第128話いかにもな三人組
「おはようございます。すみませんが、ランデル副本部長に話を通してください」
「あっ、ヴェスナーさんにソフィアさん。おはようございます。副本部長からはお話は伺っておりますので、二番の部屋でお待ちください」
受付の女性に声をかけると、カウンターの裏にある通路へと通されたのだが、案内は居ない。どうやら勝手に行けってことらしい。まあ朝とはいえ仕事が忙しいだろうし、そんなに入り組んでるってわけでもないんだから案内なしでもいいけど。
「おっはよー! いやー、今日も清々しい朝だね!」
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
そうして俺とソフィアは教えられた通り二番と書かれたプレートの吊るされた部屋に行ったのだが、そこにはすでに先客がいた。約束の時間は『鐘が鳴る前』だったはずだ。正確な時間はわからないが、まだ三十分程度は余裕があると思ってたんだけどな。
部屋の中にいたのはこの国のギルドにおける二番手、副本部長のランデルだ。だが、ランデル以外にももう一人誰かがいた。それがどういう人物なのか知らないし見たこともないが、なぜここにいるのかはなんとなくだがわかる。
「おやー? 朝っからテンションが低くないかい? そんな調子で大丈夫?」
「朝だからテンションが低いんだろうが……」
正直なところまだ眠い。活動するには問題ないんだが、なんというか体の調子どうこうではなく、微妙に登りきっていない朝日を浴びるとどうにも「朝だな〜」と実感させられて眠気がやってくるのだ。なんならあくびでも出てきそう。
そんな状態だってのに、ランデルのようなテンションでなんていられない。そうでなくても普段からそんなテンションで活動したことなんてない……基本的にはほとんどないのに。
「ま、いいや。それよりも今日君たちについて行くギルドの職員だけど、この子だよ」
やっぱりな。そんな感じはしたよ。
ランデルの隣に座っていた男性はランデルの言葉を受けて立ち上がり、俺たちへと体を向けてきた。
「いつもご活躍は聞き及んでおります。幾度か見かけることもありましたが、こうして面と向かっては初めましてですね。私は冒険者ギルド監査課所属のニドーレンと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「初めまして、ヴェスナーです。本日はお手数おかけしますがよろしくお願いします」
ニドーレンと名乗ったこの男、歳の頃は三十そこそこってところだろうか。体つきははっきりと服の上から見えるってほどでもないが、首周りや腰回りから察するに戦闘職をこなすことはできるんだろう。結構な実力があると思う。まだ実力を見たわけではないのではっきりとは言えないが、純粋な技術だけじゃ負けるだろうな。
全体の雰囲気としては、なんか真面目そうって感じだ。こいつなら今回みたいに誰かの力を測る係に選ばれて当然かもなと思える雰囲気をしている。
「ところで、監査課っていうのは?」
「まあ冒険者はほら、ちょーっと素行の悪い人がいるでしょ? 証拠はないけどやらかしてるのもいるわけで、そういうのとかその他諸々を調べるために専門の職員がいるんだよ」
なるほど。でも納得だな。これだけ大きな規模の組織になるんだから、そういった調査専門の部署ってのは必要になるもんだろう。
「ちなみに冒険者としては最低Bランク以上だから、実力の方は問題ないよ」
ああ、やっぱり? でも、これでBか。最高ランクがBってだけなのか、それとも俺が思っている以上にAランクの壁は高いのか……。まあAになるつもりのない俺たちからしてみればどうでもいいことではあるか。
「と・こ・ろ・でー……もう片方の子達はまだかな? 多分もうすぐ鐘が——ああ、鳴ったね」
その後はある程度軽い雑談をしながら待っていたのだが、ランデルの言ったようにたった今、集合時間を知らせるはずの鐘が鳴った。
だが、俺たちの不正を訴えたらしい奴らはまだ来ない。
「これは、あれだね。まごうことなき遅刻だね」
その後十分程度待ってみたのだが、まだ来ない。
ランデルは笑いながらどこぞから持ってきたお菓子を食べているが、その目は笑っていない。そしてそれはランデルだけではなく、その隣に座ってるニドーレンもそうだしソフィアもそうだ。
俺は……まあそうでもないかな。難癖をつけてくるような奴らだから、どうせ守られないだろうなとは思ってたし。
「——ったくよぉ、なんで俺らがこんなめんでぇことやんなきゃなんねええんだってんだよ。ギルドの方で処理しておしめえでいいじゃねえか」
「だよなぁ。わざわざ善良な冒険者に無償で奉仕を頼むとか、職務怠慢ってやつだろ」
