第152話姉妹喧嘩(口撃のみ)

 

「ええ。……ところで、そちらはあなたの従者かしら? あまり見たことのない顔だけれど?」

「そうですね。この学園に入るにあたって以前より探していたのですが、ようやく都合の良い方が見つかりまして。私もこうして学園に入った以上は親を頼ってばかりでいるのもあまり宜しくはないでしょう? いずれ私はこの国でそれなりの立場になるわけですし、今からでも自分一人でできるんだということを見せてお父様をご安心させてあげなくてはなりませんもの」


 言葉とともにじろりと睨まれたけど、俺たちが何かを答える前にフィーリアが割り込んで答えた。


「……そう。お父様を安心させるために、ね」

「それにクランのこともありますし、見た目で怖がらせるよりはマシかと思いまして。母のつけた私の護衛は、少々見た目が学園に馴染みないものですから」

「確かにそうね。実力は申し分ないけれど、見た目はどうしようもないものね。……けど、どこで見つけたのかしら? それなりに弁えているようだし、どこかの木端貴族の出身? もしくはどこぞの没落貴族かしらね?」


 こいつ、前もって聞いてはいたし資料も見せてもらったが、口も性格もろくなもんじゃねえな。こいつが俺たちの姉とか……まあ理解はできるけど、姉として扱いたくないな。


「知り合いに紹介していただいたのです。詳細については申し訳ありませんが個人のことですし、控えさせていただきますね」

「そう……まあいいわ。でも突然変えたとなったらあなたの守りが薄くなってしまうのではなくて? 最近は物騒なことも多いですし、狙われたら守り切れるかどうか……。あなたが襲われでもしたら私は悲しいわ」

「そうですね。確かに守りに関しては多少の変化はありますが、ですが学園に入学したので基本的には学園内で生活することになります。ですので襲撃に関してはそれほど気にしなくても良いかと思っております。何せこの学園で問題を起こすということは、国に牙を剥くことと同じになりますから。陛下も問題解決のために真剣に取り組まれることでしょうし、ともすれば騎士団の動員もあり得るかもしれません。それが私のような王女が相手となれば尚更。少しでも分別のある者はここでの問題は起こさないでしょう」

「……そうね。でも万が一というものがあるわけですし、気をつけなさい」

「そうですね。ご忠告ありがとうございます」


 お互いに言葉の裏で牽制しあってたようだが、どうやら今回はうちの妹のほうが優勢のようだな。それにどれほどの意味があるのかは知らないけど。だってどうせこんな口喧嘩で勝とうが負けようが、お互いにやることなんて変わらないわけだし。


「——それにしても、私もですが、成績上位者となると大変ですわね。下位者の面倒を見なくてはならないのですもの」


 口での喧嘩が不利になってきたからか話題を変えたようだが、ちょっと露骨すぎやしないか?


「ですが、他人に教えることで自分も気づくことができるということもありますし、そういった意味ではよく考えられた制度だと思いますよ」

「そうかしら? それが無駄だとは言わないけれど、そんなことはもっと後でもいいのではないかしら? 今は自身のことに集中するべきでしょうに」

「確かに一理ありますが、その辺りは考え方の違いでしょう。私は彼女と師弟を組んだことで今よりも上に行けると思っております」

「上に、ね……。〝あれ〟があなたの師弟ね。あなたも大変よね。そんな出来損ないを引き当てるなんて」

「あれ、ですか。出来損ないとはなんのことでしょうか?」

「わかっているでしょう? あれは昨年の成績で学年最下位を記録しているということを」

「彼女はただ人よりも成長が遅く、特殊な個性を持っているというだけです。人というものは皆違っていて当たり前なのですから、進みの早いものと遅いものがいて当然で、得意なこともまた違いがあります。それを同じ尺度で比べるのは愚か者のすることだと思いますが……第二お姉様はいかがお思いでしょうか?」

「……相変わらず生意気ね」


 フィーリアの方が正論であるだけに姉王女の方も反論できないようだ。これで今回の口喧嘩はフィーリアの二連勝ってことでいいのか?


 なんて思っていると、今度はフィーリアの方から話題を変えることにしたようだ。


「ところで、ですが、訓練場から来られたということはお姉様も訓練をされていたのですか?」

「ええ。訓練などしなくても私はすでに強者ですが、強くなるために努力をするというのは王族として当然のことですもの」

「さすがはお姉様ですね。私とは違って一年の入学時に成績一位になることができなかったからでしょうか。努力の大切さというものをよくご存知のようですね。少しでも上に行くために足掻くなんて、とても素晴らしいと思います。私は今回入学するにあたってお姉様とは違って一位でしたので、今ひとつ努力の仕方というものを理解しきれていませんが、それでもお姉様に負けないように努力していきたいと思っております」

「……入学時の成績なんて、その後次第でどのようにも変わることよ。成績一位とはいえ、それは入学時での話に過ぎないわ。入ったばかりのあなたと、この学校で二年間学んできた私とでは比べ物にならないのよっ」


