第137話討伐の『お願い』を終えて

 

「街の外でやるにしても、毎日数千体もの案山子を作ってりゃ絶対に見つかるだろ」


 ギッチギチに詰めてスキルを使ったところで、千を越えれば森の中でやったとしても流石にバレると思う。王都周辺の森は俺たちだけしかいないってわけでもないんだし。

 この辺まで来てやれば見つからないかもしれないが、片道だけで一日近くかかる場所まで来たくない。


「毎回燃やすにしても、かなり火の手が上がることになりますから、街のそばでやっていると確実に衛兵が向かいますね」


 一体とか十体程度ならバレなさそう出し、作っては燃やしてまた作るってのを繰り返していれば場所は取らないし森の中でやれば見つかりづらいだろうが、森の中で延々と煙が上がり続けたらどう考えてもおかしい。


「そもそも普通にやって燃えるかどうかって心配もある。あの案山子、スキルで作っただけあって結構丈夫だったからな。火をつけてもただの火だったら自然と消火される、なんてこともあるかもしれない」

「そうなると余計処理に手間がかかりますか……」


 ランサーキャットに使う前に色々と試してみたんだが、軽く剣で切った程度では切ることができなかった。なんというか、グミに押し当ててるようは弾力があった。その後は本気で切ってもみたんだが、俺程度の腕じゃ完全に切断することができず、せいぜいが深めの傷を作るくらいだった。

 俺は天職がレベルアップしたおかげで身体能力がそれなりに強化されている。今の位階が第六だから、ざっと計算した限りだと……あー、大体五倍くらいの筋力がある。五倍って言っても歳が歳だからな。傭兵達に比べると筋力が落ちるので同位階のそいつらとは比べ物にはならないだろう。だが、それでも大人一人分の全力くらいはあるはずだ。

 そんな俺の全力で壊すことができなかったんだから、結構な耐久力があると思う。


 果たしてそんな耐久力を持つ案山子が、本当にただの火で燃えてくれるのか? そう思わざるを得ない。


「でしたら腐食を使うのはいかがでしょうか?」

「腐食? ……ああ《肥料生成》な。アレ腐食なんて名前じゃないから」

「まともに肥料を作ったところを見ていませんけどね」


 ……言われてみればそうだな。大体人や生き物に対して殺すための技としてしか使ってないや。


 ま、まあ、聖樹を育てるときにはちゃんとした用途で使うから。他にも植物を育てる機会があったら使うから。だからあれはちゃんと肥料を作ってるんだよ。現象としては腐食も間違いではないんだけど、あくまでもあれは《肥料生成》だから。


 それはともかくとして……そうだなぁ。ソフィアの言いたいこととしては、俺の案山子を《肥料生成》で腐らせることができるのかってことだろう。一応藁は有機物なわけだし腐らせることはできるはずだ。

 なので、臭いさえどうにかすることができるんだったら作って腐らせて作って……ということを繰り返せば単純に火を使うよりは目立たないだろう。

 そして臭いに関しては、魔法具を使うことで対処可能だ。念のために新しくそれなりに良いやつを買っておけば問題ないだろう。


 とは言っても溶かした後の肥料はその場に残るので、なんにしても宿の中で使うことはできないんだけどな。


「まあ、できるか? いやどうだろう? 仮にできたとしても、スキルの修行効率は半分になるんだよな。次の位階にレベルアップするには今の位階のスキルを使わなくちゃいけないわけだし、他の位階のスキルを使っても修行にはならないからな」


 ただ、欠点もないわけではない。溶かすためにスキルを使うってことは、レベルアップのためとしてカウントされないスキルを使わなくちゃいけないってことで、一体案山子を生み出すたびに一回のスキルを使うってことは単純に考えれば修行効率は半減になる。


「とはいえ、現段階でも数千回以上使えるのですから、使える回数が半分になったとしても二、三ヶ月程度で位階が上がるのではありませんか?」

「まあな。最近では何回使えるのか数えるのが面倒になってるから何回使えるのかよくわからないけど、多分当初の目標は果たしてると思う」

「当初の……あの、一時間の間毎秒スキルを使うという、少々頭か正気を疑うような目標ですか?」

「……お前も言うようになったな。けどその目標だ。多分三千六百回くらいなら、ギリギリ使えると思う……気がする」


 一時間の間毎秒スキルを使い続けることができたらな、と考えて俺はスキルの修行の目標をそこに設定していた。

 今まで結構な回数スキルの限界使用で倒れてきたし、今では最大値もかなり上がってそれくらいの回数だったらできるとは思う。実際にやったことないからわからないけど。

 でも、いつものスキル回数稼ぎをするときは一時間以上かかってるので、頑張ればできるはずだ。


 まあそんなことができるようになったとしてどうするつもりだと言われたら、特に考えていないわけだけど……。数千回のスキルってどうやって使えばいいんだ? 播種を連続で使いまくるとか? こう、ガトリングガンみたいな感じで。

 後は……天地返し千回同時使用とか、それから今回覚えた案山子を千体同時生成とかか。それくらいしか使い道がないが、そもそもそんなことをしないといけない状況なんてないだろ。それこそ戦争でも起こらない限り使わないんじゃないか? 魔物の群れを倒すときも数百回のスキル使用で終わったし。


