第147話学校に入学した

 

「お前も?」

「せっかくの対面なのですから、妹だけ仲間外れとは酷いのではありませんか?」


 まあ、俺とこいつは生き別れの兄弟として再開したわけだが、正直なところ『感動の再会』というわけではない。何せ俺の方はこいつのことを知らなかったし、こいつはこいつで純粋に俺のことを好いているわけではない。

 俺にとっての再会とは母親のことで、母親からしてもそうだろう。そんな再会の場面にもかかわらず娘であり関係者であるはずなのに、こいつだけが立ち会うことができずに取り残されたんだとしたら、まあ面白い物ではないだろう。


「いやまあ、俺は別にどっちでもいいけど……まあ一緒に行くってんならそれはそれで楽でいいけど」

「ではそのようにしましょう。母に会えるようにいたしますので、大会の優勝の方はお任せいたします」


 思ったよりも早く会うことのできる目処がついたのは嬉しいが、旅立った時からするとだいぶ予想外の展開だな。早く会えるに越したことはないからそれでも構わないんだけどさ。


 けどまあ、これでやるべきことははっきりしたな。

 俺はこいつの——妹の護衛として生活を送り、フィーリアと一緒に学生の大会に出て優勝する。そうすればこいつと王女の諍いが解決し、俺は母親に会うための案内を手に入れることができる。


「ひとまず話しておくことは終わりましたし、お部屋の用意も終わっていることでしょうから今日はこの辺にしておきましょうか。明日からは大変かと思いますが、しばらくの間よろしくお願いいたします。何かありましたら誰でも好きに使ってください」


 フィーリアがそう言うとその部屋の中にいた全員が一斉に頭を下げてきた。


「ああ、まあその辺は適当にな。……んで、あー、こちらこそよろしくお願いいたします。お嬢様」

「あら、そこはお嬢様ではなく『殿下』、もしくは『姫様』の方がらしいですよ?」

「最初だし、それくらい許せ」


 そう言って俺たちは笑みを交わすと、俺は手を差し出し、フィーリアはその手を握りかえしてきた。




 その後は城での過ごし方やお姫様の付き人としての教育を受けつつ使用人として過ごしていき、二週間が経過した。


「それでは本日より学園に通うこととなりますが、大丈夫ですか?」

「お任せください、殿下」


 今の俺はちゃんと使用人として燕尾服を着ている。何せお姫様の付き人だからな。護衛としてではなく側仕えとしてそばにいる以上はこうした格好をしないといけなかった。正直生地はいいんだが気慣れないせいか着心地は良くないし動きづらいんだが、まあ仕方ない。


 ソフィアは首輪を外して、且つフィーリア付きのメイドとしての服装に着替えている。まあどのみちメイド服なのは変わらないんだけどな。変わったのはちょっとしたデザインとかその程度だ。


 あとはメインとも言える俺たちの雇い主で妹でお姫様なフィーリアだが、こっちは学生なので普通に制服を着ている。貴族のくせに揃いの制服を着るのはちょっと不思議に思ったが、そういう決まりだからだそうだ。別に制服は地球の特権ってわけでもないしそういう世界なんだろう、でおしまいだ。

 なお、見た目としてはドレスと制服の中間のような感じのもので、男子はスーツのようなものに近い感じだ。これに学年色の布を使ってマントやスカーフをつければ完成。


「けど、学園ね……」


 俺は目の前に建っている大きな建物をわずかに顔を上げて見上げながら呟いた。


「通いたいとお思いですか?」

「いや? 今更通ったところでめんどくさいだけだろ」


 俺の身分を考えれば本来なら俺もこの学校に通うことになっていたんだろうが、俺としてはもう学校なんて今更感がする。

 学生時代を懐かしいとは思うし、もう一度通ってみたいとは思うが、それはこの世界の学校ではない。あの時、生まれ変わる前の学生時代をもう一度やり直したいのだ。

 そうでないのなら、全く興味がないとは言わないが、何年も時間を潰してまで通いたいとは思わない。今はやることもあるしな。


 改めてそう考えると俺は頭を振って思考を切り替え、話題を変えるべく口を開いた。


「とりあえずこの後の予定だが……あー、新入生代表の挨拶をやるんだよな?」

「はい。身分的にも成績的にも私がトップですから」

「自慢か?」

「はい、自慢です。褒めてくださってもいいんですよ?」


 この二週間の間に俺たちは会話をする機会も十分にあった。

 俺たちは男女ではあるため、普通なら二人で話すのは使用人達が止めるものなのだが、俺たちの場合は特別だ。何せ戸籍上は違ったとしても、れっきとした血のつながった兄弟なのだから。

 使用人達からすると俺の存在はともすれば不安材料になりかねないのだが、それでも自分たちの主人であるお姫様が心を安らげることができるのならとでも考えたのか、俺たちの会話やふれあいを止めることはなかった。


「あー、すごいすごい」

「あ——」


 俺は適当に返事をしながらフィーリアの頭の上に手を置いて、それをゆっくりと動かして頭を撫でてやった。


「ヴェス——ベルナー様、あまりそういったことはされない方がよろしいかと。警戒はしていてもどこで見ているかわかりませんから。それと、殿下はそろそろ時間となりますので急いだ方がよろしいのでは?」

