第126話エルフ種の違い

 

「知り合い? ……どうしてだ?」


 俺はその言葉に特にこれと言った反応を見せず、純粋に疑問に思っているように首を傾げて見せた。


「なんとなくだけど、ただ珍しいから驚いたって感じでもなかったような気がしてさ。これでも結構人を見てきたからね。違和感ってものを感じ取りやすいのさ。知ってる? 僕はこれでも三百歳を超えてるんだよ。まだエルフの中では若造だけどね」


 若造云々はどうでもいいとして、どう答えたものかな。

 確かに俺はエルフと知り合いではあるしこいつ自身もエルフではあるんだが、だからって俺たちがエルフの集団と繋がりがあるのかを教えていいものなのかわからない。

 もしかしたらこいつはエルフ達から追放されたって可能性もあるわけだし、俺たちがエルフと繋がっていると知って、それを利用しようと俺たちをどうにかする可能性も、ないわけではないんだ。


 なんて考えていると、俺たちが疑っているのがわかったのかランデルは少し慌てた様子で顔の前で手を振りながら話を続けた。


「あー、いや、別に君たちのことをどうこうするつもりはないよ。今回呼んだのだって君たちに迷惑をかけるつもりじゃ……かけるかもしれないけど、それをどうにかするために呼んだんだし。あれだよ。僕達……いや、僕は君達と敵対するつもりはないよ。信じてもらえるかはわからないけど、君と一緒にいる聖樹に誓うよ」

「わかるのか?」

「聖樹のこと? そりゃあわかるよ。何せ僕達エルフの神様みたいなものだからね」


 俺は旅に出てから手放すことなくずっと持ち歩いている聖樹の種へと視線を向ける。

 が、そこである考えが思い浮かんだ。


 こいつに聞いてみたらわかるんじゃないだろうか?


 今俺たちの話が進んでいないのは、ひとえにこいつを信用していいのかわからないからだ。もし聖樹に聞いてわかるのであれば、ある程度は信用して話を進めてもいいかもしれない。


 そう思って聖樹の種に聞いてみたのだが、返ってきたのは『信用していい』という意思だった。

 なら、こっちも全部とは言わないが、ある程度は手札を見せるとするかな。


 ……というか、こいつもまともに植えてやらないとだよな。

 だが、あいにくと今は旅を始めてしまったのでどこかに植える、ということができない。


 王族として生きることになるのか、それとも親父達のところに戻るのか、もしくはそれ以外か……。まだどうなるかわからないが、拠点を構えることになったらちゃんと育ててやるから、悪いがしばらく待っててくれ。


 そう心の中で語りかけると、気にするな、とでも言うかのような意思が返ってきたので、俺は聖樹の種をひと撫でしてから視線をランデルへと戻した。


「——さっきの質問だけど、特に何があるってわけでもない。ただ、知り合いのエルフと大分違う感じだったからな」

「知り合いね……やっぱりかぁ」

「まあ、実家にいた時はそれなりに交流はあったんだよ」


 リリアには何も言わずに旅に出たけど、元気にしてるかな〜。元気って言ってもまだ半年も経ってないんだから元気だろうけど、帰ったら帰ったで怒りそうな気もするんだよな。

 それ以前にあいつの性格なら「置いてきぼりにするなんてふざけんな!」って追いかけてきそうな気もしなくもない。

 ……いや、流石にそれはないか。俺が旅に出たってことをあいつが知るにはまだ当分先だろうし、追いかけてくるにしてもあいつ一人じゃ他の街に行け……ないと思ったんだけど、一応エルフの森からカラカスに一人で行ったって実績はあったわ。

 けど他の街は無理だろ。カラカスは比較的近かったから歩きでもなんとかなったけど、他の街だとあいつの場合地図も読めないだろうし、迷子になっておしまいな気がする。運良く隣町まで行ったとしても、詐欺か誘拐に遭いそう。

 ……一応あとで親父に連絡しておこう。親父のことだからもう手は打ってあるかもしれないけど……ちょっと不安だ。


 まあ、今はあいつのことはどうでもいい。話を戻そう。


「で、俺の知ってるエルフってのはみんな同じような性格をしてたけど、副本部長は——」

「ランデルでいいよー」

「……ランデルはそこの奴らとは結構性格が違うな、と思ってな。なんていうか、あいつらよりも人臭いとでも言えばいいのか?」


 リリア達は裏表のないポワポワした頭お花畑な性格をしていたが、ランデルはどうも裏がある性格な気がする。裏があるって言っても犯罪的なアレではなく、毒のある性格というかな。基本的には柔らかい感じなんだが、それだけでもない気がするのだ。それを感じ取ったからこそ警戒してたわけだし。