「協力してやってんだし、俺たちが金を請求してもいいんじゃねえの?」
その後も待ち続け、予定した時間よりも三十分ほど遅れたあたりで廊下から声が聞こえてきた。
そしてその声は徐々にこちらに近寄ってきており、ドアの前で何者かが立ち止まった気配がした。
そしてついにはドアが開き……
「お、なんだ。もう揃ってんのかよ」
開いたドアからは〝いかにも〟な見た目と態度の輩が三人現れた。
流石に三十分以上も待たされたら俺だって不快には思うし、それは他の三人だって同じだ。
俺たちは入ってきた三人組へと冷たい視線を向けたのだが、三人組は気づいていないのか知らないが、なんでもないかのように部屋の中へと入ってきた。
「一応聞きたいんだけど、今日の集りに関してなんて聞いてる? 僕はなんて言ったかな?」
あー、俺はランデルとは付き合いが短いが、これは流石にわかる。というか誰だってわかる。だいぶ怒ってるわこれ。
「あ? あー、そっちのガキとメイドが不正してるからその確認だろ」
だが、そんなランデルの怒りなど素知らぬ様子で答えたが、その様子はあまりにも自然体すぎる。きっと普段からこうして誰かを煽ったりしているんだろ……いや、まさか……もしかして、本当に気がついていないのか? こんだけわかりやすくしてるのに? ……よく生きてこられたな。
「正しくは不正している可能性があると君たちが言ってきたから、だね。それから、言い方が悪かったけど、僕が聞いてるのは内容じゃなくて時間だよ。いつ集合って言ったっけ?」
「は? んなの朝の鐘が鳴る前後だろ」
「鳴ってからじゃなかったか?」
「だったか? まあどっちにしても問題ねえはずだろ」
こいつら、ほんとどうしようもないな。約束の時間すら覚えてなかったのかよ。
ランデルは言いたいことがあるだろうに、目を瞑ってそれらを抑え込み、ため息を吐き出してから三人組へと再び顔を向けた。
「……残念ながら違うよ。僕が言ったのは『鐘がなる前』だ。もう三十分以上前に鐘は鳴ってるよ」
「そうだったか? まあ揃ったんだからいいじゃねえか。さっさと終わらせようぜ」
「ただでさえこっちは仕事を潰してそいつらに時間を割いてやってんだ。今日の分の稼ぎを払ってもらいたいくらいだぜ」
「ならそいつらに払わせればいいんじゃねえの? そいつらが不正をしなけりゃあ何にも問題なんてなかったわけだしよぉ」
「ははっ、そりゃあいい考えだなあ!」
だが、なおも悪びれる様子のない三人組。もうダメだろこいつら。よくこいつらの話を通そうと思ったな。
でも不正があるって言われた以上調べないわけにはいかないか。誰一人としてこいつらの話を信じていなかったとしても、実際に不正の報告がされて調べなかった、なんて実例ができてしまえばそっちの方が問題だからな。
「冒険者は自由な立場だけど、時間厳守で行動するべきだ。依頼人との約束に遅れるなんてのはあってはならないことだよ」
「今日は依頼じゃねえだろ。そっちがどうしてもって頼むから俺たちは来てやってるんだ」
「……そうかい。まあ、いいさ。無駄に時間を使うよりは話を進めようか」
ランデルはもう一度大きくため息を吐き出すと、三人組に対して席を勧めた。どうやらまともに話をするのを諦めたらしい。
「今日の目的だけど、君たち二人にはこの依頼を受けてもらうよ。これはCランク相当の依頼だから、これをこなせるんだったら実力は本物。不正をしているというのは言いがかりに過ぎないということになる」
ランデルはそう言うと、先ほどまでの待ち時間の間に既に見せられていた依頼の書かれた紙を、再度俺たちの前に出してきた。
当然既に確認している以上俺たちとしては問題ないのだが、話はそこで終わらない。
ランデルはスッと目を細めて三人組へと視線を向けた。
「ただ、その場合は君たち三人から罰金を徴収することになるが、いいね」
そうしてランデルは三人組に言ったのだが、それまで余裕綽々としてニヤつきながら俺たちのことを見ていた三人組は一瞬何を言われたのか分からなかったようであほヅラを晒している。
「はあ? 罰金だ?」
「んなもんいいわけねえだろうが!」
「んで俺たちから金取ろうとしてんだよ!」
少ししてから自分たちが何を言われたのか理解したんだろう。いきりたった様子で立ち上がると、誰憚ることなく大声で叫び始めた。
そんな三人組の様子にランデルはため息をこぼすと、少しめんどくさそうにしながら話し始めた。
