第150話修行の成果

 

「遮音なんてしてなんだ?」

「その話し方はなぜですか? 知り合いとはいえ、気を許すには早いと思いますが?」


 遮音をしたことでフィーリアは取り繕うのを止めたのか、表情は変わらずに笑みのままだがその口調は普段のものになっていた。

 だが、そう言いたくなるのもわからなくもない。俺は先ほどから従者としては相応しくないような話し方——普段の素の話し方で王女であり主人でもあるフィーリアに接していた。普通の従者なら許されないことだろう。それを他人であるレーネの前でするなど、こいつからしたら何を考えているのかと文句を言いたくなっても無理はない。


「もうすでに素を見せてるってのもあるが、こいつは有能だぞ。色々と話して親しみを感じさせ、逃げられないようにして身内に引き込んだ方が得だ。……多分」

「あなたのことを信じないわけではありませんが……彼女は二年時の最下位成績者ですよ?」


 まああの時から三ヶ月ちょいくらいか? まあそれくらいしか経っていないわけだし、あの時成績最下位だってんなら三ヶ月経っただけの今もたいして変わらないと考えるのは普通のことだろう。

 だが、その考えは甘い。男子三日逢ざれば、というが、まさにそれだ。こいつの場合は女子だけど、三ヶ月もあれば人が変わるのには十分な時間だ。こいつは俺たちにあったあの時からそれまでのこいつとは劇的に変わったことだろう。俺たちの考えた方法を使いこなしていれば、だけど……まああの様子じゃ必死になって鍛えただろうな。少なくとも全く鍛えなかった、なんてことはないと思う。


「授業の成績と実際の能力は別物だってことだ。まあ成績に関しては俺たちに出会った時期も関係してると思うけどな。あの時色々と教えたが、何せ会ったのはほんの三か月程度前だ。まだ教えた能力を周りに見せてないんだろ」

「……何を教えたのですか?」

「俺にとってはただ興味を惹かれたから提案して実験に付き合ってもらっただけだが……まあ見たほうが早いだろ」


 あれは言って聞かせるよりも見て理解させたほうが早い。そのほうがあれの有用性も、あれのヤバさも十分に理解できるだろう。


 フィーリアはそんな俺の言葉だけでは不満そうだったが俺はそれ以上説明することはなく、切るぞ、と一言口にしてから遮音の魔法具の効果を切り、レーネに向き直った。


「悪いな、突然」

「いえ、王女様ともなればわたしのような者に聞かせることができないこともあるでしょうから! はい!」


 待たされていた間ずっと背筋を伸ばして待っていた様子のレーネだが、そこには不満げな様子など微塵もなかった。むしろ自分だけ蚊帳の外に置かれていたことで多少リラックスすることができていたのか、出されていたお茶を飲んでお菓子を食べてと余裕のありそうな様子を見せていた。

 だが、俺に話しかけられたことでビクリと体を震わせると、持っていたカップをテーブルの上に置き、再び緊張した様子を見せた。……こいつ、この調子で師弟制度なんてこなしていけるのか?


「ああ、そんな畏まるようなことじゃないさ。ただちょっとうちのお姫様は恥ずかしがり屋でな。俺たちがどうやって出会ったのか気になっても、本人に聞けないから俺に聞いてきたんだ」

「誰が恥ずかしがりや……」

「あ、そうなんですね!」


 フィーリアが不満そうに口を挟もうとしたがそれはどこか楽しそうなレーネの言葉によって遮られた。


「そうそう。それでお姫様がお前の力を見たいっていってな。俺としても、どこまで使いこなせるようになったのか気になるし、見せてもらえないか?」

「はい、それはもう喜んで!」


 と、俺の言葉にそう了承したところで何かに気がついたようで、ハッとあたりを見回し始めた。


「——あ、でもこの部屋だとちょっと燃やしちゃうかもしれません……」

「それでしたら問題ありません。この後個人訓練室に向かいますので、その時に見せていただけませんか?」

「あ、はい! わかりました!」


 どうやら俺の言ったようにレーネと仲良くすることに決めたのか、フィーリアはレーネに微笑みかけながらそう言い、レーネもその笑みを見て緊張が薄らいだのか笑い返しながら頷いた。


