第129話ハチェットテイル討伐依頼

「では改めて今回の依頼のご説明をいたします。今回はハチェットテイルという魔物の討伐になります。この魔物は尻尾が斧状の武器となっている猿型の魔物で、ある程度の知能があり、集団で行動するために非常に厄介生物となっております。最近では人里に降りてくることもあり、これから向かう村ではすでに数名の死者が出ています。ですので、早急な討伐が求められている状況です」


 馬車の中に乗っていれば目的地までは暇になるので、その間にもう一度今回の依頼に関して詳しく説明を受けることとなった。


「質問です」

「はい、なんでしょう?」

「その魔物の集団はどの程度の規模を予想していますか? それから討伐と言っていましたが、全滅ですか? それとも一定数狩ればいいのですか?」

「はっ! 討伐っつってんだから全部倒すに決まってんだろうが!」


 ……こいつらは馬鹿なんだろうか? いや馬鹿だからこんな質問をしてるんだろうけど。


 魔物の討伐と言っても、その数によって難易度は変わる。

 一体だけうろついてるはぐれを倒すのも、巣に攻め込んで百体倒すのも同じ『討伐』だ。だが、もし百も倒さなくちゃならないとなると、一体倒すのとは話が違う。なのでただ討伐と言ってもそこんところを確認しないとひどい目に遭うことになる。

 この三人組——三馬鹿はその辺りのことを理解していないらしい。


 まあ、この辺りのことは既に確認していたんだけどな。

 今回のはソフィアと俺のランクアップの審査を兼ねているらしいが、どのタイミングから査定が始まっているのか分からない以上はもう一度改めて確認しておくのがいいだろうと思って聞いてみたのだ。

 それから、意味ないだろうとは思ったけど一応は三馬鹿との共通の認識を持つためにな。本当に意味なかったけど。


 でも、よくこんなバカがこれまでやって来れたな。……そういえばこいつらのランクは聞いてなかったな。この様子だとどうせDかEだろうし、それならこの馬鹿どもでも冒険者としてやってくることはできたのか。まあ馬鹿だからそれより先にはいけないと思うけど。そもそも能力があるかすら分からないけどな。


「規模の予想は住処から離れるものが出る程度ですので、本来の1、5倍程度の数——五十から六十程度を想定しています。討伐数としては全て討伐していただければと考えております」

「ほらみ——」

「ただし、群れの数はあくまでも予想でしかありません。こちらの想定以上に数が多ければこの依頼は BランクではなくAランクの依頼となりますので、撤退を視野に入れての行動となります」

「は? ……に、逃げていいってのかよ! 依頼なんだろ! こいつらが逃げたら人が死ぬんだろ! だっつーのに逃げてもいいってのか!?」


 こいつの言葉は、聞き様によってはいいことのように聞こえる。つまるところ、「助けを求めているものを見捨てて逃げるのはいけないことだ」って言ってるわけだからな。うん。確かに一理ある。


 けど、こいつらの言動を知っていると素直に頷くことはできない。だってこいつらだし。今の言葉だって悪意満々な雰囲気だった。

 言ってることは正しいのに、それを正しいと思えないのはある意味こいつの才能かね? そんな才能、俺は欲しくないけど。


「逃げていいに決まっているではありませんか」

「——は?」

「ランクに見合わない依頼を受けさせられたのですから、自分たちの命を鑑みて撤退するのは当然のことです」


 下手に蛮勇を発揮されて死なれるよりは、その場は逃げて報告してもらったり、将来に期待した方が冒険者ギルドとしては儲けだろう。


 だがそれでも納得しきれないのか、それともまだ俺たちを貶めるための何かを探しているのか三馬鹿は悔しげにしながらも何かを考えている様子だ。


「では仮にあなた方がワイヴァーンを討伐する依頼を受けることができるようになったとして、それが実はワイヴァーンではなくドラゴンだった場合。あなた方は逃げることなく立ち向かうのですか?」

「い、いや、それは……」

「逃げるでしょう? そしてギルドに文句を言うはずです。『依頼のランクが違うじゃないか』と」


 言うだろうなー、こいつらなら。まず間違いなくギルドに文句を言う。で、詐欺だなんだと騒いで金をよこせと言うはずだ。実際、設定したランクが違った場合はギルドはその損害を保証しなければならないし、金も渡さないといけないことになっている。