「やっぱり今の時点で既に規格外ではないですか」


 ソフィアは呆れたようにそう言ったが、だがしかし、よく考えて欲しい。


「でもよく考えてみろよ。普通のやつ一人の限界が百回だとしても、十人揃えれば千回使えるし、三十六人揃えれば三千六百回だろうとスキルを使えるんだ」


 確かに俺の三千なんとか回ものスキル使用回数は個人としてみれば脅威だろう。

 だが、農家なんてその辺にいくらでもいるんだ。それこそ、平民を代表する天職だと言われるくらいには多くいる。


「そもそも『農家』の天職を鍛えるものはいないので、スキルを百回使えるものは稀ですし、農家の位階を第六まで上げている者はいないと思いますが?」

「つっても副職を育てることだってできるんだし、スキルを百回使うことができるやつはザラにいるだろ。農家の位階の方だって、まあ《案山子》は使えないだろうけど《播種》くらいならできるし、《天地返し》は第一位階だから誰だってできるだろ」

「ですが、位階が低ければ効果範囲や威力が落ちます」

「だったら百人用意すればいい。それなら代用が効かないわけじゃない。農家なんて職は有り余ってるわけだし、千人……ともすれば万だって揃えられるだろうよ」


『個人』としてではなく『集団』としてであれば、俺と同じことができないわけでもないんだ。

 同じスキルであってもソフィアの言ったように位階によって効力や範囲は変わるから全く同じになるとは言わないが、その分はさらに数を揃えてしまえば似たような状況は作れるはずだ。

 なんなら三千人揃えて、そいつら全員に一人一回使わせてみればいい。その一回に全力を込めさせればある程度の威力、範囲の強化は可能だからな。

 流石にそれだけの人数を揃えて運用するのは難しいかもしれないが、できないわけではないんだ。


 ……って、運用ってなんだよ。いや運用って言葉自体は間違いじゃないんだが、そいつらと競うことを考えるなんて、まるで戦争するつもりみたいに思えるな。


 ただまあ、俺に力が足りないってのは事実なわけだし、これからもスキルの修行は止めるつもりはない。


「ま、そんなわけで俺の力はまだまだ足りない。ただでさえ非戦闘職ってことで戦闘職よりもレベルアップ時の強化率が低いんだ。だから、できる限り早く力をつけておきたいんだよ」


 同じ位階でも戦闘職の方が身体強化の恩恵は強いからな。先頭になっても勝てるように、せめて位階だけでもあげておきたい。


 そんな俺の言葉を聞いてソフィアは真剣な表情で俺を見つめてきたが、軽く目を瞑ると息を吐き出し、再び目を開けて俺を見てから視線を逸らした。


 ソフィアの向けた視線の先にはランサーキャットに貫かれた案山子が存在していた。


「……とはいえ、作り出した案山子を処理しないわけにもいきませんし、今は耐えるしかないでしょうね」

「だな〜。なんかいい方法があればいいんだけどなぁ」


 とりあえずは肥料化させることができるのかどうか確認するとしますかね。


 そんなことを考えながら、俺は穴の空いた案山子へと近寄っていき、《肥料生成》のスキルを発動させた。




 危険なこともあったが、それでもランサーキャットの討伐を終えた俺たちはその死体を処理して馬車に積み込み、街へと戻ってきていた。


 そしてそれらをギルドに提出し、件の少女の『お願い』を達成したことを伝え、少女に連絡をとってもらうことにした。


 ランサーキャットの素材を提出し、少女に連絡をとってもらうように頼んでから数日が経過し、ついに今日、再び少女と会うことになった。


「さて、それじゃあ依頼人に会いに行くとするか」

「……一つ宜しいでしょうか?」

「なんだ?」


 これからあの少女に会いに行くために宿を出るぞ、というところで、ソフィアが真剣な様子で真っ直ぐに俺を見つめながら口を開いた。


「件の依頼人の方に関してです。どことなく似ているような気がするのですが……気のせいでしょうか?」


 似ている、ねぇ……。あいつに会ってからたまに考え事をしている様子はあったけど、それ関連で悩んでたのかね?


「誰に、ってのは……その様子だと聞くまでもないか?」


 俺が気づけたんだし、俺のそばにずっといるソフィアが気づけないわけはないだろうとは思っていたが……その通りだったな。


 依頼人の少女、あいつが誰に似ているとソフィアが思ったのかって言うと、多分俺だろう。俺自身、あいつは〝そう〟なんだろうなって思うし。


「まあ、そうかもしれないなぁ。確証はないし、自分の顔と似てるか、なんて言われてもよくわからないが、お前は似てると感じたんだろ?」

「はい。髪の色は違いますが、目つきや雰囲気などが」

「身分的には高いだろうし、可能性はあるよな」


 ぶっちゃけていうと血縁じゃないか、と考えている。振る舞いやなんかから高位の身分って考えていたが、それは王族だからだって言われれば「そうなのか」と納得できるほどのものだった。


「って言っても、ただ親戚なだけかもしれないし、その辺はわからないな。実際に名前を聞かないと確証なんて持てないよ」

「……いきなりは危険ではありませんか?」


 もしあいつが王族なのであれば、俺が母親に会うための旅はグッと終わりに近づく。

 あの少女がどんな立ち位置なのかはわからないから王族ではないかもしれないし、仮に王族だったとしても危険はあるが、それでもこの機会を逃すべきではないだろう。


 それに、王族じゃなかったとしてもそれなりの立ち位置のはずだ。なら利用価値はあるんだから、どのみち今回の依頼を受けないわけにはいかない。


「まあ、その可能性もあるな。だから、いざとなったら逃げられるように覚悟しておいてくれ」


 できることならあいつが王族で、全部うまくいくといいんだけどな。

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