第145話王女が狙われる理由
「ありがとうございます。それでですが、作戦の内容としては、入学してから三ヶ月後にある大会にて優勝することです」
「大会って……それになんの意味があるんだ?」
入学するのはいいし祝ってやるが、それがどう影響してくるんだ? だって入学だ成人だなんて言っても所詮は学生。年齢的には大人だとしても、仕事をしている大人からすれば、学生なんてのは政に関わらない子供でしかない。
だから、そこで起こす何かしらが王族に影響を与えるほどの作戦たり得るとは思えない。それがたとえ、『大会』なんて大袈裟な名前がついていたとしてもだ。
「今回の私に関する問題ですが、元々は私と姉である第二王女との諍いが原因です。諍いと言ってもあちらが勝手に劣等感を持っているだけですが」
どこか呆れた様子で話すフィーリアの姿を見ていると、どうやら本当にこいつはなんとも思っていないようだとわかる。
だが、王女と王女の喧嘩か……。
「少し話が変わりますが、最近、この国の周辺が騒がしくなっているのはご存知ですか?」
「いや。……騒がしくってのは、さっき言った西以外のことでか? もしかして他んところでも戦争が起きたとか?」
一応これでも家にいた頃はそれなりに情報を集めてはいたんだが、それでもこの国がどっかと戦争してるなんて話は聞いていないし、戦争が始まりそうだなんて話も聞いていない。唯一西の件は知っていたが、あそこはしょっちゅうやらかしてるのでもはや平常運転だと言えるので除外だ。
「近いですね。この国は五つの国に囲まれていますが、そのうち一つは大きな山脈に阻まれているので実質4つの国と接していることになります。そのうちの一つ、南にある国が同盟を、と申し出てきたのです」
この国は周囲を五つの国に囲まれている横に長い国だ。まず中央にこの王都があり、東には宗教国家が一つとこの国と同じくらいの大きさの国が一つ。カラカスはその三国の交通の要所となるはずだった場所をぶん奪ったわけだ。他の国に近い場所にあるからこそこの国も大袈裟に軍隊を出すことができずにいる。何せ国境が近いんだ。そんな場所に軍隊を出せば他の国を刺激することになるからな。
宗教国家の方はまあなんとかなるだろうが、この国にライバル心を持っているもう片方の国の方はそんなことをされたら黙ってないだろう。刺激された結果戦争に、なんてことは十分に考えられる。カラカスを取り返したとしても、それで戦争になってしまえばカラカスの領土が奪われるかもしれない。
せっかく取り返したのに他国に奪われてしまっては意味がなく、ただ消費しただけになってしまうどころか、相手に力を与えることになりかねない。なのでカラカスは今まで放置され続けてきたわけだ。
で、次は北だが、これはいいだろう。隣にあるって言っても、それは地図上の話だ。山を挟んでるだけに実際の交流はほとんどないに等しく、時折山を迂回したり山の中を突っ切ってきたりする猛者がいる程度。まあ、だからこそ北の物は高いんだがな。
後は西だが、これは母の実家が近くにあって隣国と長い間戦争をしている。戦争といってもほとんど小競り合いみたいだけどな。もはや数年に一度の恒例行事感覚だ。今も対処してる真っ最中だそうで母もそのためにと言う名目で行っているみたいだが、それだっていつものごとくなあなあで終わるんだろうと思う。今後、そのうち向かうことにはなるだろうから色々と知ることもあるだろうが、大きな問題としてはそれだけだ。
最後に南だが、あそこは一つの大きな国というのは存在しない。あっちは小国家群であり、いくつもの国が戦国時代をやってる。昔の日本みたいな感じだな。
この国に接している国は比較的大きな国だが、それでもこの国やこの国の周りにいる他の国に比べれば小さく弱いと評価せざるを得ない。
そんなだからその国とは喧嘩なんてすることなく、どう目鵜を結んでいたはずだ。同盟って言ってもほぼ属国みたいな感じだった気がするけど。
「同盟? 今までも結んでなかったっけか?」
「いえ、結んではいたのですが、それをより強固なものに、とのことです。その生贄として、王家から王女を出そうということになりまして」
「生贄ってお前……婚姻だろ」
「そうとも言いますね。私としても王族として生きているのですから愛ある結婚を、などと望むことはありません。それができれば嬉しくはありますが、望み薄でしょう。ですので政略結婚自体は問題ないのですが、現状では生贄と対して変わりないかと思いますよ」
