第138話依頼内容についてのお話し

 

「申し訳ありません。連絡をいただいてから時間がかかってしまいまして」


 前回のようにギルドの一室で待っていると、それほど待たされることなく少女が前回と同じようにお付きの女性によって開けられたドアを潜り、部屋の中に入ってきた。


 そして俺たちが立ち上がるのを制して向かいの席につくと、話し合いが始まったのだが、最初の言葉がそんな謝罪だった。それも単なる話のきっかけなんかの言葉だけでの謝罪ではなく、本当に申し訳なさそうな顔でだ。


 だが、そんな少女の態度が気に入らないのか、後ろの二人はどこか不満げな様子だ。

 まあ何処の馬の骨ともわからない輩を相手に高位貴族、もしくは王族のお姫様が謝るなんてのは不快でしかないだろうな。


 だから、そんな不満や威圧感を向けられても俺は特に気にすることはない。


 それに、お嬢様が遅れたことにだって文句を言うつもりはないし、謝ってもらうほどのことではない。俺は待たされたことを気にしてるわけではないし、むしろ俺たちからすると感謝するべきだろう。


「いや、そっちにも立場があるだろうし、そうすぐに会えるとは思ってなかったさ。むしろお偉いさんに会うのに一週間ってのは早いほうじゃないか?」

「そうですね。私たちの立場の差であれば、一月待ってもおかしくはないかと。ですが今回はこちらから頼んだことですので、できるだけ早く時間が作れてよかったです」


 笑いかけながらの俺の言葉に、本気で気にしていないことが理解できたんだろう。少女は安心したようにホッと息を吐き、冗談を交えながら笑みを返してきた。


 実際、特に気にしてないのは本当だ。

 こいつの立場を考えたら、結構先まで予定が入っていてもおかしくはない。

 途中で予定を変えて誰かに会う約束を入れることはできるんだろうが、その誰かってのは俺だ。

 特に身分があるわけでもない俺みたいなのに会うためにわざわざ予定を変えました、なんていうことはできないだろうし、大々的に俺と会う予定を入れることもできないはずだ。

 それなのにこうして連絡を入れてからすぐに空きを作ってくれたってのは、それだけ無理をしたってことだ。だから感謝しかない。


 ……そうだな。なんとなくの予想はできているとはいえ、お互いの立場的にもそうだが、会って間もない相手への対応としては今の俺の喋り方はまずいか。感謝してるわけだし、もう少しまともな口調に変えておこう。何より、後ろにいる護衛二人がめんどくさい視線を向けてるし。


「それにしても、思っていたよりも早かったですね。もう少し時間がかかるものかと思っていたのですが……」


 まあ行き来するだけで二日かかるし、森の中でAランクの魔物を複数狩るんだからそれなりに時間がかかるだろうな。森に入ってすぐに見つけられるってわけでもないし、場合によっては一週間くらいかかることもあるだろう。俺たちの場合は特に迷うこともなく一瞬で獲物を見つけることができたけど、普通はそんなことはできない。


「それだけの力はある、と言うことです」


 それに、ランサーキャットは結構な能力があった。Aランクであっても下手をすれば死んでるんじゃないかとすら思える相手なのだから、怪我をしてしまったりして連戦することができなければ一日一体の討伐とかになってしまうことだってあるだろう。そういう意味でも時間がかかるはずだった。

 それからすれば俺たちはかなり早いだろう。何せ三日で終えたわけだし。


「そのようですね。これならば上々と言ったところでしょうか。……それよりも、話し方はそれで宜しいのですか? 以前、最後の話し方の方があなたには似合っていると思いますよ。個人的にも、あなたには楽に話してもらいたいと思っておりますので」


 口調を改めたのだがそれが気に入らなかったようで、少女はどことなくつまらなそうに眉を寄せた。

 一応予定を空けてくれたことへの感謝を表していたのだが……まあ本人がいいっていうなら直さない方がいいんだろうな。


「……それで? 俺たちは依頼を受ける資格があるのか?」

「ええ、もちろんです。詳しい話をしますが、その前に……」


 少女は後ろにいたお付きの女性に顔を向けると、女性は頷きながら何かを取り出し、それを弄った。

 瞬間、何かが体の中を通り抜けるような感覚がした。


 今のは結界だ。あの女性の取り出した道具が結界の魔法具だとするとさほど大きくはないんだろうが、突然結界を張られ、その中に囚われたことで身構えてしまった。


「ご安心を。ただの遮音結界です」


 遮音結界ね……。外部と内部の音を遮断するためのものだが、じゃあこっからの話は聞かれたくないものってことか。

 結界の範囲としては、あの魔法具の大きさからしてこの部屋全体を覆うほどの結界は張れないだろう。なので、とりあえず魔法具を持っている女性から一番遠い場所——部屋の隅へ、少女たちに気づかれないようにしながらスキルを使って種を蒔いてみる。


 すると、種は何も遮られることなく飛んでいき壁に突き刺さった。が、その音は何も聞こえることがなかった。

 物体は通過しても音は通過しない。どうやら本当に遮音結界であっていたようだ。


 そうして状況を確認し終えた俺は目の前に座っている少女に再び意識を合わせ、依頼に関しての話し合いが始まった。


「では改めまして、依頼を提示させていただきます。私の依頼は、三ヶ月の間私の従者として振る舞い、行動を共にすることです。ですが、従者としての仕事はもちろんのこと、護衛としての仕事も行っていただきます。どちらかというと護衛の方が本分となりますね。従者というのは学園内でも私のそばにいてもおかしくない理由作りです」


