第139話考えなしのバカの相手は疲れる

 

「じゃあ、やることの確認だ。俺たちはお前の従者として行動しつつ、護衛として敵の排除。衣食住はそっちが提供し、期間が伸びた場合は追加の報酬。失敗は依頼人——つまりあんたが死んだ時だけ……間違いないか?」

「ええ。間違いありませんわ」


 俺としてはこの依頼は受けてもいいと思っているが、ソフィアはどうだろうか?


「ソフィアからは何かあるか?」

「では二点だけお聞きしたいことが。……まず一つ、自由時間は取れるのでしょうか?」

「基本的にはないものとして考えてください。何せ命を狙われているわけですから。ただ、そちらは二人いますので、片方が護衛をしてもう片方が休んで、ということは認めます」


 ま、護衛だしそうなるか。二人ともいなくなったらなんのための護衛だよってことになるし。


「かしこまりました。では二つ目ですが、護衛のために使用した薬品や武器の手入れなどの経費はどうなりますか?」

「使用後に報告いただければ、その分の金額をお支払いいたします。私の身を守るために雇いますのに、お金を惜しんで行動を躊躇われてはたまりませんから」


 まあそうだよな。もったいないから、なんてケチって隙を作るかもしれないし、それで死ぬかもしれないんだから全力で護衛たちが動けるように金はできるだけ惜しまない方がいいに決まってる。金か命かって話だな。


 でも、俺たちの場合は特に道具なんて必要ないよ——ああ、できることならあれが欲しいな。収納拡張系のポーチ。あれがあればいくらでも弾(種)を持ち運ぶことができるし、そうすれば戦力アップになる。今はどこでも売ってる麦を弾として使ってるからな。ちょっと攻撃力が低いんだよ。でも、もしクルミとかヤシの実とか持ち運べるようになったら面白いことになりそうだ。

 攻撃力で言ったら聖樹の種だろうが、流石にあれは使うわけにはいかないだろ。


「ありがとうございます。私からは以上です」


 ソフィアからの問いはそれでおしまいなようで、再び一歩下がって俺の後ろで控え始めた。

 だが、どうやら反対ではないようだ。


「なら受けさせてもらう」

「ではこちらが契約書となります。違反をすれば命を落とすことになりますので、そのつもりでお願いします」


 俺が了承すると少女はふっと笑い、背後にいた女性に合図を出すと女性は一枚の紙を少女に渡した。


 少女はその紙の内容を確認すると、頷いてからテーブルの上に乗せ、俺たちの前へと差し出してきた。


「——あ?」

「どうかされましたか? 何か不都合な点でも?」


 俺はその紙を受け取って内容を確認したのだが、その内容を見て思わず声を漏らしてしまった。


 だが、それも仕方ないだろう。


「いや、お前これ……本当に王族だったのかよ」


 予想はしていたけど、まさか本当に王族だとは思わなかった。しかもだ……


「ああ、これは失礼いたしました。自己紹介がまだでしたね。私はフィーリア・アルドノフ・ザヴィート。身分としては第三王女となりますね」


 その様子はどこかしてやったり、とでも言わんばかりの、それまでの話し合いをしていた時とは打って変わって年相応な幼さが見えた。


「……はぁ。俺はヴェスナー。家名はない」

「ソフィアと申します」


 俺たちは少女——フィーリアが挨拶をしてきたことで改めて自己紹介をしたわけだが……本当に王族だったか。それもアルドノフねぇ〜。まじかぁ。——母親の実家の名前じゃん。


「これからよろしくお願いしますね」


 楽しそうに笑っている様子から察するに、こいつは俺の素性についてわかっているようだが……はぁ。

 どうやらこいつは、正真正銘俺の妹のようだ。


 一応妹なんだろうなとは思ってたけど、まさか同母の妹だとは思わなかったよ。


 とはいえ、だ。どのみち依頼は受けるつもりだったが、こいつが妹であるのならこの依頼はどうしたって受けないわけにはいかない。それはこいつが大事だからとかそんなんではなく、ただ単にそうするのが母親に会うのに一番近道だからってだけ。俺はこいつに家族愛なんてもんは持ってないからな。当然だろ? 妹だって言っても、会ったのはつい数日前で、お互いに兄妹として会話してきたわけでもないんだ。依頼の関係として多少の信用はしても、身内として信頼する要素がない。