指導者の子供同士を結婚させることで繋がりを強くするなんてのは、それこそ大昔から行われてきた常套手段だ。それを生贄と言うのか……まあ、的確ではあるとは思うけど。
「生贄ねぇ……」
「はい。その候補として私と姉が上がりました」
「それでどっちかを決めるために大会をって?」
要は「お前が出てけ!」「いやだ、お前が出てけ!」みたいな嫌いなものを押し付けあってる感じだろう。
規模が大きいだけで子供の喧嘩だな。しょうもない事で争ってんだな。
……いや、争いなんてそんなもんか。大人の口論や戦争だって内容を突き詰めればまんま子供の喧嘩だしな。
「王としてもこの同盟が泥舟に変わる可能性は理解しているようですので、手元には優秀な駒を残しておきたいと考えています。ですので、負けた方が相手に嫁ぐと、そういうことになります」
外交に使えそうな娘が二人いるからどっちかを送って友好を示したいが、その有効相手は近いうちに潰れる可能性がある。なので価値の低い方を捨て駒として送り出したいわけか。それで大会ね。納得。
「……だがそうなると、お前を狙ってるのはなんでだ? お前を殺せば自動的に姉の方が生贄にならざるを得なくなるだろ?」
すでに同盟の件が決まっているのであれば、片方が死んだらもう片方が優秀かそうでないかに関わらず結婚のために生贄に出さないとならない。フィーリアの姉がこいつを殺したら、それは自動的に行きたくないはずの国に行かざるを得なくなるんじゃないだろうか?
「殺すつもりはないと思いますよ? 少なくとも現状では。今までのは牽制……脅しでしょうか? 行かないとひどい目に遭うぞ、と。まあ、死ぬ以外でしたら後遺症が残ろうと問題ない、くらいの気持ちでやってるでしょうけれど」
「そこまで嫌なのか……」
「それはもう」
問いかけではなく純粋な呟きだったのだが、俺の言葉にフィーリアは戯けるようにして頷いて見せた。
その様子はそれまでの王女としてのフィーリアの様子とは違っていたが、そんな違いを見せるほどに嫌なんだろう。
しかし、嫌なのは分かったが、どうして南の国はいきなり婚姻での同盟強化なんて話を持ち出したんだろうか?
「理由はなんだ? 今までうまくやってきたのに突然同盟の強化なんてする必要ないだろ。王が変わったとかなら別だが、そうじゃないよな?」
「はい。南の王は健在です。同盟の理由ですが、南の方で魔王が現れたそうです」
「魔王? それってあの百年前にも現れたってやつだろ? 実際に現れたのか?」
この世界には魔王なんてもんが存在する。魔物にも冒険者と同じようにランク付けがあるんだが、それがSランクの枠組みの中では測れないほどに強くなり、意思を持って周囲の人間に被害を出す魔物のことを魔王と呼ぶようだ。
他にもそれと同程度の被害を出す人のことも魔王と呼ぶらしいが、こっちはそんなにいないそうだ。単純に一人で国を相手できるほどの強さを持ってないといけないわけだから当然ではあるけど。それでも全くってわけじゃないのがあれだよな。
……でも、親父なら魔王を名乗ってもいけそうな気がする。だってその辺にあるような剣一本で城を斬るとかおかしいもん。
「はい。その魔王です。御伽噺みたいな話ですが、それらしき存在は確かにいるようです。半年ほど前に現れ、南にある国のうち一つに攻め込んでいるとか」
「その魔王対策に同盟をってか」
それなら納得できる理由ではあるな。
そう思ったのだが、俺の言葉に対してフィーリアは首を横に振った。
「いえ、それも理由ではあるのでしょうけれど、本命は別です」
「別? 魔王以上の問題があるのか?」
「残念ながら、人の欲は魔王以上の脅威になり得ますから」
「魔王以上の脅威に欲……人間同士での戦争、か?」
一瞬フィーリアが何を言っているのかわからなかったが、人の欲と魔王以上の脅威となると、人間同士の争いしかない。争い……奪い合いとも言うな。
「はい。魔王に対抗するため、とのことですが、実際にはどの国が魔王を倒し、力を得るのか、という争いです。現在一つの国が襲われているわけですが、その国が魔王によって滅ぼされた後、自分達が倒すことができればその国を支配下に置くことができる。周りから非難されることなく領土を勝ち取ることができる、と」
人相手に戦争をするよりも、魔王に攻め落とされた国を奪った方がスムーズに国を広げられるってか?