「これは前回にも話したはずなんだけどね。……いいかい? 確たる証拠もなしに他人を貶めることは法律で禁じられている。ただ口にして不平不満を言うだけならば構わないが、それがギルドのような公的な機関に対しての告げ口、それから罰則を求められたとなると、それは立派な犯罪だ。そして君たちの要請を受けて今回ギルドは動くことになったわけだが、それは通常の業務から外れたことだ。当然その分余計な手間と費用がかかる。その金額を支払ってもらうんだよ」
「はあ!? ざけってんじゃねえぞ! 俺たちは善意で不正の報告をしただけだろうが!」
善意なんて言ってるが、お前らに善意なんてないだろうに。
不正だと報告したのは、俺たちのことが気に入らないから。本当に不正をしているかなんてどうでもよくて、不正をしていそうだってだけで十分だった。だってそれだけでも十分俺たちの邪魔をすることはできるから。他人の足を引っ張ってそれを見て満足する。それがこいつらだ。
「かもしれないね。でも、だったら『不正をしているかもしれないから調査してくれ』と言うだけでよかった。それなら何も問題はなく調べて終わりだった。けど、君達は『絶対に不正をしているから罰しろ』と断定していた。それも、こちらが調査すると言っているにも関わらず、受付で何度も大声でね。もし不正をしているというのが間違いなら、彼らの名誉を著しく傷つけたことになる」
ついでに業務妨害もだね。なんてことを言いながらランデルは肩を竦めたが、結構怒ってるんだろうなって言うのがなんとなく理解できてしまう。
普通なら告げ口をしたところで捕まったり罰則を受けたりなんてしない。だが、こいつらの場合はやりすぎたんだ。ただ〝そうかもしれない〟って告げ口しただけだったら罰則なんてなかったが、業務に支障が出るほどに大声で言いふらしているとなると話は変わるってことだろう。
「だからあ! 俺たちは正しいことをしただけだろうが!」
「そっちが文句あるってんならもう不正の証明なんてしなくていいってんだよ! こっちでギルドの怠慢を広めてやっからよお!」
「覚悟しとけ! 俺たちは帰らせてもらっからな!」
だがそんなランデルの言葉に納得ができない三人組は、そう言い放つと出口へと向かって歩き出してしまう。
まあ俺たち不正なんてしてないしな。それはこいつらだって理解してるんだろう。そしてその事実が判明すれば自分たちが罰則をくらってしまう。だからここで逃げようとしているんだろうな。
だがしかし、そんな三人組の行動をランデルは許すことはなく、出ていこうとするその背に声をかけた。
「そうかい。まあ、だとしてももう遅いよ。君たちの要請を受けて僕たちは動いた。もう動いたんだよ。ここでやめてももう遅いんだ。その場合は君たちが間違っていたと言う事になり、罰則を受けてもらうことになる。これは決定だ。今更ゴネたところで変わらないよ」
そんな言葉でギョッとして振り返る三人組だが、ランデルは笑っているだけだった。ただし、その笑みの裏には毒が隠されているけど。
安全圏から攻撃して楽しんでるだけだったのに、逃げることができない状況になってしまったせいでどうするべきか悩んでいるのか三人組はお互いに顔を見合わせているが、答えが出ないようで何も言わない。
「なに、そんなにおかしなことでも無理難題でもないだろ? 君たちの言っていることが正しく、彼らが不正をしているのであれば罰則は彼らが払うことになるんだから」
そうは言っているが、ランデル自身もこいつらが罰則を受けることになるんだろうって、わかってるんだろうな。
「で、どうするんだい? 一緒に彼らの不正の確認をするのか、しないのか。どっちだい?」
俺としては来なくてもいいんだが、まあ来るだろうな。じゃないと希望も何も無くなるからな。もしかしたらどうにかなるかもしれない。そんなことを思いながら参加するしかないのだ。
その場合は俺たちが失敗するように途中で邪魔をしてきそうだから面倒だが、あらかじめそのつもりでいれば問題ないだろう。どうせ今からでは大掛かりな罠も仕掛けられないし。
「……ちっ! 行きゃあいいんだろうが!」
「別に来なくても構わないよ? その場合は君たちが罰則を受けるだけだから」
「だあってろ! 行くっつってんだろうが!」
「それはよかった。不正は正さないといけないし、冒険者同士、遺恨なくいてもらいたいからね」
そんなこと思ってないだろうに。
いや、普通の冒険者相手には思ってるんだろうが、こいつらに対してはそんなことを思っていないだろう。
にしても、やっぱりまあついてくるわけか。わかってたけど。
「それじゃあいってらっしゃい」
その後はもう一度今回の流れを確認し、俺たちはギルドで用意した馬車に乗ってランデルに見送られながら出発していくことになった。
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