と成長しました。今ならば誰もあなたのことを成績下位者だと侮ることはないでしょう」


 と言っても、三年はほとんど授業がなく、あったとしても欠席者が多くいるような状況だ。それは三年が終われば就職することになるのでその準備や売り込みなどに時間を割いているからだが、そのせいで他人と比べる機会の減ったレーネは未だに他人と比較することができずに自信が持てないようだ。


「……一つ、勝負をしませんか?」


 迷ってはいるもののはっきりとは返事をしないレーネに何を思ったのか、フィーリアは突然そんなことを言い出した。


「え?」

「以前にも言いましたが、私はどちらかというと守りの方が得意なのです。ですので、私の守りをあなたが突破できるかどうか、勝負をしませんか?」

「で、でも私なんかがフィーリア様と戦ったところで勝てるはずがありませんし、そんなの時間の無駄でしか……」

「自信を持ちなさい、レーネ。私はあなたに力があると知っていますし、あなたのことを信じています。あなたを信じている私を信じてはいただけませんか?」

「……はい」


 自信はなさげに、だが否定されることのなかった了承の言葉に満足すると、フィーリアは笑みを浮かべて頷き、レーネから少し離れた場所に移動し始めた。


「では、まずは準備をさせていただきますね」


 そうしてフィーリアはいくつかの魔法を重ねていき、最終的には剣に土がまとわりついて盾になったというか、土の盾に剣がめり込んだというか、そんな微妙な形状になった。ただし、その規模がおかしい。


 おそらくフィーリアのあれは盾でいいんだろう。『騎士』の職には盾を使ったり防御系のスキルがあるからな。土の魔法+騎士の防御。それは確かに守りにおいては素晴らしい成果を発揮するだろうし、盾を用意するのはわかる。

 だが、その持っている盾が壁かと見間違うくらいに大きいんだが、それはどうなんだ?

 しかもそれだけではなく自分の周りにはトーチカのように土のドームができているため、不意の攻撃であっても初撃では絶対にやられない。まさに完全防御と言えるだろう。

 フィーリアはまだ十五歳だってのにここまでやれるのは、凄まじいの一言に尽きる。


「これで準備は整いました。いつでもどうぞ」


 フィーリアがそう言ってレーネへと声をかけるが、間に壁があるせいでお互いの姿は見えていないだろう。


 そんな状態では本当に攻撃していいのか迷うかもしれないな、なんて思っていたのだが……


「で、では、いきます……!」


 しかしレーネはそう意気込んでみせると、杖を掲げて魔力をみなぎらせた。


 そしてコンッと杖の下部先端を地面に叩きつけたその瞬間、レーネのスキルが発動した。


 少し話はズレるが、レーネはこの一ヶ月の間に離れた地点に紙を作れるようになっていた。今までは手元にしか作ることのできなかった紙。それを目視圏内、五十メートル程度ならその場に直接生み出すことができるようになっていた。

 それはまごうことなく今までの弛まぬ努力による成果である。

 そんな成果が今、レーネの全力をもって発揮された。


 レーネがスキルを使った瞬間、フィーリアの正面を半円状に包囲するようにして紙が空中に現れ——


「発射!」


 その言葉が告げられた瞬間、百はあるだろう炎の球が一斉に中心に向かって放たれた。


 直後、攻撃の放たれた地点からは轟音が響き渡り、炎と煙で視界が塗り潰されることとなった。


「やはり、あれだけの攻撃を受けてしまえば耐えきれませんか」


 流石にあれだけやったらもしかしたらやばいんじゃ、なんてちょっと思ってたんだが、土煙の中からはそんな声が聞こえてきた。どうやら我が妹様は無事のようだ。いや無事じゃなかったらやばいんだけれども。


 土煙が晴れたそこには、剣に僅かな土塊を纏わせた状態で瓦礫の中心にいるフィーリアの姿があった。

 その様子はまだまだ元気そうで、余裕がありそうだ。


 ——と思ったのだが、よくみると剣は半ばから折れてしまっていた。流石にあの盾が壊されるほどの衝撃を受けてしまえば、核として使っていた剣も耐えきれなかったようだ。


 それでも怪我をしていないだけすごいのだが、レーネもレーネであれだけ固めた守りを完全にぶっ壊すとは流石だと言える。

 全ての攻撃が盾を構えていた正面からのものではなかったためにフィーリアに多少不利な面はあったとはいえ、それでもあれだけスキルを重ねた盾を壊すのは容易ではないだろう。もはやただの二級魔法師には収まらない強さだ。


 ただ、欠点がないわけでもない。レーネの攻撃は魔法陣の描かれた紙を生み出してそれから魔法を放つというものだ。遠距離設置も発動も遅延操作もできる優れものだが、その分工程が多い。

 まず魔法陣が初めから描かれた紙を作るわけだが、その時点で司書のスキルを二つ使っている。そしてその後魔法を使うのに一回で、一度の攻撃をするのに計三回のスキル使用が必要になる。そのため、普通の魔法師に比べて攻撃回数が三分の一になってしまうと言う欠点がある。それは一斉にスクロール——魔法の描かれた紙を作っても変わらないようで、一回のスキルにつき一枚のスクロールしか作れないそうだ。そのせいで今も限界ギリギリまでスキルを使ったのか杖に体重をかけてふらついている。


 それでも子供の頃から司書のスキルを無意識で使いながらぶっ倒れていた経験があるおかげで、まだ倒れていないし、全部で百回くらいは攻撃をすることができるんだから十分だろう。


「完敗ですね」


 折れた剣を手にしながら戻ってきたフィーリアは、その剣を掲げながらレーネにそう声をかけた。


「自信を持ちなさい、レーネ。あなたは強い」


 レーネからすればふらついてもうスキルが使えない状態の自分が、盾を壊されたとはいえ剣が折れただけのフィーリアに勝ったんだと完全に認めるのは難しいだろう。

 だがそれでも……


「フィーリア様!」


 レーネは杖に寄りかかるのをやめて真っ直ぐにフィーリアのことを見つめ、叫んだ。


「はい」

「わ、私を……私をクランに、い、入れていただけないでしょうかっ!」

「ええ。喜んで歓迎いたします」


 そうして俺たちは大会に参加するためのクランを結成することができた。

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