第127話不正の疑い?
「そそ。まあそんなに固く考えなくてもいいものだよ。もう大体は理解できたし」
理解できたってなんのことだ?
俺は訳がわからずに首を傾げるが、ランデルは苦笑しながら肩をすくめてみせた。
「最近君たちは結構な速さで依頼をこなしてるでしょ? それでランクも上がってる」
あ、これなんとなく言いたいことがわかったわ。
多分だけど、難癖つけて来てる輩がいるんだと思う。
「その速度がね、ちょっと速すぎるんじゃないかって一部の冒険者から文句というか、意見があったんだよ」
ほらね。でもまあ仕方がない。そういう輩はどこにだっているものだ。
「君たちと同じような速度でランクが上がる者もいるけど、それはチームを組んでるからできることだ。君たちみたいな新人が、というのはとても珍しいことなんだよ。これがわかりやすい強者の雰囲気ってものがあれば納得してくれるんだけど、君たちは違うだろ? 仮に君たちが二人でやっているんだとしても、片方は成人していない子供だし、ランクを上げている当人はメイドだ」
「どうしたって不正を疑うやつは出てくる、か」
うん。まあそいつらの言いたいこともわかる。確かにこんな成人していないようなガキと、美少女メイドが短期間で急速にランクを上げられるのかって言われると疑問だろう。実力があるからってよりも、裏で不正をしているから、という方が納得できるだろうな。
これで俺が王侯貴族であれば、その文句を言って来た奴らだって不快に思っても突っかかって来たりはしないんだろうが、俺たちが貴族でもなんでもないのってもうこの一ヶ月の間でバレてるからな。
最初は緊張されてたんだけど、ソフィアの態度や俺が文句も言わずに活動しているところを見て、ギルド職員から貴族なのか聞かれてしまった。
そこで貴族だと詐称すれば罪になるので、俺は仕方なくちょっと金を持ってるだけの平民だと伝え、それからは特に緊張されることもなく接されるようになったんだが、貴族でないとバレてしまえばこういう弊害もあるわけだ。
まあ貴族じゃなくてただの金持ちとなれば襲っても問題ないし、難癖をつけることもできるから、どうしたってそういう輩が出てしまうってわけだ。
「そうだね。悲しいことに、自分の努力不足の結果を他人が原因だと考える者もいるんだ」
「エルフは、そういうのなさそうだよな。嫉妬とか」
リリア達を見てると他者に対する悪意ってものが薄い気がする。以前に攻撃を受けた時だって悪意があったってよりは仲間を助けるためって意識の方が強かっただろうし。
「ないわけじゃないよ? 恨みも妬みもある。でも、だったら自分がもっと頑張ればいいじゃないかってなるんだよね。仲間の成功は誉めるし、それを妬んでも自分の努力へと変えるんだ」
「仲間意識が強いんだな。種族全員が親しい家族みたいなもんか」
「そうだね。でも、ちょっと違うかな」
人類全体がそんなふうに思えれば争いとかなくなるんだろうな、なんて思っていたのだが、俺の言葉をランデルは頷いて肯定しながらも、直後に首を振って否定した。
「言ったろ、一つの場所に住んでるエルフは先祖は同じだって。だから、なんていうのかな。家族よりももっと深い繋がりというか、大元で繋がってる感じがするんだ。他の種族にはわかりづらいだろうけど……ああ。樹を思い浮かべてくれれば近いかな? 大元の樹があって、そこから枝葉が分かれて実をつける。枝が家族で、実が個人を示すものと考えてくれればいいかな。で、実ごとに色や形は違うけど、大元から切り離されない限りはみんな繋がってる、って感じかな」
「……なるほどな。『個』でありながら『群れ』でもある、か」
「うん。まあそんな感じだね」
俺にはよくわからない感覚だけど、まあなんとなくのイメージはついた気がする。要するに、エルフは全員がオリジナルになった先祖の分身……いや、レプリカみたいなもんってわけだ。
オリジナルの完全なコピーではなく、コピー時に劣化するレプリカだからこそ違いが出て、それが個性になってるんだろう。だが、劣化するって言っても根本の部分は完璧な状態で複製されるって感じだろうと思う。
そりゃあ喧嘩なんてないよな。ある意味全員『自分』なんだから。多少の喧嘩なんてしても、すぐにお互いのことを理解し、納得し合える。
「っとと、話が逸れたね。で、えーっとなんだっけ? ……ああ不正が疑われてるって話だ」
ああ、そうだった。そういえばそんな話だったな。
けどまあ聞く必要のあることはほとんど聞いたので、何が言いたいのかは理解できる。
「まあ言いたいことはわかる。つまるところ、疑わしいから証明しろ。偽物は罰を受けろ、もしくは出ていけ。と、そういうことだろ?」
「あはは。そこまでは言わないけど、まあ概ね意味合いとしてはその通りだ」
ランデルは少し困ったように笑っているが、否定はしない。むしろ肯定している。まったく、面倒なことだな。
「で、どうすればいいんだ? 何かしろって話なんだろ?」
面倒ではあるが、放っておいたところで面倒が消えるわけではない。だったらさっさとここで話にケリをつけた方がいいだろう。あとで何か急ぎがある時に難癖つけられて時間稼ぎされても困るし。
「簡単だ。文句を言っている冒険者と、それからお目付役として冒険者ギルドから人を出すから一緒に狩りをさせればいい。それで問題なく魔物を倒せるようなら黙るしかないだろ」