「ま、そりゃあね。こんなところで副本部長なんてのをやってるのもあるけど……ん〜、エルフの成り立ちって知ってるかい?」


 だがランデルはそんな俺の考えを肯定し、そんなふうに問いかけてきた。

 エルフの成り立ちねぇ……。前にリリアから聞いたことはあったな。確か……


「大昔の精霊が樹に宿って生き物となり、その後人と交配した結果産まれた、であってるか?」

「うんうん。その通りだ。でも、それは一体だけじゃなかった」


 一体だけではなかったってことは、何体もの精霊が生き物へと変化したってことか? でもそれはまあ当然と言えば当然だろ。一人ができたなら他に真似するやつがいてもおかしくない。だがそれがどうしたってんだ?


 ランデルが何を言いたいのか理解できず俺が首を傾げていると、ランデルはお茶を一口飲んでから再び話し始め、結論を言った。


「つまりさ、成り立ちは同じでも、先祖が同じとは限らないってことだよ。大元になった精霊の性格や宿った植物自体も関係あるし、その植物の意思だって関係してる。人間だって同じだろ? 人種のようなものだと思ってくれればいいよ。陽気な人種もいれば陰気な人種もいる。そんな感じでエルフだって先祖ごとにその性質が違うんだ。なんでエルフが一箇所に大きな国を作らないか知っているかい?」


 なるほど、それは道理だな。例えば、そうだな……百合を元にした奴とハエトリグサを元にした奴、同じ性格になるかと聞かれれば、俺は違うだろうと答える。だって明らかに方向性が違うもん。

 だから違う植物を元にしたから違う性格になったと言われれば、それは十分に納得できる説明だ。

 人種が違うという言葉も的確で、エルフにとっては国ではなく元になった植物の違いが人種となっているんだろう。


 だが、どうして一つの国を作らなかったか、か。考えてみればそうだな。エルフの里を知っているが、あの森にはまだまだ広さがあった。なら、誘拐や襲撃なんかに備えるためにももっと大きな集団——国を作ればいいはずだ。だがリリア達はそれをしない。

 こうしてランデルがいる以上、他にエルフ達がいないわけでもないし、エルフの話は他の国でも聞くことがあるんだからやっぱりエルフが他に存在しないわけではない。

 だったら少数でばらけてないで集まればいいんじゃないかとは思う。集まって一つの大きな国をつくれば楽な暮らしができるとはずだし。


 それでもエルフ達がそれぞれの人種ごとにバラけて生活しているのには、何かしら理由があるんだろう。


 その理由はというと……


「今の話で言うところの人種が違うから?」


 今の話の流れからしてそういうことになるだろう。


 俺の答えはあっていたようで、ランデルは頷きを返してきた。


「そう。それぞれ同じ先祖を元にするもの同士で付き合ってるのが一番やりやすいし、楽しいんだ。何せ周りには気の合う奴しかいないわけだしね」


 元となった植物によって大体の性格や性質といったものが決まるのであれば、先祖を同じにする奴は全員が兄弟……もっというなら双子やなんかと同じ感じなのかもしれない。親であり子であり友であり他人であるが、同時に全員が仲のいい兄弟でもあるんじゃないだろうか。


 だとしたら、そりゃあ楽だろうな。社会において何が一番厄介かって人間関係だ。時折訪れる命の危険と常時気をつけなくては行けない人間関係。どっちの方が厄介かと言ったら、人間関係の方が厄介で面倒だ。

 エルフは穏やかな性格をしてるし、そういった面倒を嫌ったのであれば、それぞれの先祖ごとにバラけて暮らしているのも理解できる。


「ただ、中には僕みたいに仲間から離れて暮らす者もいる。ま、家を捨てたわけじゃないから適度に戻ったりはしてるけどね」


 しかし、全員が兄弟で住みやすいと言っても、それでもやっぱり変わり者はいるようで、ランデルもその一人のようだ。

 俺の知ってるやつにもリリアって変わり者がいることだし、珍しくはあってもいないわけではないんだろう。

 メンデルの法則みたいなもんか。どれほど優性を掛け合わせても劣性(異端)が生まれることはある、みたいな。植物を元にしてるわけだし、あながち的外れな喩えではないと思う。まあ、劣性と言っても劣ってるってわけでもないけど。