「それはそれとして、おかわりはいかがですか? 遠慮しないで構いませんよ」

「あ、はい、お願いします。あ、でも訓練室は……」

「それはまた後ででも構わないでしょう。学園の制度とはいえ、せっかく知り合いになれたのですから仲良くしましょう? もっとあなたのことを知りたいですし、もう少しお話ししませんか?」

「王女様……! はい、喜んで!」


 その後はある程度お互いについて軽く話し、親睦を深めてから訓練室へと向かうこととなった。




 やってきたのは個人訓練室。個人ってだけあってそんなに広くないが、あくまでも訓練をするには広くないって意味で、学校にあるような小さめな射場程度の広さはある。


 なんで射場で例えたのかっていうと、この訓練室の訓練方法が弓道と似たような感じだからだ。

 入り口のそばには機材が置かれており、それを操作すると設定した的が出現する。これは弓道とは違うがその後、生徒はそれを狙って魔法なり弓なりを使って攻撃をするという点は似たようなものだ。ようは遠距離から攻撃を放つのだから。


 もしくは近寄って行き殴る斬るなど行うと言うこともできるが、近接系の戦いをするのなら動かない的相手に技を試すくらいだったら組手をしたほうがマシだ。なので、この訓練室はもっぱら遠距離組の練習場所となっている。


「それではレーネ先輩のお力を見せていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、もちろんです!」


 フィーリアの言葉を受けて、ソフィアが入り口のそばにある機材を操作するために向かっていく。


「的の強度はどうされますか?」

「六でお願いします。それだけあれば評価には十分でしょうから」


 フィーリアがそう言うとソフィアは手元の機材を操作していき、しばらくすると俺たちから離れた部屋の奥に直方体の岩の塊のようなものが一つ出現した。

 あれが的だ。魔法でできているために、壊れてもすぐに作り直せるのだが、その度に使用者の魔力か、魔力のこもっている魔石を消費するのであまり乱用もできない。


 ちなみに六というのは十段階でしたから六番目で、簡単に言えばレベル六って感じだ。

 この強度の数字は何を参考にしているのかといったら、同じ数字の位階を持つ戦闘職が全力で攻撃した場合に壊すことのできる強度だ。

 つまりレベル六っていうのは、第六位階以上じゃないと壊せないことになるのだが、学生程度の年齢で第六位階なんてのはありえない。第四位階あたりにでもいっていれば素晴らしいと称賛される程度だ。なお同年代ではあるが俺は除く。


 そんなレベル六の的に傷をつけたり壊すことができるのであれば、それは成績如何に関わらず最優先で仲間に引き入れたいほどの人材となる。

 普通は力の確認のためとはいえレベル六の的なんて使わない。精々が四、行っても五程度なものだが、それでも六を選んだあたり、フィーリアも俺の言葉に少なからず期待しているのかもしれない。


「そ、それでは、いきます」


 レーネが持っていた杖を掲げると、レーネから圧力を感じた。多分これは魔力だろうが、さっきまでオドオドと緊張した様子を見せていたレーネからそんな圧力を感じるとなんだか違和感がすごいな。


「《炎よ集え・我が意をここに示さん》!」


 だが、その圧力を感じた瞬間からレーネの様子は変わった。その身から放たれる魔力の影響だけではなく、纏う雰囲気というか心構えが変わったように感じられた。


 そしてレーネは掲げた杖を勢いよく振り下ろし、石突きでコーンと音を鳴らしながら地面を叩く。


 すると次の瞬間、レーネの周りの空中にはそれまではなかったはずの紙が無数に浮かび上がった。それによって俺たちは一瞬にして向こう側の景色を見ることができなくなってしまったが、それも一瞬のことだった。


「発動!」


 紙が空中に出現してから数秒と間を置くことなく、レーネは叫んだ。すると……


 ——ゴオオオオッ!