 だいぶ感情的になってるな。でもこいつ、入学試験で一位取れなかったのか。まあこいつとフィーリアの時では状況が違うだろうし仕方ないとはいえ、こいつの中では一位を取れなかったことがプライドを傷つけたみたいだな。もう三年だってのに一年の時のことを根に持ってるとは、こいつ絶対に性格悪いな。


「そうですね。力とは才能だけではなく努力に掛けた時間が大事ですよね。たとえ才能という意味で劣っていたとしても、二年も違ってしまえば多少の影響は出てくるでしょう。ですので、私もしっかりと努力しなければなりませんね」

「何よ。あなたの方が格上だとでも言うつもり?」

「格上、ですか? いえ決してそのようなことは思っていません。お姉様は私のことを格上だと思い込んでいらっしゃるご様子ですが、私はそのようなことは思っておりません」


 フィーリアはそう言って笑ったが、その笑みはどう見ても純粋な笑みではなく黒いものが混じった嘲りの笑みだった。まるで、上か下かを語る以前に相手として見ていない、とでも言うかのような、そんな余裕の混じったものだ。


 俺がその言葉に感じたものを姉王女も感じたようで、凄まじい形相をした。が、後ろの護衛に肩を叩かれたことで気が付いたのだろう。ここで感情のままに叫ぶようなことはせず、だが目の前にいる憎い相手を睨みつけ出した。


「これ以上お話ししていてもお姉様の気分を害してしまうようですので、私はこれにて失礼させていただきたく思います」


 フィーリアとしてはこんな面倒なのの前からはさっさと離れたいんだろう。そう言って背を向けようと身を翻した。


「……ねえ、一つ条件を加えないかしら?」


 が、その途中で姉王女がそんなことを言ってきたがためにフィーリアは足を止めることとなった。


「条件ですか? それはなんの……」

「私たちの勝負に関してよ。大会に参加する際、クランにはお互いに師弟を入れなくちゃならない。そんなルールを加えるのはどうかしら? この後お父様にもお話しするつもりだけれど、限られた味方をうまく使う、特定の制限がある状態でいかにして戦うか。そういったことを見ることができるのだから多分お父様は許可をしてくださると思うわ。あなたはどう思うかしら?」

「……そうですね。お父様であれば確かに頷かれるでしょう」


 強さや有用性を測るために大会で争うんだから、確かにそういった点は許可が出るだろうな。でも……


「そうね。——逃げないでしょう?」

「……ええ、わかりました。ではそのように致しましょう。追加するルールは『お互いにクランには自身の師弟を入れなければならない』、でよろしいですか?」

「ええ、結構よ。せいぜい頑張りなさい。……出来損ないが使い物になるといいわね」


 最後に仕返しすることができたとでも思ったのか、姉王女はニンマリと笑いながらそう言い残して去っていった。


「面倒な方ですね」

「俺はお前の知り合いに紹介されたわけじゃないんだが?」

「知り合い? ……ああ、先ほどの。どうせ本当のことを言ったところであちらは勝手に調べるのです。であれば真実を言う必要などないでしょう。人は他人から教えられた情報を心から信じることは難しいですが、自分で調べたことであればそれが間違っていても絶対に正しいと思い込んでしまうものです。そしてそれ以上を調べようとはしない。あちらがあなたのことを調べたとしても、わかるのは冒険者として依頼を受けたと言うことくらいです。せいぜいが孤児出身だと分かる程度でしょう。ですが、最初からそれを教えていたらさらにその奥、血縁だと言うことまで調べ上げられる可能性があります」

「だからわざと嘘をついて調べさせるようにした、か。見栄を張って俺の身分を隠していると思わせるために」


 俺の紹介に関しての嘘の理由は今の説明で分かったのだが、そこまで考えないといけないんだな、と呆れるしかない。そこまで考えての会話なんて、理解はできてもとてもではないがやりたくなんてないな。絶対にものすごくめんどくさいだろ。


 一応今の俺は王子に戻るかどうか考えなきゃならない状況にいるわけだが、こう言った面倒なことがあるんだと考えるとえらい身分なんかにはなりたくねえなぁ、なんて思ってしまう。

 だが、その辺のことは後回しでいいだろうと息を吐きだし、軽く頭を振って話を変えた。


「それよりも、ルールの追加の件はいいのか?」

「何か問題ありますか? 向こうは有利になると思っているようですし、確かに同じ成績下位者を抱えている状態ですが、だからといって対等と言うわけでも、あちらが有利と言うわけでもないとは思いませんか?」

「問題……ないな」


 そうなんだよなぁ。師弟を加えたところで問題なんてかけらもない。むしろ相手が不利を自分から抱え込んだだけだとすら言える。

 普通なら三年の成績下位者と一年の成績下位者を抱えている者、どちらが不利なのかといったら、三年を抱えている者の方だ。何せ三年生という駒を一つ失うことになるのだから。それだったら、まだ何も知らないような一年を失った方が損失は少ない。

 が、それ普通のものであればの話だ。

 確かにこちらには三年の成績下位者がいるわけだが、レーネは普通じゃない。俺が興味本位でスキルの使い方を考え、魔改造したような存在だ。ぶっちゃけ実戦だったら単純な成績上位者よりも厄介だと思う。

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