「けど、そっか。君たちはカラカスの出身かぁ。なるほどねぇ。あの街の出身ならその強さも言動も納得かな」


 と、そんなランデルの言葉で俺はぴくりと反応した。隣にいるソフィアからもわずかながら警戒する様子が窺える。


 なんでそんな警戒するのかって? そんなの当然だ。俺たちはどこから来たのか、なんて一言も言っていない。にも関わらずカラカスの街からやって来たことを知っていた。こいつ、なんでそんなこと知ってんだ? 疑問に思うに決まってるだろ。


 なんで知っているのかって可能性は二つ。今の会話の中でそうだと判断したのか、それともあらかじめ調べていたのかだ。


 確かに今の会話で俺たちの出身を理解することができたのかもしれない。何をどう判断したのかはわからないが、冒険者ギルドなんて大きな組織の二番手をやってんだから短い会話の中からでもわかることはあるかもしれない。


 だが、あらかじめ知っていたとなれば、当然だがこいつ、もしくは冒険者ギルドは俺たちのことを調べたってことだ。軽く調べた程度では俺の出生なんてわからないだろうが、それでも素性を知られたくない俺としては警戒しないわけにはいかない。


 しかしまあ、こちらの出身を調べることは冒険者ギルドとしてはおかしなことでもないだろうなとも思う。

 今はまだとは言えもうすぐソフィアはBランクになるわけだし、そうなれば一般の冒険者とは言えない。冒険者の中でも限られた上位の存在になるんだから、そりゃあ出身くらいは調べるもんなんだろうと思わなくもない。


 だが、それでもやっぱりこちらを探ろうとするやつにはつい警戒してしまう。


「そうですね」


 出身を知られた、ということよりも、探られたという事実に警戒をしながらも、俺はなんでもないかのように平然と答えてみせた。


「……あれ? 否定したり誤魔化したりはしないのかな?」

「確信を持ってる相手にそうしたところで意味あります? 隠して得になるような場面でもありませんし、話をさっさと進めるには素直に話すのが一番でしょう?」


 聖樹の種は信用してもいいと言っているが、感覚だけでは判断しきれないのが人というものだ。根は正義の人であっても、何かしらの事情があって悪事をなすことはあるかもしれない。

 このランデルだって聖樹的には信用できるかもしれないが俺たちには危害を加える可能性だってある。


「まあ、そうなんだけどね? ほら、答え合わせっていうか、自分の考えをちゃんと理解してもらいたいし……何より僕が話したい!」


 だが、いくら警戒しようと思ってもこいつの様子を見てるとどうしても気が緩んでしまう。


 ……まあ、流石に親近感を感じていたとしても敵意や悪意があればわかるはずだし、疑うかどうかはランデルが俺たちのことを知っている理由を聞いてから判断するか。


「……はぁ。まあじゃあ聞きますけど、なんで分かったんですか?」

「それはだねぇ、エルフとの関わりがあるからだよ。この辺りでエルフの住んでいるところは限られている。ぶっちゃけこの国には僕の住んでいた森ともう一つしかない。君たちはエルフに繋がりがあるみたいだからそれなりに交流があるみたいだけど、僕は君たちを知らない。国外となると可能性はあるけど、言葉に訛りもない。そうなるともう一箇所の森の方になるんだけど、交流が持てるくらい近い街っていうと悪性都市、悪徳都市、犯罪者の街、掃き溜め……まあいろんな呼び方がされている街——カラカスしかないだろ?」

「はい。その通りです」


 なるほど。エルフと関わりがあるってことで判断されたのか。それなら確かに納得できる話ではあるな。


 あらかじめ調べられていたってわけではないようなので、警戒を解くことにした。

 用心しすぎかもしれないが、俺の立場を考えるとこれくらいは必要だと思う。疑った相手には悪いと思うけどな。


「あ。で、まああれだ。君たちを呼んだ理由だけど、ちょっと確認したいことがあってね」

「確認?」

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