第142話お兄さまと妹ちゃん
「ですが、私とは違い、上の二人は『剣士』と『盗賊』、『闇魔法師』と『扇動者』というあまり大っぴらには言えないような職なのです」
「闇ってのは珍しいな。それに扇動者か……。王族に相応しくないとかで追放されたりしないんだな」
扇動者ってのはある意味王族らしいっちゃらしい職ではあるが、魔法師でも闇ってのはイメージは悪いよな。
だが、印象は悪くとも一応レア職ではあるんだろう。前に魔法師について教えられた時もどんなことをするのかよくわかってないって教えられたし。それだけ知られていない職だってことだ。
第二王子の方は剣士はいいとしても盗賊か。これで天職の方が剣士じゃなくてもっと別の何かだったら俺と同じように捨てられてたのかもしれないな。
「……ええ。相応しくない、と言う声はありました。闇魔法師はあなたの言ったように珍しいものですので、その力はどのようなものかよくわかっておりません。ですので、その判明と確保のために残っております。そして副職である『扇動者』、それから『盗賊』の方は、副職であるがために表には出さずに済みますので問題となっておりません。そういうわけで、二人は追い出されることも、殺されることもなく城で暮らしております」
一瞬だけ言葉が詰まったのは、俺が自身の兄で、いらないものとして捨てられたことを知っているからだろうか。
「……そうかい。ま、王族も大変だよな」
「ええ、そうですね。これが『農家』の天職などであれば、たとえ生まれたばかりの赤子であったとしても追放になってもおかしくはありませんね。副職が『盗賊』などであればなおさらです」
「……へぇ。まあでも、今の王族にそんな奴はいないだろ?」
「そうですね。〝今の〟王族の中にはいません」
なんでそんなことを言ってきたのかわからないが、俺を見るフィーリアの瞳は今までで一番感情の乗っているものだった。それがどんな感情なのかは複雑すぎてよくわからないけど、それでも何かを思っているのは間違いなかった。
「……ま、本題に戻ろうか」
「はい。と言っても説明自体はほとんど終わっていますが」
「依頼を始めるのはいつからだ?」
「できることならば今日からでも、というのがこちらの思いですね。早ければ早いに越したことはありませんので」
まあそうだよな。俺たちが護衛につけばその分他の奴らが動けるようになるんだし、俺たちだってフィーリアの入学までに城での暮らし方とか護衛としての過ごし方なんてのを覚えなくちゃならないんだからな。
ただ、護衛を受けるのはいいが、荷物とかはどうすればいいんだろうか? 特に一番大きいのが馬車だ。他の荷物は持ち運べばいいとしても、流石に馬たちを部屋に連れて行くことなんてできない。
「俺たちとしても別に構わないが……馬車があるんだけどそれはどうすればいい?」
「その程度でしたら手配いたします」
「なら俺は構わない。ソフィアは何かあるか?」
「いえ、特にはございません」
馬車についての管理を任せてもいいのなら俺からは特に言うこともなく、ソフィアも何もないようなので話はそれで終わった。
「ではこの後あなた方の宿に向かい馬車と荷物を回収。その後は私と共に城へと向かう、でよろしいでしょうか?」
その言葉に俺たちは了承を示し、ギルドを出た俺たちはフィーリアの馬車に一緒に乗って泊まっていた宿へと向かった。
だが、一つ問題……ってほどでもないが、思うところがある件が一点。
フィーリアたちののる馬車は結構豪華なものだったのだ。こいつは市民風に変装してるくせに、使ってるのは貴族用の馬車なのだからなんとも中途半端だ。これでも格は落としているんだろうが、まだまだ隠しきれていない。そもそも平民は馬車なんて使わないぞ。
と、言いたいことはあったがそれを特に指摘することもなく、俺たちは宿へと辿り着いた。
「あら、早いですね。荷物はそれだけでしょうか?」
「ああ。旅人なんてこんなもんだ。後の大物は馬車に積んであるしな」
馬車は後で人をよこして回収してくれると言うことなので、荷物を回収した俺たちは馬車へと案内するために一旦フィーリア達のところへ戻った。そして軽く言葉を交わしていると——
「しねえええ! クソガキがあああ!」
建物の影から姿を見せた何者かが叫びながら俺たちに襲いかかってきた。
突然のことではあるが、こんな襲撃などカラカスでは日常的に起きていることだった。俺が散歩に出れば最低でも一回は襲撃が起こる。大抵は護衛についていたエディたちが仕留めていたが、俺だって迎撃できないわけではない。
