第140話ライン・アルザードとの決闘

「——で、ルールはどうする?」


 訓練場に行ったとはいえ、そこはギルドの敷地内だけあって俺たち以外にも人がいた。なので、俺たちは中央ではなく端の方に寄って対峙していた。


「護衛にふさわしい力を私に見せることができれば認めてやろう」

「……だめだこれ」


 未だ名前すら聞いていないフィーリアの護衛の男に尋ねてみたのだが……頭が残念すぎて話にならない。同じ残念でもリリア達の方が遥かにマシだ。あっちは一応話は通じるからな。こいつの場合は言葉は通じても話が通じないタイプのバカなのでどうしようもない。


 男の言葉をルールとすると、こいつが認めないと言い張れば認められないことになる。それはつまり、こいつの心をおらない限り、たとえこいつを殺したとしても認められないことになってしまう。そしてこう言ったバカは無駄に心が折れないことが多い。そのため、一生終わらない、俺に勝ち目のない勝負になってしまう。


 どうするんだとフィーリアに視線を向けると、壁際で待機していたフィーリアは苦笑しながらもルールを話し始めた。


「急所に触れられたり武器を突きつけられたりと、明らかに勝ちが決まった状態になればその時点で私が判定を下します」


 流石に主人からのルールは断らないだろうと思って男のことを見てみると、特になんとも思っていないようで満足げに頷いている。


「さて、とりあえず戦う前に名乗りでもあげるか?」


 ルールは決まったし後は対戦するだけなのだが、俺はいつものごとく軽口を吐いた。

 こいつには必要ないかもしれないけど、こういった勝負の時は軽口や挑発で相手の反応から情報を引き抜くのが大事だって教えられてきただけに、いつもの流れでそんな言葉を口にしてしまった。


 まあ別にその言葉を口にしたところで何が悪いってわけでもないんだが、その言葉に男が反応した。


「ふっ! 何処の馬の骨ともわからぬが、いい心がけだ。よかろう。では私から名乗らせてもらう! 私はライン・アルザード!」


 名乗るのか。いやまあ軽口とはいえ聞いたのはこっちだし、答えてくれるならそれはそれで構わない。

 その名乗りからわかるのは、まあわかっていたことだが真っ直ぐな性格をした男だってことだ。馬鹿正直と言ってもいいかもしれない。戦い方の予想としては、正々堂々。いかにも騎士と言えるような不意打ちや搦手はない、もしくは少ない感じだろう。カラカスではよほどの力がないと真っ先に狩られるタイプだな。


 しかし、男——ラインの名乗りはそれで終わりではなかった。


「天職は『騎士』の第五位階で、副職は『戦士』の第三位階だ! 勝てるというのなら勝ってみるがいい!」


 服装は平民のものではあるが、剣を構えながら堂々宣言したその姿はまさしく騎士のもの。——だが……


「……よくこれが護衛をやってこれたな」


 自分から天職と副職を教えるとか馬鹿じゃないか? それも位階まで教えるとか……馬鹿じゃないか? わかってたけど、ここまで馬鹿だったのか。


「……力だけは、私の手の中でも上位なのです」

「力だけは、か……」


 その問いかけにフィーリアは答えることはせずスッと視線を逸らし、隣にいたもう1人のお付きの女性も主人と同じように俺の視線から逃げるようにしている。


「ま、いいや」


 だが、こいつが馬鹿だと言うことはわかっていたし、仕方ないのかもしれない。

 フィーリアももう1人の女性も、監督不行き届きと言えばそう言えなくもないけど、だとしてもこいつが馬鹿すぎるのはしょうがないと思う。それに、問題があるからって今更何を言ったところでどうしようもない。