「待て」


 信頼はしていなくとも依頼を受けることには変わりないので、テーブルの上に置かれた依頼の契約書にサインをしようとしたのだが、そこで少女——フィーリアの背後からそんな声がかかってきた。

 見ると厳つい男の方が俺のことを睨んでいた。


「……何か?」


 突然止められたことによって俺はその男に何か問題があるのかと問いかけたのだが、男は俺の言葉を無視してフィーリアへと声をかけた。


「殿下、本当にこのようなものを雇うのですか?」


 どうやらこいつは俺たちのことを疑っているのか、雇うのに反対らしい。まあ所詮は粗暴な奴らの集まりである冒険者だしな。護衛という立場からしてみれば疑わしく思っても仕方がない。


「その話はすでについたと思っているのですが、私の勘違いでしたでしょうか?」

「いえ、ですがもしこの者らに護衛を任せて失敗でもしようものなら……」

「依頼をこなすに足る能力があるということは確認したはずでしょう?」

「たかがAランクの魔物を倒しただけではありませんか。その程度であれば我々も倒すことができます!」

「そうかもしれませんが……」


 フィーリアは顔を顰めながら口を開いたが、どうやら言葉に詰まったようだ。


 まあ護衛としていっていることに間違いはない。信用できない相手を命が狙われている状態で雇うのは危険ではあるし、実力的にも本当に相応しいだけの力を持っているのかもわからない。

 護衛として選ばれ、今までやってきた自分たちの方が上だと思うのは無理もないことだ。


 だが、だ。だがこいつはどうにも話を理解していないように思える。よく言えば脳筋だろうか。直球で言えばただのバカだ。

 俺たちを認められない、信用できないというのは理解できるが、これまでの話を理解しているのであれば、ここで止めようとはしないはずだからな。


「私はお前を認めん!」


 男はそう叫びながら俺を睨みつけたが、その主人であるフィーリアは頭が痛そうに額に手を当てている。


 苦労してるんだなー、とフィーリアにちょっとだけ親しみを感じながらも、俺はそんな男に冷めた視線を送り、答えた。


「へー、そう。それで?」

「それで、だと?」


 俺の言った言葉の意味が理解できないようで、男は厳つい顔を顰めてさらに厳つくしながら俺を睨みつけた。

 だが、睨まれた程度で言うわけがないだろ。相手に言わせようとするんじゃなくてもう少しくらいは自分で考えた方がいいと思うぞ。無理かもしれないけど。


「そうだよ。それでどうすんだ? 認めないからって俺を雇わないのか? Aランク程度なら自分たちでも倒せるって言ってたけど、だからどうしたって話だよ。今必要なのは『質』じゃなくて『量』だろ? 手が足りないからわざわざ依頼なんて出したんだろ? 当たりが来てくれるかもわからない冒険者なんかにさ」


 そう。今回俺たちがここにいる理由は、依頼がきたからだ。そしてその依頼は手駒の数が少ないから協力者を探してってことで出したもの。なら、強力な一つの駒があったところで意味はなく、一定以上の力を持った複数の駒が必要になる。そして俺たちは最低限の力はあると認められたことで、フィーリアの駒は増えたことになり、作戦の幅も広がることになる。……はずだった。こいつの邪魔がなければな。


「強力な力を持った人物じゃなくて、最低限の力を持った複数の人員が必要だったから俺たちを雇おうとしてるんじゃないのかよ。それを気に入らないから雇わない? 馬鹿かお前は。ここで俺たちを断って、じゃあ次はどうするんだ? 俺たち以上の駒が来てくれることを願って待ち続けるか? その分そのお姫様のことを狙っているやつを放置し続け、本来予定していた作戦を変更しなくてはならないので隙となり、結果的にお姫様を危険に晒すことになるんだが……お前はそれが望みか?」


 俺たちを雇うことで必要な人員を揃えようとしたのに、それを雇わないとなればフィーリアたちの作戦に支障が出る。それでは作戦を変えなくてはならず、ひいてはフィーリアの危険が増えることになる。

 もしそれを理解して俺たちを雇わないと言っているのであれば、それは裏切り者の証だ。


「……そ、そんなわけあるか! 殿下を守るのが私の使命! なすべきことだ!」

「でもお前、お姫様を危険に晒すような選択してんじゃん。それも、事前に話し合いをしていただろうにその結果を勝手に破ってさ。これでお前のことを信じろってのは無理がないか? 土壇場になって護衛の話をぶっ壊そうとしているようにしか見えないんだけど?」