 そんな音を立てながら紙からは一斉に炎が放射され、その全ては的へと向かって進んで行った。


「これはっ……!」


 フィーリアはあまりにも想定外の出来事に目を丸くして目の前の光景を見ていたが、終わったあとの光景を見てその表情はさらに驚愕の色に染まった。

 飛んでいった炎が完全に消えた後にはボロボロになった的が残っていた。完全に壊せているわけではない。が、レーネの今の位階を考えるとありえないことだった。第六位階用の的が第二位階にあそこまで壊されるなんて、どう考えても普通ではありえない。


「……凄まじいですね」


 魔法を撃ち終わり、静まり返った訓練室の中で、フィーリアの声だけが響いた。


「だろ? だが、まだ他にも有用な方法があるんだよ」


 だが、今のは確かにすごいが、俺たちが考えた使い方ってのはあれだけではない。


「おーい、レーネ! 遠隔操作の方はどうだ! 使えるか?」

「遠隔……はい。問題なく使えます!」

「じゃあ悪いけど、それも頼む」

「はい、わかりました!」


 一度魔法を撃ち終わったレーネに声をかけると、レーネは俺の言葉に承諾して再び的へと向き直った。壊れかけているが、まだ的としての役割は果たせそうだし後一回くらいは問題ないだろう。


「ベルナー」

「なん……また遮音か」

「早く」


 レーネの様子を見ているとフィーリアの呼ばれたので振り返ってみると、また遮音の魔法具を使うようにと示された。


「なんですかあれは」

「なんだと言われてもな。ちょっと面白い使い方を思いついたから教えただけだ」

「あれは、どう見ても普通ではありません。それをちょっと教えただけ、ですか?」

「実際その通りだしな。まあ簡単に言えば天職の組み合わせが素晴らしかった、ってところだな」


 遮音の魔法具を使った瞬間にフィーリアは俺を問い詰めるかのように口を開いたが、俺から言わせて貰えばあれはあいつの努力の成果で、俺たちはほんのちょっとしか手を貸していない。


 俺の言葉に一瞬眉を顰めたフィーリアだが、すぐに取り繕った表情に戻った。


 そうしている間にもレーネはレーネで魔法の準備を進めていき、的の近くで紙を作ってはそれを設置している。


「教えた内容に関しては後ほどもっと詳しく聞きますが、今のところはいいとしましょう。……人柄に関しては問題なさそうですね」

「だろ? あれは人を欺けるようなやつじゃない。……欺かれそうではあるけどな」

「そうですね。敵に騙されたり利用される心配はありますが、現時点で敵ということもないとは思います」


 あれは俺たちとは違って根っからの『善』な存在だからな。リリアと同じだ。騙されやすいが、無意味に敵対するような奴じゃない。


 的への設置が終わったのか、レーネは小走りで戻ってくるが、どうにもふらついているような気がする。多分あまり走るのに慣れていないんだろうが転びそうで怖いな。今回だって出会い頭でダイブするような奴だし。


「とりあえず利用されるかどうかは置いておいて、お前のことを信頼するように仕向けたほうがいいんじゃないか?」

「……そうですね。一応キープはしておくべきですか」


 できることなら俺の側に引き入れたいが、まあフィーリアの配下になったとしても問題ないだろ。もし戦争とかそんな感じの騒ぎになったら力を貸してもらえるだろうし。


 レーネはこちらに戻ってくると、呼吸を整えてから再び開始位置について魔力を練り始めた。


「ところで、次は何を?」

「みてればわかる。——が、ある意味で次が本命だ」

「本命……?」


 レーネが先ほどと同じように呪文を唱えると、手元からは随分と離れている紙が薄く光を放ち、次の瞬間には的を中心に炎が吹き上がった。


「これは……! なるほど、確かにこれは本命ですね。ただ強いだけではなく、このようなことができるとなると……」


 その魔法を見て、一瞬で有用性や危険性を理解したのだろう。フィーリアは取り繕うのを忘れて険しい顔をしている。まあ、あれが自分に向けられたら、と思うとそうなっても仕方ないだろう。あれは危険極まりないからな。

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