襲ってきたのは一人だけ。持っているものは使い古したような——有り体に言えばボロい剣を持って俺たちに向かって突進してきた。
このままいけば一番近くにいる俺が最初に接触することになるだろうが、わざわざ相手をするのはめんどくさい。今ならば大して俺に注目されていないし、スキルを使っても構わないだろう。
というわけで、俺たちに向かって突っ込んできている賊に向かって播種スキルを使い、目と喉を潰す。
「ぎゃああああっ!」
そうすると今までこの攻撃を喰らってきたものたちと同じような悲鳴をあげて剣を落とし、両手で顔を押さえてのたうちまわった。
そうなってしまえば後は危険などなく、賊の姿を認めた瞬間に馬車から出てきたラインに取り押さえられておしまいだ。
呆気ない終わりだが、こんなもんだろう。
しかし……こいつは誰だろうな? 一応ここにいるフィーリアは命を狙われているらしいからその刺客というのはあり得る。が、それにしては雑魚すぎる。こいつは刺客っていうよりもそこら辺のチンピラって感じだ。
だが、それだとなんで俺たちをわざわざ狙ったのかがわからない。まあこんな綺麗な馬車なんだから金持ちが乗ってるとはわかるだろう。だから襲ってもおかしくないと言えばおかしくないのだが、それでも一人ってのはな……。
それに、こいつの場合はフィーリアたちを狙ったってよりも、なんだか俺を狙ってたような気がするのは気のせいだろうか?
だが、俺を狙ったとなるとその理由がわからない。俺だって自分が誰からも恨まれないような人間だとは思っていないし、むしろ恨まれ、敵を作るタイプの人間だというのは理解している。
しかし、正直言ってこいつには全く見覚えがない。まじで誰なんだろう? どこの誰で、何が理由で俺を攻撃してきたんだ?
「なんでしょうか、この方は」
「さあ? そっちを狙ったんじゃねえの?」
馬車の窓から僅かに顔を覗かせて問いかけてくるフィーリアに、心当たりはないのか、という意味を込めて言葉を返す。
「心当たりは山ほど。ですが、それの狙いはあなただったように思えますが?」
が、やっぱりフィーリアにも俺を狙っていたように思えたらしい。
「つっても見覚えないしな。どこかで恨みを買ったかもしれないが、それはわからん。もしかしたら護衛から先に殺そうとしたとかじゃないか?」
「……その可能性も、なくはないですが……」
それはきっと違うんだろうと思いながらの言葉だったが、その理由はフィーリアも腑に落ちないようで、悩ましげに眉を寄せている。だが、今のところそれ以外に思いつかないのだ。
——と、そんな時にソフィアが手を上げた。
「すみません。そのものは以前の冒険者だと思われます」
「以前の? ……誰だ?」
ソフィアが知ってるってことは俺も知っているはずだ。何せほとんど一緒に行動してきたわけだし、そうでなくともソフィアは俺も知っているふうな感じで言っているので、本当に俺も知っているのだろう。ただ俺が思い出せないだけで。
「一月前に不正騒ぎがありましたが、その時に参加した冒険者達です。結局罰則を払うことになりましたが、おそらくは罰則が払えなくなって苦労し、その逆恨みではないでしょうか?」
「……あー、言われてみればいたな」
そういえば少し前に俺たちに嫌がらせをしようとした馬鹿どもがいたな。特に被害がないどころか、俺の特例でのランクアップの方が重要だったので忘れていた。
「でも、なんだってこいつがここにいるんだ? それもたった一人で」
「それはなんとも。脱走したのではないかとしか。それから他の二名ですが、目を潰されていましたのでまともに動くこともできなかったのでは」
「あー、まあ一緒にいたところで足手まといにしかならないか」
こいつはソフィアと戦ったから普通に怪我をする程度で済んだが、俺と戦った奴ら二人は目を潰されていた。潰したのは俺なんだが、あの様子じゃ鉱山奴隷ですらまともにこなせるか怪しい。精々が試し切りとか薬の実験台とかそんな使われ方をされたんじゃないかと思う。
高位の治療系スキル持ちなら治せただろうが、そんなに金をかける価値はないので治してもらうことはなかっただろうし。
そんなことをフィーリアに話していく。一応依頼中はこいつと一緒にいるわけだからな。もしかしたら途中で襲ってくるかもしれないわけだし、離さないわけにはいかない。
「とりあえず、そうだな……これは殺すか?」
