第151話二人目の王女様
「こっちにきた。遮音を消すぞ」
俺がそう言うとフィーリアはハッとしたように顔を上げた。そして険しさを消していつものように笑みを浮かべ、疲労感の感じられる様子でこちらに向かってくるレーネを歓迎するように微笑んだ。
「お見事ですレーネ先輩。素晴らしいですね。まさかスキルを応用してあのようなことをするとは思ってもみませんでした。ですが、これほどの力を持っていて学年最下位と称されてしまうということは、学園の目は思っている以上に悪いようですね」
「え、あ、いえ、違います! 学園が悪いんじゃなくて、私です! 私がこの戦い方をできるようになったのはベルナー様達に教えていただいたからです。まだ完全に使いこなせるとは言えませんが私がこの方法をまともに使えるようになったのは二年生が終わった後でしたから。ここまでできるようになったのは、ベルナー様達のおかげで、学園が悪いわけでは……その……」
さっきまでとは違ってベタ褒めのフィーリアに恐縮したのか、レーネは照れたようにわたわたと手を振りながら顔を逸らしたが、口の端を持ち上げているので嬉しいんだろう。
「そうでしたか。ですが、最下位と称されながらもここまでに至る研鑽を積んできたあなたを、私は素晴らしいと思います。ですので、もっと自信持っても良いかと思いますよ」
そう言われたことでレーネは再び視線をフィーリアに合わせ、感動したように瞳を潤ませた。
「では今度は私の番ですね」
「え?」
「先輩にだけスキルを見せろといっておいて、後輩である私が隠すというのは不義理が過ぎるでしょう?」
「いえ、そんなことは——」
レーネが何か言おうとしたが、フィーリアは人差し指を自分の口の前で立てることでそれを黙らせた。
「私がしたいからするのです。私たちは王女だとか貴族などという立場など関係なく、対等な立場です。私自身、あなたのことを対等な相手……いえ、先輩である以上はあなたの方が上だとさえ思っています。そんな相手に不義理をするというのは、あまり気分の良いものではありませんから」
なんて言ってるが、本当のところはどうだろうな? 不義理だとかではなく、ただそのほうが仲良くなれそうだとか考えてそう。
秘密の共有ってのは簡単に仲良くなる方法で、天職ってのはある意味で最高の秘密だ。それを教える——教え合うってのは、仲良くなるための秘密の共有の内容としては文句なしだ。
「私の天職は『土魔法師』と『騎士』です。ですので、攻撃もできますがどちらかというと守りの方が得意ですね」
そう言いながらフィーリアは装置を動かして新たに的を用意する。
「え、あ、あの……私なんかに天職を教えちゃってもいいんですか?」
「それをいったらあなたもではありませんか?」
「わ、私はその、大したことないですし……」
レーネは大したことないなんて言ってるが、それはいままでの評価が低かったからだろう。だが、ぶっちゃけ俺だったらただ強力なだけの魔法師なんかよりもこいつの方が欲しい。それくらいまでに厄介で有用な能力を持ってるからな。性格的にも問題ないし……やっぱ欲しい人材だな。
「どうせ私の天職は調べようと思えば簡単に調べることが可能ですから。それに、私には誰かに言うことを恥じるものも隠すものも、何もありませんので」
そう言うとフィーリアは歩き出し、俺たちに背を向けながら腰に帯びていた剣をスラリと抜き放った。
「かっこいい……」
まあ、その前の言葉も含めて言動がサマにはなっているが……レーネよ。お前本当に騙されそうで、そこだけがものすごく怖いな。
「《大地よ起きろ・我が意を示さん——ウォール。グランドランス》」
開始地点に向かい、そこで刃を下に向けて剣を構えたフィーリアは魔法を使ったのだが、一つの詠唱で二つの魔法を同時に使うという離れ業を行なってみせた。
一つ目は壁。見た目には的と俺たちを遮るように一枚の壁が生まれただけのように見えるが、角度の問題でわずかながら正面だけではなく的の側面にも壁ができているのが見えた。多分だがあれは四方を囲むように出現していることだろう。
そして、二つ目。
見た目の変化としては壁以外には何もない。だが、詠唱にはしっかりと二つの魔法の名が呼ばれていた。
そうなると、グランドランス——土魔法師の第二位階の魔法で、効果は地面から槍を突き出すというだけの魔法だが、多分それはあの壁の中で起こっているのだろう。
壁で逃げ場を封じて致死技を行うとは……随分と殺意高いな。
「《大地よ起きろ・我が意を示さん・我に仇なす者を打ち砕かん・これなるは祈り——アースコントロール。グランドキャノン》」
だが、フィーリアの攻撃はそこで終わらなかった。
魔法を使ったと思ったら、またも二つの魔法を同時に使用した。
今度の変化はわかりやすい。それまでは的を土の壁で囲っていたのだが、その壁が徐々に変化していき檻のような形に変わった。これで中が見えるようになったのだが、その時に気がついた。さっきのグランドランス、地面からだけじゃなくて壁からも槍が突き出してたようだ。まじで殺意が高すぎるだろ。
しかしフィーリアの魔法はそこで終わらない。
使った魔法は二つ。一つは壁を檻にする魔法。ではもう一つは?
