第143話母についての話
「それではお兄さま。せっかくの出会いですし、お話しいたしませんか?」
フィーリアに連れられてやってきたのは、まあ当然というべきか王宮だった。
王宮と言っても王の住んでいる棟とは別なところに住んでいるようで、基本的に遭遇することはないんだそうだ。
そんなわけだから、俺も来るときはほんのりとコソコソしてたけど今では部屋の中ということもあって堂々としている。
「——流石は王宮ってか。良いもの食ってんな。それに部屋も、一般人とは大違いだ」
出されたものを飲み食いしながら、あらためて部屋の中を見回してそんなことを口にしてみる。
現在いるのはフィーリアの私室だ。私室といっても来客用の部屋で、本当の自分の部屋は別にあるそうだ。多分部屋の中に入って来た扉とは違う扉がいくつもあるので、その中のどれかじゃないだろうかと思うが、まあ入るつもりはないのでどうでもいい。
部屋の中には俺とフィーリアの他にソフィアがいるが、それ以外にもフィーリアの使用人が数名ほど待機していた。その中には冒険者ギルドまで一緒に来ていたミリアもいる。俺をここに案内したことや、何も言わないところを見るに、ここにいるもの達はフィーリアの信用できるもの達で、いくら話しても構わないということなんだろう。
同じ信用できる存在である騎士のラインがこの部屋の中にいないのは、人柄は信用できても性格が信用できないからだろうと思う。だってあいつに秘密を教えたらどこかで暴露しそうだもん。こう、あえてバラすんじゃなくてうっかりで。
ただ、あれだな。当然かもしれないが、ここにいる誰もが俺のことを信用している、ってわけでもない感じだ。自分たちの主人であるフィーリアがそう接しているから、おそらくはそうなのだろうと仮定して接してるって感じだ。疑惑の目というか、警戒が解けていないのがその証拠。
まあ、突然現れて死んだはずの王子を名乗るなんてのは怪しくて当たり前だ。死んだ王子が生きていて会いにきたってよりは、王女が騙されているか、『そうである』ということにしろと嘘をついているのかのどっちかの方が可能性としては高いだろう。
この世界にはスキルなんてものがあるわけだし、詐欺の可能性はどうしたって否定しきれない。
とはいえ、だからって俺が何かする必要はない。信じてもらえない。だからどうした。信じないならそれでいいし。
そんなわけで、俺は部屋の中にいる使用人達の態度を気にすることを止めることにした。
「そうですね。ですがお兄さまもそれほど悪くない生活をしていたのでしょう?」
フィーリアは俺の目の前で優雅ににこりと笑いながらそんなことを口にした。
「どうしてそう思う?」
「肌の状態や手の荒れ、服の質に体格。その他諸々の情報も含めて考えると、どう見ても裕福な家で育った見た目をしていますから。孤児として育ったのであれば、もっと痩せていたり質素なものを身につけているはずではありませんか?」
「まあそうだな。助けてくれた相手が化け物みたいにすごいやつだったから、その辺はよくしてもらったよ」
もし親父以外の誰かが助けたんだとしても、ここまで長く生きることはできなかっただろうし、生活だって余裕があったとは思えない。もしかしたらなんらかの反政府組織的なのに利用されていた可能性だってある。
そういったことを考えると、俺が生きてられるのって結構な奇跡的確率だと思う。親父達にはまじ感謝だ。
「——一つ頼みがあるんだが、いいか?」
話が途切れたところで、俺は持っていたカップをカチャリと音を立ててテーブルの上に置き、フィーリアを見つめながらそう口にした。
「国王陛下には会わせられませんよ」
だが、フィーリアはまともに俺のことを見返すことなく、それまでとは違って少し硬い声で返してきた。
多分だが、こいつは俺が国王を殺したいとか、なんらかの復讐をしたいと考えているとでも思っているんだろう。
実際その気持ちは間違いではない。正直なところそれほど恨んじゃいないってのが本当の気持ちだ。
もちろん恨みはある。憎しみもある。どうでもいい理由で捨てられた上に殺されそうになったんだ。当然だろ? そのうちあれには仕返しをするつもりだし、それ誰が邪魔をしようと変えるつもりはない。
だが、それが復讐というほど大袈裟なものなのかと言われると微妙だ。
感情は風化する。それがどれほど強い感情であったとしても、ずっと関わりがなければそれは徐々に消えていくもんだ。
まあ実際に目にしたらどうなるのかなんてわからないからはっきりとは断言できないが、少なくとも今の時点ではどうしても殺したいってほど恨んじゃいない。ぶっちゃけどうでもいいという気持ちすらある。
それに、やるにしてもそれは今ではないとも考えている。
今の俺は母親を探すためにカラカスを離れたわけだが、今のタイミングで母親を探し始めたのは今後の人生を決めるためだ。生まれてから一度も会ったことのない母親に会ってみて、話して、それから俺がどういった身の振り方をするのか。どういった道を進むのかを決めてからにするべきだろう。だって王子に戻りたいと考えたとしても、今の時点で王を殺してしまえば叶わなくなってしまうんだから。
俺が殺したんだとバレれば捕まるのは当然のことだが、俺が殺したんだとバレないようにやったとしても、王が死んだことで新たな王が決まってしまえば俺の存在なんて無視することができる。今の俺が王子として戻る可能性があるのは、単に国王が生きているからだ。なので、今殺すわけにはいかない。
殺さなくても拷問とか嫌がらせとか復讐する方法はいくらでもあるが、どうでもいいと考えたように、あいつにそこまで時間を割きたくないし頭を悩ませたくない。さっとやってパッと終わるような復讐でいいんだ。そう考えると、殺すのが一番手っ取り早いってだけ。バレないように殺せば後腐れなく終わるし。
まあ、なんにしてもあれに関しては後回し。今重要でこいつに聞きたいことは……
「そっちもだが、母親の方だな」
元々そのために旅に出たんだからそっちが優先だ。
「……でも、会わせられないのは死んだらまずいからか」
「ええ。今の状況で死なれては色々と面倒ですので。せめて一年は時間が欲しいところですね」
「……? アレが死ぬこと自体に忌避感はないんだな」
死んだらまずいのかと聞いて、一年待ってほしいというのは少しおかしくないだろうか? それではまるで一年経てば死んでも構わないといっているように聞こえる。
「一応死んで欲しくないとは思っていますよ? 父親への情が全くないわけでもないので。ただ、殺される理由は理解できますし、何より私自身、恨みがないわけでもありませんから」
「恨みね……」
俺が恨むのはある意味当然だ。捨てられたんだからな。
だが、捨てられることなく城で育ってきたこいつが父親であり国王であるあいつを恨むってのは、それは果たしてどんな理由によるものなんだろうか?
そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、フィーリアは一度カップを口に運んで中身を飲んでからふぅと小さく息を吐き出し、話し始めた。
「……母からは何度も聞かされました。私には兄がいるのだ、と。いずれ会えるようにしてあげる。大事な家族なのだ、と。それこそ毎日のように。もはやこれは洗脳と言っても良いのでしょうけれど、それでも私の中には兄を大切に思う気持ちと、家族を奪った者への恨みが生まれました」
「教育による洗脳か……。どうやらお母様はそれほどいなくなった息子を大事に思っていたみたいだな」
洗脳、なんて話を聞かされた俺は思わず戯けた様子でそう言葉を口にした。
「いいえ。大事に思っていた、ではなく今もなお、大事に思い続けていますよ。それこそ、その母親の娘が、見たことのない兄に嫉妬するくらいには」
だが、そんな俺の様子にも頓着することなく、フィーリアは俺のことを見つめながら淡々と言葉を続けた。
そして、どこか疲れた様子というか……達観した、か? そんな様子で息を吐き出した。
そんな態度を見て、その心の内にどれほどの想いが込められているのか朧げながら理解することのできた俺だが、だからと言って何を言っていいのかは分からなかった。
「母は、多分どこか壊れたんだと思います」
そうして吐き出された言葉に耳を傾けるが、その言葉は重い。だが、なんだろうな。確かにその言葉の意味は重く、そこに込められた感情にも重みが感じられた。
だがしかし、そんな重いと感じるほどの言葉だってのに、それに反してどこか〝軽い〟感じがしたのは、果たして気のせいだろうか?
重くて軽い言葉に込められた意味。それは一体どんな感情からのものなんだろう?
「〝私の〟母——リエータ・アルドノフは貴族の娘でしたが、結婚したことによって王の妻となり、そして子供が産まれたことで母親へと変わりました。ですが、その母親としてのリエータを形作っていた子供が奪われたことで、王妃としての母は壊れ、子供のことを一番に考えるようになりました」
フィーリアはキュッと膝の上に置いた手を握り締め——
「そして彼女は、今でもあなたを求め続けています」
真っ直ぐに俺を見つめながらそう吐き出した。その目に僅かな澱みを映しながら。
……まあ、言いたいことはわかるさ。それは今の話を聞いただけでも十分に理解できることだ。
母親について話し始めるとき、私の、とこいつは強調した。それが意識的なのか無意識なのかはわからないが、それでもそれは理由があってのことだろう。
それの意味するところは、簡単にいってしまえば嫉妬だろう。母を取らないでくれ。もしくは、よくも私から母を取ったな、とか、まあそんなところだろう。
そう思ってしまうのも無理はないのかもしれない。だって、産まれてからずっと息子のことばかりを気にかけるんだ。娘の自分がいるのに、それを通して見ているのはいつも息子のことばかり。
フィーリアだって歳のわりにしっかりしているように見えるが、それでもまだ子供なわけだし、今までだってずっと子供だったんだ。
それなのに何をしても、どんなことを話しても、何一つとして興味を持ってもらえない。興味を持ってくれたとしても、それは自分を通して息子を見ているだけ。
そんなことになったら病んでもおかしくないんじゃないだろうか。むしろ、よくここまでまともに育ったなと思う。
……でも、もしかしたらそもそもその息子のことだって見てはいないんじゃないだろうか。俺たちの母親が見ているのは、幸せな家族像や、家族と暮らす自分とかそんなのである可能性も……。
いや、やめておこう。本人と話をしていないどころか会ってすらいないのに、あれこれ考えるのはダメだろう。
今は目の前にいるこいつと話をすることの方が大事だ。
「娘としては俺に何か言いたいことがあるんじゃないか?」
目の前にいて余人を交えずに話すことができるんだ。これから行動を共にすることもあるわけだし、不満や言っておきたいことがあるんだったら今話すべきだろう。
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