「そう言うわけですので、全滅を狙いますが、状況次第では撤退も視野に入れての討伐となります。他に何か質問はありますか?」

「いえ、ありません」

「では、目的地に着き次第ご自由に行動してください。私たちはその後をついて行きますので」


 そうして俺たちの乗っている馬車は目的の村へと向かって進んでいったが、道中の馬車内の空気は最悪と言ってよかった。




「こんにちは」


 目標のいる場所から一番近い村。そこが今回ギルドに依頼を出したようで、俺たちはその村へとたどり着いた。

 そしてその村へとついた後は俺たちの自由にしろと言うことなので、俺たちは馬車を降りてとりあえず一番近い場所にいた男性へと朗らかに笑いながら声をかけることにした。


「はいこんにちは。どうしたんだい? 見ない顔だけど……」

「初めまして。冒険者をやっているヴェスナーと申しますが、本日は依頼を受けて参りました」

「依頼? それって、例の猿を退治するっていう……」

「はい。その依頼です」

「いや、だがあれはっ……」


 俺が依頼を受けたと聞いて男性は目を丸くして驚いた様子を見せ絶句した。

 その後、俺とソフィアへ何度も視線を行き来させたが、再び視線を俺に固定すると男性は顔を顰めた。


 そうして男性は俺たちを止めるために言葉を紡ぎ始めたが……


「あれはかなり危険な魔物だ。君みたいな子供が受けるような依頼じゃ——」

「——失礼ですが」


 俺は殺気を放ちながら男性の言葉を止めた。


 その瞬間、男性は言葉を止め、一歩だけ後ずさった後に動きを止めた。その目には驚愕と、それから恐怖が宿っていた。多分この男性には俺が子供の姿をした〝ナニカ〟に感じられることだろうな。

 戦う者ではないにもかかわらず感じ取れるほどの殺気。そんなものを俺みたいなのが放てば、その反応も当然だろうな。


 だが、俺は何もこの男性を怖がらせたいわけではないので、スッと殺気を引っ込めることにした。

 俺はただ話を進めたかっただけ。話してくれさえすればそれでいい。侮って心配されるのは余計なお世話というものだ。


「ギルドが依頼を受けさせた以上、解決する能力があると言うことです。見た目で判断することはやめた方が良いかと。場合によっては相手を怒らせることもありますので」

「……」

「それで、村長さんの家はどちらでしょうか?」

「……っ! あ、ああ。あっちだ。あっちにある、ドアの横に旗が吊るされてる家がそうだ」

「ありがとうございます」


 殺気を消してもしばらくは恐怖の滲んだ瞳で俺のことを見ていた男性だが、ハッと気を取り直すと慌てるように指を指しながら教えてくれた。


 俺たちはその男性に礼を言ってから教えられた方へと進み、数分もしないうちに教えられた家へとたどり着いた。


「ここだな」

「すみませんが、私は少々離れてもよろしいでしょうか?」

「ん? まあいいけど、どうし……ああいや、大丈夫だ。話は俺だけで聞いておくから」


 村長らしき家にたどり着いた後、ソフィアがそんなことを言ってきたが、そういえばここにくるまではそれなりに時間が経っていたな。トイレ休憩も必要だろう。

 俺はそう判断すると、俺だけで話を聞きに行こうとしたのだが……


「いえ、そうではなく。少し村の様子を確認しようかと。十分ほどで戻りますので」

「ああそっち。まあわかった。そっちは頼む」


 どうやら違ったらしい。トイレじゃなかったか。

 男が変に気遣いをすると女に恥をかかせる、みたいなことを聞いたことがあるけど、本当だったなぁ。気遣いをするなってわけじゃないんだろうし、ちゃんと必要な時に気遣いのできる奴もいるんだろうけど……難しい。