 なので俺は特にそれ以上何かを言うわけでもなく、改めて目の前にいる馬鹿に意識を戻した。

 そして、俺も同じように名乗りをあげることにした。名乗りといっても、この男——ラインと同じように天職や位階をばらすつもりはないけど。


「俺はヴェスナー。家名はない。天職は秘密で副職も秘密だ」

「ぬっ! 何故秘密にする! 名乗りを行うのではなかったのか!」

「名乗りはしただろ。そもそもだ、本来自身の職ってのは隠すもんだろうが。あんたがいったのはあんたの勝手で、自爆だったってだけだ」

「なんだと!」


 俺の言葉が気に入らないようでラインは怒り心頭という様子で俺に向かって一歩足を踏み出しながら怒声を上げた。

 でもこれ、俺は悪くないだろ。マジで。だってこいつが勝手に自爆して自分の天職やらを漏らしたのは事実だし。


「それまでです。ライン。言いたいことがあるのでしたら、終わった後になさい」

「はっ! 申し訳ございませんでした!」


 だが、そんな状態でもさすがは騎士。単純な性格なだけあって、どんな状況でも主人の言葉はちゃんと聞くようだ。


「ではルールの確認をいたします。勝敗の判定はどちらかが負けたと判断できる状況になったら私が判定を下します。武器に関しては使用しても構いませんが、相手を大怪我させないようにお願いします。それからスキルの使用に関してですが、こちらもいくら使用してくださっても構いません」


 カラカス式の決闘に比べればなんとも甘いルールだが、普通はそんなもんだろ。それに、ここで怪我をさせるわけにも怪我をするわけにもいかない。もしどっちかが怪我をして動けなくなるような状態にでもなったら、たとえどっちが怪我をしたとしても人が欠けることになる。それじゃあわざわざ人数を揃えるために冒険者を雇う意味がなってしまう。軽い怪我程度なら治癒師がいるだろうからなんとかなるだろうが、流石に大怪我を一瞬で治せるような駒はいないだろうと思う。いたとしても無闇に動かさないに越したことはないわけで、どのみち治療が必要なほどの怪我をさせるのは控えた方がいいだろう。


「両者準備はよろしいですか?」


 フィーリアの言葉を聞いて、俺とラインはお互いの武器を構えて向かい合う。

 だが……


「おい、貴様……!」

「……よろしいので?」

「ああ、これでいいから始めろ」


 ラインとフィーリアの両者が俺に対して声をかけてきたが、まあそれの理解できる。何せ俺は剣を構えたとはいっても、剣を鞘付きのまま構えているのだから。

 だが、これでいいんだ。俺はこれで戦う。


 俺が冗談でやっているわけではないとわかったのだろう。ラインとは違ってフィーリアは一つ頷くと口を開いた。


「それでは——始め!」


 その宣言とともにフィーリアが手を叩き、勝負が始まった。


 瞬間、俺は後ろに跳び下がったのだが、どうやらその選択は正しかったようだ。

 俺と違ってラインは手が叩かれた瞬間に俺に向かって接近してきたようで、それまで俺のいた場所で剣を薙ぎ払っていた。


「ぬっ!?」

「まずは様子見だな」


 後ろに跳んだ俺は地面に足がつくなり即座に前方へとダッシュ。それと同時に剣を突き出して喉を狙う。


 だがその攻撃は、剣を振り切った状態で僅かに体勢を崩していたはずのラインが強引に剣を切り返したことで防がれた。

 わかっていたことだが、ラインの方が俺よりも身体能力は高いらしい。素で戦うのならきついものがあるだろう。とはいえ、でスキルを使えば難なく対処することは可能だろう。


 だが、ルール的にはスキルの使用はありなんだが、こんな人目のあるところでスキルは使いたくない。使ったとしても潅水か天地返しくらいだ。じゃないと殺すことになるし、手の内をばらすことになる。天地返しと潅水くらいなら土魔法とか水魔法で誤魔化せるが、他はそうはいかない。


 なので、俺はスキルに縛りをかけた状態でこの脳筋を倒さなくてはならない。


「剣を抜けっ! 本気でやらないつもりか!」


 しかし、その後も何度か切り結んでいた俺たちだが、俺が剣を抜かないことで苛立ちが限界に達したのか、ラインは剣を振り下ろしながら怒りを乗せて叫んだ。


 だが……剣を抜く? 本気ではない? 何を馬鹿なことを言ってんだこいつは。本気も本気、俺は真面目に戦っている。


 鞘から剣を抜かないのは、そのほうが勝つ確率が高いからだ。剣ってのは意外にも折れやすい。いや以外じゃないかもしれないけど、とにかく「えっ、そんなちょっとした衝撃で!?」なんて感じで折れることだってある。だが、鞘をつけたままであればその分の防御力が上がるし根本からポキッと折れない限り多少剣身が傷ついても問題なく使うことができる。


 まあその分攻撃としては打撃武器としてしか使えなくなるのだが、元々剣として使ったところでこいつには効果がないだろうし問題ない。何せ戦闘職の第五位階なんてもはや人外の領域だ。俺は第六位階だが、非戦闘職であるため強化率はラインほどではない。なので、剣で切りつけたところでまともにダメージが入るかわからないし、直接打ち合ったりしたところで俺の負けは見えている。そもそも今回は怪我なしというルールなので、使う武器が切れようが切れまいがどっちでもいいのだ。