「いえ、一応裏はとらなくてはなりませんので、そのままでお願いします」
裏ねぇ……どっから逃げ出したのかとか、本当に俺を狙っていたのか、とかそんな感じのアレか。確かに必要だな。
「でも、面倒なことになったな」
「灰蛇ですか……。考えようによっては好都合かもしれませんね」
「なんでだ?」
「灰蛇というのは裏ではそれなりに大きな組織なのですが、それが第二王子と王女と繋がっているようでして……」
王子様と王女様が犯罪組織とねぇ〜……まあおかしな話でもないか。世の中綺麗事だけじゃやっていけないし、日本だって警察とヤクザと政治家も裁判所も全部繋がってたって言われるくらいなんだから、むしろ繋がっていないほうが珍しいだろう。
「ちなみに他の組織はどうなってる? 裏っつっても、この街の規模だと組織が一つじゃないだろ?」
「ええ、他にもいくつかあるようですが、それらは国王陛下や第一王子と繋がっているようです」
「それは……いいのか?」
その「いいのか」は、そんな国のトップが裏と繋がっていてもいいのか、という意味ではない。完全にそういった意味がないわけでもないが、さっき考えたように、上の方が繋がってるのはどこだって一緒だからな。
なので俺の言っている意味は、『俺に言ってしまってもいいのか』、という意味でもある。
俺はわかっちゃいるが、そういうのはわかっていても言わないもんだろうに。
「ええ。国の運営としても裏と繋がっている必要はあります。表だけでは統治などできませんから。悪だから、と潰してしまえばその分の皺寄せがどこかに出てしまいます。お互いに譲れない取り決めをしておき、ある程度は裏は裏に任せておいたほうが物事というものは潤滑に進むものです。それに、知って置いてもらったほうが良いでしょう」
確かに明言されていたほうが変に気を使ったりする必要がなくて楽ではあるんだが、そうなるとなんだか逃げ道を塞がれていくような、囲い込まれているような気がするのは気のせいだろうか? こう、知ったからには離れることなんて許さない、的な。まあそんなこと言われても知ったことかと逃げるけど。
だが、そうして余分なことはあったが俺たちはフィーリアと同じ馬車に乗って城へと向かっていった。
なお、捕まえた賊はロープで縛って宿に置いてきた。後は宿の人が衛兵を呼んでおしまいだ。宿の人には手間も迷惑もかけるが、むしろこの方法が一番迷惑をかけない。何せフィーリアは王女様だ。そんなのが襲われたとなったら、宿に迷惑がかかってしまうのは間違いない。なので、申し訳ないが後始末をお願いすることにした。その分の報酬は払ったし、まあ不義理をしたってことはないだろう。
「こちらは新しく私の護衛となったベルナーとソフィアです。信用できる方々ですので、よろしくお願いしますね」
ベルナーは俺の偽名だ。ヴェスナーとベルナー。ほとんど変わっていないような気もするが、流石に城の中で本名を名乗るのはまずい気がしたので偽名を名乗る事にした。というか、なった。
なんでそんな言い方なのかというと、だってこれを言い出したの俺じゃないから。フィーリアからの要望だ。
「さて、これからあなた方にはこの城で生活していただき、新学期が始まり次第学園について来ていただく事になりますが、その前に色々と顔合わせや業務連絡などしなくてはなりませんし、それ以外にもやっていただきたいこともあります」
城にいるフィーリアの側近たちに挨拶をした後は、フィーリアの部屋にて今後の作戦や俺たちのやるべきことについて話を受けた。
「——と、まあ色々と細かなことはありますが……いずれにしても、これからよろしくお願いいたしますね——お兄さま」
ここでそれをいうのか、お前は。部屋の中にはフィーリアが信頼できるものしかいないのだろうが、それでもいないわけじゃないんだぞ。
周りを見てみろ。ミリアは知っていたのか特になんの反応も示さないが、それ以外の部屋の中にいた奴らは目を丸くして俺とフィーリアを交互に見ている。
どうやらこいつは案外お転婆というか、お姫様然とした見た目ほどおとなしくはないようだ。
だが、変装してまでギルドなんかにいくくらいだし、ある意味当然かと納得できてしまうが、事前に何も言われていない状態での言葉だっただけに、ため息が出てしまう。
でもまあ……よろしくな、妹ちゃん。
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