 護衛が本分で、従者として『振る舞う』か。

 揚げ足だとか言葉選びだとかの些細なことなのかもしれないが、多分、どっちも俺たちを雇う本当の理由ではないんだろう。前にも考えたが、裏の理由があるんだと思う。


 今んところは依頼を受ける気ではあるが、事情は話してくれんのかね? 話してくれなかったときように情報はしっかりと集めておいた方がいいか。


「お偉いさんなら護衛がいてもおかしくないんじゃないのか? 例えば、後ろの二人とか」

「し……実家であればそうなのですが、学園で、となるとそれはできません。学園は従者は認められていますが護衛は認められていませんので。それに、隙を見せるという意味もありますので」


 隙を見せるとは、誰に対してだ? あえて隙を見せるってことはそこを狙って欲しいってことで、つまりは狙うような敵対者がいるってことになる。

 こいつが高位貴族や王族だった場合、そんな護衛が必要な隙を狙ってくるような相手がいるとなると、ちょっと面倒な感じの状況か?


「学園に、隙ね……。まあそこは分かったが、なら次だ。三ヶ月って期間はどっから出た? 護衛を頼むんだったら正式に雇用する、もしくは学園を卒業するまでが普通じゃないか?」

「それは今回護衛を頼む理由にも絡んでいるのですが、私は少々狙われております」


 なんだ、ちゃんと話してくれる気はあるのか。けど、やっぱり狙われてるのか。なら俺たちはそのための護衛か。


「その対処のために動いてはいるのですが、どうしても後一手、手駒が足りないのです。あなた方が護衛を引き受けてくださるのでしたら、その分の力を他の場所に回すことができ、そうすればおよそ三ヶ月後には事態は収束させることができると考えておりますの。ですので、雇用期間は三ヶ月、となっております」


 護衛を増やすことで浮いた戦力を他に回し、自身を狙っている相手を返り討ちにする、か。

 わざわざ自前の兵ではなく冒険者に依頼を出したのは、信用できる相手が少ないから? もしくは相手の想定を外れた戦力を用意したかった?

 ……どっちかってーと後者かな。信頼度に関しては敵かもしれない兵と、ポッと出の冒険者、どっちもどっこいだろうし。

 まあそもそもたった二人雇ったところで何が変わるんだって感じもするが……。


 んー、さてどうすっかな。

 一応こいつが嘘をついていない限りは大体の事情は理解できた。

 依頼の内容としては、一緒に学校に通って護衛をしろってことだろ。ただ、その護衛が思ったよりもめんどくさそうな感じになりそうだってのが問題だよな。


 もしこいつが王族ではなく、俺の母親の家とのつながりもない貴族だったら依頼に使った時間が余計なものになるし、もし依頼の期間が長引いたら尚更時間が削れる。

 それに三ヶ月って言ってるけど、貴族のあれこれに関わるとなるとちょっとしたミスで争いが泥沼化してその争いが伸びることは十分にあり得る。そうなったら余計に時間が削られることになってしまう。


 いざとなったら依頼を放棄して逃げればいいんだが、その場合はギルドからの信用とかランクとか罰則とか……まあ色々あるのでやりたくない。

 なので、できることなら今のうちにある程度の時間の保証が欲しいところだが……。


「受けていただけますか?」

「場合によっては期間が延びる可能性もあるみたいだが……」

「可能性としてはありますが、私たちはないと考えております」

「理由は?」

「詳細は言えませんが、三ヶ月後にあるイベントがありますので、その時に片をつけるつもりです」

「イベントね……その作戦が失敗する可能性は?」

「ないとは言い切れませんが、その場合は護衛を降りてくださって構いません。依頼は達成したこととしましょう」


 イベントに合わせてか……。それにそこで区切って依頼を完了としてくれるんだったら、まあ構わないか。三ヶ月くらいなら使っても構わないだろ。


「行動を共に、ってことは衣食住はそっち持ちでいいのか?」

「はい。住は当然のことですが、衣も食も、あまりにも場違いなものを選ばれては従者として違和感を持たれてしまいますもの」


 そりゃあそうか。俺たちの今の格好で「従者です〜」なんて言っても「は?」ってなるに決まってるし、冒険者に向かって「仕事用の服は自分で揃えろ」なんて言ってもまともなものが用意されるわけがない。

 食も同じくだ。護衛として行動していれば、学園なんだし他の生徒たちに見られることもあるだろう。その時に護衛が干し肉とか、自前で作った冒険者的な適当になんかを突っ込んだ料理でも食べていたらどう考えていてもおかしい。だったら最初っから全部揃えた方が怪しまれづらいだろうな。


「後は、何を持って依頼の失敗とするか、だ」

「護衛依頼ですので、当然ながら私が死んだ時ですね。もしかしたら私が依頼を打ち切る可能性もないわけではありませんが、その場合は成功として扱いますのでご心配なく」


 護衛対象が死んだら失敗。わかりやすいな。打ち切りの場合でも成功扱いってのもいい。


 ……色々と聞いたが、今までの条件であれば受けても特に問題はない感じかね。

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