 まあ、とりあえず今は村長に話を聞きに行くか。


「こんにちは」

「はいはい。どちらさんだい……うん?」


 出てきたのは六十歳程度の男性で、男性は俺たちの姿を見ると首を傾げた。


 その後は事情を話し依頼の話を聞いたのだが、まあ大体さっきと同じようなことがあったので割愛する。


「それじゃあ、本当に気をつけておくれよ? 無理はしなくたっていいんだから」

「はい。ありがとうございます」


 そうして話を聞き終えた俺は村長の見送りを受けて魔物達の侵入してくる場所へと進んでいったのだが、ちょうどその途中でソフィアと合流することができた。


「どうだった?」

「確かに痕跡はありました。村の人たちに聞いてみましたが、ハチェットテイルで間違いないかと」

「そっか。じゃあ痕跡まで案内してくれるか?」

「はい。こちらです」


 そうして案内されたのは村から少し外れた場所。背後には村があり、目の前には森があり、真ん中にはそれらを遮るように柵がある。

 だが、柵といっても大きなものではなくせいぜいが胸あたりの大きさのものなので、魔物相手には大した意味はないだろう。


 ソフィアに案内されたのはそんな柵の一部。その柵には壊れたところがあり、そこから魔物が侵入してきたのだろうと言うのがわかる。


 その壊れた柵の付近には人間の足跡と人間以外の足跡、それから赤く濁った土——つまりは血の滲んだ地面があった。

 だが、その血の跡は柵の周りだけではない。その血の跡は森と村の両方向に伸びていた。


「血の跡が点々と、か」

「殺した村人の体を持ち帰っているようです」

「ま、食料の確保に来たんだろうし、当然だな」


 魔物が人を殺すのは、当然だが食べるためだ。中には殺すことを楽しむような性格の奴らもいるらしいが、今回依頼にあったハチェットテイルはそう言う習性を持たない。ただ餌を集めるためだけにこの村を襲ったのだろう。魔物からしてみればただの人間なんて獲物と変わらないだろうからな。


 戦った者もいるんだろうが、魔物の集団を相手にできるほどのものはいないだろう。だからこそ冒険者ギルドに依頼なんて出したわけだし。


「とりあえず俺が先頭で行くから、五メートル後方からよろしく」

「かしこまりました」


 なんにしても、依頼として出た以上は駆除しないといけないので倒しに行こう。

 本来はこんな森を進んでいくのには調査やら道具やら、ついでに時間が必要になるが、その点に関しては俺にとってなんら問題にならない。何せ植物全部が俺の味方なのだから。森にあるすべての植物が俺の目であり耳である。見つけられない、なんてことはありえない。


 そんなわけで森の中を進んでいった俺たちだが、俺の後方にソフィアが。そしてそのさらに後方に監査役のニドーレンと三馬鹿。三馬鹿は既に飽きてる様子だけど、それでもこっちの様子を伺っているようだ。


 しばらく進んでいると前方に敵を発見。そのことをソフィアに伝えるために、俺は言葉にすることなく後ろ手でハンドサインを送って先に進む。この程度ならカラカスの住人なら誰だってできる。その辺の路地にいる子供達だって集団ごとに独自のサインを持ってるもんだ。じゃないと盗みもまともにやることはできないからな。


 送ったサインに対してソフィアからの返事を直接見ることはできないが、植物たちからの意思でソフィアがなんと答えたかは理解できるので問題はない。森の中に限っては大体のことがわかるんだから、農家も捨てたもんじゃないよな。まあレアスキルを発現させた場合限定だけど。


 そうして進んでいくとついに肉眼でも敵を捉えることができたが、すぐには仕掛けたりなんてしない。

 まずは屈んで木陰に隠れることで、後ろからついてきている監査員たちからの視線を遮る。そして左手をポーチに突っ込んで種を取り出すと、ソフィアに合図をしてから逆の手にナイフを手に持って走り出す。


 突然現れた俺に驚いたのだろう。地面の上で斧状になっている尻尾の手入れをしていたハチェットテイルたちは、叫び声を上げながらこちらへと振り向いた。


 だが、目の前の敵は四体。このままでは逃げられてしまう可能性もあるし、スキルにも制限をかけている今の俺一人では少し苦戦する。

 なので、俺は左手に持っていた種を前方に勢いよくばら撒き、それをスキルを使って猿たちの眼を潰す。

 別に前に投げる動作なんて必要ないんだが、こうすれば少し離れたところにいるニドーレンたちからは俺が何かを投げてハチェットテイルの目を潰したように見えることだろう。


 そして目をつぶされ混乱しているところに接近し、ナイフを使って首を一突き。

 それだけでは死なないが、完全に殺し切るのは後だ。ひとまずは放置しておけば死ぬだろうって程度の傷を作れればそれでいい。

 突いた後はすぐさまナイフを引き抜き、次の敵へと接近し、同じことを全部で四度繰り返す。


 四体の猿に攻撃をし終えたら、今度は猿たちから少し距離をとり、全体の様子を確認。

 逃げ出そうとしたやつはおらず、目が潰れているためにただ混乱してやたら滅多に攻撃を加えているが、その攻撃は仲間同士に当たっている。

 このままいけば勝手に自滅するだろうと思ってしばらく放置していると、予想通りにお互いを攻撃しあって死んでいった。

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