確かにその方法なら文句を言ってる相手を納得させることができるだろうな。絶対に実力があるってことを証明することができる確実な方法だ。
だが、その方法だと……
「一緒にってなると、手の内を晒すことにならないか?」
俺たちは今まで俺たちだけで活動してきた。能力もだが、できる限り素性のバレる心配をしたくなかったからだ。そのため他の冒険者はおろか、ギルドだって俺たちの戦い方を把握していない。
まあそれが余計に怪しいって話になるんだろうけど。だってどうやって倒したのかわからなければ本当に俺たちが倒したんだって言い切ることはできないからな。
「そこは仕方ないと諦めて欲しいかな。ただ、冒険者にとって能力を晒すことを強制するのはご法度だ。それを強制するんだから、それなりに対価は出すつもりだよ。具体的には……」
冒険者は命懸けの仕事である以上、手の内を晒すような行為はしないし、晒すように強要するのはマナー違反とされている。ちょっと聞いてみたり探りを入れたり、酒で酔って絡んできたり、なんてのは注意やちょっとした罰金で済むが、それ以上のひどい場合は実刑になることもある。
それを強制するんだからと、ランデルは一枚の紙を取り出して俺たちの前に差し出してきた。
俺はその紙を手に取って内容に目を通していったのだが、そこに書かれている金額はかなりのものだ。例えるならC級冒険者が一年働かなくてもそこそこ贅沢できるくらい。わかりやすく言うなら一般家庭が十年間で稼ぐ金額。日本円で例えるなら五千万くらいか。
ソフィアも俺の手元を覗き込んで紙の内容を理解したんだろうが、「えっ」と小さく声が漏れ、体を震わせたことから動揺しているのがわかる。
だがそれは俺も同じだ。ぶっちゃけなんでこんな金額を提示してきたのか分らないくらいだ。
そんな紙の内容を理解した俺は驚きながらもランデルに顔を向けるが、ランデルは楽しそうに笑ってるだけだ。
「これを君たちへの報酬としたい。ついでに結果次第では君の方のランクを特別にEへと昇級も行うつもりだ」
俺をE級にする……それは願ってもないことだが、確実に目立つ。だって文字通り『特別扱い』だ。目立たない訳がない。
親父曰く、俺は母親と髪の色が同じみたいだし、顔や雰囲気も似ているそうだ。もし母を知ってるやつに目をつけられたら、そこからバレるかもしれない。
……だが、これまで素性が云々と隠して来た俺たちだが、正直なところそれに関しては問題ないと思っている。何せ俺たちはカラカスからやってきた。大抵の場合は「ああ、あの街か」となっておしまいだ。
それに、恩恵だってある。目立つと言うことは何も悪いことではない。特別扱いされるような将来有望なやつであれば、そいつを囲い込んでおきたいと考えるのは当然のことで、そうすればどこぞの貴族に繋がりを作って母親のところまでの道筋を作りやすくなる。かもしれない。
あとは特別扱いされれば絡んでくるやつも減るだろうが、こっちに関しては逆に絡んでくる奴もいるだろうからわからないな。
ただ、メリットデメリットはあるものの基本的に目につきたくないというのは本当だ。
それでもやっぱり俺は特別扱いされて目立つことになったとしても、ランクを上げる決意をした。
一年という期間しかない以上、多少の身バレの危険があったとしても突っ込んでいくしかないだろう。じゃないと、正妃ではないとはいえ王妃なんて存在に近づける訳がないんだから。
「これ、金だけでも結構あるのに未成年のランクまで上げていいのか?」
「いいのいいの。力あるものは正しく評価されないとだからね。それに、恩は作れるところで作っておかないとだし?」
恩ね……。まあ確かにこれだけ優遇してくれるとなれば、俺としても多少の問題程度ではここの冒険者ギルドにもランデルにも見切りをつけ辛くはなる。協力者は多い方がいい訳だし、よほどの不都合がない限りは手を貸してやってもいいかも、とは思う。
あとは、そうだな……将来的に俺がAやS級になった時のことを考えると、ここで嫌われないように大金を払うのは安い部類なんだろうな。
でもまあ、そういった裏があるのは分かったが、お互いに役に立たない訳じゃない。ここは恩を作らせてやろうか。
「まあ、そっちがいいならそれでいいけど……。ああでも、俺たちは手の内を晒さないように戦うぞ?」
一緒に行動することは認めるがだからって何でもかんでも手の内を晒すつもりはない。できることなら『農家』のスキルは全部使いたくないんだが、そこまでは難しいだろうな。
けどまあ、その辺は後でどうするか考えよう。
「それはもちろん構わないよ。ただし、戦闘に関わるのは君たち二人だけでお願い」
「それは問題ない。どの道、一緒に戦うような奴なんていないからな」
知り合いだってこっちにはろくにいないしな。……あくまでも〝こっちには〟だぞ? 地元に帰れば知り合いなんていっぱいいるさ。友達は……いっぱいかはわからないけど。
「じゃあ日程だけど、3日後は空いてるかな?」
ぶっちゃけ三日と言わず明日からでも問題ない。特にやることがあるわけでもなし、やりたいことがあるわけでもないからな。
「ああ、問題ない」
「そう。なら三日後の朝、鐘が鳴る前にギルドに来てもらえるかな」
「分かった」
そうして俺たちはかけられた不正の疑いを晴らすべくギルドからの頼みを了承してその場は帰り、三日後に装備を整えて再びギルドにやってくるのだった
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