第146話お手紙の相手

「はぁ……世の中、バカってのは思った以上に多いもんなんだな」

「そうですね。ですが中にはまともなものもいます。私たちに同盟を申し入れた国もその一つです」

「庇護を求めてか」

「はい。ですが、私たちが援助したとしても、地力が弱いので不意を突かれれば落とされてしまう可能性は低くありません」

「それで泥舟か。同盟の証に姫を差し出したとしても、国そのものが滅んでしまえば意味がない、と」


 ついでに、だからこいつらもわざわざ婚約の押し付け合いなんてことをしてるのか。まあ誰だって死ぬかもしれないところになんて嫁ぎたくないもんな。


「はい。それに、国力の差もありますから向こうに行ったとしても今のような生活はできないでしょう。最低でも一つ、悪ければ地方のそれほど裕福ではない貴族までランクを落とすことになります。それはともすれば平民と同じような生活となり、王女として生きて来た私たちには辛いものになるでしょう」


 ああ、それもあるのか。王族から地方の貴族程度まで格が落ちるとなったら、結婚相手が王族だとしてもいい暮らしもできないし威張ることもできないだろうから命の危険がなくても行きたくないと。


「だから居場所を維持するために、蹴落としあってるわけか」


 そんなある意味とてもしょうもない理由で王族が争っているのかと批難の視線をわずかばかり向けてみたのだが、フィーリアは俺の言葉に特に反応することなくなんでもないかのように答えた。


「私も自分が可愛いですから。この場所には制限も多々ありますが、比較的住みやすいことは間違いありません。ですので、私は今の地位を守るために戦っています。自分の居場所は自分で守らなければならないと、お兄さまに教えていただきました」

「……まあ、そうだな。自分で守らなきゃただ奪われていくだけだ。誰かの助けを待ってるだけ、誰かの善意を待ってるだけなんてのは、情けないわな」


 俺から学んだ、ね……。そりゃあまた、随分な皮肉だな。実際俺は自分の居場所を自分で守れなかったわけだし、そのせいで死にかけたんだからそう言われてもおかしくないけどな。今生きてるのは偶然の積み重なった先の奇跡でしかない。


 批難に対して皮肉で返してくるとは、さすが妹。遠慮がないな。俺の人生が役に立ったようで良かったよ。


「ま、いい。作戦については理解した。学園に行って、大会に出て、そんで全員倒して優勝すれば問題ないんだろ?」

「簡単に言えばそうですね」

「だが、優勝ってどうするんだ? 護衛はできるが、お前を強くすることはできないぞ。バレないように細工でもすればいいのか?」


 もしバレないように相手を妨害しろとかだったら、まあ試合中に足に向かって種を一粒撃ち込めば邪魔できると思う。目視はできないだろうし、試合後に治癒をかけてしまえば証拠なんてなくなる。そもそも怪我をしているのかどうかすら気づけないんじゃないだろうか? 足の付け根とか狙ったらまず間違いなく調べないだろうし。


「いえ、お兄さまにも出ていただきます」

「俺も?」

「はい。大会といっても個人戦ではなく、集団戦。一人のリーダーが六名まで仲間を集めて『クラン』を作り、そのクランで戦いに臨みます」

「なるほど。それで俺もか。ただ、それはそれで問題があるな。俺みたいな外部のやつを雇っていいんだったら、向こうだって外部のやつを集めるだろ」

「それはそうですが、そこは心配しておりません」


 その自信はなんだと思って見てみると、ニヤリと笑ったような気がした。


「第五位階までたどり着いているお兄さまであれば、なんの問題もないでしょう?」

「っ!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は無意識のうちに警戒態勢へと移行し、フィーリアを睨みつけた。


 どうしてこいつは俺の位階のことを知っている? 俺は王都に来てから自分の位階を口にしたことはないし、そうだとバレるようなあからさまな戦いを誰かに見せたこともなかったはずだ。でもこいつは俺の位階のことを知っている。

 そうなるとこいつは俺のことを調べたことになるのだが、どうやって調べたんだ? 位階のことがわかるんだとしたら鑑定系のスキルか? だとしても結構高位じゃないと位階まではわからないぞ。


 まあここは王城で相手は王族。位階がわかる奴を揃えていても不思議ではないか。調べること自体だって王族の護衛に選ぶんだからおかしなことではない。


 だが、よくよく考えてみると少しおかしい。俺の位階が第五だったのは少し前のことだ。今の俺は第六位階。

 そのズレがあるってことは、今の俺のことを知る手立てがあるわけではないのか? なら、どこで知った?

 この場にいるやつが俺のことを調べ、その結果をフィーリアに教えたのなら話は早い。だが、そうではない。もしそうならフィーリアは第五位階と口にすることはなかっただろうから。

 ならここではない場所で……それも、こいつに会ってランサーキャットを倒しに行く前にその誰かと遭遇したことになるのだが、そんなやつは全く思い浮かばない。


 だから、もしかしたら俺の情報は筒抜けになっていたんじゃないかと不安が胸をよぎる。


「そんなに警戒しないでください」

「悪いな。教えてもいないのに自分のことを知られてる状況警戒しないでいられるほど、穏やかな場所で育ってねえんだ……それで、なんで知ってる」

「あなたのことをよく知っている方からお手紙をもらっていたからです」

「手紙? 誰から……いや、親父か」


 手紙と言われても誰からなのかわからなかったが、俺のことをよく知っている相手となると限られる。旅に出てからはよく知っていると言われるほどの相手を作ってきた覚えなんてない。

