第148話お、お前はっ……誰だ?
「——ところで、まだ来られないのでしょうか?」
これから来るであろう師弟制度の相手について考えを巡らせていたのだが、ソフィアの言葉で俺は教室の中を見回してみた。
教室の中には緊張しながら話をしているもの達が何組かおり、まるで婚活パーティーかなんかのようにも思えるが、あれは指定制度のペアなのだろう。
「他の奴らはもう出ていってる奴らもいるな」
「まあ、もう少しかかるかもしれませんね」
「……なんか知ってるのか?」
フィーリアにしてはなんだかはっきりしない物言いだな。あったことはないはずなんだが、こいつは師弟制度の相手が遅れそうだと予想しているらしい。
「一応事前に調べておきましたので」
「組み合わせは秘密だったんじゃないのか?」
一応今日になるまで制度の相手は秘密になっていたはずだ。いくらこいつでもそれを調べるために無理はしないだろう。王女様なわけだしできないわけでもないだろうが、小さなことだとしても立場を使ってルールを破ればそれは誰かに責められる隙となり得るかもしれないんだから。
「そうですね。ですが、二年時の成績下位者を調べておけば大体はわかります。入学時の成績は私がトップだということはわかっていましたので」
「すっごい自信だな。実際にそうだったわけだけど」
「そんなわけでして、調べた限りでは、彼女はなんというか、致命的な欠点が幾つかあるんです」
「致命的なのに一つじゃなくて幾つかなのか」
致命的とまでいうほどの欠点って普通は一つか二つ程度なもんじゃないか? それが幾つかって、どんだけダメダメなやつなんだ?
「ええまあ。その一つに不注意によるミスが多いと言うものがありまして……」
「ミスが……それはドジって言うんじゃないか?」
「そう言うかもしれませんね」
「つまりはこの遅れも、何かしらのミスをして遅れていると?」
「だと思っています」
先ほどまでは多少なりとも残っていた生徒達だが、すでに教室の中には俺たちしか残っていない。それくらい遅れているわけだが、これだけの遅れがドジによるミスとは……なんか、会う前から先行きが不安になってきたな。
「ちなみにその……あー……レーネ先輩? はどんな見た目なんだ?」
「背はそれほど高くなく、鳶色の長い髪を一つに編んでまとめているそうです」
「鳶色の長い髪か……。……?」
「どうされましたか?」
鳶色の髪と聞いて頭に引っかかるものがあった俺は首をかしげたのだが、その様子を見ていたフィーリアはそんな俺の様子について問いかけてきた。
「いや、なんだ……。鳶色の長い髪で学園生ってなるとなんか思い出しそうなんだけど……なんだっけか?」
なんとなくだが、やっぱりどうしても何か引っかかるものがある。なんだろうか?
「こちらに来てからベルナー様が気に留めるくらい印象的な出来事となると限られますが……」
今は結界を張ってるから会話が外に漏れることはないのだが、それでもソフィアは俺のことを偽名で呼んでいる。徹底してるな。
まあそれはともかくとして……
「ソフィアの『記録』にはないのか?」
「あのスキルは覚えようと見ない限り覚えられないのです。それに、文字や絵だけにしか効果がないので人物や出来事となるとよっぽど関わりがない限りは……」
「そうか。まあもし関係あるようなら見れば思い出すだろ」
ソフィアの持っている『従者』の職は、いろんなことができる複合型の職だ。その中には『司書』や『商人』なんかが覚えるのと同じような『見たものを記録する』スキルがあるのだが、いろんなことができる職であるが故に使うスキルは他の職の者が使うよりも効果が劣化する。
例えば、今回の『記録』スキルの場合は商人だったら見たものに限らず自身の体験したもの全て、景色だろうが文字だろうが言葉だろうが全てを無制限に頭の中に記録しておくことができるのだが、『従者』の場合は覚えられる量に限度がある。他にも何か制限があったかもしれないが、まあそんなわけで色々と劣化しているわけだ。
なので覚えるものは取捨選択しなくてはならないため、覚えてなくても仕方がないだろう。そもそも仮にソフィアが『商人』の職を持っていたとしても、鳶色の髪をした学生ってだけで何かがわかるわけがない。そんなのは探せばそこらへんにいるんだから。
なのでそんなわからないことはいつまでも考えていないで無視してしまっても構わないだろう。どうせ何か必要ならその時には思い出すさ。
「で、それはそれとして、だ。その師弟制度の相手に会ったらその後はどうするんだ?」
「一応敵ではないことは確認してありますが、だからと言って味方になり得るのか、そもそも味方にしていいのかはわかりません。ですので、多少話してみて人柄を確認し、その後は個人訓練室にて力の確認でしょうか。もっとも、人柄に関してはその場だけでの判断ではなく最低でも一月は確認のために充てるつもりですけれど」
「個人訓練室ね……空いてるといいんだがな……」
個人訓練室ってのは魔法の試射や他人に見られたくない技術の訓練をする場合に使う場所なんだが、確かあれは満員になることが多い、みたいなことを聞いた気がする。入学式の今日なら多少は空いているかもしれないが、空いてなかったらどうしよう。
「それでしたら私が予約しておきました」
なんて思っていると、ソフィアがなんでもないかのように平然と答えた。
「マジか」
「はい。三日ほど前に王女から頼まれましたので」
「〝これ〟は従者としては有能ですね。お兄さまに頼むよりも遥かに安心できます」
これ、ってのはソフィアのことか? なんだってまたそんな呼び方を……。
というか、それもだけど俺に頼むより、ってのが気になるな。俺に頼まれたってしっかりとこなしたぞ?