答えは簡単だ。檻を狙うようにしてフィーリアの横に展開されているいくつもの大きな球。それが二つ目の魔法だ。
その球は一瞬後に勢いよく放たれ、檻となった土の壁をぶっ壊してなおその勢いを緩めることなく中にあった的を粉々に砕いた。
壁で囲って槍で貫いて大砲で一切を吹っ飛ばす。これで攻撃が得意ではないとかどの口がほざいてやがるってんだよ。
「えげつない攻撃……」
「二重発動……? ……すごい」
「すごいと言うのでしたらあなたの方がすごいのではありませんか? 私は精々二つ同時に発動することができるだけですが、あなたの場合は何十と同時に発動することが可能でしょう?」
「で、でもそれはズルっていうか、まともな方法じゃないですし……」
「使い方にズルもまとももありませんよ。ただ周りとは少し違うだけで、考えて使いこなせるように努力したのであればそれ立派なあなたの力です。何も恥じることなんてありません。違いますか?」
「……」
戻ってきたフィーリアはレーネの言葉にそんなふうに返したのだが流石にいきなり自信を持てと言われても難しいんだろう。レーネは困ったような表情で俯いて黙ってしまった。
「……ふぅ。今はそれで構いません。ですが、あなたのことを認めている、と。それだけは理解してもらえたら嬉しいです」
実際に時間もそれなりにいい感じなんで、そう提案することでその場の空気を変えようとしたのだが……
「とりあえず確認は終わったみたいだし、そろそろ戻らないか?」
「あなた方はやらないのですか?」
なんてことをフィーリアが言ってきた。何言ってんだこいつは。やるわけないだろうが。
「俺達は生き物を殺す技しかないんでな。無機物を相手に威力を測るなんてのは向いてないんだ」
「そうなのですか? 今までろくに戦っている姿を見せていただいたことがないような気がするのですが、見せる気はありませんか?」
「ないなぁ。それに戦ってるのなんてもう見せたじゃないか。ほら、最初の時にさ」
「あれは本気ではなかったでしょう? スキルも大して使っていませんでしたし」
「そうだったか? まあ使う必要があればその時になったら見せるからそれで満足しとけ」
満足も納得もしていないが、それでもひとまずの理解は示したようでフィーリアはそれ以上何かを言ってくることはなかった。
「……まあ、いいでしょう。どのみち大会が始まれば本気を出してもらわないわけにはいかないのですから、その時には見ることができるでしょうし。ひとまず今は新たな出会いがあったことで満足しておきましょうか」
「レーネ先輩」
「へあい!」
「いい加減慣れていただけるとありがたいのですが……」
なぜかまた緊張状態に戻ったのかレーネはおかしな返事をしたが、これはもう治らないだろ。
「これからよろしくお願いいたしますね」
「こ、こちらこそ私なんかがどれほどお役に立てるかはわかりませんが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いしまあす!」
そうしてその日はこれ以上やることもないのでその場で解散となった。
まあ、解散と言っても寮に向かうだけなので帰る方向は四人とも同じなのだが、俺たちはあえてその場に残ることでレーネと帰る時間をずらした。そのほうがあいつの精神的にもいいだろうしな。
「あら、奇遇ですね。あなたも訓練場からのお戻りですのね」
——のだが、十分に時間をとった後にそろそろいいだろうと個人訓練場からの出たその帰り道で、なんか変なのに絡まれた。
その変なのは俺たちの後ろからやってきたようで、背後からかかった声に振り返ってみた。
そこには俺たちと同じような護衛が二人、そばについており、その真ん中にはキラキラした宝飾品や無駄に豪華に改造された制服を身につけた金色の縦ロールお嬢様がいた。
その見た目は明らかに金持ちのそれで、王女であるフィーリアにこうも気安く声をかけている様子からすると……
「ああ、第二お姉様。……はい。少々師弟制度の相手の方の確認をしておりました。お姉様も訓練場にいらっしゃっていたのですね」
まあそうだよな。こいつも王女……それもフィーリアよりも格上のやつだ。ぶっちゃけ、今フィーリアと争ってる問題の王女様が〝これ〟だ。
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