 なら誰が、と考えたところで親父の顔が思い浮かんだ。親父なら俺が第五位階だったのを知ってるし、こいつの情報がそこで止まってるのも理解できる。俺のことをよく知っている、と評されるのも納得だ。


「はい。最後にいただいたのは母が実家に向かった後でしたので私が開けましたが、そこには第五位階に上がったことや、近いうちにこちらに来ると言う旨のことが書かれていました。もしかしたら城に侵入したり商人や貴族に取り入って接触してくるかもしれないとも書かれていましたが、まさか依頼を受けた冒険者という形で会うとは思っても見ませんでした」


 商人や貴族に取り入るってのは最初に考えていたことだし、城に忍び込もうって考えたこともあるといえばある。どうやら俺の考えは最初からお見通しだったようだ。


 というか、手紙のやり取りとかしてたのかよ。割とめんどくさがりな親父が、情報集めのためとはいえ部下に任せずに手紙なんて書いてるなんて、と手紙を書いてるのを見て思ったことがあるが、こいつらと連絡を取ってるなんて全くもって知らなかった。

 まあ、そんなことを教えるくらいだったらわざわざ母親のところに会いにいけなんて言い出さないか。手紙でやりとりして会うのをセッティングすればいいんだから。


 しかしまあ、いつからだ?


「……いつから、手紙のやり取りなんてしてたんだ?」

「実際にやりとりをしていたのは母ですが、私が物心つく前にはすでに。大体年に一、二度程度のやりとりでした」


 物心がつく前にはもうやりとりがあったのか。そうなると、三歳……いや、二歳の頃にはすでにやりとりがあっただろうし、そこまで行くともう俺が城を追い出されてからずっと繋がりがあったと考えた方が正しいんだろう。城を追い出された直後かその少し後かはわからないが、それはどっちにしても大して変わらない。


「それだけ前からってなると……つまりは俺がここを追い出されてからほぼずっとってか」

「おそらくは。最初に言ったでしょう? 諸々の情報を考えると良い生活をしていたと考えられる、と」


 フィーリアは少しだけ楽しげにいたずらっ子のような笑みを浮かべるが、それとは対照的に俺の表情は苦いものになっていることだろう。


「……諸々の情報って見た目のことじゃなくて手紙のことかよ」


 確かにそんな感じのことは聞いたけどさぁ。まさか手紙のやり取りで情報を集めてたとか知るわけないじゃん。


「私がお兄さまのことを多少なりとも恨みながらも家族だと思っていたのは、これによるところが大きいです。母の話と兄の近況を伝える手紙。それによって母と話していましたから。兄はどんなふうに過ごしているんだろう、と」

「……こっちは手紙の存在なんて知らなかったどころか妹の存在も知らなかったけどな」

「それはそちらの養父の考えがあったのでしょう」


 手紙のやりとりをしていたんだとしても、俺はそのことを全く知らずに育ってきた。フィーリアの言ったように親父にも何かしらの考えがあっただろうってのはわかるんだが、少しくらいは教えてくれても良かったんじゃないだろうかなんて思ってしまう。


「……まあいい。話を戻すぞ。大会の話だが、本当に俺がいればなんとかなると思ってるのか?」


 手紙のことについては文句がないわけではないが、今それをこいつに言っても意味のないことだし、今は依頼を果たすために必要なことを話し合い、考えるべきだろうと自分に言い聞かせ、ため息を吐き出してから話を戻すことにした。


「手を抜いた状態でラインをあしらうことのできる方が、弱いはずはないでしょう?」

「あの時はあいつも加減をしてたぞ」

「それはそうですが……できませんか?」


 俺の言葉に困ったように表情を歪めて笑うフィーリア。

 その様子は、俺の強さについてきちんと言葉や理論として説明できるわけでもないが、それでも俺がいれば問題ないと信頼しているかのように見えた。


「——はぁ。一つ確認だ」


 そんな様子を見せられてしまえば、いかに俺が今までこいつのことを知らず、妹だと思ってなかったとは言っても、全く気にしないと言うわけにもいかなかった。

 俺はまだこいつのことを妹なんだとは思えない。血の繋がりがある本当の妹なんだってのは理解している。だが、それを自分の心の中で受け入れられるかは別だ。


 だがそれでも、こいつの困ったような表情を見て、それではいけないな、と思ってしまった。

 俺とフィーリアはであったばかりだ。顔を合わせたのなんて今回で二度目でしかないし、なんでこんなことを感じるのか不思議ではあるのだが、俺は、多分自分で考えている以上に『血のつながった家族』ってのを求めてたのかもしれない。


「なんでしょう」

「この騒ぎが終わったら紹介状を書いてくれ。そうすれば勝つため全力を出すから」

「紹介状の相手とは、母でよろしいですか?」

「ああ。実家にいるんだったら紹介状でもないと会えないだろ」


 母親や依頼のことがなくても協力してもいいかもしれないとは思ったが、だからといって母親探しのことを蔑ろにするわけにはいかない。

 ここでの問題が片付いたら西の国境に向かうつもりだが、その際には会わせてくれと言って合わせてもらえる物でもないだろう。何せ相手は貴族どころか王族だ。娘からの紹介状でもない限りそう簡単には会うことはできないだろうと言うのは容易に想像がつく。


「でしたら私も一緒に行きましょう」


 だが、そんな俺の言葉にフィーリアは少し考えたような様子を見せると、一つ頷いてからそう答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る