「ん? ああ、そうか。遅れるわけにはいかないよな」


 俺がフィーリアの頭を撫でていると、ソフィアが俺の名前を呼びそうになって慌てて偽名で呼び直して俺の行動を咎めたが、確かにその通りだ。


 俺はこの二週間でフィーリアとそこそこ仲良くなることができたと言ったな。あれは間違いではない。間違いではないのだが……ただ、この二週間でそれなりに仲良くなれたのはいいんだが、俺は妹って存在を持つのは初めてだ。参考にできる相手はベルとカイルくらいしかおらず、俺はついベルを相手にするかのように接してしまい、時折こうして頭を撫でるという行動をとってしまっていた。

 ベルなら楽しそうにするんだが、それが王女相手となるとちょっとまずい。こいつ自身は文句を言わないんだが、対外的にな。俺はただのそこら辺にいる冒険者が雇われて使用人やってるってだけなんだし、こんなフレンドリーで親しげな様子を見せない方がいいんだが、いかんせん無意識なだけにどうしようもない。気をつけてはいるんだけどなぁ。


「私はお兄さまの妹ですが……嫉妬ですか?」

「なんのことでしょう? 私はただ時間がおしているのでお知らせしたまでですが?」


 なんか二人で話してるが、ソフィアの言ったように時間が迫ってるのも事実だ。王女として送れるわけにはいかないし、さっさと行動するべきだろうな。


「——それではこれにて初日の授業を終わりとしますが、この後は学園師弟制度によってそれぞれの相手として選ばれた三年生の先輩と会っていただきます。各自その場で待機するように」


 そうして入学式に向かった俺たちだが、特には何か問題が起きることもなく式は終わり、フィーリア達新入生はそれぞれの教室に向かって初日の授業——というか説明会や自己紹介など諸々を終えて初日は終了となった。


 その間の俺たち従者だが、教室は大学のような半円形に並んだ階段上の教室になっており、基本的に誰がどこに座ろうと関係ないうえ、後ろの方はほとんど空いているのでそこに座っておとなしくしていた。


「初日の学校お疲れ様でした」


 授業が終わったあとは解散となり、俺たちはすぐにフィーリアの元へと向かっていき声をかけた。

 教師はすでに教室から出て行ってしまっているのだが、新入生たちはまだ席から離れようとしない。その理由は『学園師弟制度』とやらのせいだろう。


「特に何もしていないので疲れたというほどではありませんけれどね」

「で、学園師弟制度とかいうので殿下の相手となられたのはどなたでしょーかねー?」


 学園師弟制度というのは、三年生が一年生を監督、指導する制度のことだ。この学校は三年間あるのだが、三年時はそれぞれの進路への準備などが主となり、ほとんど授業らしい授業はないらしい。だが、授業が少ない代わりに、三年生は新しく入ってきた一年生に学校での過ごし方を教えたり勉強を見てやったりすることになっている。

 そしてそれは『師弟』と名前がついているように、三年と一年のペアで行われることになる。そこには生徒ごとに差が出ないように、成績によってペアが決められ、一年は降順、三年は昇順で選ばれることになっている。簡単に言えば成績のいいやつと悪い奴が組まされ、あとは順番に上から二番手のやつと下から二番手のやつ、三番手と三番手のやつ、と決められて行くことになる。そんな制度を設けているそうだ。


 そしてフィーリアは新入生代表を務めていることから分かる通り、一年生の成績最優秀者だ。そのため、つけられる師弟は三年の成績最下位者になる。

 それがどんなやつなのかわからないが、こっちには色々と事情や目的があるわけだし邪魔をされないといいんだがな……。


「なんだかおかしな言葉遣いですね」

「人に聞かれないように魔法具使ってるから安心しろ。——で? どいつだ?」

「相手のお名前はレーネ・リリントン先輩です」


 その言葉にはほんのわずかだが不安な色が見え隠れしていた。やっぱりこいつも思うところはあるんだろう。

 しかし、そこまで不安そうにするってことは何かしらの問題があり、それはそれなりに大きな問題なんじゃないだろうか。たとえば、何かしらの事件や騒ぎを起こしたりすることで有名だとか。


「有名なやつか?」

「悪名ではありませんが、有名といえば有名ですね。……逆の意味で、ですが」

「逆?」

「それはつまり、劣等生という意味ですか?」

「その言葉は差別発言になり得るのであまり好ましいとは思いませんが、内容としてはその通りです」


 つまりは成績が悪すぎることで有名ってことか。それも十分悪名だと思うが、まあ自分から厄介ごとを起こしてるわけではないらしいのは、俺らにとっちゃある意味救いかね? どんなバカだろうと邪魔さえしなければそれでいいわけだし。悪意なく邪魔をしてしまうようなバカだったら……どうしようか?


「劣等生ね……。成績優秀すぎるのも考えものだな」


 これで成績最優秀者じゃなかったらそんなのをつけられることはなかったんだろうが、今回は自身の優秀さを見せつける必要があっただろうからな。手を抜いて試験の成績を落とすなんてのはできないか。

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