「……馬鹿かよ。御伽噺ほどの力があるとは言わないが、それでも半分程度の力を持ってたら一つの国だけで倒せるわけないだろ。現に一つの国がやられてるんだろ?」
ここ百年では魔王は現れていないが、百年前の魔王だって御伽噺になる程度には脅威だった存在だ。
今回のは過去の魔王たちとは違う魔物が元になったんだろうけど、それでも魔王と呼ばれる程度に力があるんだったらそれは十分に脅威たりえる。
そんな中で陣取りゲームしてるとか舐めすぎだろ。Sランクの魔物であっても国を滅ぼすことができるのに、それを超える力を持っているってことの意味をしっかりと知るべきだ。
「はい。ですので南の国々はその段階になってようやく連合を作ろうとしたようですが、今はどこが盟主となるかで揉めているそうで……」
「それで戦争? 話し合いでダメなら力で奪ってまとめようってか? 魔王に対抗するためだってのに、そのために戦力減らしちゃバカだろ」
「はい。私もそう思います。ですがそれが現実です」
俺はその話を聞いて顔を顰めてしまうだけで何も言えなかったが、それはフィーリアも同じ気持ちなのだろう。あらかじめ知っていたはずなのに、改めて説明したことでその馬鹿さ加減を再認識したのだろう。端正な顔を顰めてしまっている。
「……呆れて物も言えないが……つっても流石に国を丸々奪うほどの戦争なんてよっぽど力の差がない限りはすぐには終わらないだろ。その間に魔王がその今攻め込んでる国を落としてしまう可能性についてはどう考えてるんだ?」
戦争なんてのは一日二日で終わるもんでもないし、一ヶ月で終わるもんでもない。年単位でするもんだ。だが、そんなに時間をかけていれば魔王は人間の事情なんてお構い無しに攻めてくるぞ。そうなれば全員滅ぼされておしまいだ。
「南の国々は小国群ですので、攻め込んだとしても落とすのはそれほど時間がかからない。そのためさっさと仕掛けて終わらせてしまえば問題なく併合できる、と考えているようです。実際都市が二つ三つしかない国もありますから、我が国が西とやっている戦争に比べればはるかに早く終わることでしょう。やり方次第ですが、最短で攻めれば一月もあれば攻め落とすことは可能です」
「だが戦争で勝ったにしてもそのあとはどうするってんだ。国の統治がそんな簡単なわけないだろうに……」
「そこは野心で目が曇っているとしか」
戦争なんて場所を奪っておしまいじゃない。むしろその後が本番だ。奪った土地、人、物を回復させ、まとめ上げるためには時間がかかる。それこそ殺し合いそのものよりもそっちの方が長くなるくらいにはな。
それを無視して殺し合いで勝てばどうにかなると考えているんだとしたら、バカだとしか言えない。
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