 で、そんな勝ち目がないのならどうするのかと言ったら、カウンター狙いだ。力では負けているが、俺は合気道や柔道という技を知っている。日本にいたときにまともに習ったわけでもないが、こっちの世界に来てからそれらの理念を元に鍛えることはできたので、多少はその技術も身についている。


 つまり……


「転べデカブツ」


 振り下ろされた相手の剣を避け、腕にそっと手を添えて動かしながら足を引っ掛ける。

 傍目からは、俺がラインの横を通り抜けたと思ったらラインが勝手に尻餅をついたように見えることだろう。


 だがラインもさるもので、流石は護衛を任されるだけの騎士だと言えよう。何をされたかわからなかっただろうに、体のバランスを崩したラインのその後の反応は速かった。


 俺が尻餅をついたラインの頭部に向かって剣を突き付けようとしたが、その頃にはラインはすでに立ち上がり、俺から距離をとって離れていた。


 しかし、俺相手に転ばされたことが気に入らなかったのか、ラインはその顔を真っ赤にしながら両手で持った剣を肩に担ぐようにして構え……


「《飛剣》!」


 叫びとともに斜めに振り下ろした。


 その叫びとともに振り下ろされた剣からはうっすらと青く光る何かが飛んできた。スキルだ。


 飛剣。それは名前から判断できるかもしれないが、斬撃を飛ばすスキル。異なる天職でもスキルが被ることはあるので、そのスキルは以前剣士である親父に見せてもらったことがあった。


 だが、その威力は親父のものと比べると遥かに低い。何せあの親父、なんでもないかのようにめんどくさそうにして振った一撃が視界のだいぶ先にある樹を一瞬で切り倒したのだ。剣を振った直後には樹が倒れ始めるってどんだけ速いんだよ、なんて思ったが、それに比べれば今飛んできている飛剣は圧倒的といっていいほどに拙い攻撃だ。


 そして、その対処も容易い。飛ぶ斬撃というとすごいように感じるし実際にすごいんだが、対処できないわけでもない。何せ斬撃が飛んでくるといっても、言ってしまえばただ剣で攻撃されたのと同じ。射程が長いだけの剣戟だ。であれば、普通に剣で受け止めることはできるし、横から叩いてやれば簡単に壊すことだってできる。

 結局は使用者の技量よ。親父が使えば必殺の一撃でも、ラインが使えばただの牽制技にしかならない。


 だが、ラインは自身のスキルが避けられたことで意地になったのか、続けて何度も飛剣を放ち続けた。


 避ける、斬撃、避ける、斬撃……その繰り返しでしかない。それは数を増やしても同じことだ。精々避ける動作が切り払う動作に置き換わっておしまいだ。


 しかし、いくらやっても攻撃が決まらないことで焦ったのか、ラインは飛剣のスキルを使用するのをやめて肩を突き出しショルダータックルのように突進してきた。

 だが、それもただの突進ではなかった。


「《鉄壁》!」


 それまではただ突進を避けてからまた転ばせればいいなと思っていたんだが、ラインがそう叫んだ瞬間それではまずいと判断し、俺は相手の顔面にナイフを投げて飛び退いた。


 ナイフを防いだことで視界が遮られ、避けることができたが、あれをくらっていたらまずかった。

 鉄壁のスキルは、その名からわかるだろうが守り系のスキルだ。効果としては自身、および自身の装備を硬くするというただそれだけ。だが、副作用としてスキル使用中は重量が増加するという効果もある。

 それは動きづらくなるという副作用ではあるのだが、状況によってはプラスに働くこともある。例えば、何かを攻撃する時とか。インパクトの瞬間に体重が増加すれば、それだけ攻撃力が上がる。

 後は防ぐ時だって、体重が重ければ吹き飛ばされづらいわけだしその分守りが強化されることになるんだし、絶対的な欠点とはいえない。


 で、ただでさえ俺よりも大きく重い相手と戦っているのに、そんな硬く、重くなった突進を受けてしまえばただでは済まない。擦っただけでもそれなりにダメージを負うだろう。


 そんなわけで俺は擦ることすらない様に大袈裟なくらい大きく避けるしかなかった。


 ラインの突進を避けた後、突進を止めたラインと避けた俺は距離を置いて向かい合う事となった。

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