「俺だってミスらしいミスはしたことないと思ったんだが?」
「そうですけれど、なんと言いますか……雰囲気の問題でしょうか?」
「私は専属の従者ですので、負けるわけにはいきません」
まあ確かにソフィアの方が〝できる〟感はあるだろうし実際に従者としての雑事とかをこなす能力はソフィアの方が上なんだけど……俺ってそんな任せられないような雰囲気があるだろうか?
「……けど、王女を相手に敬称はないのですか?」
「すみません。忘れてました」
そういやあさっきソフィアはフィーリアのことを〝王女〟って呼び捨てにしてたか? ソフィアにしては珍しいミスだが、なんか悪びれた様子がないのは気のせいだろうか?
「なんでそんなに喧嘩腰なんだよお前ら……」
多分気のせいじゃないんだろうなぁ、なんて思いながら俺は軽くため息を吐き出した。
「多分そろそろ来ると思いますので、魔法具を切っていただけますか? それと、言葉遣いはお願いしますね」
「存じております」
それからしばらくしてフィーリアにそう言われたので、俺は起動していた魔法具の使用を止めて使用人らしい言葉で返事をした。
その瞬間わずかにフィーリアの表情が歪んだ気がするが、気のせいだろう。まさか俺に言葉遣いを注意しておいて、似合わない、なんて思ったりはしないはずだ。
「す、すみません! 遅れまし——たああああ!?」
なんて思いながら待っていると、まさにドンピシャ。フィーリアの予想は外れることなく当たり、俺たちしか残っていない教室に何者かがやってきた。頭から突っ込んでくるというダイナミックな方法で、だったが。
「……あれか」
「……あれですね」
「……あれですか」
その瞬間の俺たち三人の気持ちは綺麗に重なっただろう。
少女が転んだことで両手で持っていた杖は放物線を描き、カラーンと音を立てて地面に落ちた。
その一連の流れを見ていた俺たちはなんとも言えない空気になり、ただ無言で少女を見つめ続けることしかできなかった
「うぅ〜〜。いたた……。……はっ!」
顔を押さえながら体を起こした少女だが、何かに気が付いたかのように立ち上がると教室内を見回した後に杖を拾うと、それを両手で抱えながらこちらに向かって小走りにやってきた。
だが、俺としてはもうちょっと落ち着いて欲しい。別にもうここまで遅れたんだから急ぐ必要なんてないんだし、ゆっくり来てくれて構わない。むしろ転んだりしないようにゆっくり確実に歩いてきて欲しいとすら思う。
少しばかりハラハラとしながら待っていると、少女は無事なんの問題も起こすことなくフィーリアの前にやってきた。
「はじめましゅてっ! わたしあレーネ・リリントンと申す者です! この度は王女殿下の師弟として馳せ参じ仕った次第でごじゃいます!」
そして噛みまくった自己紹介をした。
これが本当に師弟としてペアを組む相手なのか、と呆れながらフィーリアのことを見ると、こういった人種に会うのは初めてなのかこいつも戸惑っている様子だ。
「……はい。ありがとうございます。私はフィーリア・アルドノフ・ザヴィートです。これからよろしくお願いいたしますね」
「へあい!」
「……まずは落ち着きましょうか」
王女のペアともなれば緊張するのも理解できる。だが、このままではまともな会話ができないとでも思ったんだろう。フィーリアは一旦落ち着かせるためにため息を吐きながらそう言った。
こいつが人前でため息を吐くだなんて珍しいな。たった二週間程度しか一緒にいなかったが、こいつは人前での擬態は完璧だった。なのにそれを崩すとは、すごいな。いや、すごいってか……やばいな。
「あれ?」
「ん?」
「ああーーーー!」
多少落ち着いたのかフィーリアだけではなくそばにいた俺たちにも視線を向けてきたのだが、そこで何かに気がついたように首をかしげ、すぐに目を見開いて俺たちを指さしながら大声を上げた。なんだこいつは。
咄嗟の叫びを聞いて反射的に警戒態勢へと移ってしまった俺だが、そんな俺の変化に気がついているのかいないのか……多分気がついてないんだろうけど、その少女は叫び終えるとバッと勢いよく頭を下げた。
「あの時はありがとうございました! 王女様のお付きの方だったからあんなにすごい事を知ってたんですね。おかげで無事に進級することができました!」
まじでなんなんだ、と思っているとそう追加で叫んできた。
この言葉からすると以前にもあったことがあるんだろうが、正直言って全く思い出せない。いや多少は頭の隅に引っかかるものもあるので、全くではないか。だとしても、こいつとどこでどんな風に関わったのか、その辺が全く思い出せないのだ。
うーん……仕方ない。こういうのは正直に言った方がいいよな。知ったかぶりして接しても後でバレるだろうし。
「……どこかでお会いしたことがありましたか?」
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