 こいつの様子を見ているとただ考えなしに思ったままに言ってるだけなのかもしれないが、この状況だけ見れば裏切っているようにしか見えない。


「だがっ……! ……百歩譲ってお前達を雇うのは構わん。だがっ! 殿下の護衛として相応しいのかといったらやはり認められん! 確かに我々は人数が必要だが、ならば護衛は今のまま行い、お前達が他の役割に回ればいい!」

「いや、それだと依頼内容がまるっきり変わるんだけど……」


 正直、俺としては依頼が変わったとしても王妃である母親に会う機会があるのであればなんの問題もないのだが、突然のその言い様に呆れてしまう。


 なんというか、本当に考えなしで行き当たりばったり、その場限りな発言すぎて話してるこっちが疲れてくるな、これ。マジのため息が出てくる。


「私は貴様に勝負を申し込む! 勝負で勝てば私の代わりに護衛になり、殿下を守ることを認めよう! ただし、負けたのであれば護衛以外の役割へと移ってもらうぞ!」

「いやだから依頼内容……はぁ。まあいっても無駄か」


 というかそもそもこの依頼って隙を作るためって意味もあるんだろ? だから戦闘職に見えない奴を、なんて依頼を出してるわけだし。


 こいつから鎧を脱がせて執事服でも着せておけば従者って言い分は通るかもしれないけど、それじゃあ事実上護衛がいることに変わりはないので隙にはならない。


 だが俺たちを護衛にすれば、この見た目だ。襲ってくる奴らだって、俺たちはこいつらよりも弱いと侮ってくれるだろう。それではいけないと思っても、人は相手の見た目で相手の全てを判断したがる生き物だからな。

 突然の護衛の変更は怪しまれるかもしれないが、その辺は学園への入学と同時であればどうとでも言い訳がつくだろう。


 しかしまあ、そんなことを説明したところで無駄だろうな。この手の輩は言葉で何をいったところで意味はなく、実力で示さないといけないってのはカラカスにいた時にいやってほど学んだ。なので……


「はぁ……おーけー。受けるよ」


 めんどくさいが、ここで分からせることでその後がスムーズに進むってんならやるしかないだろ。


「よろしいのですか? こちらの勝手な言い分で迷惑をかけることになっていますのに……」

「俺としてもちょっと面倒だが、その程度でアレをおとなしくさせることができるってんなら、やっておいた方がいいだろ。駄々をこねて依頼を受けられない、なんてことになってもいやだからな」

「申し訳ありません。ありがとうございます」


 俺がそう言うとフィーリアは軽く頭を下げながら申し訳なさそうにそう言った。


 自分たちの主が頭を下げたことで、男はさらに俺に対する怒りを増したようだけど、それお前のせいだから。お前の言動のせいで主人を困らせてるってことに気づけよ。


 思った以上に苦労してそうな妹に労りの視線を送った後、俺は軽く息を吐いてから問いかけた。


「それで勝負だけど、どうするんだ?」

「もちろん私がやるに決まっているだろ!」


 そうじゃない。聞きたいのはそこじゃないよ。俺が聞きたいのはルールとか方法とかそういうのだってば。


「できることならば騒ぎにならないように街の外で行ないたいところですが、あいにくと私が外に出ることはできません。ですので、ここではいかがでしょうか? 確か冒険者ギルドには訓練場があるのですよね?」

「ああ。使ったことはないけどな。まあいいんじゃないか? ただ、他に人がいるから全力で、とはいかないけどな」

「そこは仕方ありません。城でやるわけにもまいりませんし」

「まあ、そうだよな。自分の手駒の戦力を晒してどうすんだって話だし」


 新しく雇う護衛の戦力を見せつける必要はないので、戦うのであればできるだけ敵対勢力の少ないところで行いたい。その点で言えば冒険者ギルドはあまり向いていないのだが、他に場所がないのだから仕方がない。所属してる冒険者自身も忘れてるかもしれないが、一応冒険者ギルドって国の管轄だからな。

 そんな冒険者ギルドの施設でやるとなれば一定の報告はされるかもしれないが、城の演習場とかでやる余地はマシだと思っておこう。


「では、ひとまず移動しましょうか」


 そうして俺たちは訓練場へと移動していった。

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